「前回の反省をしよう」
「クビナシが悪い」
「突撃馬鹿が悪い」
「ゾンビが悪い」
「俺は悪くヌェ!」
リアルの諸事情から当初の予定よりさらにずれこんで数日。
ようやく五人で集まることができたので、ヒュドラに再戦である。
現実では数日でも三倍速で進むゲーム内ではすでに十日以上の時間が過ぎている。
その間にもプレイヤーたちによるゲームの開拓、そして情報の共有化は進んでおり、攻略ウィキのようなものもネット上にいくつか立てられているし掲示板でもスレッドが毎日のように新しくなっていた。
「取り合えずクビナシはちょっと落ち着こうか」
「だな……真面目な話、ボスとの距離が近いとフォローにも行けないしな」
「オッケー。とりま、ヒットアンドアウェイ意識してやるわ」
「お前の武器なら射程もあるし、つかず離れずでぶんぶん振り回してるだけでも意味あるだろうしな」
「こっちも魔法遠慮なしに使えるだろうし、そっちのほうがいいな」
ネトゲの本質は『効率』と『リソース』だ。
時間や労力、また金銭、つまりゲームをプレイすることに対して費やす物をリソースとするなら。
そのリソースを成果へとどれだけ変換できるか、その効率を求めるのがネトゲの基本だ。
勿論エンジョイ勢、つまり純粋にゲームを楽しむことは悪いことではない。
だがネトゲにおいて効率を怠れば怠るほど周囲に追い抜かれ、置いて行かれることになる。
そして極限までリソースを費やそうとする人間、自らの生活を削ってまでネトゲにリソースを費やす猛者たちを『ネトゲ廃人』と呼ぶのだろう。
とは言え、リコスたちのグループは基本的にリアル優先だ。
当然だが『廃人』たちよりもかけることのできるリソースは下がるが、結局リアルあってこそのゲームである。ゲーム、特にオンラインゲームを長期間プレイするコツはつまり現実とゲームの区別をつけることである。
まあそれはさておき。
「取り合えずさ、解毒手段だけでも揃えない?」
「あーそう言えば毒使ってたっけ」
リコスの提案にかげつらが納得したように頷く。
もっともかげつらだけでなく、他の面々も同じことは思っていたようでかげつらに続くように頷いていた。
「そもそも沼に一歩でも足踏み入れたら即座に毒になりそうな場所だったしな」
「でもこの世界で解毒手段ってなんだ?」
「『どくけ〇そう』とか」
「それ違うゲームだろ」
「LAOだと真面目に毒ごとに解毒手段が違うからやばかったしな……ユグドラもそんな気がする」
だいたいのゲームで毒は『毒状態』という一括りにされるが現実では毒と一言に言っても多種多様なものがある。
『SR』ゲーはその辺り本当に現実と同じように作ってくるので安易な解毒手段というのが相当に限られている。
特に前作LAOでは確認されただけでも百種類以上の毒があり、それぞれに解毒手段が違うというかなり凶悪な仕様になっており、たかが毒と侮ったプレイヤーの数々をポリゴンへと変えていった。
まあプレイヤーの場合、死んでも復活できる上に、復活した時には毒が消えているので解毒手段がすぐにないなら一回死んでリセットするのが一番手っ取り早かったりしたのだが。
「でもユグドラって魔法とかあるじゃん、なんだっけファンタジーシステム?」
「フィクションシステムな……まあ確かに現実的じゃない解決方法ってのもあるかもな」
「護符装備したら何故か毒完全に無効化したり?」
「あるある」
「んじゃ、取り合えず適当にショップ探してみよっか」
そんなリコスの提案に四人もオッケーと口にしながら王都を歩く。
とは言え『SR』ゲーである以上この王都もかなり広い。ミズガルズ大陸屈指の大都市であり、王族たちの住まう地であり、交通の、そして交易の要所なのだから当然である。
基本的にだいたいのRPGというのは必要以上には作られていない。
例えば『武器屋』『防具屋』『道具屋』『宿屋』の四種類の店があるが、それ以外の街並みは背景でしかなく、街で利用できる施設はそれだけしかない。それ以外に入れる場所も無いので必然的に迷うことは無いがけれど物足りなさもある。
例えば住人が十人前後はいるのに民家が三つしかない街だとか。特に関係ないし、マップのスペースも取るからこいつの家省いておこうみたいな製作者の手抜きを感じられる作品もある。
とは言え必要以上に作り込んでも『商業作品』としては無駄が多い故仕方の無い部分でもある。
リアリティの上げることによるクオリティの向上と言えば聞こえは良いが、物語に関与しないリアリティの有無がどれほどの収益に影響するのか、というのもある。
メリットデメリットを考えれば無駄というのはどんどん省かれる、まあ商業の必然である。
だが『SR』ゲーの場合、そもそも街並みから何まで全てコンピューターが演算して作り出す、つまり人手も掛からないのだ。
故にLAOもそうだったがユグドラにおいても街というのは巨大である。
何せ住人は数万にも及ぶこの王都において、本当に数万人全てが住むだけの住居施設があり働く場所があり、動きがあるのだから。そしてそれを内包するだけの土地と街を中央において尚余りあるほどの巨大な大陸。遊び甲斐があると言うべきか、無駄に大きすぎると言うべきか。
とは言えプレイヤーの移動速度もまた現実よりも大幅に上がっている。
特にスタミナという概念がほぼ無いので、精神的疲労さえ除けば無限に走り続けることができ、そのため移動速度というのは現実に比べて数倍以上になる。
とは言え街中は現実よりも雑多であり、整備はされてはいるものの現実のような技術は無いためどこか雑な幅な道には人がごった返しており走るに走れない。
その上王都自体は広大であり、どこに何があるのか、というのも分からないので。
「マップ起動しよっか」
「だな」
「正直無いとやってられん」
「こういう痒いとこに手が届くのはさすがって感じする」
「分かるわ」
基本的にリアリティを売りにしているこの手のゲームはマップ機能というものが無いのだが、前作LAOでもそうだったように広大な都市にマップも無しにひたすら迷い続けるということが無いように街に入った時に街専用のマップが表示できるようになっている。
ショッピングモールや遊園地などでパンフレットに案内地図が乗っているがまさにそんな感じの地図がホロウィンドウに表示されており、検索機能などもあるので目的に沿って場所を案内してもらうことが可能だった。
「どうしよっか……普通に道具屋行く? それともワンチャンかけて防具屋探してみる?」
「まあ道具屋は後で、先に防具屋のほうが良いんじゃないか?」
「かな? まあユグドラならそういうのもありそうだし」
「モンスターの素材とか使った防具とかありそうだし、そういうのなら案外毒無効あるかもな」
「金もまあまあ溜まってるしな」
レベリングのためにそれなりに狩りもしているし、そもそもギルドのための資金というのも始めた頃から溜めているので
とは言え実際こんな普通なら序盤で毒無効防具など買えないだろうから、あって軽減程度のような気もするが。
「あっても凄く高かったりしてね」
「あー……LAOだと抗毒剤くっそ高かったよな」
「王族必須アイテム……まああっても毒殺される時はされるけど」
「どっかのプレイヤーが作ってたやつとか凄かったよな」
「特等級アイテムだったけどオークションで競りまくられて至宝級アイテムと同じくらいの値段になってたしな」
「あれは時期の問題もあったな……ちょうどワールドクラスクエストでキングポイズンマーダー出てたし」
「世界毒の海化の危機!」
ワールドクラスクエスト。つまり世界規模の災害に発展しかけた問題をクエスト化したものだ。
LAOだとクエストに失敗し続けると問題が悪化し続けて割と良く起きてた。まさに週間世界の危機。
「あれは楽しかった……マッパで突撃してるやつもいたがな」
「『弱酸性ェ!』って言って」
「『VIT高いから毒とかセーフ』って言って」
「毒の海に飛び込んだら足から溶かされ沈んでいって」
「最後親指立てながらチャットで『アイルビーバック』」
「そのまま骨も残さず消えてたな」
「そらあれ物質ならなんでも溶かすし」
「あれは酷かった……」
「むしろ笑い過ぎて再起不能になってたやつも何人か……」
「そもそもあの人何しに来たんだって感じだった」
「良い空気吸ってたよな」
ネトゲというのは現実の顔というのは相手からは見えないので普段は落ち着いている人でもゲームの中では振り切った性格になるケースも割と多い。
そして死んでもリスポーンするというシステム上、デスペナもそれほど重いものではないため遊びと割り切って死ぬことすら楽しむことも多く、VRゲーですら殺されることを楽しむ上級者というのは一定数いたりする。
しかもそういうちょっと頭のネジが緩んだようなプレイヤーほど強かったりするから性質が悪い。
「まあ毒蛙さんも最後には綺麗に吹っ飛んだけどな」
「ボマーか……あれも笑った」
「子供の頃にやってた残酷な行為というやつだな」
「お尻に爆弾突っ込んで体内から爆発はちょっとグロかったかな、私には」
「爆発四散」
「そして〆の言葉は」
「『へ、汚い花火だぜ』」
「あの人絶対に昔の漫画好きだよな」
「昔の名作として前にTVでやってたけど、何十年前の漫画だよ」
何てことを話していると、ぴこん、と視界の端でマップアイコンが鳴った。
どうやら目的地の一つに到着したらしい。
大通りの一つ、中央の王城から南門に真っすぐ伸びる道の通りに面した店の一つがどうやらそれらしい。
現代と違いガラスのショーウィンドウなんてものは無いので入ってみなければ分からないが、看板に鎧のマークが書かれているので恐らく合っているだろう。
「ここかな?」
「っぽいな」
「だろうな、何か看板あるし」
「ま、取り合えず入ってみようや」
「だな、窓からそれっぽいの見えてるし」
入口の木製扉を開き中に入る。
窓の外から中は余り見えなかったが、こうして中に入ってみれば棚に並べられた鎧や籠手、盾などがあり、同時に店内にこもった臭いに思わずむっとなった。
「うへえ……換気されてないから臭いが」
「ん? そんな気になるか?」
「まあ多少臭うな」
「ほら、リコスの場合中身も女だし」
「俺も女だぞ……外見は」
「アバターはだろ」
リベルのジト目で見られながらもさして気にした様子も無くくりむが中の様子を伺う。
というか店員、というのはいないのだろうか。
生活様式というか文化が現代とは違う、というかお国柄というのも違うので割とその辺は現代の常識を持ってくると差異が出るのが『SR』ゲーというものなのだが。
「今日休日、とかじゃないよね?」
「でも店開いてるぞ?」
「まあ適当に見てようぜ」
「その内来るだろうし、そうするか」
品揃えは悪く無い。
単純に鎧と言っても皮、鉄、鋼や魔物素材から謎の鉱石まで素材からして違いもあり、兜、胸当て、腰当て、膝宛て、手甲、靴など部位ごとにも置かれている。
盾も全身を覆うような大盾から片手に装着するような小盾までありここで一式揃えるだけで中々の戦力アップになるだろう。
特に『SR』ゲーは防御力と言う概念が基本的には無いので、防具も武器と同じか、それ以上に重要になる。
使われている素材とそれを作る技術、その両方で硬度や軟度の違いが生まれ、硬度の高い防具ならそれで殴ったり蹴ったりするだけでもそれなりの威力が生まれる。
RPGにおいて防具は直接的な攻撃力に影響しないことが多いが武器しか使わない過去の2Dならともかく、VRゲーにおけるRPGやアクションは全身を使用して戦う仕様上、防具で殴れば防具の性能によってダメージが大きく変動するし、防具を使って格闘する場面というのは多いため防具の質というのは馬鹿にできない。
「ていうかこれ、何? え? 何?」
「なんで防具が虹色なんだ」
「すげえ派手なんだけど、草生える」
「虹色鉱石……狩猟ゲーかな?」
「おい馬鹿止めろ」
現実には存在しないようなファンタジーな色した鉱石を使った防具に笑ったり。
「お、これかっこいいな」
「籠手に返し刃みたいなのついてるんだけど」
「これでぐさーっと……?」
「でもこれ向き的に自分に刺さらね?」
「呪いのアイテムだったか……」
ロマン溢れるけど実用性が無い武器を見てはしゃいだり。
「これやばくない???」
「やばいな、まじやばい」
「語彙力が死ぬ」
「めっちゃつよそう、かっここなみかん」
「そしてお値段もやばい」
性能が高そうな防具を見つけ、その値段の高さに白目を剥いたり。
思う存分に店の中で騒いでいると。
「……お客さん?」
店の奥、カウンターの向こう側の敷居を開けて一人の少女が現れる。
年の頃十三、四と言ったところか、やや小柄な少女だった。
頭に巻いた赤い三角巾から見える髪色は金であり、こちらを見つめるその瞳は翡翠色。
白いシャツの上から黒のエプロンドレスを付けた少女は少し眠たげに目をこすりながらこちらを見て不思議そうに首を傾げ。
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い」
馬鹿の心が一つになった瞬間だった。
二章終わったら一回魔物図鑑作る。
というかプロット作ってみて、11段階にイベント分けて『今回の話』これでやろ、って決めてたはずなのに2段階で一話書きあがってしまった。
ちょっと説明的な文多かったかな??