ユグドライフ・オンライン   作:水代

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蛮狼の領域①

 

 VRゲームにおける『気絶』と言う処理について、話すならば。

 そんなもの、ゲームによる、としか言いようが無い。

 とあるゲームでは本当に『気絶』していた分の時間、ブラックアウトした世界で過ごすゲームがあり、クレームの嵐によって修正がかけられたこともあるし、逆に体感時間を停滞させることで一瞬で目が覚めるゲームもあった。

 『気絶』は『死亡』と処理が似ているようでけれど難しい。体が動かず、何も出来ない、と言う意味では同じだが、けれど生きている以上『死亡』扱いにはできない。『死亡』扱いにすればデスペナルティが課せられるし、かと言って上記のような方法だと、本当に体感で1秒程度でリアルで数時間経過していることもあり

それはそれで時に問題を引き起こすこともある。

 

 では『ユグドラシル・オンライン』ならばどうだろう?

 

 答えは――――――――。

 

 地表数千メートル上空から海に向かってダイブするなどと言う、現代日本で生活するならばまずあり得ないような経験に絶叫しながら、着水の衝撃で『気絶』してしまったらしい。

 

「…………なるほど、ね」

 

 真っ暗な世界。右も左も上も下も、黒一色に塗りつぶされた世界に、ぽつん、と一人佇んでいる。

 どうやら『ユグドラシル・オンライン』の世界における『気絶』と言う状態は、こうやってブラックアウトした世界で約120秒、2分間過ごすことらしい。

 ただし体感時間の停滞がかかっているため、現実ではそれ以上の時間が経過しているのだが、途中でログアウトすることも可能となっているため、それほど問題も無いだろう。

 停滞の度合いだが、そもそも『気絶』と言う状態になるのは、一定以上のダメージを受けるか、それか『気絶』状態にする魔法や、薬などで意識を失った場合らしい。

 2分、何もすることも無いのでメニューから用語禄を開いていたのだが、どうやらある程度の世界観はこれで補えるらしい。

 

 これによると一定ダメージを受ける、頭部に打撃を受ける、『気絶』状態を付与する魔法を受ける、昏睡薬などを服用することで『気絶値』が蓄積される。その割合に応じて体感時間の停滞度合が決定されるらしい。

 ややシステム的に見えるが、要は『気絶』して目が覚めるまでの時間を体感で2分に合わせる、と言うことなので、ここは完全にシステムの領域だ。『気絶値』などは『SR』の影響を受けているらしく、大よそ現実において人が昏倒するようなことはだいたい『気絶値』の蓄積に繋がるらしい。

 なので先ほど上げた例以外にも『失血』なども度が過ぎれば『気絶値』が跳ね上がるようだ。

 

 と言うか、こうしてシステム的な部分に触れて、ようやくここがゲームだと再認識する。

 どうにも先ほどまで触れていたキャラクターたちの生きた人間のような部分を見せられ続けて、割と動揺していた部分もあったのだが、こうしてゲームだと認識すると少し落ち着く。

 

「しかし、チュートリアルから凄いことになってたな」

 

 恐らくこのチュートリアルが、そのまま今後のシナリオに繋がるのではないだろうか。

 RPG系のゲームにはストーリーと言うものがある。

 ラスボスの居ないRPGなど無い、と言う話である。

 だがオンラインゲームにおいて、最初からラスボスが用意されていることなど早々無い。

 何せ倒してしまうとゲームが終わってしまうからだ。

 ラスボス、と言うのは基本的にそのゲームで一番強い敵でないとならない。だが一番強い敵を最初から出して、倒せてしまえばもうそれ以上が出せなくなるし、かと言ってそれ以下ばかり出してもただの無双ゲーにしかならず、それ以上の発展性が見込めなくなる。

 オンラインゲームと言うのは基本的にプレイ無料の物が多いが、開発に広告に費用と言うのはいくらでも費やしているのだ。それの元を取るために、長期間プレイヤーにゲームを遊ばせ、尚且つ課金要素を押し出して払った費用を回収しなければならない。

 だから、ラスボスを出すのはもうこれ以上課金の回収が見込めない、となった時に限られる。さらに言うなら、十分に元も取れないままに課金の回収も見込めない場合、ラスボスどころかストーリーが半ばで終わったままサービス終了、と言うのもネットだと時々ある話だ。

 その点を言えば、『ユグドライフ・オンライン』…………ユグドラの前作LAOなど課金要素も少なかったにも関わらずじゃぶじゃぶ利益を上げ、当然ストーリーも続行され、ラスボスが出た後も裏ボスまで出てきて、多いに賑わっていた。ユーザーからしても、そして企業側からしても、そして制作からしても満足の最高の一作となっただろう。

 たった二年でかなりの利益を上げていると言う話で、通常三年、四年、長ければ十年スパンでゆっくりとストーリーを進行させながら元手を回収していくはずのゲームで、たった二年で完結、番外編、辺りまでやり切ったのは凄かった。最もあのクオリティである、巨額の利益を上げるだけの質はあったし、さらにレベリングの難易度が低く、課金要素も少なかったのがライトユーザーの莫大な上昇に繋がったと言う。

 徹底した非課金主義ならともかく、ライトユーザーたちも千円や二千円くらいならば課金しても懐はそれほど痛まないため試しに課金して見る、と言うこともあるし、例え少額課金でもそのユーザー数が莫大な数に昇れば、そして一度課金に手を出したユーザーと言うのはどうしても二度目の課金の難易度が大幅に下がってしまうのだ、もう一度、もう一度と言っている内にけっこうな額を費やしてしまうことも良くあることであり、最終的には近年稀に見るほどオンラインゲームと言うジャンルで利益を上げたようだった。

 

 さて、話は戻るが、RPGにストーリーと言うのは必須だ。

 だが同時に、オンラインゲームではストーリーと言うのは簡単には最後まで晒せないものだ。

 さらに言うならば、基本的なオンラインRPGと言うのはかなり『自由度』が高いのだ。

 極論を言えば、ストーリーそっちのけでも遊べるようになっている。

 だからイベント発生場所に行けば強制的にストーリーが進む、などと言うことが無いようにオンラインRPGでは『ストーリークエスト』と言う物が存在する。

 別に『シナリオクエスト』でも良いが、とにかく、そのクエストを進展させることで『ストーリー』が進む、と言う物であり、同時にストーリーを進めたい時に何をすればいいのか、と言うのを分かりやすく表しているものでもある。

 

 ユグドラにおいても『ストーリークエスト』と言うのが恐らく存在するはずだ。

 それはきっとあの『チュートリアル』の続き、とでも言う物なのだろう。

 

「…………ん、そろそろか」

 

 体感時間で二分が経過しようとする頃。

 黒の世界に光が溢れてくる。

 どうやら無事『気絶』状態が解除されるようだった。

 

「…………ホタル、大丈夫か?」

 

 思い出されるのは自身の相方である『ネイバー』の少女。

 自身の中に入ってたまま落ちてしまったが、ホタルは無事なのか、それだけが少し気がかりだった。

 

 

 * * *

 

 

 意識が浮遊する感覚…………と言うよりは、電源の抜けたパソコンをコンセントに繋ぎ直したかのような感覚、とでも言うべきだろうか。

 目を覚まし、最初に見えたのは木製の天井だった。

 

「……………………どこだ?」

 

 どこかの床の上に布団を敷いて寝かされていたらしい、上半身を起こすと同時にかけられていた布団がずり落ちた。

「ナグモッ!」

 同時に、自身の傍にいたらしい、ホタルがこちらに気づき、声をあげる。

「ホタル、ここ、どこだ?」

「リフ村ってところよ…………覚えてる? アルフヘイムから落ちて、海に落ちたの」

「ああ、うん、そこまでは覚えてる」

「そのまま海に流されて、この村にたどり着いたのよ」

 まあそこまでは予想できるのだが。

「なんで生きてるんだろう」

「それは…………」

 話中にふっとホタルが布団の脇に飛んで行き、そこからずりずりと小さな体で一足の靴を運んで来る。

「これ、アンタが履いてた靴…………『浮雲の靴』の効果よ。僅かだけど浮遊する力を持っているわ。まあ私みたいなのならともかくアンタ重いから少しゆっくり落ちる、程度のだったけど」

 装備品効果だったのか、と納得すると同時に、そう言うものがあるなら最初から情報に出しとけよ運営、とも思う。

 まああると分かっていてもあの場面で飛べたかどうかは謎だが。

「でも運が良かったわ、ここはミズガルズ。『ヒト』が最も多く住まう『ヒト』の領域よ。ここならムスペルたちもすぐに手を出してくることはできないわ」

 ミズガルズ、もまた北欧神話に出てくる単語だったはずだ。確か人間の住む世界、だっただろうか。

「それでこの建物は?」

「リフ村の倉庫だって、村の人がアンタを見つけて助けてくれたの」

 なるほど、と頷いていると、少しだけ顔を強張らせたホタルがぽつり、と呟く。

 

「それと、伝えないといけないことがあるわ」

 

 その表情からして、余り良くないことなのだろう、と思わず身構えて。

 

「強力な魔法を使った反動で、アンタの体、大分弱体化してるわ」

 

 その言葉の意味を一瞬理解し損ね、けれどすぐに思いついてメニュー画面を開き、インベントリーを開く。

 

 

ナグモ Lv6

アイテムインベントリー

地の魔石(小)×3――――モンスターから取れる小さな魔力の結晶。地属性の魔力を持つ。

焔の隕鉄×1――――炎の巨人の体の一部。未だに熱を帯び、僅かに邪悪な気配を感じさせる

 

 

 ああ、やはり、と言った感じであった。

「やっぱレベル下がったなあ…………まあいいけど」

「いいけど…………って。また最初からやり直さないとダメなのよ?」

 苦々しい表情のホタルには悪いが、まあ薄々予感はしていたので別にそれほどショックは無い。

 と言うか強くてニューゲームは一度全うに終わってから始めるからこそ、面白いのだ。

「なーに、かえって楽しくなってきたよ」

 そんな自身の言葉に、ホタルが怪訝そうな表情を浮かべる。

 まあいきなり弱くなったのに、ショックを受けていないのが不思議、と言った感じなのだろう。

 本当に感情豊かだと思う。

 

 それはそれとして、新しくインベントリーに入っているアイテムを見る。

 完全にムスペルのドロップアイテムだろう。チュートリアルで手に入れたアイテムが残っているとかマジかよ、と言った感じがある。

 ただ使い道がいまいちわからないのが問題だ。

 恐らくこのままレベルアップを兼ねて色々なところに行けば自然と分かるのかもしれない。

 隕鉄、と書いてあるし、恐らく工房かどこかで装備品の材料にするのではないか、と睨んでいるが、まあそれは先のことだろう。

 

 ゆったりと起き上がる、同時に自身が着ている服が記憶の中のものと違うことに気づく。

「服、どこ行った?」

 そう問うと、ホタルが少しため息を吐きながら。

「ここに来るまでに全部ダメになったわ…………さすがに鎧来たままじゃ海に沈むし、こっちで外してそのまま海の中ね」

 残った靴ももうボロボロで使えないわね、と告げるホタルの言葉に、ああ、やっぱり装備も初期装備に戻されるか、と内心で納得する。

「と言うか、良く鎧脱がせれたな」

 体長三十センチほどしかない小人のくせに。

「『ネイバー』は意識すればサイズを変えれるもの」

 そう呟きながら、目の前でホタルが少しずつ巨大化…………と言うのもおかしいが、背が伸びていき、見る見るうちに身長140弱ほどの子供サイズくらいにまで大きくなる。

 

「……………………は?」

 目が点になる、とはこう言うことを言うのだろうか。

「バカねえ、『ネイバー』は魔力で体を作っている種族よ、魔力って言うのは物質と違って流動的で変動する物よ、だったら体のサイズを変えるくらいわけないに決まってるじゃない」

 ふっと、こちらを見ながら笑みを浮かべるホタルが、首元にはらりとかかった緋の髪を払う。

「まあこっちは余計な魔力消耗するし、基本的にはこっちね」

 そう呟きつつ、またそのサイズが変わる。今度はぐんぐんと縮小され、見慣れたサイズに戻ると、ふわり、と浮き上がって自身の肩に座る。

 

「それで、これからどうするの?」

 呆然としている自身にかけられた声に、はっとなる。

「え、あ…………どうする、ってどういうことだ?」

「あのね、私たちのこれからの方針。正直な話、私はもう一度アルフヘイムに戻りたい。王様や他のみんなが無事なのかも知りたいしね。でも今の私はアンタと契約をしてる。だから結局アンタがどうするか次第なのよ」

 なるほど、と思うと同時に、森の中でも気になっていた単語が再び出てきたことで、再び疑問が湧いてくる。

 

「なあ…………契約って何だ?」

 

 問うたその言葉に、ホタルが僅かに沈黙し。

 

「『ネイバー』ってね…………生まれて一週間で死ぬって知ってた?」

 

 そんな言葉が帰って来た。

 

 

 


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