【BOSSモンスター】《毒蛇ヒュドラ》【カテゴリーC】
脳裏に直接流れ込んでくる情報に、これが沼地のボスなのだと確信する。
「後退!」
と、同時にリコスが叫び、弾かれるように全員が後ずさる。
リコスたちを見やり、牙を剥いて威嚇する蛇が再び沼へと潜りながら、沼を滑るような動きでこちらへと接近してくる。
こちらが沼の淵から十メートルは後退した地点で、蛇が沼から上がってくる。
ぬるり、ぬるり、と蛇がその体を現す、現す、現す。
「で、でかくね?」
思わず、と言った様子で呟いたかげつらの言葉に誰も答えない。
当然、と言えば当然なのかもしれない、目の前を十メートルを優に超す蛇が
しかもその首は半ばから五本ほどに別れており、それぞれの頭がこちらを睨みながらチロチロと舌を出していた。
「うへえ…………向こうはやる気満々だぜ、どうする?」
「いつも通りで良いだろ」
「そうだね…………取り合えず、いくよ、ラムネ」
――――がってんやで~あるじ~。
胸の内側から聞こえる気の抜けた声に苦笑しながら。
「『
静かに呟き、それから大きく息を吸って。
「いっけえええええええええ!!!」
絶叫染みた声が響くと同時に、全身から活力が湧き出す。
声を通して魔力を発し、味方の能力を支援するバフを与える。それがリコスの魔法『
声を聞いた仲間全員にかかるため上昇量は低めではあり、ソロプレイだとそれほど恩恵を実感することはできないが。
パーティの底上げとしては十分過ぎる。
そもそも特に事前の準備も無く、対象を絞る必要もなく、自動的に敵味方の認識識別がされ、しかも範囲は声の届く限りの数の『味方全体』に能力上昇バフが付くのだ。前作LAOのようにギルドを結成し、規模を拡大して、レイド戦を行うならばその効果は破格と言っても良い。
「おっしゃあ! 一番乗りもらい!」
バフによって上昇した身体能力は、クビナシのような元の値が高い種族ほど効果がある。
パワーアタッカーとは思えないほどの俊敏な動きで蛇との距離を詰めたクビナシがそのハルバードを振り上げて。
「アハハハハ! 吹っ飛べえええ!!!」
突っ込んできた獲物へと首を伸ばす蛇へと目掛けて思いきり叩きつける。
肉厚なハルバード刃が蛇の頭部の鱗をいともたやすく砕き、その頭蓋を圧し折り、五本の頭の内の一本が砕け、柘榴のように弾けた。
「うわ、ぐろい」
飛び散った体液と肉と骨の描写がリアル過ぎて正直グロテスクにもほどがある。砕け散った蛇…………ヒュドラの頭部もだが、残った四本の頭に噛みつかれ四肢を食いちぎられながらも笑みを浮かべさらにハルバードを振り上げているクビナシもやばい。
「あのバカ、突っ込み過ぎだろ」
ため息一つと共に、リベルが蛇の脇を抜けながらその槍を振りかざし。
「もらうぞ、クビナシ」
全身を流血させながら再びハルバードを振り下ろし、さらに蛇の頭の一本を潰したクビナシが咄嗟にリベルへと手を伸ばし。
ぱん、とリベルもまた伸ばした手を一瞬触れ合う。
「『
呟きと共に。
「それじゃ、潰すか」
頭の付け根、蛇の最も太くなった胴部分へと槍を突き出す。
頭とは違う、鱗が幾重にも重なった最も防御力の高い部分だったが、槍があっさりと胴体を貫き、蛇が悲鳴を上げる。
『収集』の魔法はその名の通り『集める』魔法だ。
接触した他人の『能力値』を集め、一時的に自身の物とする魔法。
すでにクビナシ以外の全員がリベルへと触れ、その能力値を渡し。
バフでブーストされた最も能力の高いクビナシの能力をも引き継いだ今のリベルは、単純計算で同レベル帯の5,6倍ほどの能力値をしていることは間違いない。
「せい、の! うらあああああああ!!!」
さらに追撃とリベルが槍で貫いた胴体を
つまり、自身たちのほうへと。
直後に、リベルの魔法が解除され、全員のステータスが戻ってくる。
そうして目の前にはクビナシに首を二本潰され、リベルに胴体を穴あきにされて弱り切った蛇の姿。
いくら全長十メートルはあろうという怪物だろうと、ここまで弱ってしまえば恐ろしさも半減だ。
「攻撃!」
「おっしゃ!」
「任せろ」
自身が叫び、飛び出すと同時に、他の二人も攻撃を開始する。
左手の盾で近寄らせまいと首を伸ばす蛇の頭の一つを弾き、もう一つの頭は右の片手剣で貫く。
いや、貫こうとしたが鱗に阻まれて貫くまでは至らなかった。
さすがにボスと言った所か、これをあっさり叩き潰したクビナシの力は尋常じゃない。
だがそれでも喉をついたことで、蛇が一瞬怯み。
「そらああ!」
その隙を逃さず、かげつらが大剣を振り回して怯んだ首を圧し折る。
現実世界に忠実なのか知らないが、この世界の大剣は鈍器だ。分厚い刃は切るためでなく、圧し折るための道具である。かげつら的には不満らしく、刀が欲しいと言っていたが、王都でも見なかったので、多分相当に困難だろうとは予想される。
まあそれはさておき、これで残りの首は二本。
そして盾で弾かれた一本とは別の首がこちらを襲おうとして。
「『
一瞬にして、蛇の頭が炎上した。
「ハンッ、燃えろォ!」
魔法がそれっぽいということで意味も無く杖装備にしたのに、何故か杖を持っていない左手に炎を纏いながらくりむが自身の魔法『陽焔』を放つ。
この『ユグドライフ・オンライン』にも属性と呼ばれるものが存在することはすでに検証されている。
北欧神話からなぞらえて『火』『水』『氷』『地』『風』の五元素、もしくはファンタジー物ではオーソドックスな『火』『水』『地』『風』の四元素(前作ではこの四元素だけだった)と考えられていたが、それ以外にも最低三十種以上もの属性が存在することがすでに判明しており、くりむの魔法はその中でも『太陽』の属性を宿す。
『太陽』は三つの属性の複合であり『火』と『退魔』と『浄化』だ。
特に『退魔』というのがかなり使い勝手が良い。何せモンスターとは『魔力』で存在が変質した生物故に、この『退魔』属性というのは大半のモンスターに通用する。
そして『浄化』の属性はこういう『毒』を持った相手には意外と通用することが多い。
故に。
ギイイイイイイイイアアアアアアアアアアォォォォォ!!!
蛇が悲鳴を上げる、悲鳴を上げてぼろぼろと焼け付いていく頭がのたうち回り、けれど炎が消えず、やがてくたり、と動かなくなる。
これで、残り。
「一本、だな!」
待ってました、とクビナシが文字通り、首根っこを掴み。
「ふんっ!」
『デーモン』の剛腕で、力任せにその首を
「だからお前はなんでそうグロいことばっかするんだよ!?」
リベルが顔をしかめ呟く言葉に、けれどクビナシは笑ってばかりで答えない。
「うわあ……………………うわあ……………………」
思わず二度言ってしまうほどに凄惨な光景に、そっと目を逸らしながら。
「とりあえずこれで終わりか?」
くりむが首を傾ける。何気に中身は自分たちの中で一番上らしいので、こういう光景の中でもリコスたちほど精神的なダメージは無いようだった。
「はー疲れたあ」
嘆息しながらクビナシが血の海と化したその場に座り込む。
「おま、さすがにそれはねえわ」
かげつらが顔を引きつらせながら言うが、全身を赤に染めた
と、その時、ふとクビナシが首を傾げた。
「あれ?」
「ん? どうかしたか? ついに自分の存在に疑問を持ったか?」
「いや、なんで回復しねえだろうなって思って」
「は?」
そんなクビナシの呟きに、リベルが一瞬疑問顔になり。
「離れろ! クビナシ!」
直後、ハッ、となって叫ぶと同時。
蛇の五本の頭がぐじゅり、と音を立てた。
「は?」
リベルの声に、クビナシが顔を上げた瞬間。
ぶくぶくぶく、と蛇の傷口から泡が吹き上げると同時に、潰れた頭が、引き抜かれた首が、焼かれた皮膚が、切り裂かれた鱗が
「クビナシ!」
咄嗟に叫ぶ、だがすでにもう遅い。
座り込んでいた分だけ、動きが遅れた。一秒にも満たない僅かな時間の差が命運を分ける。
再生した五本の首が伸び、クビナシの体を次々と捉え。
その全身を絡めとり、力任せにバラバラに引き裂いた。
その体がポリゴンと化し、光となって消えた直後、蛇が怒りと共にこちらへと威嚇する。
「…………再生能力とかありかよ」
「ボスにしては弱いと思ったら、なんだそれ」
「どうする? 私は撤退を押すけど」
「だな…………正直準備も無くこれ以上はきつい」
じりじりと全員で後退しながらの会話だったが、誰一人としてアレに立ち向かうという意見はなかった。
「『陽焔』!」
くりむの両手から放たれた炎が蛇へと降り注ぐ。
けれど五本の頭のそれぞれが口を開き、その喉奥から紫色のヘドロのような何かを炎へとぶつけると、炎がシュン、と音を立てて消える。
「『
身体強化のバフを再度発動させながら、それを合図として全員が走りだす。
振り返れば蛇は動かない。
どうやら追ってはこないようだったが、それでもとにかく安全なところまでは走って走っては走り抜けた。
沼から森へ、森を一直線に抜けて平野へと出てくる、視界の先、遠くのほうに王都が見えた時、ようやく全員が足を止め、そのままその場で崩れ落ちる。
「ぷは~…………なにあれえ?」
「取り合えず、毒ブレスか何か使ってたな、最後ちらっと見えたぞ」
「その前に再生効果だろ、首全部落としたのに生え変わってくるのかよ」
「神話モチーフっぽいな。あれだろ、フィクションシステムだったか? ああいう物理演算無視しまくったのだいたいそれで片づけてるらしいぞ」
VRの中故に体力切れ、というのは無いのだが、精神的な疲労感は存在する。
特に極めて現実との差異が薄いSR産ゲームの中では、感じる恐怖が現実との差異が無いため、戦闘という行為自体は一種のストレスになる場合も多い。
そのため、ゲームの公式HPでも疲労感を感じる場合はすぐに休憩を挟むようにという注意勧告が時々ある。
「クビナシもデスペナしてるし、今日は一旦解散かな、みんなもそれでいい?」
「だな…………取り合えずネットであの蛇については探ってみるかあ」
「頼んだリベル。俺は今日はもう寝る、正直ぐったり感がひどい」
「俺も明日仕事だから落ちるわ、明日はちょい遅くなるから、インできないかも」
「あー、くりむ会社員か、それは仕方ないね、じゃあクビナシ次第だけど明後日もう一回挑戦かな?」
「悪いな」
「いいよ、リアルの都合は仕方ない」
また明後日、と言いながらくりむがログアウトし、そのアバターがポリゴンとなり、光となって消える。
それを見送りながら残った三人で、さて、と呟き。
「どうしよっか」
「とりあえず、描画設定変えよう」
「だなあ」
そんなかげつらの提案に、一も二も無くリベルが頷く。
描画設定とは、全十段階で区切られた『どこまで現実的に描写するか』の規制ラインだ。
わかりやすく言えば。
「クビナシ対策だな」
流血表現、などがかなり控えめになる。
これを高めに設定すると、部位欠損しても欠損部位が光ったりするだけで、血なども光で誤魔化される。
逆に低めに設定すると欠損した肉体の内部まで詳細に描写される。
リアリティを重要視すると低めにすることが多いのだが、さすがに今回のはグロテスク過ぎるというのが全員の共通見解だった。
チュートリアル時、これは強制的に最大ラインまで高められているのは、恐らくやるならチュートリアル終わって自己責任でやってくれという運営側の意向なのだろう。
実際、これを最低値まで下げておくと、猟奇的なほど描画が細かくなるので、だいたい下から二段階目か三段階目くらいがちょうど良いとネットでも言われている。
「それから、次は対策練っていかないとね」
「だな…………と言っても、実際のところそれほど強いボスでも無いよな」
リベルの言葉に、自身もかげつらもまあそうだ、と頷く。
そう実際のところ、あの蛇…………ヒュドラはそう強いボスではない。
実際、途中まではこちらが圧倒していた。正直リベルが胴体を貫いた時、それで終わりだと思っていたし、クビナシが最後の一本の首を引き抜いた時は、ドン引きもしたがそれでも倒したと確信していた。
「けどよく考えたら、体が残ってる時点倒してるはずなかったよね」
「だなあ、首落としてどてっ腹刺されて死なないとは思わなかったから、油断してたな」
「俺も正直倒したと思ってたわ」
そう、よくよく考えてみればモンスターなら倒せば黒い粒子となって消える。
体が残っている時点でそれはまだ倒していないということである。
完全に瀕死になっているので、もう倒したと錯覚させられてしまった。
まさかあそこから落とした首が全て復活するなど予想外にもほどがある。
「とは言っても、そう不思議じゃないのかもな」
「どういうこと?」
「ヒュドラって神話のほうだとそういう生物だからな、首を落としたら落とした断面から首が二本生えてきた、とか」
「増えて…………は無かったよね?」
再生はしていたが、増えてはなかったはずだ。後半慌てていてはっきりと確認したわけじゃないが。
「あくまで神話の話だからな、そのままを再現してるわけでも無いだろうし、再生するっていう性質だけ持ってるのかもしれないな」
「へー…………でも元ネタってのがちゃんとあるんだよね。今度からボスの名前が分かったらある程度調べてみてもいいかもね」
傾向程度でも元になった逸話があるなら参考程度にはなるかもしれない、そんな自身の意見にリベルも頷く。
「まあ名前が分かった時にはすでに遅いこともあるけどな」
「むしろそれが大半だよな」
「元ネタが関連してるかどうもあるし、本当に参考程度だね」
まあ無いよりはマシだろう、とは思う。
「っと、もういい時間だな」
「あ、ホントだ。こっちもそろそろ落ちるね」
「おう、俺はもうちょい色々遊んでくかな」
「かげつらってけっこう夜遅くまで遊んでるけどニートなの?」
「失礼なこと言うな、明日は1コマ目の授業取ってないだけだっつうの」
「悪い、先落ちるぞ」
「乙ー」
「乙」
リベルの姿がポリゴンとなり、光となって虚空へ消える。
それを見送りながら自身もまたログアウトボタンを押し。
「それじゃ、お疲れ」
「おう、お疲れー」
視界が反転し、黒に染まっていく。
直後、ユグドラの世界から消失した。
不死の魔法は?
発動する前に死んだ。そら、戦闘終わったと勘違いしてたんだから、魔法使うわけないです。そして魔法ってのはだいたいアクティブスキルです。
あと質問だけど、モンスター図鑑ってあったほうがいい?