じめじめとして、カビ臭い牢屋の壁から視線を移しながら、一つ嘆息する。
こんな場所に閉じ込められて早二日。
ログアウトの時間経過も含めているため、ゲーム内で過ごした時間は半日ほどだが、その間このかび臭い牢獄に閉じ込められていたのだから体感的にはそれ以上に感じていた。
――――まだかしらね。
自身の内側で、『ネイバー』の少女、ホタルが退屈そうに呟く。
ホタルもまた、自身の内側に
「にしても迷惑な話だ」
そもそもどうして自身が牢獄に入れられているのか、ナグモは思考する。
言っておくが、自身は犯罪を犯してなどいない。つまり無実だ。
なのに牢獄に拘留されているのは、それが冤罪だと確認が取れていないからである。
「次に
疑わしきは罰せずの日本の精神を見習ってほしい。
つまり、そういうことだ。
自分ではない、ナグモ、という名前のプレイヤーがどこぞの街で爆弾魔として大活躍して悪名を広め、そのせいで同じ名前の自身が捕まっている。
――――迷惑な話よね。
「ホントだよ、全く」
幸い、というべきか、まだ疑いの段階だからか、枷などは付けられていない。
といっても、だからと言って抜け出そうとすれば本当に逮捕になりかねないからやらないが。
「それにしても…………爆弾魔、ねえ」
なんとも聞き覚えのある名前だ。
* * *
モンスターとは、つまりその体が魔力によって変質した存在である。
その強さは、魔力物質へと変質してしまった割合に左右される。
高いほどに強くなり、同時に
逆もまたしかり。
「やっぱ道中の雑魚狩ったくらいで早々レア物は出ないかあ」
別に必要でなくとも、レアドロップが出たなら嬉しくなるのはゲーマーの性と言えるのではないだろうか。
まあそう簡単に出ないからこそ、レアドロップなのだが。
テスタメントの街を出て、真っすぐ南へと進んでいくと、『ミュルクヴィズ』と呼ばれる森に入る。
ミズガルズ大陸最大規模の森であり、大陸南部から西部までの半分以上を覆い尽くす。
全体的に自然の豊かなユグドラ世界にあって、尚、度肝を抜くスケールの森林である。
ただ現実でのアマゾンなどとは違い、長く細い地形をしているため、奥行き、というのは実はそれほど無い。
直線的に抜けようとすると、意外とその距離は短く感じられる。
特に、南方都市への道は伐採され、切り開かれているため、大半の人間にとって、この森を通ることなど実質的には西方都市へと行く場合くらいにしか無いらしい。
と言っても冒険者は別だ。森は有用な資源供給地だ。木や果物などから、動物や、果ては魔物まで、需要はいくらでもあるのだ、冒険者の大半がそうやって毎日の生活資金を得ている。
「思ったより敵が弱いなー」
巨大な
強いとか弱いとか以前に、大半の敵がその巨大な獲物と『デーモン』種の剛腕から繰り出される一撃で真っ二つとかどういう筋力しているのだろうか。
「お前の馬鹿力で物を測るな」
呆れた声で、リベルが告げる。
「というか、クビナシ相変わらず極振り型かよ」
バカじゃないのか、という内心の声が聞こえてきそうな表情でくりむが嘆息した。
「正直今回はパーティプレイだし自重しようかと思ったけど、魔法がぴったり過ぎて思わずやってしまった、後悔はない(キリッ」
口でキリッ、とか言うなよ、と思いつつ。
『
それがクビナシの魔法だ。
昔からRPGなどによくある効果で。
『即死級ダメージを受けた時、確率でHPを1残す』
と言った効果が一つ。
それからもう一つが。
『HPが0になった時、一定時間行動ができる』
そして持っているのがハルバード一本。あとは初期装備の服だけ。
そのハルバードはクビナシが全財産を叩いて買った、間違いなく現時点での自分たちの中で一番強力な武器である。
そして『デーモン』という種族。
チュートリアルの時に説明されたのだが『デーモン』という種族は総じて身体能力が高い。だがデメリットとして特定の手段でしかエネルギーが回復できない。
問題はこのエネルギーという部分。これはつまりHPのことだ。
そして『デーモン』種族は通常HP回復を受け付けない。魔法やアイテムを使っても回復できない。
じゃあどうやるか。
『敵を倒すことによって倒した敵の強さに応じてHPが回復する』
因みにだが、これはHPが0になった時でも回復する。致命傷を負いながら敵を倒しても復活できる。
種族、魔法、装備。これら全てを鑑みて、クビナシの戦法がもう分かるだろう。
ノーガード戦法と本人が呼ぶそれは、自分たちから言わせてもらえばただのゾンビアタックだ。
描写がリアルなユグドラでそんな真似されたら…………見ているだけで気持ち悪い。
「さすが首が取れても平然と走って敵を殺しに行く男」
「キチガイだろ」
「分かってたことじゃん」
「分かりたくなかったわ」
「褒めるなよ、照れるだろ」
褒めてねえよ、と言ったところで意味など無い。
この男、心臓に鋼鉄の毛が生えているというか、もう心臓が鋼鉄製だろってレベルなのだ。
まあそれでもボス戦などでは頼りになる特攻隊長だ…………鉄砲玉にしか見えないけど。
「まあ
リベルが嘆息しつつ呟く。何だかんだこのパーティのまとめ役にいつの間にか収まっているリベルだが、本質的にはクビナシと大して違いが無いことは自身を含め、パーティメンバー全員の知るところだ。
「それよりリコス、クエスト文もう一回見せてくれるか?」
「え、ああ、うん…………おっけおっけ、今開くねー」
メニュー画面を開き、意識操作だけで『クエスト状況』画面を開く。
基本的にクエスト文などは本人だけにしか見えないものだが、例外的にパーティを組んでいる場合のみ、パーティメンバーにも表示される。
たった一つだけ表示されたクエストウィンドウを開き。
シンプルな一文だった。
シンプル過ぎて、他に解釈の余地が無い。というか余計な情報がほぼ無い。
唯一気になるのは…………。
「死竜の毒沼、ねえ」
今から自身たちが目指す場所もまた『死の沼』と呼ばれている沼らしいことを考えると。
「どう考えても目的地のこと、だよなこれ」
「だよなー」
「だねえ」
竜が死ぬ沼ってなんだろう、というか毒沼って。
「毒消しとか持ってる人ー」
「持ってないぞ」
「持ってないな」
「持ってない」
「無いな」
因みに自分も持っていない。
毒沼とか、歩いただけで毒になりそうな場所で、毒消しも無しに行く。
「…………あれ? やばくない?」
「やばい、というか完全にしくじったな」
「まあいざとなれば、なあ?」
「クビナシファイナルヒトミゴクウラストクラッシュだな」
「待って、それ俺死んでない?」
いや、ファイナルとラストで被ってる、とかただの自殺特攻だよね、とか思うことは色々あるが。
「やっぱり街で思ったほど情報出なかったのが痛かったかなあ」
「だな…………まあ『死の沼』なんて名前付けられてる時点で避けられてるのは分かってたが」
「聞き込み回ってみたけど、分かったことなんて『なんか怪物が住み着いてる』『行く人は皆無』『南の森の向こう側にある』くらいだったしな」
実際、不自然なほどに『死の沼』に関する情報は少なかった。
行った人、というのも一人も居なかったし、どこか妙な気もするのだが。
「今回は様子見にしとく?」
「だなー、失敗してもクエスト失敗にはならないタイプみたいだし、ボスのパターン見るくらいで良いんじゃねえの?」
「それが賢明だな」
「行けそうなら行けばいいし、まあ失敗しても良いってのは気が楽だよなあ」
『SR』産ゲームのクエストは、失敗するとそのまま二度とクリアできなくなるようなクエストも多々あるので、失敗しても大丈夫、というのはそれだけで難易度的にはぐっと低くなる。
極稀に失敗したら世界が滅ぶようなクエストもあったりするが、そういうのは大抵連動して他のプレイヤーにもクエストが発布されており、自分が失敗しても他の人が、という風に処理される。まあ本当の本当に全部失敗したら世界が滅ぶ…………のかもしれないが。
そういう危険なクエストを大体二度か三度失敗が続き、段階が進むと、大型レイドボスとして出現するようになるので、レアドロップ求めたプレイヤーが大挙して押し寄せ、骨の髄までしゃぶり尽くされる姿を見ていると、まあ滅亡エンドとかあり得ないんだろうな、とか思ってしまうが。
* * *
ごぽり、と沼の底から噴き出した泡が水面で弾け、空気に溶けて消える。
その度に、紫毒色の瘴気が視界を染めていく。
少し迷いながらも『ミュルクヴィズ』を抜けた先に広がっていた光景に。
「…………うわあ」
思わず声が漏れた。
「…………間違いないなこりゃ」
「だろうな」
「これ以外にあったらそれはそれでビビるわ」
「…………ひっでえな」
他四人も似たり寄ったりな感想なのだろう。顔を顰めながら、視界の先、薄紫に染まる景色を見つめた。
広がるのは紫色に染まった濁水。沼の底からぶく、ぶく、と時折泡が浮かんでは水面で弾け、その度に紫色のガスのようなものが噴き出し、空気に交じっていた。
土の色まで紫がかって見えるのは恐らく、濁水に溜まった毒が水分と共に揮発し、けれど空気中で再び凝固して地上に降ったからなのだろう。
『死の沼』確かにそんな呼び名がぴったりだった。
毒に侵された地上には草木一本無い。呼吸するたびに、肺が痛むような錯覚を起こすほどの空気の悪さ。
時折水面を跳ねる魚のような生物が見えるが、あれは本当にこんな場所で生きているのだろうか。ゲームの中だと分かっていても生命の神秘を感じずにはいられない。
「それで…………ボスは?」
「「「「……………………さあ?」」」」
問いかけた言葉に、けれど全員が首を横に振った。
視界が悪い。ガスというかスモッグだろこれというレベルで、視界にもやがかかっている。
しかも広い。無駄に広い。薄っすらとだが見える限りで向こう岸が見えない。
「厄介な地形だなあ、これ」
「だな、ボスが沼にいるとしたら、まず釣り上げるところから始める必要があるしな」
思わず愚痴った言葉に、リベルが頷いて追随する。
視線が通らない、というのはVRゲームにおいて特に問題になる。
過去のカメラ目線でキャラクター全体が見えているディスプレイ型ならともかく、プレイヤーキャラクターの目線が自らの視線を合致しているVR型では、キャラの視界が悪いことはイコールでプレイヤーの視界も悪いということになる。
とは言え、VRは全感覚対応だ。確かに視界が悪くとも、普通なら他に音や臭いなどで把握も可能だろうが。
「鼻の曲がりそうな臭いがしてる…………なんていうか」
「腐臭、とでも言うか」
「それだね」
沼全体から腐臭が漂い、嗅覚も使えない。
「音も、ダメか」
「ごぼごぼうるさいしな」
「さすがに間近に迫ったら音で分かるかもしれないが」
「逆に言えば接近されるまで音じゃ気づかないだろうな、ってことだよな」
沼全体が沸騰したようにぼごぼごとガスが泡となって噴き出しているため、細かい音が聞き取りにくい。
決して大きい音ではないのだが、細かく断続的に続く耳障りな音が集中力を削いでくる。
つまり、視界が悪く、音も聞き取りづらく、鼻も効かない。
「奇襲してくださいって言わんばかりの場所だね」
特に紫に染まった濁水に隠れられたら絶対に気づけない。水中を進む音など分かるはずも無いし、影が出来てもこの視界では相当に気づき辛いだろう。
「取りあえず沼の傍から少し距離を置いて」
――――それから少し探索してみよう。
そう言葉を続けるより早く。
ごぽ
泡が吹いた。
ごぽ、ごぼごぽごぽ
泡が、泡が、泡が。
ごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽ
泡が、吹き出し、噴き出し。
ざばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ソレが沼から顔を出した。
「――――――――」
言葉を失い、目を見開いて固まる自身に。
ぎょろり、と。
直後。
「シィィィ」
ちろり、とソレが一瞬舌を突き出す。
「……………………蛇?」
誰かがソレの正体を言い当てると共に。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ゆぐゆぐ引いた。ならば今日はユグドラ更新。
パーティメンバー
リコス⇒種族『ビースト』の狼人族。魔法『??』
PC2。片手剣装備。前作LAOでギルマスやってた人。
クビナシ⇒種族『デーモン』。魔法『不死(ターンデッド)』
ハルバード装備。筋力特化型デーモン。紙装甲だが魔法で耐えて、必殺の一撃、という戦法。
かげつら⇒種族『ヒューマン』。魔法『??』
大剣装備。いつか太刀を装備したい。それで魔法と合わせてネタやりたい人。でも設定的年代から考えて凄い古い。
リベル⇒種族『アウター』のエルフ。魔法『??』
長槍装備。リーダーじゃないけどまとめ役っぽい人。基本クビナシの首根っこを抑えておけばこのパーティはまともになる。
くりむ⇒種族『ビースト』の狐人族。魔法『??』
杖装備。十年以上前の『ミコーン』な狐巫女やりたいらしい。あとネカマ。
その他
なぐもん⇒種族『ヒューマン』。魔法『強化(エンフォース)』
PC1。大剣装備。冤罪で補導されて現在牢屋。