『戦争』の開放。それがプレイヤーたちの間に呼び起こした波紋は、決して小さなものでは無かった。
この『ユグドライフ・オンライン』の世界が決して平和な世界ではないことは、チュートリアルの時点で全プレイヤーが認知していた事実だ。
そしてそこに追い打ちをかけるかのようなこの運営からの知らせに、そこに書かれた『戦争』の二文字に、嫌な予感を覚えるプレイヤーは多かった。
だがこの機能が開放されてゲーム内で早一週間。
* * *
「うーん、また情報が出てきたかあ」
南、死の沼、証。
今しがた街の住人から聞いた話を総合すると。
「南方の沼地にいるボスを倒すと、
さっそくフレンドチャットを起動し、一斉送信を押す。
「『やっぱりこっちでも情報あったよ。南の沼地だって。一度みんなで集まろうか』」
ダイブ型のVRゲームではその性質上、チャット機能を利用するのに、昔のゲームのようにキーボードをカタカタと打つ、ということはできない。だから、基本的にVRでのチャットの使い方は『音声入力』か『思念入力』の二択が採用されている。
音声入力は、マイク機能を使った昔からある方法ではある。変換機能のほうも世代を追うごとに改良され、今ではほぼ入力内容に誤りは無い。ただ、声を出すという
思念入力は、文字通り、念じることで脳内のイメージをVR機器に読み取らせ、それを入力、変換する方法となる。この方法の利点は、先ほどの音声入力と違い、声を出す必要がないこと。場合に寄るのだが、例えばモンスターに見つかりたくない場合などに使われる別名無音声入力とも言われる。
さらに音声入力と違い、入力が一瞬で済むため、慣れた人たち同士ならば数秒の間に十も二十もチャットログが流れることになる。
ただし、こちらはイメージがあやふやだったり、ブレたりすると、読み取りが上手く機能せず、誤字が多かったりするので、一長一短、割合好みで使い分けられているのだが、自身の場合音声入力のほうを好んで使っている。
返答はすぐに返って来る。
クビナシ『おk、どこ集合?』
リベル『南のほうだし、南門で良くね?』
かげつら『今北区だから、ちょい時間かかる』
くりむ『南門待機完了』
「『ちょwwwはやすぎwww』」
『w』などのネットスラングにまで対応しているのはさすが最新版だろうか。いや、無駄過ぎる機能だが。因みに別に自身は『わらわら』なんて言ってはいない。VR機器自体が言葉のイントネーションから自動で入力応対しているだけである。無駄過ぎる機能だが、これで誤字がほとんどないということはかなり性能は高いのだろう。
数秒誰も打ちこまないとチャットウィンドウは消えていく。
このチャットウィンドウは『パーティチャット』『フレンドチャット』『個別チャット』の三種類までが確認されている。旧時代のゲームのような『全体チャット』というのは現状無い。というか普通にそんなものその場で叫べばいいだけの話である。
そしてこのゲームにも『ギルド』が存在するらしいので、恐らく結成できれば『ギルドチャット』も開通するのではないかと期待している。
人の世界『ミズガルズ』最大の人間の街『王都テスタメント』。
『
ミズガルズ大陸の中央に広がったこの巨大な街は、大陸のどこに行くにも便が良く、この場所を目指して多くのプレイヤーが集まってきている。
剣と魔法のファンタジー世界で王都なんて名前がつくのは、だいたい色々なコンテンツが集中した街だというのは昔からの伝統だろう。
「さて、行きますか」
現実ではもうあり得ざる街並み、けれどそこにある雑踏、騒音、それらはどこか見慣れた、聞きなれたもので。
だからこそ、『SR』は良い。目の前を行く彼らは、彼女たちは、データ一つの存在、そしてタッチ操作一つで世界から消え去ってしまう程度の小さな命、それでも彼らは、彼女たちは生きている。
それを嫌う人もいる。リアル過ぎて、それを重く感じる人間もいる。その命を軽んじる人もいる。
勿論それは自由だ、所詮ゲームなのだから、自由に楽しめば良い。
だから、逆にそのリアリティを楽しもうと、その命を慈しもうとするのも自由だ。
自身…………リコスは後者のほうに入る。この世界は第二の現実を謳われた
だから自身もここを現実のように思いながら遊んでいる。
そう、だから…………だから。
「…………あーいうのは見過ごせないんだよねえ」
視線の先、露店の店主に先ほどから猛っている背中に大剣を担いだ
「だから、高いんだよ! もっとまけろ、半額しろよ半額、セールだとか言ってよ」
「いえ、ですから、そんなことをしたら、売り上げが出ませんので」
「初期配布の金の大半が消えるじゃねえか、そんなのでどうやって戦闘しろってんだよ!」
「そ、それを言われても私としても困るのですが」
「だからよぉ~~~!!「ちょっと」…………あん?」
全くかみ合わないそんな会話に、割り込むように、男に声をかければ、男が不機嫌そうにこちらを睨みつけてくる。
「さっきからさ、大声で中身の無い怒鳴り声して、正直迷惑なんだけど」
「うるせえ、てめえには関係ねえだろ!」
「だからさ、うるさいのはそっちでしょ? 迷惑だって言ってるんだけど、関係無いって、日本語ちゃんと通じてる?」
「っ~~~てめえ、ふざけてんじゃねえぞ!」
かっ、と男の顔が真赤に染まる。顔色、なんてものまで再現しているのはさすがの『SR』か、なんてくだらないことを考えつつ。
背に手を回し、剣の柄を握った男に。
「それ、抜いたら…………斬るよ?」
「上等だ、てめえ、ぶっ殺してやっ」
嘆息一つ、怒り、男が剣を鞘から抜いた瞬間、腰に下げた剣を真横に薙ぐ。
「がっ…………あ…………て、め」
「背中から抜いて振り下ろすより、腰に下げてるこっちのほうが速いに決まってるのに…………バカだねえ」
街中だろうがどこだろうが、
偶に犯罪者NPCなどを捕縛するクエスト、というのがあり、そう言った時にだって街中で剣を抜くことはある。やったことは無いが、その辺を歩いている住人だって斬れる。その場合、指名手配待ったなしだが。
腹を真横に薙がれた男の体が消滅する。
NPCが死亡すると死体が残るためすぐに分かるが、プレイヤーが死亡するとデスペナルティが発生するため、その場でキャラクターが消滅する。
デスペナルティが発生した。つまり、まあ分かってはいたことだが今の男、プレイヤーだったのだろう。
ユグドラ…………というか前作LAOでもそうだが、ご丁寧に頭上にキャラ名など表示されないため、プレイヤーとNPCの区別というのはぱっと見かなり分かりにくい。
特にユグドラでは感情シミュレーターが実装され、NPCが本物の人間と同等の感情を有するようになったためさらにその傾向が強い。
だから、ほぼ確信はしていたが、それでも万一という可能性はあったので、一安心だ。
「やーれやれ、だねえ」
『SR』が作り出したこの世界は、限りなく現実に近い世界だ。
現実と同じように、人がいるなら規律があり、守らなければならないルールがある。
ゲームだから、なんて理由は
「っと…………早く行かないと集合に遅れるね」
すでに大半の面子が集合場所の南門に到着したというチャットが流れている。
道草を食っている場合ではない、と足を進めようとして。
「なーなー、あるじー」
襟元を引かれる感覚と、聞こえた声に、足を止める。
足を止めることで襟元を放される感覚に、振り返れば、そこに予想通りの光景があった。
「起きてたのね、ラムネ」
「うん、おはよー、あるじー」
ふわふわと、こんな街中にまるで似つかわしく無い、幻想的な雰囲気を纏った小さな少女がそこにいた。
いた、というか浮いていた。文字通りの意味で。
水色の髪をおさげにして両肩に垂らし、同じく水色の瞳に、水色の着物のような服を来た少女。
その体躯は僅か三十センチにも満たない。何よりも特徴的なのは少女の背に生えた小さな羽だろう。
妖精、誰が見たってきっとそう言うだろうし、自身もそう思うその少女を指す言葉を。
――――『ネイバー』という。
「それで、どうしたの?」
「あんなー、うち、あれ欲しい」
くい、くい、と袖口を引っ張られ、向けられた方向は先ほど絡まれていた屋台。
何を売っているのか気づかなかったが、どうやら果物の露店販売らしい。
「あー…………時間、大丈夫かな」
先ほどの男の
「なーなーダメ?」
上目遣いに尋ねてくる少女に、苦笑し。
「分かった…………でも一つだけだよ?」
そう告げると、ぱぁ、と花が咲いたかのような笑みを浮かべ。
「あんがとな! あるじ!」
少女、ラムネが目を輝かせながらそう告げた。
* * *
オンラインゲームの醍醐味とは、パーティプレイだとリコスは思っている。
顔も知らぬ他人と同じ目的のために団結し、協力すること。
大抵のMMORPG(オンラインRPG)の場合はボス攻略だったりするが、それで気が合えば継続的にパーティを組むこともある。フレンド機能を使って互いを登録し、時間が合えば何度でもパーティを組み、さらに強く団結していこうと思うならば。
――――『ギルド』というものに行きつく。
『ギルド』『クラン』、或いは単純に『団』だとか『チーム』などと称されることもある。
呼び方は色々あるが、結局のところオンラインゲームのおける『集団』の最大規模での呼称だ。
利点はゲームによって様々ではあるが、結局のところ一つの『所属』を作るというところで、連帯感を高めたり、協力関係を深めたり、団結力を増したりする、そういう部分が何よりの利点だろう。
特に突発的にクエストが発生しやすい『SR』ゲームにおいて、いきなり協力を求めても都合がつかない、というケースが多いが、『ギルド』を結成してある程度人数を揃えておけば、誰かしら暇な人間がいる、という状況を作れる。
それに『ギルド』内のメンバー同士で情報交換したり、アイテムの融通をし合ったりと他者との繋がりを作る利点はかなり多い。
だからリコスは今作『ユグドライフ・オンライン』でもギルドを結成したかった。
大抵のゲームは割と序盤から作れることもあるが、ある程度レベルを上げないとできないゲームもある。
ギルドメニューからボタン一つでお手軽に結成できたのは昔の話。
『SR』のゲームはそう言ったシステム的部分が現実的に処理される。
故にギルドを結成するのにも、クエストなどを熟しながら街などに『承認』される必要がある。
『ギルド』とは一座だ。集団だ。この世界で言えば自身たちプレイヤーは『冒険者の集団』として扱われる。
そうなると『ギルド』が街で活動することは、言うなれば商売をする、ということにもなる。
街にはプレイヤー以外にも冒険者がいることもあり、そこにギルドがやってきて商売するということは、NPC冒険者の営業妨害にもなる、となれば当然ながらプレイヤー以外の冒険者からは反発を喰らうことになる。
そういった部分を折衝してもらうために、ギルドを結成する時は街に『承認』をもらう必要がある。
規模、目的、人数、戦力など大まかにだが街の役場で詳細を詰めて用紙で提出する必要がある。
と、言うのがここまで街で聞き込みをして情報を集めて分かったこと。
それから。
「問題は戦力だね。今ちょうど南のほうの『死の沼』とかいうところに厄介なモンスターが住み着いているからそれを討伐することで戦力を測らせてくれ、だって」
当然ながら、実力も無いごろつき崩れに回す依頼など存在しない。最低限の実力があること、それはギルド承認のために必須要項だった。
「まあよくあるお遣いクエストっぽいな」
両腕を組みながら浅黒い肌に頭頂部に二本の角の生えた顔面凶器な『デーモン』の
「ならその『死の沼』ってのが当面の目的?」
顎の下に手を当てながらクビナシとは対象的な女と見間違わんほどの美しい陶磁のような白い肌にさらさらとした金髪の女顔の『アウター』の一種族エルフの
「なら早速…………とはいかないよなあ」
また聞き込みかあ。なんてがっくりと肩を落としながら黒い髪を後頭部で乱雑に括った『ヒューマン』の少年、かげつらが嘆息し。
「まあこのゲームの場合、それが一番大事だからな、やるしかないだろ」
などと外見を裏切る男口調で呟くのはこのメンバーで一番身長の低い薄桃色の髪に金毛の狐耳と尻尾を生やした『ビースト』が狐人族の
「ま、ようやくはっきりとした目的が見つかったんだし、いっちょみんなでギルド結成するよ!」
そうして、最後になったが、元気良く腕を突き出し、皆を鼓舞するのが自身、『ビースト』が狼人族の
以上五名が、前作LAOからずっと共にパーティ及びギルドを組んできた自身のメンバー。
そして、これから共にこの世界を制覇していく頼れる仲間たちである。
この世界はPV(対人)禁止エリアとか無いです。現実にそんなもの無いだろ?
ただし、街中でNPC殺したら当然犯罪だ。警察はいないけど、治安維持隊とか、騎士団とかそんな感じのがいるから。そいつらに逮捕される。
ただしプレイヤーは死んでも死なないので問題無い場合が多い。
なぐもん? 彼なら今、牢獄だよ。