ユグドライフ・オンライン   作:水代

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チュートリアル③

 ――――()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………嘘…………なんで」

 目の前の光景を呆然と見つめながら、ホタルが呟く。

 

 『妖精郷』とは、元は楽園だったのだろう。

 先ほどの森と同じ場所とは思えないほどに開けた広場。そしてそれを囲うように乱立する木々の上に建てられた小さな小屋のようなソレが、恐らく『ネイバー』たちにとっての家なのだろう。

 広場の中央にはひと際巨大な…………それこそ、雲を突き抜けんばかりに高く、そして他の木々の何十倍、或いは何百倍と言っても過言ではないほどに太い幹を持つ巨大な樹。他の木々が決して小さいわけではない、むしろ樹齢千年とかそんな言葉を連想してしまうほどに太く、高い木々だが、中心に生え聳えるソレはまさしく()()()()

 

 『ユグドライフ・オンライン』と言う言葉から連想できるものではあるが。

 

 『世界樹ユグドラシル』

 

 公式ページにも公開された数少ないスクリーンショットの一つにもあった巨大な…………否、巨大過ぎる樹木がそこにあって。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

「なん…………だ…………これ」

 燃え盛る木々。そして炎がまるでイルミネーションのごとくその全身を包んだ世界樹の姿。逃げ惑う妖精たちの姿。

 現実では見ることの叶わない、あり得ない光景に思考がフリーズする。

「王様っ!」

 そしてホタルの絶叫染みた声に、意識が覚醒する。

 視線の先はホタルの行き先へ。同時に、ほとんど無意識で飛んでいくその背を追いかける。

 

「王様っ! フレイ王様!」

「主…………ホタルか!」

 

 追った先に居たのは、赤い上着と白いズボンを着た二十代くらいの男だった。

 王様、とホタルが呼んだ、と言うことは。

 この男が『妖精郷』の主、『フレイ王』と言うことなのだろう。

 

「良く戻って来た、と言いたいところではあるが、タイミングが最悪だったな。すぐに逃げろ、ここも直にやつらがやってくる」

「王様、なんで、なんで妖精郷が、世界樹が!?」

「ムスペルだ、やつらが突然群れを成して妖精郷の結界を超えて来たのだ」

 

 ムスペル、確か北欧神話の炎の巨人だっただろうか。

 神話をモチーフとしたゲーム、と言うのは割と多いので時々耳にする名ではある。

 と、その時、ホタルと話していた男、フレイ王の視線がこちらに向く。

 

「ホタル…………この者はお主の?」

「そうよ、ナグモは私の契約者よ」

 

 ホタルのその言葉に、フレイ王が一つ頷き。

 その拳を一度開き、ぐっと握りしめる。

 

 瞬間。

 

 ふわり、とその手の中に光が集まる。

 

 そうして。

 

「これをキミに渡そう、ホタルの契約者よ」

 

 差し出す手の中には、銀色に光る指輪があった。

 

「ユニゾンリング…………『ネイバー』と『ヒト』を結ぶ絆の証。『ヒト』を『ウィザード』に変えるためのキーアイテムだ」

「あ、ああ、うん」

 

 差し出された指輪を受け取り、一瞬どこに嵌めればいいのか悩んだが、結局どこでもいいか、と右手に嵌める。

 瞬間…………確かに隣にいるはずのホタルとの僅かな繋がりを感じる。

 

「…………なんだ、これ」

 

 シンパシー、と言うやつだろうか。他人の言うことに共感する感覚。それをもっと明確に、はっきりと確かにそこにある、と感じられるような不思議な感覚。

 本来無いはずの感覚を、まるでそれが当然とでも言うように自身が受け入れている、そのことに驚きが隠せない。

 そして何となく理解する、恐らく、これが。

 

「フィクションシステム…………これのことか」

 

 『魔法』を初めとした()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なるほど、これは確かに凄い、としか言いようが無い。

 言葉にしようとすればどこまでも陳腐にしかならない。

 だが同時に、いつまでもそれに浸っていられない。

 

「今すぐ妖精郷から脱出するのだ、やつらがやってくる前に」

 

 フレイ王の言葉にはっとなる。

 同時にホタルのほうをちらりと見やり。

「王様は…………?」

 ホタルの言葉に、フレイ王が苦笑する。

「他の皆を逃がしたら私も逃げるさ…………残念ながらムスペルたちに抗する手段は我々には無い。世界樹は燃えてしまったが」

 ちらり、と燃え盛る巨大な世界樹の威容を見やり。

「この程度で枯れるほどやわな樹ではない」

 そうこう話している内に、ずどん、とどこかで爆音が響く。

 同時にフレイ王の顔が険しくなり。

「いかん、ムスペルたちが近づいている。早く逃げるんだ」

「…………分かった、王様も、絶対に無事で!」

 ホタルの言葉に、フレイ王一つ頷き。

「また会おう」

 その言葉と共に、自身たちは場を離れた。

 

 

* * *

クエスト『アルフヘイムを脱出せよ』

アナタが『ネイバー』と共に訪れた『妖精郷』は現在ムスペルと言う怪物たちに襲われて燃え盛っている。妖精王フレイに言われた通り、まずはこの森から脱出するのが先決だろう。

 

報酬『称号ウィザード』

* * *

 

 

 先ほど『妖精郷を探せ』のクエスト完了報告が来たのと入れ替わりに出てきた新しいホロウィンドウにさっと目を通しながら走る。

 幸いクエストガイドは出ているし、ホタル自身も脱出経路を指示してくれるので迷うことは無い。

「『妖精郷』は入り口と出口が複数あるけど、どちらも一方通行よ! さっき入って来た道は使えないし、反対側はムスペルたちが来ているからいけない。ならもうここしかないわ!」

 同じような風景に見えて、けれど微妙な違いがあるらしい。正直ホタルとガイドが無ければ絶対に迷うレベルで景色の違いがほぼ無い。

 妖精郷を包んだ炎が徐々に燃え広がっている。足を止めることも出来ずに、森の外へ、外へと逃げていく。

「あった、もうすぐ出口よ!」

 そうしてしばらく走ったところで、ホタルが喜色を滲ませながらそう呟き。

 

「…………るぅぉぉぉぉ」

「嘘…………なんで」

 

 そこに居た怪物の姿に、ホタルが呆然と呟いた。

 

「燃える…………巨人」

 

 そこに居た怪物の姿を一言で言い表せばまさにそれだった。

 燃える全身を鉄の鎧で多い隠しながら、けれど隙間からちらちらと溢れ出る炎。

 五メートル以上はあるだろうと言う巨躯と言う、見ただけで分かる圧倒的体格差。

 そして兜を被りながらも、隠されていない顔はまるで炎に黒で目と口の輪郭だけをつけて白色をぶちまけたかのように不気味な造形をしていた。

 

 理解する。

 

 妖精郷を襲った化け物ムスペル。

 

 それが今目の前にいるのだと。

 

「…………こんなの勝てるの、か?」

 

 どう考えても勝てる気がしない。

 だが怪物のほうは待ってくれる気も逃してくれる気も無いらしい。

 

「ルウウウウオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びを上げながら、どすん、どすん、とこちらへ向けて歩いてくる。

 

 クエスト更新の知らせは…………無い。

 

「…………負け、イベントか?」

 とは思う、だが確信は無いし。そもそもそれで諦めてもし違うならば。

「ナグモ!」

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 所詮NPC…………なんて、口が裂けても言えそうに無い。

 

 ならば――――――――。

 

「…………ホタル、魔法って使えないのか?!」

「魔法…………そうよ、魔法だわ!」

 ホタルがふわり、とこちらへとやってきて。

「…………やっぱり。一回だけだけど、王様の魔法が込められてる」

「王様の魔法?」

極限(アンリミテッド)! 一回きりだけど()()()()()()()()()()()()にしてくれる王様の最強の魔法!」

「十倍?!」

 ステータス数値が存在しないのかと思ったが、どうやら単純にマスクデータとして存在するらしい。

 まあ確かにリアル思考のゲームだと、稀にそう言うのもあるらしいが。

 全ての力、と言うことは全ステータスだろうと予想できる。それを十倍にすると言う。

 なんだそのチートスキル、と思うが恐らくNPC専用魔法。どうやらイベントで一回きりのこれを使って相手を倒せ、と言うことらしい。

「効果時間は?」

「私だけの魔力なら一秒も持たないけど、王様の魔力が込められてる。これなら120秒くらいなら持つわ!」

 二分間。短いように感じるが、けれど恐らく多少戦闘が下手でもそれで充分倒せるようにはなっているのだろう。

「で、でも、デメリットも大きいわ。特に十倍なんて反動が大きくなりすぎるわ。魔法効果時間が終了したらアンタの体にどんだけ負担がかかるか分からないし」

「でもやらなきゃここで死ぬだけだろ! やってくれ、ホタル!」

 一瞬の逡巡も無く、そう答える。

 やなければ殺される。まさしく今そんな気分だ。リアリティがありすぎて、本気でビビりそうだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 前作は剣なんて使ってなかったが、まあ十倍ステータスで近接で殴ればどれも似たようなものだろうと勝手に思うことにする。

「行くわよ、ナグモ!」

 言葉と同時に、ホタルが自身の右手に嵌めた指輪『ユニゾンリング』に触れて。

同調接続(ユニゾン・イン)

 呟きと共に、その全身が光となって指輪に消えていく。

「消えたっ?!」

 

 ――――焦るなバカ! 前見て!

 

 瞬間、聞こえた()()()()()に目を見開いて。

 

 ――――『ネイバー』は『ウィザード』に『魔力塊』として『定着』することで『魔力』を与える。今アンタの全身には魔力が巡っているわ。

 

 そこに自身の相方がいるのだと、理解して。

 

 ――――『願い』なさい。『唱え』なさい。『想い』なさい。アンタが望むがままに、叫ぶがままに、思うがままに、私がアンタの想像を創造し『力』に変える!

 

 同時に、感覚が流れ込んでくる。それがホタルの感じる世界なのだと理解し。

 

「『極限(アンリミテッド)』」

 

 呟いた瞬間、全身に力が滾る。

 燃える、燃える、燃える。

 体内で何かが恐ろしいほどの勢いで燃え、消費されていくのが理解できる。

 だが何かが燃えれば燃えるほどに、全身に力が満ちる。

 

 だが、これならいける。

 

 剣を握る。

 

 直後、握った剣に魔力が行き渡り。

 

「『極限』」

 

 呟いた言葉に、剣が白く発光する。

 そうして、蹴り足を踏み抜き、爆発でも起きたかのように地面を爆ぜさせながら、ムスペルとの距離を詰めて。

 

「一 刀 両 断」

 

 振り抜いた薙ぎが、その全身の炎に溶けかけた鉄の鎧も、その下の燃える鉱石の体も何もかもを両断し。

 

 一瞬で巨人の全身が黒い粒子となって消えた。

 

 ――――逃げるわよ!

 

 倒した、そのことに一瞬呆けたが、直後に聞こえたホタルの声に、我に返り、十倍化した速度で森を走り抜ける。

 一瞬で決着をつけたので、まだ効果時間は大分余裕があるだろう。

 ほんの一分ほどで森を抜けて。

 

「…………なんだ、ここ」

 

 広がる光景に足を止める。

 

「…………なんなんだよ、ここ」

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アンタここに来たならそれくらい知ってるでしょ?

 

 あり得ない。先ほど天にまで伸びた世界樹を見た時、上に雲を見たはずなのに。

 森を抜けた先に広がっていたのは、断崖絶壁。そして崖の下に広がっていたのは空と雲と海だった。

 地表何千メートルと言うレベルの高さに()()()()

 

 それこそが妖精の国アルフヘイム。

 

 それを理解して。

 

「どうするんだよ、これ」

 

 そう、それが問題。

 『ネイバー』のホタルならともかく、自身は飛ぶ術など持たない。

 だが戻るにも森は徐々に燃え広がっており、ここから後ろはもう戻れないと考えた方が良いだろう。

「…………飛ぶ、のか?」

 無理がある、どう考えたって死ぬだろうこんな高さ。

 

 僅かな逡巡。

 

 だが事態は待ってくれない。

 

 ゴオオオオオオオオオオ、と言う轟音。

 

 同時に背後の森で突如炎が荒れ狂う。

 

 ――――不味いわよ、早くどうにかして逃げないと、森が完全に炎に飲み込まれるまで時間が無いわ。

 

 そんな躊躇う自身の背を押すかのような事態の変転に。

 

「と、飛ぶ…………しか」

 

 崖の淵に立ち、下を覗きこむ。

 

 ……………………高い。

 

「…………む、無理だろ、これ」

 さすがにこれは恐怖が勝る。現実味がありすぎて、こんなのどうやっても無理だろ。

 

 そう思った瞬間。

 

 ズドオオン、と轟音が響き、森から爆風が吹く。

 

 そして。

 

「あっ」

 

 ふわり、と崖の淵に立っていた背が押し出され。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫と共に、虚空へと落ちて行った。

 

 

 

 




極限(アンリミテッド):マスクデータのステータス数値を『無制限』かつ『無限』に『上昇』させる魔法。代償として莫大な魔力が必要となるがそもそも『魔力』もステータスなので最初に『魔力』を『無限』にすると、結局制限は無くなる。
NPC専用の魔法。またチュートリアル、イベント以外では出てこない。


最初は妖精王死ぬ予定だったけど、なんかシリアスだから止めた。

因みに妖精郷は新規プレイヤーが来るごとに燃える(

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