村の入り口にたどり着くと、すでに村長と、その隣に何故かその息子、ペラムがいた。
「よう、冒険者さん、おはよう。生憎の空模様で悪いが早速出発しても良いか?」
「それは構わないけど、どうしてペラムが?」
「森に関しては、倅のほうが詳しいからな。調査するならいたほうがいいと思ったんだよ」
「あ、あの、よろしくお願いします」
僅かな緊張を滲ませた様子でペラムがこちらに頭を下げる。
「確かに聞く限りではペラムは森に詳しそうだけど」
ただ、護衛対象が増えるというのは余りよろしくない事態だ。
こちらも複数いるならともかく、自身しか独りで二人は守り切れない。
そんな自身の不安をけれど、村長が問題無い、と告げる。
「こちとら自分の身くらい自分で守れる。だから冒険者さんはペラムのことだけを守ってくれ」
その村長の言葉に、少しだけ考え込み。
「俺が先行する、その後ろを着いてきてくれ」
そう提案する、村長が分かったと頷く。
「俺が最後尾を守るから、ペラムは真ん中にいろ、前は冒険者さんに任せる」
「わ、分かりました、よろしくお願いします」
その後も、森の中での大まかな動きを決めながら、村を出て、森へ着く。
森の浅い部分は村から出て目と鼻の先ほどの距離しか無い、というか、村の一部は森と隣接しているため、そのまま森の中へと入って行く。
昨日の今日だけに、僅かに緊張があるがけれどまだ浅い部分では特におかしな様子も見受けられず、三人は揃って奥へ、奥へと進んでいく。
時折出てくるモンスターを倒しながら、森を進み。
体感的にだいたいこの辺りだろうと予想をつける。
何が? と言われれば。
――――昨日到達した場所、だ。
確か昨日はこの辺りで猿型モンスターの群れに襲われたのだが、そんな自身の言葉に村長が口を開く。
「気をつけろよ、ウッドモンキーは能力自体は低いモンスターだが、毛色を木と同化させて奇襲してくるからな、群れでこられると厄介だぜ」
そんな村長の言葉に、どうして昨日突然奇襲されるまで気づかなかったのか理解する。
カメレオンかよ、と内心で思いながらも、注意深く周囲の木々を見回す。
そうして良く見ると、確かに幹の一部が不自然に盛り上がったような木が数本見つかる。
だが薄暗い森の中ではこれは前以て知識を得て注意深く観察しなければ気づかないだろうとも思う。
けれどこうして見つけてしまえば、大した問題ではない。
と、考えていたのだが。
「そうやって上ばっかりに気を取られていると、足元に潜んだモンスターを見逃すぞ」
村長の言葉に、下を見る。
だが特におかしな物は見当たらない。地面へと延びる木々の根、落ちた葉、そして時折転がる小さな石ころ。水気を吸って柔らかくなった黒い土。
「まあ、確かに一見するとそうなんだがな」
村長が足元の石を拾い上げ、葉の積もった木の根元へ石を投げる。
とすん、と軽い音と共に。
「キィィ?!」
「イビルリーフ…………枯れ葉を傘に隠れて、襲ってくるぞ」
ぴょこ、ぴょこ、と次々と葉が持ち上がり、下から十センチにも満たない小さく黒い人型の何かが飛び出してくる。
左手で枯れ葉の茎を傘のように、もしくは盾のようにして頭上にかざし、右手には折って削ったような木の枝を槍か、もしくは針かのように構えている。
「あの右手の針には毒がついてるから気をつけろよ。一刺し程度ならどうと言うことは無いが、あれだけの数に刺されたら洒落じゃ済まないぞ」
村長の言葉と同時に、小人たち、イビルリーフたちが次々とこちらを目掛けて走り出す。
剣で薙ぐにも小さすぎる上に数が数だ、余り有効とは言えないだろう。
「まあ小さいだけあって、ほとんど蹴りだけで倒せるから、事前に見つけることさえできればそれほど厄介でも無いけどな」
村長の言葉に従い、靴を履いた足で小人たちを蹴り飛ばすと、まるで消しゴムで鉛筆を擦った跡をなぞったかのように、蹴った道筋にいた小人たちが一瞬で黒い粒子となって消えていく。
さらに何匹か足元までたどり着いた小人たちもいたが、ズボンの生地がかなり丈夫らしく、針で刺しても針が通らず、足を動かした衝撃で振り落とされ、そのまま落下した勢いで消滅していく。
「えっ、よわ」
何というか、脆い。増殖だけが取り柄のHP1の防御力0のどこかのRPGで見た雑魚モンスターを思い出す。
そのまま三度、四度と蹴り抜いた後には、最早数匹のイビルリーフしか残っておらず。
「キ、キィ」
悲鳴染みた声をあげながら、イビルリーフたちが逃げ出していく。
「まあ、数だけが取り柄みたいなやつだからな、数が減ると逃げ出すぞ」
聞こえた村長に言葉に、なるほど、と思いつつ逃げていくイビルリーフたちを見送る。
森の奥へと消えて行ったイビルリーフたちが完全に居なくなったのを確認し、今度は木の上で擬態するウッドモンキーたちを処理していく。
突然奇襲されれば確かに厄介だが、事前にこうして分かっているならば大した相手でも無い。
普通に剣だけで戦っても十分に勝てる相手でしか無かった。
アイテムインベントリーを開いて確認すれば、レベルも30に到達しようとしていた。
まだ二日目と考えればかなり良いペースだと思う。
少しずつだが剣での戦い方も慣れてきたし、かなりハイペースに強くなっている感覚はあるが、それでも昨日出会った猿の群れを魔法無しで勝てるか、と言われると疑問が残る。
つまり、ボスを相手にするにはまだこれでも足りないのだろうと予想する。
「しかし、厄介な森だな、ここ」
「慣れればってやつだな、実際村のもんがやられたって話はほとんど聞かないしな、そもそもウッドモンキーもイビルリーフも森の浅いとこじゃほとんど出てこんしな」
森の浅いところにいるのは、兎や鳥など小動物型のモンスターが多い。
それもほとんど群れることなく、単独で出てくることが多いためほとんど苦戦することも無く倒せたのだが、こうして奥のほうになると、ウッドモンキーなどそれなりのサイズのモンスターも出てくるし、イビルリーフのような群れで襲い掛かって来るモンスターも出てくる。
では、さらに奥に行けばどうなるのだろうか。
そんな不安を持ちながらも、森を進む。
ペラムが口を開いたのは、その道中のことだった。
* * *
「止まってください」
道中突然の言葉に、何事かと一瞬身構えるが、ペラムの口調からして緊急事態、というわけではないことを理解し、周囲を警戒だけしながらペラムのほうを見やる。
視線の先で、ペラムは屈んで木の根元に茂る草むらを見つめていた。
「何かあったか?」
正直、自分にはその草むらを見て何か異常があるのか、ということすら理解できないが、ペラムから見ればそれは異常らしい。
「この草の折れ方…………それに、回りについてる足跡…………明らかにウッドモンキーやイビルリーフじゃない…………」
足跡、と言われて地面に視線を向けるが、言われてみればそんなものがある、気がする、くらいにしか分からない。本当によく分かるものだ、と内心感心していると。
「四足歩行、体重は…………前に見たものと似ている? いや、ちょっと違う…………足跡の方角は」
独り言を呟きながら地面に着いているらしい足跡をたどって行くペラム、完全に没頭しているな、と思いつつも、その前を守るように立って。
「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
突如、森の中に獣の遠吠えが響き渡る。
「っ、今のは!」
「おいおいおい、こんな声したやつ森には居ないはずだぞ!?」
「…………また、か」
三者三様の呟き、その直後に。
タタッタタッ、という獣の足音が聞こえてくる。
「ホタルっ!」
即座にホタルと同調する。
剣を構え、後ろにペラムを庇うように立ち。
直後。
「グルアアアアアアアアアアアア!!」
* * *
一言で言うならば。
首には刺々しい
なるほど、良く見れば犬にも見えるかもしれない…………全長四メートルを超す犬が存在するのならば、だが。
その紅く鈍く光る眼に見つめられ、全員が硬直し動けない。
動けば、狙われる、それを誰もが悟り、けれどこのままではいけないと誰もが理解している。
そうして半ば怪物と見つめ合っていると、ふと脳内に文字が浮かび上がる。
【BOSSエネミー】《瘴気の森の番犬ガルム》【カテゴリーB】
「はっ?」
思わず吐いて出た声。
けれど均衡を崩すにはその声一つで、十分過ぎた。
「グルウウウアアアアアアアアアアアアアア!!!」
獣が絶叫し、自身目掛けて走り出す。
ほとんど咄嗟の判断。
「ホタルウウウウゥゥゥゥ!!!」
――――『
脚力、そして動体視力の強化により、弾丸のように飛来する深紅の巨体を間一髪で逃れる。
背後にあった木が怪物のタックルで、べぎり、とへし折れ、そのまま吹き飛んでいく。
「逃げろっ!!!」
咄嗟に出た言葉に、村長が、そしてペラムが動こうとして…………けれど、動けない。
「あ、足、が、う、ごかない」
そう告げる村長は震えていた。いや、考えれば当然なのかもしれない。二人は冒険者でも無い、ただの一般人なのだ。
多少腕に覚えがあったとしても、こんな怪物を目の前に平静を保っていられるはずも無い。
一瞬だけ盗み見れば、ペラムは気絶していた。精神が耐えきれなかったらしい。
状況は最悪だった。
護衛対象は片方は失神、片方は腰が抜けて動けない。
そんなお荷物抱えて、明らかに格上の怪物を相手に自分一人。
否。
――――私もいるわよ!
二人か。
「…………なら、やってみるしかないか」
大丈夫だ、前作でならこんな怪物何度となく相手をしてきた。動揺で動きをミスることは恐らく無い。
大丈夫だ、ここはゲーム、ゲームなのだから。
だから、大丈夫だ。
「ホタルっ!」
――――応。
加速する。強化の最大レベルまで速度に割り振って。
一瞬で肉薄。
切り替える。強化対象を速度から攻撃力へ。
『攻撃力』に関係する数値全てへと対象を移し変える。
「ブチぬけえええええっ!!!」
振り抜いた一閃が怪物を捉える。
後ろで無防備を晒す二人へと怪物の視線が向いたほんの僅かな隙を縫って。
真っ芯に捉えた一撃が、怪物の体を吹き飛ばす。
怪物の後方にあった木々に当たり、幾本もの木々をへし折りながら怪物が止まり。
「グルウウウウ…………ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
強烈な一撃を喰らった怪物が激怒し、こちらへと視線を定める。
「…………さーて、もう逃げられないぞ」
最早ここで逃げても、地の果てまで追ってきそうな気配がある。
そうでなくとも、単純な速度で負けているようなので、魔法で強化しても振り切れる気はせず、魔法が切れた瞬間ぱくり、がオチだろう。
――――――――つまり。
「勝つしかない…………二人を助けるならば」
あの怪物を倒すしかないのだ。
* * *
「『
速度と反射神経を強化し、ギリギリのところで怪物との攻防は成り立っていた。
『強化』の魔法がある分だけ、何とか状況は拮抗していると言って良いだろう。
だがその強化度合は昨日よりも大きい。つまり、その分多く魔力を消費しているということに他ならない。
だからこそ、手が必要だった。
この均衡を崩すための手が。
だが、現状の自身の全ての引き出しを空っぽにしても、そんなものは存在しなかった。
千日手に見えて不利なのは時間制限をつけられた自身だ。
強化し、切り払う、強化し、回避する、強化し、受け流す。
いつまでもこの状況は続かない。
取れる手は二つ。
一つは状況の変化が起こることを期待して、このまま千日手を続けるか。
後ろの二人が自力で逃げ出してくれるならば、最悪デスペナになっても自身は村で復活できるのだが、それは期待できそうになかった。
それに援軍を期待するにも、こんな森の奥深くに一体誰が助けに来てくれるというのだ。
と、なれば。
残りの全ての魔力を振り絞り、一気に攻め落とす。
これしかないだろう、と考える。
だが、無暗に攻撃しても相手の回避能力を考えれば絶対に倒す前にこちらの魔力が尽きてやられる。
とはいえ、相手の動きを覚えるために時間をかけるほど残りの魔力も減って行く。
行けるか?
いや、まだだ。
そんな問答を先ほどから一秒ごとに繰り返している。
焦るな、焦るな、と心の中で何度も呟く。
その声は全て内側のホタルにも聞こえているはずだが、今ホタルは魔法の連続使用と制御に全ての神経を注いでいるため、何も反応は返ってこない。
行くか?
いや、まだだ。
何度目になるのだろうか分からない問答。
残存魔力がかなり減ってきているのを実感する。
そろそろ攻勢に出ないと不味いが、けれど付け入る隙がまだ見いだせない。
そんなジレンマに顔を歪め。
閃光。
一瞬、森中が白に塗りつぶされたのかと錯覚するほどの眩い光が視界を埋め尽くし。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
雄叫び…………否。
――――ホタルっ!!!
声には出さず、内心で言葉にする。
――――『速度』と『攻撃力』に残った全てを振り絞れ!!!
光る直前の位置、そして聞こえた声。
敵は真正面にいる。
一体何が起こったのか、とかそんなことはどうでも良い。
今、自身の直線状に悲鳴を上げた敵がいる。
悲鳴を上げて…………
それだけ分かればいい。
それだけ分かったならば、後は――――。
「――――『
ホタルが使用できる全ての魔力を絞りつくした魔法が発動し。
爆発的な速度で走りながら、真正面に向かって剣を突き出す。
先ほどの光のせいで何も見えない。見えないから目を閉じている。
けれどそれでも分かる。
あの怪物の圧倒的存在感は感じ取れる。
「これで」
突き出した剣が、怪物の肉を食い破る感覚が手元に感じられる。
「終われエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
絶叫し、突き出した剣がどんどんと奥に進み。
「うらああああああああああああああああああああああああああ!!!」
一閃、真横に振り払う。
最大まで『強化』された『攻撃力』によっていともたやすく怪物の体を突き破り、刃が薙がれる。
そうして。
「……………………どう、だ?」
目を開く。
僅かだが、視界が戻っている。
そうして、その視界の中で。
――――黒い粒子だけが虚空へと消えて行った。