ユグドライフ・オンライン   作:水代

10 / 23
蛮狼の領域⑥

 

 前作LAOが特に顕著だったが、『SR』対応のVRMMOと言うのは、普通のRPGのように適当に強くなりながら、取りあえずボスと戦って、勝てなかったらレベル上げて再戦。

 みたいなことをやっていると、クエストが失敗する。

 

 何せ『SR』対応VRMMOと言うのはリアルタイムで状況が変化しているからだ。

 

 例えば今回のようなクエストならば、一度目のボスの討伐に失敗した時点でボスが動き始めて、レベリングしてる間に村がボスに襲われて村が滅びている、みたいなパターンが良くある。

 故に、前作の攻略ウィキみたいなものは良く作られていたが、そこにクエスト攻略ページと言うのはほぼ無かった。

 

 

* * *

 クエストを受けたら絶対にまず周囲の情報を集めましょう。連動して状況が動く前に対処が必要になる場合があります。

 クエストに書かれた文章を信用してはいけません。あくまでクエスト文は現時点での内容に過ぎないので、状況次第では全く異なった展開になる場合が多々あります。

 レベリングやボス対策は大丈夫ですか? LAOでは討伐に失敗するとそのまま強制的にクエスト失敗になる場合があるので気を付けましょう。ボスの周囲の雑魚敵が強いと感じたら一度レベリングすることも必要です。

 

* * *

と言った内容だけが攻略ウィキには書かれている。

 クエストの詳細な内容、とかそう言ったものは一切ない。

 何せ、チュートリアルクエストやストーリークエストを除けば同じクエスト、と言うのがほぼ皆無だからだ。

 だから基本的にLAOにおいてクエストは、初見でしかも一発でクリアできなければならないものが多かった。

 現実にリセットボタンは無いと言うが、最近ではゲームの中ですらやり直しは出来ないのだ。

 とは言え、現実的だからこそ、普通のゲームのように順を追う必要も無く、いきなりボスのところに直行、とか出来る部分はあるので、それもまた良し悪しと言ったところか。

 

 だから、現状分かり切っていることは一つ。

 

 今の自分じゃこのクエストはまだクリアできない、と言うことだ。

 

 

 * * *

 

 

 剣と言うのは実のところ、現実ではメジャーなようでマイナーな武器だ。

 例えば、日本の歴史で類似した武器を言うならば、刀、だろうか。

 剣など武器と言うのは、敵と戦うための道具ではあるが、実際に戦いに剣を用いることなど早々無い。

 西洋でも、伝承や神話に剣と言うものは登場するが、それは基本的に儀礼用だったり、箔付けのためだったり、何らかのメタファーなものが多く、実戦で使うために剣を使う人間と言うのは余り聞かない。

 

 だって、近接戦闘なら槍のほうが射程が長いから安全だし、そもそも弓や銃のほうがもっと遠くから攻撃できる。

 実際、戦争で武器に求められるのは『どれだけの数の敵を倒せるか』と言うことと『どれだけ損害を減らせるか』と言うことだろう。

 つまり剣や槍、弓など対象数が極めて少ない武器ならば、遠くから一方的に攻撃できるほうが有利に決まっている。

 

 ただしそれは人間相手の場合に限られる。

 

 人間相手ならば、剣だろうが槍だろうが弓だろうが。

 

 ()()()()()()()と言う事実に変わりはない。

 

 だがファンタジー世界において、モンスターという存在がいて。

 剣というのは立派な武器種の一つとして数えられる。

 

 そして根本的に勘違いされがちだが。

 

 ()()()()()

 

 一体何を言っているんだ、と思われるかもしれないが。

 日本のRPGでは基本的に剣は斬るための武器だが、現実的にはただの鈍器だ。

 例えば切れ味なら世界一と言われる日本刀。日本刀の切れ味というのは刃の鋭さに寄ったものだ。その刃の鋭さとは薄さと硬さ。つまり、刀身を横から叩かれると脆いのだ。

 時代劇などでよくあるつばぜり合い、実際の日本刀であんなことをするとぶつけた衝撃で互いの剣が折れるらしい。実際、現代でも日本刀は銃弾を斬れるほどの鋭さがあるが、横合いから刀身を撃たれれば簡単に砕ける。芸術品、というのはある意味間違いではない。

 だが折れないように、砕けないように刃の厚みを増せば、切れ味は段違いに落ちる。

 現実でも良く薄い紙で手を切ることがあるが、薄いと言うのはそれだけで鋭いのだ。

 

 剣、とは…………厚みのある鉄の塊だ。それを長く細く引き伸ばしたものではあるが、刀と違って厚みはかなり残している。つまり、普通に斬っても切れ味など無いに等しい、ただの板状の鉄塊を振り回しているに等しい。

 

 ならばそんなもの何に使うのだ、と言われる。

 

 簡単だ、鎧や…………兜の上から思い切り叩きつけるのだ。

 鉄の鎧や兜の上から刀で切りつけても折れるだけのように、鉄に鉄をぶつければ、脆い刃は砕ける。

 だから、厚みを増して、鈍器として頭を兜の上から叩いてやれば、震動だけで人間が殺せる。

 兜が脆ければ砕いてそのまま頭もザクロである。兜割り、なんてそんなものだろう。

 もしくは、白兵戦で使われることもある。互いの兵が入り乱れた乱戦中に、長物の槍は取り回し辛い。

 だから剣を使う、相手も剣を使うならばそれを防ぐためにも、剣が必要になる。

 だがそんな時に刃の薄い剣を持っていればそれこそ、防ぐだけで剣が折れる。だから厚みが必要になる。

 

 だから、剣とは斬るための武器じゃないのだ。

 

 ただの鈍器。極論を言って、ちょっと細いだけのハンマーのようなもの。

 

 ()()()使()()()()()()()

 

 槍や刀などのように、取り回しや振り回し方に気を付ける必要も無く。

 槌などのように、重心に振り回されることも無く。

 弓のように当て方を考える必要も無い。

 

 ただ、手に取って、振りかぶって、振り回して、それだけで完結する。

 勿論余り乱暴に使っていればいつかは摩耗して折れるのだろうが、それでも刀などよりはよっぽど折れにくく、そして丈夫だ。

 VRゲームでも良く初期装備として剣を持っていることが多いが実際のところ、使いやすさ、と言う点で他の追随を許さない。

 

 だがどこぞのファンタジー小説のように、剣一本で本格的に戦闘をしようと思えば、途端にハードルは上がる。

 

 別に剣が特別と言うわけではないが、使えることと、使いこなせる、ことには大きな違いがある。

 剣を振れることと、剣を使って戦えること、は全く異なるのだ。

 『SR』によって物理法則が働くこの世界において、ボタン一つで定型パターンのモーションを繰り返していた過去のゲームと違い、剣の振り方一つ、そこからの足運びなど、全て自分で考えて、動かさなければならない。

 特にユグドラは、『スキル』の無いゲームらしいので、自動(オート)定型(モーション)攻撃(アタック)システムも無いのだろう。

 

「難しいなあ」

 

 そもそも敵と接近している、というその距離自体に慣れない。

 遠距離戦闘に慣れ過ぎて、どうにもこうにも反応が遅れる。

 ただ同時に、これはこれで面白い、と思うのも事実で。

 

「もうちょっと頑張ってみようかな」

 

 呟きと共に、現れる敵の姿に剣を握りしめ。

 

「ホタル」

 

 たった今、ふと思いついた提案を自身の中に潜りこんだ少女に投げかける。

 

 ――――――――。

 

 少女から返ってきた答えに、笑みを浮かべ。

 

「………………『強化(エンフォース)』」

 

 呟いた言葉に、魔法が発動した。

 

 

 * * *

 

 

 『強化(エンフォース)

 

 シンプルだが、だからこそ応用性は無限に等しい自身の『魔法』だ。

 効果は文字通りの強化。それはステータスでも良いし、それこそ、手に持った剣の強度や切れ味、などでも良いし、鎧の頑丈さでも良い。

 ただし、自身か自身の手に触れた物のみ、しかも触れている間だけ、という制約もあるが、それでも単純かつ使い勝手の良い便利な『魔法』だと自身は思っている。

 

 ただ、少しだけ勘違いしていたのは。

 

 『強化』の範囲の広さ、だ。

 

 RPGにおいて、強化魔法、と言うのは極めて汎用性に溢れている。

 簡単に言えば『バフ』と言うやつだ。

 極めて強力なものもあれば、あればマシ程度のものもあるが、共通するのは『実数値』の存在するステータスに関与する、と言うことだ。

 

 例えば攻撃力や与ダメージなどに関与する攻撃バフ。

 例えば防御力や被ダメージなどに関与する防御バフ。

 例えば速度や機動力などに関与する速度バフ。

 

 全てゲーム内で見える『実数値』に対して何パーセント、とか、何倍、とかステータス画面等にもバフ状態時の数値、と言うのが分かるように表示されるようになっていることが多い。

 

 だから、『強化』と言う魔法も、ステータスなどの設定された数値を上昇させるものだと思っていた、のだが。

 

「『強化(エンフォース)』」

 

 魔法の発現と同時に、()()()()()()()()が強化される。

 迫りくるモンスターの動きがゆっくりと、世界が一時的に減速していく。

 減速した世界で、さらに呟く。

 

「『強化』」

 

 二度目の魔法で『身体能力』を強化する。効果範囲が大雑把だからか、強化度合はやや低いが、それでもこの停滞する世界の中で一瞬とは言え、十全に動けるのなら十分過ぎる。

 二度、三度と剣を振るう。直後、魔法が解除され、加速した世界でモンスターが黒い粒子となって消えていく。

 

「…………行けるな、これ」

 

 ――――短時間なら消費する魔力も少ないから、まだ行けるわよ。

 

 内側から聞こえてくるホタルの声に、なるほど、と一つ頷く。

 これは嬉しい誤算、と言えるのだろう。

 実際、『強化』の魔法は、恐ろしいほどに応用範囲が広かった。

 単純なステータスだけではない、先ほどもやったように『動体視力』や『思考速度』などという数値化すらできない部分にすら効果が発揮されることがホタルに聞いて分かった。

 実際使ってみれば、恐らくシステムアシストの流用なのだろう、やってることは恐らく『体感時間の加速』といったところだろう。

 

 こんな『魔法』他のどんなゲームでも未だ実現されていない。

 

 そのことに、驚きつつも、さすがは『アーティファクトカンパニー』だと思う。

 

 だが、この魔法があれば近接戦闘でもかなりやれることが分かった。

 ひとまずは、これはしばらくの間の自身の戦闘スタイル、となるだろう。

 最終的には魔法抜きで、これくらいのことは出来るようになりたい。

 しばらくは魔法を使って慣れて、後は少しずつ、と言うことで良いだろう。

 そうすれば、徐々にだが『強化』を他の部分、例えば攻撃する瞬間に『攻撃力』や『筋力』、武器の『硬度』などの強化をすれば、威力が強化されるし。攻撃を受ける瞬間に『防御力』や『耐久』、防具の『強度』を強化すれば、受けるダメージも軽減されるだろうし。

 ステータスが隠されているせいで、具体的にどんな項目があるのかは分からないが、まあ大雑把な言葉でもホタルが自己解釈でやってくれるので、問題無いだろう。

 

「よし、なら後は数をこなしていくだけ」

 

 ようやく、方針が決定し、さらにやる気になったところで。

 

 ォォォォォォォォォォォォォォン

 

 ()()()()()()

 

「っ今の」

「…………遠吠え?」

 指輪から出てきたホタルが呟いた一言に、こくり、と頷く。

 空を見上げる。朱く夕焼けに染まる空に残る太陽は、少しずつその姿を山へと隠そうとしていた。

「ペラムが言ってた遠吠えってやつかな」

「でしょうね…………けど、時間帯が違うわね」

 そう、ペラムが言っていたのは夜になると遠吠えが聞こえる、と言う話。

 だが今はまだ夕方だ。この違いに意味はあるのだろうか。

「普通のゲームなら、様子見も兼ねて一当てって感じなんだろうけど」

 それをこのゲームでやったらデスペナルティ中に村が滅ぼされそうな気もする。

 

 因みにこのゲームのデスペナルティは『行動不能』付与だ。

 一番近くの復活拠点で復活して、『行動不能』状態が付与される。

 どんな状態異常かと言えば、足が動かなくなり、全能力値がマイナス90%される。

 ただそれだけと言えるほど簡単なことじゃないのは分かるだろう。

 この世界に車椅子なんてものは無いので、自力での拠点からの移動がほぼ不可能になる。

 誰かに運んでもらえば移動はできるが、それで何が出来るわけでも無い。

 何よりも、この状態異常は『拠点で過ごした時間』によって解除される。

 つまり、今の自分の場合死亡すると、あの村の倉庫で復活し、だいたいゲーム内時間で一日倉庫で大人しくしていないとほぼ何も出来なくなる。

 前作の例を見るに、ポーション系アイテムの使用で時間を短縮したり、解除したりもできるだろうが、そんなもの序盤に手に入るようなものではないので今は考える必要も無いだろう。

 

 まあつまり何が言いたいのかと言えば。

 

「迂闊なこと、出来ないよなあ」

 

 迂闊にボスを刺激しないほうが良いだろう、と言うこと。

 ただ一度、山に探索には行ったほうが良いだろうことも思っている。

「ボスと戦うのはまだ、としても。どんな状況になっているのか、村人にも話聞かないとな」

 そろそろ夜になる時間帯だ。

 

 一度、村に戻ったほうがいいかもしれない。

 

「…………一度ログアウトして、ネットで情報でも見て見るか」

 

 まだ初日だし、分かっていないことのほうが多いかもしれないがそれでも他のプレイヤーの現状みたいなものも知りたいし。

 他のプレイヤーがどんなプレイをするのか、そう言うのにも興味はある。

 

 そんなことを考えながら村へと戻ろうとして。

 

 

「アオオオオォォォォォォォォォォ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……………………何?」

 

 目を細め、剣を握る。

 

「…………ホタル、まだ魔力ある?」

「大丈夫、まだ半分も使ってない」

 

 返って言葉に、数秒考え。

 

「…………行くか」

「…………そうね」

 

 森の奥に向かって歩き出した。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。