ホタル曰く。
この世界には魔力が満ちている。
世界樹ユグドラシル。その巨体からは莫大な量の魔力が発せられ、世界樹の周辺ではその魔力が濃く、濃く、空間に対する魔力の濃度が増していく。
そんな状況が一定期間以上続くと、魔力に『意思』が芽生える『意思』が魔力を操り『体』を産み出す。
『ネイバー』と言う種族はそうして生まれる。
『ネイバー』に物質的な寿命は存在しない。
そもそも寿命とは生命の持つ物質的な肉体が経年劣化することで機能停止するために起こることだ。そもそも肉の体を持たない『ネイバー』にとって寿命などと言う概念は存在しない。
だが『死』と言う概念は確かに存在する。
そも『ネイバー』の体は魔力であり、その本体はある意味魔力に宿った『意思』だ。
故に魔力が無くなれば意思も消えそれが『ネイバー』にとっての死となる。
そして生命が生きるためにエネルギーを消費するように、『ネイバー』もまた存在するだけで『魔力』を消費する。
生まれたばかりの『ネイバー』の魔力で存在していられる期間と言うのはたった一週間程度のものでしかない。
だから『ネイバー』は『妖精郷』に集まる。妖精郷は世界樹ユグドラシルの魔力で常に満ちており、そこにいるだけで莫大な魔力が流れ込んでくる。つまり、妖精郷にいる限り『ネイバー』は不死不老で在り続ける。
だが『ネイバー』と言うのは好奇心が旺盛な種族である。特に妖精種はその傾向が強く、妖精郷の外の世界に多大な興味を持っている。
「私もそうだよ、アンタと契約したのはそのため」
契約とはつまり、外の世界で生きていくために必要な行為である。
外の世界…………つまり、世界樹の魔力を得られない場所では『ネイバー』は緩やかな死を迎える。
だからこそ、『ネイバー』は世界樹以外から魔力を得られる方法を模索し。
行きついたのは『ヒト』から魔力を得る、と言う方法だった。
『ヒト』とは『ヒューマン』『ビースト』『デーモン』『ドラグーン』『アウター』の総称。この世界において『地上の民』と呼ばれる五つの種族を差す。
だが知っての通り、
と言うのは少し誤りがある。
持たない、と言うのは間違いではないが、正確には『溜めこめない』だ。
『ヒト』の感情の揺らぎによって『魔力』が生み出される。
そしてその魔力は『ヒト』の体内に留まらず体外へと発散されている。
つまり契約とは簡単に言えばこの体外へ捨てている魔力を『ネイバー』に渡すことで『ネイバー』が外界で存在できるようにすることだ。
代わりに『ネイバー』は貯めこんだ魔力を『ヒト』に譲渡し『魔法』を発現させる。
「もっと分かりやすく言うなら」
とん、と自身の右手に嵌る指輪に触れ、ホタルが呟く。
「これをアンタが嵌めること、これが契約」
「…………ユニゾンリングを?」
「そうよ、これはただ魔法が使えるようになる指輪じゃないわ」
正確にはユニゾンリングは文字通り『ヒト』と『ネイバー』を
二心一体、とでも言うべきか互いの体を『共有』することで『ネイバー』に肉体を、『ヒト』に魔力を蓄える力を与える。
つまり『ネイバー』は契約をすることによって『肉体』を得る。それがどういうことかと言えば、存在することに魔力を消費しなくなるのだ。
そして『ヒト』は『ネイバー』を通じて魔力を蓄える力を得る。それによって『魔法』を発現させることを可能とする。
「だから魔法を使って最低維持分の魔力以外使い切ったら、私はアンタの中で休む必要があるわ。アンタが魔力を産み出してある程度蓄積するまで出てこれないから気を付けなさい」
なるほど、と一つ頷く。
細かいところまでちゃんと決まっているものだと少し感心する。
まあこれでだいたい契約と言う物については理解したが。
「結局、俺次第ってのはなんでだ?」
今の説明を聞く限りならば、契約した時点で自由に動けるような気もするが。
その問いに、ホタルが僅かに言葉を濁し…………やがて諦めたように呟く。
「今私とアンタの体は概念的に『癒着』してるの…………だからね、簡単に言えば私たちは離れられない」
言葉と共にホタルが浮き上がり、そのまま自身から距離を取っていき。
「うわっと」
五メートルほど離れた瞬間、何か見えない手に引き込まれるように、こちらへと押し戻される。
「だいたい、この辺ね…………五メートルってとこかしら、これ以上の距離を私たちは物理的に離れることができなくなるのよ」
そんな思ったよりも厳しい制限に、思わず目を丸くする。
「で、当たり前だけど、体格差で私がアンタを引きずって歩けるわけでも無し、つまりそう言うことよ」
「…………そこまでして、外の世界見て回りたかったのかよ」
思わず呟いた一言に、当然よ、とホタルが腕を組んで頷く。
「はあ…………まあ良いけどな。こっちとしても妖精郷のことは気になるし」
気になる、と言うかストーリーを進めていくなら絶対に行くことになるだろう。
チュートリアル専用マップかと思っていたが、案外ここから先でもまだまだ出るのだろう。
「でも取りあえず、レベル戻さないとな」
当初のレベルが600、現在が6…………落差100分の1である。
前作LAOは割とレベリングが緩かったが、さてはて、今作はどうなるだろうか。
ネトゲにおいてレベリングが緩いと言うのは決して良いとは言えない場合もある。
ネトゲの本質はかけた時間と金による強さの差だ。
レベルが上限に達しやすい、と言うことは、それ以外で差分化される、と言うことに他ならない。
例えばジョブ、クラス、などと言うものがあるならば一つのジョブレベルは上限達成は楽でもそれ以外にも複数ジョブがある、とか。
他にも、そもそもカンストしてもそこまで強くならず、レベル以外の装備やステータス、スキルを強化していかなければならない、とか。
どのくらいでレベル600まで戻るのか、それともそれより低くても良いのかもしれないが、取りあえず600をひとまずの目安と考え、そこまでレベリングするのを優先すべきだろう。
元よりユグドラは事前情報も少なく、そしてサービスも開始されたばかり故に、情報も出揃っていない。
必要なら自身は攻略ページを見ることに特に躊躇いの無い性質なので、ログアウト後に軽く情報収集するのもいいかもしれない。
装備の類は残念ながら無くなってしまったので、そちらの新調も必要だ。
「まずはレベリングか」
何をするにしてもRPGの基本はレベルである。
ステータスがマスクデータになっているせいで、現状の自身のステータスがどうなっているのかは不明だが、ステータスを増減させる魔法がある以上は、確かに隠しパラメーターとして存在するはずだ。
少なくとも低いよりは高いほうがいいはずだ、そもそも今のレベルではムスペルどころか、あの猿ですら相手になるかどうかも微妙だし。
「防具…………はまあ後で良いとして、何か武器みたいなのが欲しいな」
呟いた言葉に。
「武器が欲しいなら、貸してやろうかい?」
声が返って来た。
* * *
倉庫として使われているらしい建物の入り口に、一人の男が立っていた。
黒い長ズボンに白のシャツ。と言う随分とシンプルな恰好だった。
「よっ、起きたみたいだな」
男が軽快な声で語りながら中へと入って来る。
「えっと…………誰?」
「アンタを拾ってくれた村の人」
思わず呟いた一言に、ホタルがそっと耳打ちしてくれる。
「え、あ…………助けてくれてありがとう、ございます」
自身の感謝の言葉に、男が豪快に笑う。
「良いってことよ! まさか海から戻ってきたら海岸に人が流れ着いてるたあ俺も思わなかったぜ」
「海から戻って来た?」
問い返す自身の言葉に、男が応と答える。
「村一番の漁師ペリノアだ。この村の長でもある」
村長、こう言うゲームだと何かクエストの起点になりそうな人である。
そんなことを思ったからだろうか。
「アンタ冒険者さんなんだって? で、海で漂流して装備も無いと」
確認するかのような言葉に、一つ頷く。
「けどそっちのちっさいの『ネイバー』だろ? ってことはアンタは『ウィザード』サマってわけだ」
ウィザード、確か魔法が使えるヒトのことだったはず、ならば合っている。
こくり、と頷くと、そうかい、とペリノアが笑い。
「武器と、それから防具…………何だったら金も都合つけて良い。その代わり、アンタに依頼があるんだ」
あ、フラグだった。思わず思った。
「ここ最近村の近くにでかい獣が出てきているみたいでな、村のもんと話し合って近いうちに男手集めてどうにかしようって話になってたんだが、アンタ、こいつを倒してきてくれねえか?」
告げながら、ペリノアは布団の敷かれた入り口近くの開けた場所からさらに奥のごちゃごちゃと何か色々置かれたほうへと歩き。
「確か、この辺に…………」
がさごそ、と埋もれるようにして積み重ねられた木箱や瓶、袋を片っ端からひっくり返しながらペリノアがやがてソレを手に取る。
「ああ、あった、あった…………ほら、俺が昔使ってた護身用の剣だぜ。ちと古いが物は悪く無いはずだ」
軽く放り投げられたそれを受け取る。
鞘に納められた長剣。抜いてみればなるほど、鞘や柄など少し古い感じはあるが、肝心の刀身は鈍く輝いている。
「アンタが依頼を受けてくれるなら、そいつを前払いでやるよ…………もしちゃんと倒してきてくれれば金も付ける、どうだい?」
どうだい、と尋ねられても、一文無し、装備も無しな現状でほとんど最高の提案だった。
「受けます」
自身がペリノアの言葉に頷くと、なら頼んだ、と告げて倉庫を出て行く。
見やれば、いつの間にか鎧とズボン、靴がそこに置いてある。どうやら使え、と言うことらしい。
直後、ぴこん、と電子音が鳴る。
アナタが流れ着いた海辺の村では最近、村の周囲を巨大な獣が徘徊しているらしい。村長からの依頼でこれを討伐することになったアナタだが、それはただの獣では無いらしく…………?
表示されたクエストに新たに追加された一文になるほどを思う。
称号ウィザードを持っている時のみ発生するクエスト、と言うことか。
恐らくこれ以外にも発生条件のあるクエストと言うのが多々あるのだろう。
もしかするとストーリークエストにも存在するかもしれない、今の内に知れたのは良かったと思うべきだろう。
しかし、本文見るだけで、もう普通の討伐じゃ終わらないのが確定しているようで、正直げんなりする。
とは言え、まず手始めにこのクエストから取り掛かることにしようか。
「ホタル、行こうか」
「了解よ」
早速防具を装備…………しようとして。
「…………えっと、ホタル」
「何?」
「これどうやってつけるんだ?」
鎧など着たことも無いためひっくり返したり横にしたりしてみるが、さっぱり分からない。
そんな自身に呆れたようにホタルがため息を一つ。
「アンタ、会った時に鎧着てたじゃない」
全くである、と言いたいがそれは勝手に装備されていたので、自分でつけたわけではないのである。
幸い、と言うべきなのか、なんで? と多少思ったが、ホタルが鎧の付け方は知っていたので、教えてもらいながら何とか装着する。
こんこん、と軽く叩いてみる。鉄の鎧…………ではあるが、それほど厚くは無いようだ。代わりにそれほど重さも感じ無いが。
それからズボンも履き替えることにする。早速今着ているズボンを脱ごうとして。
「わあ、馬鹿ッ! こんなとこで脱ぐな!!!」
その髪と同じかそれ以上顔を赤くしたホタルが怒鳴るので、仕方なく荷物の影で履き替える。
洗濯は、多分されてあるのだろが、それでも他人の使っていた服だと思うと多少抵抗はあったが、まあゲームの中だし、と自分を誤魔化す。
靴も履き古したような跡があったが、まだまだ現役で使えそうだった。
靴もそうだが、ズボンも、布で作られた衣類と言うのはどうもかなり丈夫そうに見える。
正直ズボンなど森の中を歩いても引っかからず、破れないほど強靭であり、製法が特別なのか、それともそもそも材料が特別なのか、何とも便利なものである。
最後に鞘に収まった剣を片手に持ち、ズボンに着いていたベルトの部分に差し込む。
最初に見た時と同じような感じになったな、と思いながら。
「…………よし、準備完了」
呟き、ホタルを見ると、まだ顔を赤らめながらも、行ける、と頷く。
「それじゃ、行こうか」
――――――――クエストスタートだ。
村長:ペリノア 息子:ペラム ペットの犬:ポセイドン裕次郎(名付け親:執筆妖怪)