一言で言えば。
それは剣だった。
怪物の消えた場所にいつの間にかあって、地面に突き刺さっていた柄から刀身までが血のように紅く、何かを彷彿とさせる刺々しい装飾の施された二メートル近い
「…………ドロップか?」
ドロップアイテム、もしくは単にドロップとも呼ばれる。
要するに、RPGにおいて、モンスターを倒した時に入手できるアイテムのことを指す。
例えば炎の巨人の落とした隕鉄などがそうだ。
だがてっきり前作のように、モンスターを倒した時のドロップアイテムは、全て素材という形、現物があってもそれはその後のクリア報酬的な立ち位置で用意されていると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
前作で、一々素材を加工するのが面倒だという意見もあったし、その辺を加味されているのだろうか。
ただ『SR』が機能しているのに、一体どうやって『モンスターを倒したら武具が出現する』という法則を作ったのかは気になる部分ではある。
――――
そして、その答えは意外にも、自身の内にあった。
「…………結晶?」
――――説明したこと無かったかしら。まあ後でしてあげる。
ホタルのそんな言葉に、ようやく状況を思い出す。
振り返り、そこで未だに動かない二人の元へと急ぐ。
「大丈夫か?」
「あ……………………ああ、なんとかな」
未だに目の前で起きたことが信じられないとばかりに目を見開いたまま村長が答える。
もう一方のペラムは、未だに気絶したままではあるが、どうやら損傷は無いようだった。
「起きれるか?」
「すまん、少し肩を貸してくれるか」
村長の体を支えながら、ゆっくりと起こしてやると、なんとか立ち上がることができたようだった。
そのまま村長がよろよろとペラムのほうへと歩いていくのを見送り、振り返って剣のところまで歩く。
柄も装飾も、抜き身も全てが紅一色のそれを見て、僅かに躊躇しながら手を伸ばし、握る。
「……………………抜くぞ?」
――――そんなに警戒しなくても大丈夫よ。
確認にためにホタルへ問いかければそんな答えが返って来る。
どうやらひとまずは、とただし書きは着くが、安全らしい。
剣のサイズがサイズだけに、ぐっと力を込めて抜けば、想像以上に軽い感覚に戸惑う。
直後に、頭の中に情報が飛び込んでくる。
「っ、な、なんだ」
――――
自身の内でホタルの驚愕が伝わって来る。
どうもホタルは色々知っているらしい、その辺り是非とも説明して欲しいものである。
ちらり、と後ろを見やれば村長はペラムの介抱をしている。
村長には悪いが、緊急事態は脱出したし、一度こちらを優先させてもらうことにする。
「ホタル、手短に説明頼む」
――――そうね、私も正直驚いたけど、使いこなせれば心強いし、早めに説明しておくわ。
* * *
ドロップルール、と呼ばれるものがある。
モンスターなどを倒した時に、必ずモンスターに由来するアイテムが出現する法則を指し示す言葉だが。
そもそもの話。
この世界におけるモンスターの定義というものについて少しだけ話そう。
モンスターとは。
そもそも魔力とは、理に矛盾する力を指す。
世界中に満ちながらも、生命体にとって魔力とは有害な物質だ。
だがそれが有害だという事実は『ネイバー』以外ほとんど知られていない。
何故なら『ネイバー』以外のほとんどの生命は魔力を取り込むことができないからだ。
『ヒト』だってそうだ、魔力を発しているのは体内から有害な物質を吐き出しているだけだし、それを溜めこむことも、取り込むことも無いからこそ、『ヒト』は『ヒト』のままでいられる。
けれど魔力というのは濃ければ濃いほど、染みのように生命の体にへばりつき、徐々にだがその身を変質させる。
当然だ、理に矛盾した力を理の中に生きる生命が宿せば、そこに齟齬は当然のように出る。
そうして変質した生命体はやがて
変質した生命を始祖として、変種、とでも言うべき新たな生命として誕生するのだ。
その系譜は時と共に地上に溢れる。
だがいくら許容しても、本質的に生命と魔力は噛みあわない。
そうするとどうなるか、答えは魔力を宿す物を喰らいその体内の魔力を増すほどに自壊していく。
だからこそ、
特に魔力を一切溜めこまない『ヒト』種族は、モンスターたちにとって極上の餌となるのだ。
さて、ここまで長く話したが、これはただの前置き。
結局のところ知っておいて欲しいのは一つだけ。
正確に言えば、魔力によって肉体が『ネイバー』に近い物へと変質している。
だからこそ、モンスターを倒すと黒い粒子…………魔力となって虚空に消える。
その前提を知った上で、ドロップルールというものについて触れるならば、一言で済む。
――――魔力を形成し物質に変えること。
それがドロップルールの本質だ。
モンスターを倒した時に
『ヒト』種族には『魔力を魔法に転化する』能力がある、ということを思い出して欲しい。
これは正確には『魔力を物質に構築する』能力であり、魔法への転化はその際たるものであって全てではない。
まあこの辺りはややこしい理屈で成り立っており、完全な仕組みなどそれこそ
――――『ヒト』はモンスターを倒した時に、モンスターに宿った魔力を『構築』して『物質化』している。
『物質化』したそれは、魔力の元となったモンスターの性質を正しく受け継いだ『素材』のようなものになる。
これらを総称して『
何故欠片なのかと言えば、基本的に『ヒト』種族は『魔力』を扱う術を持たないため『物質化』できる量も倒した量にならないのだ。
それこそ、通常のモンスターでは十匹も二十匹も倒してようやく一つ『欠片』ができる程度のものだ。
だがここに『ネイバー』がいると話は大きく変わる。
知っての通り『ネイバー』は『魔力』を扱うことに非常に長けた種族だ。
故に『ネイバー』が『構築』の補助をすることで、『ヒト』単体時よりも桁違いの『魔力』を『物質化』することができる。
それらを踏まえた上で、最後の話に移ろう。
だがその前に一つだけ知っておかねばならないことがある。
この世界において『ヒト』の敵とは『モンスター』だけではない。
『ヘルヘイム』『ヨトゥンヘイム』『ムスペルヘイム』などの住人は『ミズガルズ』や『アースガルズ』の住人と敵対しており、日夜争いを繰り広げている。
これらの種を総称し『
先ほど言ったばかりの言葉を覆すようだが、エネミーは生命体だ、だが同時に魔力を持っている。
先ほどの説明は少しだけ足りない部分があった。
魔力を許容できない生命体は『ミズガルズ』に住まう住人に限定される。
故にモンスターというのは全て『ミズガルズ』で生まれ、『ミズガルズ』で生きている。
『ミズガルズ』以外の地にモンスターはおらず、けれど代わりにエネミーが存在している。
『ヒト』種族が『エネミー』を倒した時、『モンスター』とは異なる現象が起きる。
『エネミー』は『モンスター』を遥かに超える魔力を持っている。
この魔力の量の差こそが、『ドロップ』の変化を起こすのだ。
簡単に言うと、魔力を『物質化』する際、『素材』ではなく『
肝は『魔力』は直接的に強さに関与しない点だ。否、最終的な強さには寄与するが、魔力が高いと即座に強い、というわけではないのが勘違いしがちな部分である。
つまり、低レベルでも『エネミー』ならば倒せば武具が直接ドロップする。
と言っても、必ずしも武器や防具、というわけでは無く、装飾品だったり、或いは消耗品の道具だったりもするのだが。
ただ、魔力の元となった『エネミー』の性質を引き継いでいるのは『モンスター』と同じ。
だがその時『ネイバー』がいると、また面白いことが起こる。
率直に言えば、膨大な魔力に『ネイバー』が指向性を持たせることができる。
つまり、ある程度自身の望んだ道具となってドロップさせることが可能となる。
例えば剣を使っていた『ヒト』ならば剣が出るように。
少なくとも
つまりこれらが『
そして『エネミー』の中でも、
これらを総称して『
個体名を持つエネミーでも『名前付き』になる場合とならない場合があるが、どういう基準で別れるのかは分かっていないが、とにかく『名前付き』のアイテムは凄まじい力を秘めていることが多い、ということである。
* * *
――――ってことよ、分かった?
長々とホタルからされた説明をまとめると、RPGでよくあるシステムだ、という感想が出てくる。
だがこういう
要するにレベルの高い敵を倒すと『素材』でなく『道具』が直接ドロップし、さらにレベルの高い敵の中には『名前付き』という『レアドロップ』を持っている敵がいる、ということだ。
そしてつまり、まだ初心者防具しか持っていないのに、いきなり強武器手に入れてしまった感がある。
普通のゲームなら、ボスドロップとは言え、ある程度進めるとお払い箱になる程度の性能しかないのだろうが、『SR』の入ったこのゲームだと、場合によっては本当に一生使い続けれる性能の可能性があるので油断ならない。
ただ少し疑問なのは。
このアビリティ、という項目である。
――――アビリティは…………そうね、その武器自身が持つ
ホタル曰く『ヒト』は魔力を『魔法』という形で発現させるが、エネミーたちは自前の能力を『魔力』を消費して発揮している。そのエネミーたちの『能力』が武器や防具などの道具に宿ることがある、らしい。
――――モンスターの素材なんかでも、偶にだけど素材を加工したら素材に付与された魔力が『
とのことらしい。
あと疑問と言えば、そもそも装備に関しての性能なんて普通所持しただけでは全く分からないはずなのに、どうしてこの剣は持っただけでその性能が
――――ああ、それはね。
そんな脳内の疑問に、引き続きホタルが答える。
――――名前付き武具には
「はっ?!」
思わず素っ頓狂な声が出てしまうが、そんな自身に構わずホタルが続ける。
――――といっても自我みたいなのは無いけどね。アンタに分かりやすく言うなら名前付き武具は
つまり、その話が本当だとすると。
「性能が勝手に見える武具は全部その
――――そういう事ね。
あっさりと言うホタルに、なるほど、と頷く自身。
まあ正直良く分らないが。
「…………よろしくな、ガルム」
――――――――――――――――。
剣を握り、呟いた言葉に、ほんの一瞬何かが返って来たような気がした。
正直懲りすぎたと思った一話。
まさかドロップ説明だけで丸々5000字使うと思わなかった。