マーナガルム。
かつてこの地で生まれた最強の狼人族。
生まれながらにして月神の加護を与えられた月に祝福された『ヒト』。
狼人族は月の満ちているほどに力が強まるという特徴があり、月神の力を一部とは言え与えられたマーナガルムは『ヒト』という種の中にあって、飛びぬけた強さを持っていた。
そしてだからこそ、その強さに驕った。
「狼人の亜神族…………大神へと至ったやつが真っ先にしたことは、自身に加護を与えていた月神を喰らうことだった」
神を喰らう、という途方も無い言葉の意味を測りかねていると。
「やつの力は『
月の力が自らの力の多寡に関わる狼人族が、月そのものとも言える月神を喰らう。
その意味が分かるか?
そう問う言葉の意味に、ぞっとする。
「無尽蔵の力、そして妾が与えた不死の肉体。無敵の怪物とやつは成り果てた。否、成り果てかけていた」
「かけていた?」
一度否定したその言い回しに、首を捻り。
「
もしそうだとすれば、マーナガルムはヘルを放っておかないだろう。
そしてその思考を読んだかのようにヘルが頷く。
「そうじゃ、やつが妾を放っておくわけがない。そして何より、やつは無敵の怪物ではあったが、決して
「…………無敵なのに、最強じゃない?」
逆なら分かるが、どういう意味だ、と思わず疑問を口に浮かべ。
「神というのはただ殴った蹴ったで殺せるわけではないのじゃ」
ヘルがその疑問の答えを口にする。
「神を殺す、否、滅ぼすというのはそれ相応の力が必要じゃ。マーナガルムは無敵の力を持っていたが、やつの力はあくまで物理的な物。つまり、己の魔法以外では神を傷つけることができん」
「ならどうして月神は殺せたんだ?」
先ほどの言葉との矛盾に、意味が分からないと首を傾げる。
「殺したのではない、やつは丸呑みしたのじゃ。故に
まあ、神に生きているなどという言葉が正しいかは分からんがな。
なんて、冗談めかして言っているが、なんだそのとんでも存在。とこちらは驚愕するばかりである。
「だからこそ余計に、やつは妾を喰らおうとするだろうな」
死神ヘル。
その名前を考えれば、分かることだ。
「
ここに至って、ようやく話が見えてきた。
だがいくつか分からないこともある。
「いくつか聞いていいか?」
「何じゃ?」
「ヘルがマーナガルムに不死を与える、マーナガルムが神に反逆して月神を喰う、それっていつのこと?」
「さてな…………もう随分と昔のことだということだけは分かっておる」
少なくとも、ここ最近ではないのだろう。何せこの地に住居を構えた村人たちが誰も知らないのだから。
それからもう一つの質問。
「ヘルはどうしてあの場所にいたんだ?」
その言葉に、うむ、とヘルが一つ頷き。
「簡単に言えば、遥か昔。妾はマーナガルムと戦った…………戦い、やつの不死の力を呪いに変えて、封印したのじゃ。だが、その時に妾も深手を負ってな、番犬を産み出し、あの場所で眠っていたのじゃ」
「封印…………あれ? でも今こうして眷属の狼たちが出てきているってことは」
暗に問いかけた疑問に、ヘルが頷き。
「そうじゃ、やつの封印は解けている…………妾が目覚めたように、やつもまた目覚め、今度こそ妾を喰らおうとしておるのじゃろうな」
「勝てるのか?」
「無理じゃな」
至極あっさり、そして断言するようにヘルが告げた。
「そもそも妾は戦いに向いておらん。やつがまだ『ヒト』であった頃ならば妾の力で殺すこともできただろうが、亜神となり、月神の力を喰らった今となっては『死』はやつには通じん。そうなれば最早妾に出来るのは『封印』くらいになるだろうな」
だがその封印とてまた通じるかどうか分からない。
「食われたら?」
「今度こそ、やつは不死の肉体と無敵の力と最強の牙を携えて神を殺すじゃろうな」
ま、世界の終わりじゃな。
とあっさり告げるヘルに、顔を引きつる。
え…………これもしかして、クエスト失敗したらゲーム終了?
いや、恐らくそこからまた別展開になるだけなのだろうが、少なくともミズガルズ終了のお知らせが出そうな勢いである。
おかしくね? なんで俺、初っ端のクエストからこんなやばいの来てるんだよ。
なんて内心の混乱、表情には微塵も出さずに。
「どうにかできないのか?」
問うた言葉に。
「――――じゃから、主次第よ」
にぃ、と嗤い、ヘルがそう返した。
* * *
森を抜けるとすぐに村があり、その向こう側には海が広がっていた。
夕暮れが近づき、オレンジに染まった海を見て、ヘルが感嘆の声を漏らす。
「幾年過ぎようと、この海は美しいな」
「もうすぐ村だな…………ヘルはどうするんだ?」
「主のところで厄介になろう」
「俺も居候なんだけどな」
あっさりと出る言葉に、思わず呆れてため息を吐く。
いや、神なんて全員こんなものなのかもしれない、人に遠慮する神様ってのも変な話だし。
「先に村長たちを家まで送るぞ?」
自身が担ぐ二人は未だに目を覚まさない。ヘルに聞けば、恐らく明日には目を覚ますだろうということ。
生身の人間が瘴気に当てられて気を失ったが、瘴気というのは基本的に放っておけば徐々に薄れていくため、今日一晩で抜けきる、らしい。
自身が無事なのはひとえに
「うむ、良いぞ」
鷹揚に頷き、ヘルと共に村長の家へと向かう。
村の中を歩き、村長宅へとたどり着く。
門を潜った瞬間、犬の吠える声。
「ああ、お前いたな、そういや」
ユージロだったか、こいつだけ名前が和名だよなと思い出す。
そして。
「…………ハティー、か?」
ぽつり、と隣でヘルが呟いた言葉に、ユージロがびくり、と震えて、視線をヘルへと向けて。
「…………ヘル様?」
「…………喋ったああああああああああああ?!」
理解が追いつかず、絶叫してしまう自身だった。
* * *
「こやつはハティー…………
村長宅に気絶した二人を寝かして、再び門前に戻って来る。
そうして、事情を聞こうとヘルに尋ねれば、そんな答えが返って来た。
「は? いや、ちょっと待って…………ネイバーって」
だがよく考えればマーナガルムは元『ヒト』であり、魔法を持っている。
となれば、『ウィザード』だったのは確かであり、だとするならばネイバーがいることには何の不思議も無いはずだが。
だが先ほどの過去の話の中で、ネイバーの話は一度も出てきていない。
そもそもマーナガルムが狂ったとしても、ネイバーがそれを止めようとすれば少なくとも、魔法は使えなくなるはずだが。
そんな自身の考えに、ヘルが違う、と首を振る。
「ハティーは狂ったマーナガルムに気づき、止めようとしたが、真っ先に食われてしまったのじゃ」
「ネイバーを…………喰う?」
自身の内側でホタルも戦慄しているのを感じる。
確かに先ほど聞いたマーナガルムの魔法の力ならば、ネイバーを喰ってしまえばいくらでも魔法が使えるようになるのだろうが。
「だからって…………ネイバーを、相棒を、喰らうって」
理由は分かるが、理解はできない。ネイバーとは隣人であるが、それ以上に自らの唯一無二の
今まで戦ってきて理解したが、誰よりも自身の近くで、共に戦ってくれる最も頼もしくて、一番信頼できる最高の仲間。
だからこそ、それを自ら喰らうという思考が理解できない。
否、否、否。
だが、待って欲しい。
ハティーがネイバーだという事実には、圧倒的な矛盾がある。
「だとするなら、なんでここにいるんだ?」
そう、ペラムがユージロと呼ぶこの番犬がハティーだとするならば。
その疑問に、ヘルがハティーへと目配せする。
ハティーが嫌そうに首を振ったが、やがて諦めたように一つ頷き、一歩前に出る。
「説明、する。オレ、マーナガルム様の、内側にいた、ずっと」
単語を区切った独特な喋り方に、少しだけ理解が追いつくのが遅れるが、その間にも滔々とハティーが語る。
「マーナガルム様、封印された、ずっと昔に。けど、最近になって、目覚めた。その時、内側にいたオレ、零れ落ちた、抜け出た。逃げ出して、山から、村に着て、ペラムに、助けられた、それからここ、いる、オレ」
「恐らく封印の影響じゃろうな。どう作用しかたは知らぬが、マーナガルムの中からハティーが抜け落ちおったのじゃろう」
補足するようなヘルの言葉にようやく理解が追いつき、なるほどと頷く。
「主、これは好機じゃ…………ハティーがやつの内側より抜け出たということは」
ハティーはネイバーだ。
そしてネイバーがウィザードの体から出ているということは。
「
無敵の力が封印され、そして不死の肉体はヘルがどうにかすると言っている。
ならば。
「今のやつは過去最弱の状態じゃ」
「でも、オレがいなくても、いつかは魔法、使えるようになる、マーナガルム様、オレ以外の、ネイバーも喰ってる」
ヘルに追随したかのようなハティーの言葉に、自身も、そしてヘルも目を見開く。
「なっ、あやつ、主以外のネイバーも食ったというのか?! そうなると、不味いのう」
「マーナガルム様、今、失った力、取り戻そうとしてる。倒すなら、今しかない」
「主よ、早くマーナガルムの元へと向かうぞ」
ハティーの言葉に焦ったのか、ヘルがそう言って。
「待て、待て待て待て。その前にこっちからも質問させてくれ」
制動をかける。そのことにヘルが不満そうにするが。
「焦ってくれるなよ。まだ聞き足りないことが多い。準備不足のまま行って負けたらそれこそ洒落にならないだろ?」
そんな自身の言葉に、辛うじて納得したのか渋々だが頷く。
「まずハティー。マーナガルムが魔法を使えるようになるいつか、って具体的にどれくらいか分かるか?」
尋ねる自身の言葉に、ハティーが一瞬考え込み。
「多分、後一週間、以内。もし、それまでに、どうにもならないなら、オレ、行くつもり、だった」
タイムリミットは一週間、と。
「次にマーナガルムの強さだ。魔法抜いて、その月神の力とかも除いて、それでどのくらい強い?」
問題はそこだ。元は『ヒト』の中でも最強に目されるほどの強さを持ったやつだ。魔法抜きで、自身より強いのは当然として、魔法を使える自身と
「マーナガルム様、封印されて弱くなった、けどまだ強い。でも月神の力、無いなら、月の満ち欠け、関係する。新月は、極端に弱くなる」
「恐らくじゃが、あの眷属を見れば相当に弱っておるぞ。新月ならば、或いはガルムでも手傷を負わせることはできるやもしれぬ」
それでも手傷を負わせることができる、程度なのか。と内心でびくつく。
正直、あのガルムだって、あの謎の光が無ければ負けていたのだ。
そのガルムよりも圧倒的格上だと考えて良い。
「次の新月ってのはいつだ?」
「多分、三日か四日後」
ハティーの答えに、都合が良い、と内心で思う。
「ヘル、ガルムはマーナガルムとの戦いに使えないのか?」
「無理じゃな、あれはあくまで番犬じゃ。守ることしかできん」
「オレ、手助け、する」
「ヘル、ハティーがまた取り込まれる危険性は?」
「ある…………十分にな」
ならば、使えない。取り込まれた際のリスクが高すぎる。
ガルムも使えない、使えるのは結局自分だけか。
だいたいの予測だが。
ガルムの強さをレベルで表すなら50~80くらいだろう。ブレ幅が大きいが、目算でしかないのだから仕方ないとして。
森で戦ったあの時の自身のレベルが30くらいだったはずなので、強化を込みで考えればその程度だろうと予測する。
どこぞの狩猟ゲーと違って、手や足や尻尾ばかり攻撃していても死にはしないし、逆に頭部や首など生命の急所を的確に突けば一撃を殺すことも可能な世界だ、理論的には相手の体に剣を突き立てられるならば、相手を殺せるのだろう。
だが、あのガルムとの戦いは、速度差が酷かったことを思い出す。
マーナガルムのレベルがガルムより圧倒的に高いと考えれば、その速度はさらに上がるのだろうと考えれる。
つまり
期日はあと数日…………やれるか?
「何か、もっと…………弱体化する手段は無いか」
呟いた言葉に。
「あるぞ、マーナガルム様、もっと弱める、やり方」
ハティーがそう呟いた。
正直書いててメガテン書いてた影響だな、と思った。