「ファムちゃんファムちゃん」
「はーいはーい……御用ですかー?」
やってきた店員さん……ファムというらしい可愛らしい少女に聞いてみたが、さすがに毒を受けなくなる防具なんて無いらしい。
それはそれとして王都でも指折りの防具屋だと自慢するファムの言にじゃあボス戦前に防具の新調するかとなったわけだが。
「ヒュドラの攻撃に耐えれる防具ちょうだい」
「…………」
「……ん?」
「……え?」
リコスの告げた言葉に、まるで言葉の意味が理解できないとでも言うかのようにぽかんとした表情をするファム。
「すみませーん。今何のって言いましたー?」
「うん、だからヒュドラ」
「……聞き間違いですかねー」
「ヒュードーラー。なんか頭がいっぱいある蛇のこと」
言葉を重ねるたびに顔が蒼褪めるファムに、リコスが首を捻り。
「ひゅ……ヒュドラ、ですかー」
「そうだけど?」
「あの……ヒュドラなんて伝説の怪物ですよー?」
「え? いたよ?」
「え?」
「え?」
「え?」
「南のほうの沼に、いたよ?」
「……えぇ?!」
「死の沼だっけ? そこに、居たよ?」
ぱくぱく、と言葉にならないと口を動かすファムに、そこまで恐れるような存在だっただろうかとリコスが首を傾げる。
確かに一度負けているが決して勝てない相手では無かった。
少なくとも街で対策して行けばもう負けるつもりは無い。
伝説の怪物、なんて言うが……あれが?
「な、何かの見間違いじゃないですかー?」
「頭がいっぱいある十メートルくらいの蛇でしょ?」
告げる言葉にファムが一瞬目をぱちくり、とさせ。
「……それ多分幼体ですねー」
「幼体?」
「はいー、幼体でしたら……まあとーっても珍しいですけど、過去にいなかったわけでも無いですー」
一安心、と言ったようにファムがほっと息を吐く。
「え、ちょっと待って滅茶苦茶大きかったよ?」
最低でも全長十メートルはありそうな巨大な蛇だったが。
「はいー。本当のヒュドラは五十メートルくらいはあるそうですからー」
「ごっ……ごじゅっ……」
あれの五倍?! という内心の言葉が驚きの余りに出ないほどに驚愕する。
確かに伝説の怪物なんて呼べるほど強くも無かったが、それでもあれの五倍サイズの化け物などプレイヤーに倒せる領域の物なのか、という疑問のほうが強い。
「そんなの本当にいるの?」
「正確には居た、でしょうか? ずーっと昔にそんなのが居たらしい、というくらいの話ですねー」
そんなリコスの疑問に答えながらもごそごそとカウンター裏で何やら物を探しているらしいファム。
「まあ幼体と言っても、ヒュドラに似ていてヒュドラよりも小さいからそう言われてるだけでしてー。実際は別の種なんじゃないかー、ってのが俗説らしいですよー?」
「へー、そうなんだ」
なんて気の無い返事を返すがシステム表示でヒュドラと出ていたので本当にあれはヒュドラなのだろう。
ということは本当にあれは幼体……つまりまだ赤ん坊か子供であり、本来のヒュドラというのはファムの言う通りのサイズということになる。
「勝てる気しねえな」
「そもそもヒトが戦えるような存在じゃありませんしねー」
クビナシの呟きに反応したファムが探し物を終えてカウンター裏から出てくる。
「取り合えずこれなどいかがでしょー?」
告げながらカウンターの上に置いたのは両腕につけるタイプの手甲だった。
黒っぽい色の金属製のソレはずっしりと重いが、リコスの種族は狼人属であり、筋力的には高めの種族なのでそれほど気にはならない。
「狼人族さんの場合だとー、こういうの人気なんですよー?」
表示される装備性能にふむ、と思案する。
店売りの性能としては悪く無い。アビリティも一つついているし、カテゴリー【D】は店売りとしてはそれなりに高性能であるという話だし。
すでにゲームのサービス開始から一週間以上が経過しているのでそれなりに情報も出てきているが、カテゴリーランクというのはあらゆるところに使われているらしい。
例えばモンスターの強さを示す指数として、或いは武器や防具、道具の品質を示す基準として。
現在報告されているものの中でカテゴリーはE~Bまで。
ただそんな中途半端で終わるはずも無いし恐らくA、またはSランクまでの5、6段階あると言われている。
モンスターの場合、【C】ランク以上の場合【BOSS】表示が付くとされており、ドロップアイテムが期待できるのもこのランクからである。
武器や防具の場合、【D】ランクからアビリティが付くとされており、ランクごとにアビリティの数は固定だと言われている。
勿論まだまだ検証待ちの部分も多いが、現状出回っている情報を総合するとそうなるらしい。
アビリティは防具についた追加効果のようなもので、プレイヤーに魔法しか存在せず、スキルという概念が無いこのゲームにおいてスキルの代替となり得るものとされている。
こちらもまた現状ではパッシブ系しか確認されておらず、アクティブ系アビリティが存在するかどうかは未だに判明していない。
基本的に武器や防具というのは普通のゲームのように性能を見ることができない。
というか通常のRPGと違って数値的なデータがほとんど
とは言えこれにもそれなりに例外があり、
がついてくる。
例えばクエスト報酬で獲得した物や、こうして店舗で買った物など、とにかく
逆にドロップアイテムで手に入れた物や他人から盗んだり、落ちていた物を拾ったりなどそういう場合にはデータが公開されない。
つまり詳細を教えてもらえるかどうかの有無、というのをシステム的に勝手に判断しているのではないか、という説が現状有力だ。
アビリティ【頑強不屈】:この防具で受ける衝撃を大きく軽減する。死亡ダメージを受ける時、確率でダメージを大きく軽減することがある。
「衝撃?」
ダメージなら分かるが衝撃?
「例えばー? こう、ハンマーみたいなので殴られた時、手甲は無事でも中の手はぽっきり、とかありますのでー? 衝撃は防具を浸透してきますのでー、それを防ぐ力がありますー」
思わず零した疑問にファムが説明を返す。
その説明を受けてようやくアビリティの意味を理解し。
「それに食いしばり系スキルかー。有能だね」
「リコスもゾンビアタックする?」
「しない」
「ゾンビは消毒よ」
「そんなー」
そんなコントをしている間にもファムは店のあちらこちらから防具を見繕い、持ってくる。
結果的に元より軽装のくりむ以外の全員が防具をいくつか新調し、クビナシが武器を新調したばかりで金が無くくりむに借りたこと以外は何の問題も無く、うきうきの気分で店を出た。
「まいどありですー」
一気にたくさんの防具が売れたファムが相変わらず眠そうな目でそれでも笑みを浮かべて見送る。
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い」
―――また来よう。
馬鹿たちはチョロかった。
* * *
「あ、そう言えば毒対策してない」
「あ」
「あ」
「あ」
「あ」
それに気づいたのは意気揚々とじゃあ蛇倒しに行くか、と南門に来た時だった。
防具新調でそれなりに所持金も減ったが、それでも今までずっと溜めてきた分もあるためまだそれなりに余裕はある、とは言っても散財するほどあるわけでも無いが。
「ファムちゃん確かそんな便利な物無いって言ってたよね」
「どうする? 他の防具屋行ってみるか?」
リベルの提案に少し悩む。
『SR』ゲーの他のRPGとの違いに関しては今更だが、現実的に考えて街に種別ごとに一つずつしか店舗が無い、なんてことあり得るはずも無く、普通のRPGと違ってLAOやユグドラでは大きな街に行くと同じ種類の店が何件もある、なんてことざらだ。
しかも値段とて一律なものでも無く、同じ防具が別の店では高かったり安かったりするのもしょっちゅうだ。
だから別の防具屋に行けば或いは……という考えもあるが。
「止めとこう」
「何で?
「ファムちゃんが知らない、じゃなくてそんなもの無いって言ったなら多分無いと思うから」
実際あの店は良かった。まだゲームを始めたばかりの頃にも別の防具屋に行ったことはあるが、ファムの防具屋はそれと比べてぱっと見ただけで分かるほどに格段に質が良い物が多かった。
ネットの情報によればアビリティ付きの防具というのは店売りではそれほど出回っていないらしい、それをさも当たり前のように出してきたあの店は
その店の店主……か売り子は知らないが、ファムが無いという以上、普通に入手するのはまず無理なのだろう。
LAOにおいてもそうだが、ユグドラでも流通経路というのが存在する。
特に販売店舗において、仕入れ先というのはその店の品揃えに大きく影響する。
だから良い品を仕入れる店は、それだけ仕入れ先が広いか大きいということになる。
店の品揃え一つである程度状況というのが分かるのだ。
「だからファムちゃんの店に無いならもう王都の店に無いんじゃないかな?」
それに知っているなら取り寄せるくらいできるだろう。他所の店にあるならそこから購入して売り付けることだってできるのだし。
「だから防具方面で対策は諦めようか」
「ま、しょうがないわな」
「万一あっても絶対高いだろうしな」
「防具新調したから金足りねえよ」
「クビナシは後で貸した分の金返せよ?」
さて、防具方面での対策を諦める以上他の方法を考える。
別に毒対策は絶対に必須、と言うわけではないのだが、準備はできるだけやっておきたい性質なのでやっておくことにする。
「やっぱ『どく〇しそう』しか……」
「だからゲーム違うだろ」
「LAO基準で考えるなら抗毒剤が良いんじゃね?」
「高くね?」
「まあ行くだけ行ってみようぜ」
メンバーの賛同も得られたので早速道具屋を目指す。
これもまた何件かあったが、こっちは普通の道具屋だったので三件ほど梯子し。
「あった、抗毒薬……」
「やっぱ解毒薬はねえな」
「オーソドックスなやつならあるけど、多分効かねえだろうしな」
「ていうか魔法で解毒みたいなのあるらしいぞ」
「神官がやってくれるらしい……神官?」
「クビナシを棺桶に詰めて持って行かないとな」
「だからそれ違うゲーム……ていうか俺かよ」
置いてあった抗毒薬を購入する。
要するに状態異常耐性を高めてくれるポーションだ。
ただし時間制限があるのでボス戦直前に飲むのが良いようだが。
「効果時間とか具体的に出してくれない辺りが不親切設計だよな」
「リアル重視ってことじゃないかな、そういう数値的な部分ほとんど隠されてるし」
「目に見える数値ってレベルくらいだよな」
「あのレベルも仕様が中々謎なんだけどな」
プレイヤー間でも割と議題になっているのだが、普通RPGでレベルの強弱と言えば単純な強さの強弱になるはずなのだが、ユグドラではレベルの差が単純に強さの差と言えない部分がある。
前作LAOではその辺りは普通に表示されていたので、ステータスがどうやって決定されているのか、どんな項目があるのか、レベルって結局何の意味があるのか、など不明な点が多い。
「それはそうとして、簡単なやつだけど毒の対策もできたし、行く?」
「そうだな、そろそろ行くか」
「あ、待て……そういやあれ試してみないか?」
「あれ?」
「何かあったか?」
さてそれじゃあ行くか、となったところでリベルが待ったをかける。
「ほら、前に掲示板で噂になってたの知らないか? 飯だよ飯」
「ご飯?」
「ああ、ゲームの中で食べるとバフが付くってやつ?」
「それそれ」
「あー……あったなそんなの」
「へー、まあ定番っちゃ定番かな?」
料理を食べてバフが付く、というのは割とRPGでは定番のシステムだろう。
どうやらユグドラにもそれがあるらしい、と以前話題になっていたのをリベルの言で思い出す。
王都の街にはそういう食事処も割と多い、探せばすぐに見つかるだろう。
「どこが良いかな」
「て言っても、違いなんて分かるはずも無いし、適当なので良いんじゃね?」
「だな、言っておいてなんだが俺もどんなものか一回見てみたいだけだし」
「有用そうならまた行くか」
「じゃ、アレで良いんじゃね?」
そう言ってくりむが指さすのは南門すぐ近くにある店。
人が出入りしてる上に、一瞬開いた扉から見えたのは中で多くの人が食事をしている風景。
ならそれでいいか、と五人で移動し、店の中に入って。
「私にも、私にも一口~~~!」
「わはった、わはったからひっはるな!」
正面のカウンター席に座る、身の丈を超えるほどの巨大な剣を背負った黒髪の少年と、その少年の頬を引っ張る緋色の髪の
久々に書くネトゲ小説楽しい……メタ会話できるし。
おかしい……一話分として書いたはずのプロット。イベント⑪まで割り振ってすでに二話書いたのにまだ③だ。
あと五話くらい書けそう(