ハティーはマーナガルムの『ネイバー』である。
故に、ハティーが死ねばマーナガルムは魔法を使えなくなる。
マーナガルム自身は不死であろうと、ハティーはそうではない。
本質的に『ネイバー』に肉体なんて存在しないのだから、不死の肉体も何も関係ない。
だがユニゾンリングが存在する限り『ネイバー』は『ウィザード』と肉体を共有している。
だが、それも通常の話。
そもハティーはマーナガルムに一度
マーナガルムが大神へと至ったのはその時だ。
だからハティーとマーナガルムの契約は、その時に一度途切れている、と言っても良い。
そして封印と共に両者は分離し、今は同じ物ながら別々の存在となっている。
故に今のハティーにマーナガルムの不死性は無いし、だからこそマーナガルムもハティーが居なければ魔法が使えない。
だから。
「オレ、殺す。それすれば、マーナガルム様、魔法使えない、しばらくは」
眷属、とは。
マーナガルムの力を分けた存在だ。
故にそれを殺すことは即ち、マーナガルムの力を削ることに繋がる。
ハティーは今、極めてその眷属に近い存在だ。
ハティーを倒すことは、マーナガルムの魔法を大きく減衰させる。
魔法にはレベルがある、と以前にも言った通りだが。
そのレベルは、ネイバーによって管理されている。正確には、使えば使うほどにネイバーの操作性が上昇し、ネイバーの力量が上がるほどに魔法の強化がされていく。
故に、ネイバーが消滅すれば、最悪新しいネイバーを手に入れたとしても魔法は初期状態からやり直し、となる…………らしい。
そもハティーは、もう一度死んだ存在だ。
今も結局、純粋なネイバーとは言えない。
マーナガルムを倒せば、一個として誕生するのかもしれないが、下手すれば共に死んでしまう可能性だってある。
だから、ここでハティーを殺すことは正しい選択なのだろう。
だけれども。
自身も、そしてホタルもそれを選ばなかった。
それは何か嫌だから。
理由なんてその程度だし、その程度で十分だ。
「ゲームの中なんだ」
だったら、都合のいいことだって起こるし。
「恰好良く行こうぜ」
そうでないと面白くない。
だから、そんな自身にハティーがため息を吐き。
「オレは、お前ら、嫌いだ…………仲の良い、パートナー、思い出させる、昔を」
そんなことを言った。
やったら俺たちに吠えてくると思っていたが、もしかしてそのせいだったのだろうか。
なんて考えて。
「それでも、マーナガルム様、もう止められない、お前らしか」
だから、とハティーがホタルへと向き直り。
「少しだけ、貸す、力を」
――――魔法を。
* * *
「『
両手から放たれたのは月光のごとき青白い稲光だ。
殺したはずの存在が蘇った、さしもの黒狼とて戸惑ったのだろう。
その戸惑いの一瞬に放たれた
「ガア…………コノ、チカラ、ハ…………」
ここに至るまでの問題が一つ存在していた。
ヘルがどうやってマーナガルムの不死性を失わせるのか、だ。
不死性が残る限り何度攻撃しようと、どんな魔法を撃とうと無意味だ。すぐに回復してしまう。
だがヘル曰く、マーナガルムを前にして、少し時間をかけないと不死の呪いは解けないらしい。
故に、最初はとにかく時間を稼いだ、それまでに死ぬことがあれば、いよいよもってゲームオーバーだっただろうが、ギリギリで間に合った、ということだろう。
つい先日知ったばかりの事実だが。
ヘルは
それがどういうことかと言えば。
プレイヤーが何度でも復活できるのはRPGならば当然のことだが、このゲームでそれをしてくれているのはヘルの加護である。
最初に会った時から友好的だったのは、そのためらしい。
そしてシステム的な蘇生のみならず、いわゆる
ただそう何度も使うのは不味いらしく、一度だけという制限をつけられたが。
故に、ある程度は捨て身で勝負できた。保険があると言うのは大事なことだ。
そうして、時間は稼げた。先ほどの問いはその確認だ。
魔法を失い、月神の力も使えず、そして今放たれたヘルの力によって不死性も失った。
今のマーナガルムは元の狼人に極めて近い存在と言える。
つまり、並の生命体と同じということ。
ならば。
「グ…………ガ…………ア…………」
それはハティーが分離する時に持ってきた、マーナガルムの中に眠る月神の力の一欠片。
「お前が喰った月神の力はどうだ」
全身が痺れ、動きが途端に鈍った怪物に、長剣を振り上げ。
――――最大『
「眠れよ化け物…………永劫にな!!!」
振り下ろした一撃が、怪物の首を切り落とし。
直後。
ぼん、と怪物の体が一瞬膨れ上がったかと思うと、黒い粒子となって消えて行った。
* * *
アナタが流れ着いた海辺の村では最近、村の周囲を巨大な獣が徘徊しているらしい。村長からの依頼でこれを討伐することになったアナタだが、それはただの獣では無いらしく…………?
全身から力が抜け落ちると同時に、ぴこん、という電子音と共にクエストクリアのポップアップが表示される。
それでようやく、本当の本当に終わったのだと理解し。
「…………疲れたあ」
地面に全身を投げ出し、寝転がる。
「確かに死んでおる…………か」
虚空へと消えて行ったマーナガルムを見送るように、目を閉じたヘルが、呟き。
「…………良くやってくれたな、ナグモ」
再び目を開き、こちらへと視線を向けて、微笑んだ。
「…………ああ、ヘルも、お疲れさま」
そう声をかけると、ヘルが少しだけきょとん、として。
「…………ああ、お疲れ、じゃ」
先ほどとは違う、苦笑をした。
* * *
マーナガルムは正真正銘のボスである。
故に、倒せば当然のようにボスドロップ、と呼ばれるものがある。
「…………これ、籠手か?」
自身の腕に沿って嵌めるとすっぽりと嵌るそれはどうやら籠手と呼ばれる防具らしい。
手に取った瞬間、脳内に表示されるアイテム説明にいい加減慣れながら。
「…………筋力強化?」
まず最初に目に着いたのはそれだった。
新しい装備を手に入れたら性能を試したくなるのがゲーマーの性という物だろう。
早速籠手をはめようと苦戦し、ホタルに指摘をもらいながら何とか装備する。
何か対象はないか、と思い。ふと先ほどマーナガルムによって砕かれた岩の破片が転がっていることに気づく。
破片、といっても手の平いっぱいで掴みきれないほどのサイズだ、元のサイズからすればそれでも破片、でしかないが。
普通に握っても砕けはしないだろうそれを、籠手を装着した手で握り。
力を込めると、ぱきん、と音が鳴り。
ふん、とさらに力を加えるとぱん、と軽い音と共に岩が砕けた。
「…………これもしかして魔法と重複する?」
魔力が不安なので試しはしないが、もしそうなら攻撃力はかなり上がりそうだ。
最悪剣が無くても拳を握って殴りつければ相当な威力になるかもしれない。
と、そこでマーナガルムの拳の威力を思い出し。
「ああ、なるほど、そこから来てるのか」
思わず納得した。
* * *
村へ戻り、村長へと今回の件のあらましを説明する。
さすがに森に墓場があって神様が眠っていたとか、山の上に怪物が住んでいたとか、衝撃の事実に驚愕していたが、それでも一通りの説明が終わり。
「…………そうか、ありがとう冒険者さん。アンタがいてくれなかったら、この村は滅んでいたかもしれない」
「こっちも依頼だったしな…………まあ、さすがにここまで大事になるとは思わなかったけど」
田舎村に出てくる野生生物の狩猟依頼かと思ったら、週間世界の危機だったのだから、落差が激しすぎて驚くばかりではあるが、それでも何とか終わったのだから良しとしよう。
「しかし今回の依頼料どうしたものかな…………さすがに、これだけのことをしてもらってあれだけじゃ不味いよな」
顔を顰めながら村長がそんなことを言うので。
「ならそうだな…………そろそろ場所を移そうと思ってるから、街まで行けるように手配して欲しいんだが」
実際、一週間弱この村で過ごしていたが、他のプレイヤーというのは結局出会うことは無かった。
現実のほうで情報を集めてみたが、どうやら他のプレイヤーは村などに流れ着いてもさっさと街にほうへと行ってしまっているらしく、流れ着いた村で活動しているプレイヤーは少ないらしい。
まあ確かに村というのは基本的に物を手に入れるのにとかく苦労する。
絶対的に物が少ないせいで、買い物もろくにできない。
だったら物流の多い街に行ったほうが良いと皆考えるか、と納得する。
MMORPGというのは基本的に他のプレイヤーと関わりながら進めていくものだ。
前作では基本的にはソロプレイだったので、今作もそれを貫こうとは思っているが。
結局のところ、プレイヤーメイドの回復アイテムだったり、武器防具だったり、戦闘以外の場面でもプレイヤーと関わることは多く、完全なソロプレイなんてだったらネトゲじゃなくてもいいだろ、という話になってしまう。
そんなこんなで一度都会のほうへと行ってみたいと希望を述べると村長が了解したと頷いた。
* * *
村長との話を終え、ペラムとの挨拶も終えて、村長宅を出る。
拠点代わりの倉庫に戻ると、入り口のところにヘルが待っていた。
「ヘル?」
「戻って来たか、ナグモ」
「どうしたんだ、こんなところで」
「うむ、主にちと話をしておこうと思ってな」
偉そうに腕を組んでいる少女に、苦笑しながら、話って? と尋ねる。
「まず、最初に感謝を。主のお蔭でマーナガルムを倒すことができた。妾のみでは不可能であったことじゃ」
「うん…………こちらも依頼だったし、それは良い。こっちとしても俺たちだけじゃ無理な相手だったし、こっちからも感謝しとく」
そんな自身の返答に、そうか、とヘルが笑みを浮かべる。
「それから、妾は再び森へ戻るでな…………帰る前に主には別れを告げておこうと思ってな」
「そっか…………あの墓に帰るのか?」
「ああ…………あそこはただの墓ではないでな。まあ詳しくは言わんが、もし主がこれから先、神々の争いに関わることになる時は、もしかしたら、それを知る時もあるかもしれぬがな」
正直関わりたくない気もするが、妖精郷の一件も関係ありそうで、やっぱ関わるかもしれないな、と予想してみる。
「もし妾に用事があれば、森を訪れよ…………番犬には話を通しておく故な」
まあ、用事が無くとも構わんがな、と。
呵々と笑いながら、ヘルが最後に、と続ける。
「今回の礼じゃ…………主にこれをくれてやる」
そう告げ、その手を広げ。
ふわり、とその手の中に光が集まり。
一瞬にして、光が鞘を形作る。
「その剣、抜き身のままで持っておくわけにもいかぬじゃろ」
紅の長剣を指さし、呵々と笑う。
「少しばかりじゃが妾の力をつけてやっておいた…………まあ、番犬を返してもらった分も合わせて、くれてやろう」
そうして渡された鞘を受け取り。
脳内に浮かんだ情報を眺めながら。
「それじゃあな」
告げられた言葉、視線を向けたその先に。
――――すでにそこには誰もいなかった。
「…………せっかちだなあ」
まだ鞘の礼も言ってないのに。
そんなことを呟きながら、思わず苦笑して。
ぴこん、と電子音が鳴った。
「…………ん?」
首を傾げる。音は鳴ったがホロウィンドウが表示される様子は無い。
確認のためメニューを開いてみる。
すると、『運営からのお知らせ』のところに新着マークがついていることに気づく。
意識操作で『運営からのお知らせ』を開き、最新の情報を開示して。
毎度ゲームをプレイいただきありがとうございます。現在時刻を持ちまして『ユグドライフ・オンライン』先行プレイヤー全1000名のチュートリアル終了を確認いたしました。よって、これより新要素『戦争』機能の開放を致します。
そんなことが書いてあった。
第一章終了。
二章からはギルドとかいろいろ絡んでくるよ。あとなぐもん以外の主人公たち登場。
まあしばらくポケモン書くので、そこまではお預けだけど。