『妖精郷』を目指すアナタの前に森に生息するモンスターが現れた。だがアナタは歴戦の冒険者、こんなサルなど物の数でも無い。さあ、剣を取ってモンスターを斬り伏せろ!
アナタに恐れをなしたモンスターが森へと逃げ出した。相手は手傷を負っている、そう遠くには行っていないはずだ。追ってトドメを刺せ!
よろしく、と少女が告げた瞬間、ぴこん、と電子音が鳴り、連続してホロウィンドウが表示される。
以前と同じクエスト文、だがクリアと言う文字が入っている。
それに後から出てきたほうのクエスト文は報酬の『????』が『ネイバー』に変わっている。
どうやらここまでの一連の流れを得てようやくクリア、と言う扱いらしい。
それはそれとして、『ネイバー』と言うのは事前に公開された僅かな情報とキャラクタークリエイト時のサポートAIの言葉を借りるならばプレイヤー専用のサポートNPC、と言うことなのだろう。
『プレイヤー』は『ネイバー』の力を借りることにより『魔法』を使用することができる、と言うやつだ。
VRゲームにおける『魔法』と言うのは一種の禁忌だ。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。五感の全てが現実味を増していくほどに『それ以外』の感覚との差が出てくる。
三十年前のスクリーン型のゲームならば剣を奮うのも魔法を打つのも同じくボタン一つで可能な作業だったかもしれないが、自身の『感覚』と『意思』でキャラクターを操作するVRゲームにおいて『魔法』や『超能力』と言った人間に備わっていない、人間の知らない『未知』を感覚的に動かすことなどほぼ不可能だ。
それは、言ってみれば人間が意識的に髪の毛を逆立たせるくらいの無理がある。
神経も筋も通っていない髪を独力で動かすことなど不可能であり、それと同じく『存在しない』物を独力で操作することはいかにVRゲームと言えど不可能なのだ。
それは前作『レジェンダリーアドベンチャーオンライン』でも同じであり、LAOには『魔法』と言う概念が一切存在しなかった。
『魔法』が存在するゲームと言うのは意外と多い。人間には『不可能』だからこそそれを『可能』にするのが夢と言うものだ。だからこそ、昔から『魔法』を扱ったゲームは多かったが、それらが良作、と呼ばれる所以はやはり『魔法』以外の部分にあって、『魔法』と言う麻薬を人間に与えることができるゲームはこれまで存在しなかった。
――――けれど『ユグドライフ・オンライン』はその禁忌に手を出した。
或いは『アーティファクトカンパニー』ならば。
そう思ったユーザーは多かったはずだ。かく言う自身だって
まさか、と思ったし、或いは、そう期待もした。
キャラクタークリエイト時に初めて聞いた設定ではあるが。
この世界における『ネイバー』とは魔力で出来た存在であるらしい。
目の前に確かにいて触れられそうな少女も、けれどその実『魔力』と言う現実には存在しない物質で構成された存在である。
『魔法』には『魔力』が必要、なんて別に創作物には良くある設定ではあるが。
この世界ではもう一つ『魔法』を使うためには『魔力』を使って『魔法』を『構築』する必要がある。
だが『ネイバー』と言う種族は魔力を『構築』する力が無いらしい。
そして自身が選択した『ヒューマン』やその他四種族には『魔力』が存在せず、けれど魔力を『構築』する力があるらしい。
故に、五種族は『ネイバー』の魔力を借りることで、個々人ごとに固有の『魔法』を使えるようになる。
と言う仕組みらしいが、この辺りは所謂そう言うゲーム的設定…………とは言えないのが『アーティファクトカンパニー』製ゲームの面白くも複雑なところである。
本来、ゲーム中の設定と実際のシステムと言うのは乖離しているのが当たりまえである。
ゲーム中でこれはこういう仕組みで動いている、と説明されていても、実際には設定されたデータがそう言う風に見えるだけの処理をしている、なんてこと良くあることだが。
『SR』が使用されたゲームと言うのは、実際に物理演算によって本当にゲーム通りの理屈で動いている『結果』を反映しているのだ。
つまり、例えば物体を上に投げて下に落ちるのは、普通のゲームなら『そう言うモーションとCGを用意しているから』だが、『SR』を使ったゲームに関しては本当に『重力がかかるから』と言うのが適用されているのである。
裏設定、と言うほどでも無いが、こう言うフレーバーに見られがちな設定を無視すると後で痛い目を見るのが『SR』を使ったゲームの特徴と言ってもいいだろう。
まあそれはさておき。
「それで…………ホタルは俺と一緒に来るってことで良いのか?」
そんな自身の質問に対し、少女、ホタルが少しだけ呆れたような表情で答える。
「そうよ、そう言ってるじゃない。そもそもアンタだってこの『妖精の森』に来たってことは『妖精郷』を目指してるんでしょ?」
問われ、そう言えばそう言う設定だったと思い出して頷く。
「『妖精の森』は『ネイバー』の楽園。そして『ネイバー』に選ばれし『ウィザード』の訪れる場所」
「…………『ウィザード』?」
初めて聞く単語に、思わず問い返せば。ホタルはそんなことも知らないのか、と言わんばかりの怪訝な表情で答える。
「『ウィザード』は『ネイバー』と契約し『魔法』を手に入れたニンゲンのことよ…………アンタも『ウィザード』になるために来たんじゃないの?」
そうなのだろうか、と一瞬考え。確か最初のクエスト文に『ネイバー』の力を借りるため、云々と言う設定があったのを思い出し頷く。
自身が頷いたのを見て、ホタルが納得したようにうんうん、と得意げな顔で頷く。
「そうよね、それ以外の目的でここに来たとか言われたらどうしようかと思ったわ」
それはそれとして、とホタルがふわり、と宙を漂いながらこちらにやってき、自身の肩に留まる。
「アンタは私と言う『ネイバー』と契約したわ、でもそれだけじゃ『ウィザード』としては不適格なの。『ウィザード』は『魔法』を手に入れたら存在のこと。『魔法』を使うためには『ネイバー』と『ウィザード』を結びつけるための道具が必要なの」
結びつける、道具、と言う言葉に、ふと最初のクエストの報酬の名前を思い出す。
「ユニゾンリング…………?」
呟いた言葉に、ホタルが一瞬目を丸くし。
「あら、知ってるのね、なら話は早いわ。『妖精郷』に行ってフレイ王様に『ユニゾンリング』を授けてもらうの」
なるほど、専用アイテムが無いと魔法は使えないらしい。そしてそれをもらいに行くところまでが恐らくチュートリアル、と言うことなのだろう。
「『妖精郷』って言うのはどこにあるの?」
「あっちよ、案内するから行きましょ」
肩に乗るホタルの指さす方向に従って歩く。
なんだかこのチュートリアル歩いてばっかりだな、と思うが、それはそれとして。
先ほどのクエスト報酬で経験値を獲得したのを思い出す。
と言うことはレベルでも上がっているのだろうか、と思い。
「…………あれ? でもチュートリアル終わったらリセットかかるんだよな?」
だったら何故? と首を傾げる。もしかすると、初期レベルに戻ると言うのが自身の勘違いなのかもしれないが…………。
それにしても最初からこんな強いってアリなのか? それともさっきの猿が特別弱いだけで、それ以外のモンスターはもっと強い?
「さっきから何をぶつぶつ言ってんのアンタ?」
「あー…………ホタル、さっきのフォレストモンキーってのは強いのか?」
「フォレストモンキー? そんなに強くは無いけど、モンスターはモンスターだし。『ネイバー』は戦う力を持たないから、出会っちゃうとどうにもならないのよね…………まあ、その。その点に関しては感謝してるわ」
ぷい、と顔を背けながらの台詞だが、その髪と同じくらいに赤く染まった顔を見れば照れてるんだろうなあ、と理解できる。
とは言え、今のだけを聞くと『ネイバー』ならばともかくある程度戦える人間ならば倒せる程度の相手、と言うことだろう。
もしかして、これまだ初期レベルのままか? と思い、メニュー画面を開く。
ずらり、と並ぶメニュー一覧を見て。
「……………………は?」
目を点にする。けれどこれは誰でもなるだろう、と言うかなんだこれ。
「……………………ステータス画面が無い?」
ゲームならばアクションゲーですら或いはあるだろう機能が、RPGに着いていないなど、予想もしなかった。
取りあえず目的地まではもう少し距離があるようなので、メニュー画面を上から開きながら歩く。
そうしてイベントリー画面を開き。
地の魔石(小)×3――――モンスターから取れる小さな魔力の結晶。地属性の魔力を持つ。
ようやくレベル表記を見つける。
「…………レベル600」
前作のレベルカンストが100だったはずなので、余裕の超過だ。600と言うキリの悪い数字がカンストだとは思えないので、どうやら今回のレベルカンストは前作よりもかなり高そうだった。
そしていつの間にかアイテムイベントリーに入っていた『地の魔石(小)』と言うアイテム。説明分を見るかぎり、モンスターのドロップアイテムのようだった。
数を見れば恐らく先ほど倒した猿のものだろうと予想できる。
「ねえ、さっきから何してるの?」
ぽちぽちとメニューの他の項目を見ていると、ホタルがホロウィンドウを覗きこみながら尋ねてくる。
「は? あー、えっと」
NPCなのにその辺のスルーしてくれないのか、と言う思いと共に、さてどう説明したものか、と悩み。
「まあいいわ、それより着いたわよ」
自身の悩んだような声に、ホタルがあっさりと前言を翻し、ふわり、と肩から飛び降り浮かび上がる。
着いた、と言う言葉に目的地に着いたのだと理解する。
だが同時に、どこが? と言う疑問。
見渡す風景は先ほどと代り映えのしない森の中。
見渡す限りの緑と木しか無い風景に、ここが妖精郷? と呟けば。
「違うに決まってるじゃない」
呆れたようにホタルが呟き。
「『妖精郷』はこの結界の先よ」
木と木の間の何も無い空間に、ホタルが近づき。
――――――――瞬間。
ざわり、と。
まるで森が意思を持って道を開いたかのように、空間が揺らめく。
「『ネイバー』と言う種族自体が『妖精郷』への鍵になっているのよ。だからアンタ一人じゃ絶対にたどり着けないってわけね」
言葉と共に、ホタルが空間の揺らめきへと飛んで行き、そのまま消える。
「……………………行くか」
目の前で見ていたから分かっているのに、ココ、ココ、と主張の激しいクエストガイドの矢印を見ながら自身もまた揺らめく空間へと触れ。
するり、と潜り抜けた先は地獄だった。
タグ機能いっぱい使えて最高の楽しい。