史上最強の武術家の弟子伐刀者マコト   作:紅河

38 / 66
BATTLE.37 錯覚

 真琴達の四人が見たモノは伝統を護る由緒正しき綾辻一刀流道場とは、かけ離れた見るも無残な光景だった。

 外敵を護る白く彩られた土壁は、取り巻き達のキャンパスへと変貌をとげ、敷地内の庭は連中の買い物のレジ袋や食べ物ゴミが散乱している状態だったのだ。

 

 これには流石の真琴達も声を出せない。

 

 この場所が大好きだった綾辻とって、この様な変わり果てた〝元実家〟を見るということは精神的苦痛を伴うことだろう。だが、ほんの少しだけ期待もしていた。

 

 『大好きだったこの場所が帰ってくるかもしれない』

 

 『一からやり直せるかもしれない』

 

 自分の代わりに現在の倉敷(どうじょうぬし)と戦ってくれる友がいる。尊敬出来る騎士が傍らに居てくれる。そんな淡い期待を胸に秘めながら、敷地内へと足を踏み入れたのだった。

 

 ステラが真琴達より先に言葉を口にした。

 

 「腐った連中ね・・・」

 

 そのステラの目線の先には倉敷の取り巻きだろうか、入口より少し離れた方で屯していた。

 

 彼等の周囲にもゴミが散乱しているにも関わらず、掃除もせず遊び呆けているだけだった。それがステラには許せず、彼等に軽蔑の視線を送っている。

 

 「アンタ達、いい加減っ「待ってステラ・・・」」

 

 ステラが己の感情に任せ、動こうとした矢先、一輝が腕を出して制止しさせた。

 

「イッキ?」 

「ここは僕が」 

 

 そう言うと取り巻き連中に向かってスタスタと歩いて行ってしまった。取り巻き達は総勢七名程だ、もし一人で挑めば怪我は免れない・・・のだが・・・。

 一輝はステラと綾辻の心配を余所に取り巻き連中を無手で打ち倒してしまった。しかも、一撃も喰らわず、数分も経たずに・・・。

 

「黒鉄君、君って刀が無くても強かったんだね・・・」

 

「うん。殆ど独学で学んだモノだけどね」

「独学でそこまでの領域に達しているんだから、もっと誇っていいよ!」

 

 綾辻は尊敬の目線を一輝に送っている。

 

「ねぇ、マコト。貴方がイッキに無手の技を教えた訳じゃないのよね?」

「ん?あぁ。俺は別に教えちゃいねぇよ、一輝の武術は書物を読んだりして自己流に改良したもんだ」

「でも、稽古とか組手は交わしたんでしょ?」

「まぁな。それくらいなら、毎日飽きるほどやったな」

「なるほどね。あ、それじゃあマコトもイッキに模倣剣技(ブレイドスティール)で技を盗まれた訳だ」

 

 ステラは何故か誇らしげだった。

 自分の事でも無いのに。

 

「俺はお前の剣技よりお安くないからな、そこまで盗まれてねぇよ。一輝の模倣剣技(ブレイドスティール)は相手の剣術(体術)より上位互換を造り出すという代物だ。つまり、俺が一輝よりも腕が立つ場合や筋力的に上回ってれば盗まれることは無いってことさ」

 

 今度は真琴がステラへどや顔で返した。

 

「い、言ったわねぇ!」

「二人とも、それくらいに・・・」 

「マコト!今度の組手、覚えてなさいよ!」

「楽しみにしてるよ、ステラ殿下」

 

 数時間前同様、一輝に喧嘩を止められてしまった、真琴とステラ。

 二人は一輝と綾辻が待つ、綾辻一刀流道場入口前に向かう。キシキシという木製特有の音を立てながら、扉を開けた。

 

 

 

 扉が開かれると普通の道場とはあり得ない、異様な空間が広がっていた・・・・・・・。

 普通であれば、床や壁の掃除、形稽古で使用する竹刀の手入れを行うことが、道場に在籍している人間の努めというものだ。しかし、現在の綾辻一刀流道場では、床や壁はボロボロ、竹刀なんかは弦の部分が折られたまま、棚に設置されていた。 

 

 そして、奥側に設置されているソファーに我が物顔で、対戦者を待つ、一人の男が腰掛けている。

 頭髪は金髪、前髪は二つに分けられ、後ろ髪は小さなライオンの鬣のようなもので、更には黄色のサングラスをかけて、赤色の制服を着ている。だがそれを着崩し、自身の胸元を自慢するかのように露にしていた。その胸元にはドクロのタトゥーを入れており、その男から、我が強く、荒々しさを感じずにはいられない。

 

「あぁ?誰だ?」 

 

 その男は一輝達を見据え、話し掛けてくる。

 その中に真琴を発見し、ことの事情を察する。何故、このメンバーがこの道場にやって来たのか・・・。

 

 倉敷は数日前、ファミレスで久し振りに真琴と再会した。その後で真琴と密会、黒鉄一輝について話を聞いていた。しかし、実力は肌で実感しなければ意味がない。だからこそ、この場所で真琴が連れてくるのをずっと待っていたのだ。例えそれが綾辻の助太刀であっても、強者の剣客と闘えることは倉敷にとって、本望なのだから。

 

「倉敷君、君に決闘を申込む!」 

 

「へっ、道場破りって訳か・・・。なら、それ相応の実力が有るかどうか見せてもらおうか?」 

 

「これじゃ、不服かな?」 

 

 すると、懐から大量の生徒手帳を取り出す。それらは全て、倉敷の取り巻き連中の所有物だった。 

 

「(ふむ、真琴が言ってた事はどうやら本当らしいな・・・)」

 

「倉敷君、認可を受けた道場で道場主が許可した場合、固有霊装(デバイス)を展開可能なのは知ってるよね?君も木刀なんかじゃ真の実力は発揮できないだろう?」

 

 その発言は挑発といって差し支えなかった。

 

 倉敷の答えは決まっている。

 

「勿論、構わねぇ。けどよぉ、後悔するなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

「するつもりはないよ、来てくれ、隕鉄!」 

 

「大蛇丸」 

 

 一輝の前にかざした掌から、隕石を絞り出すかのように固有霊装(デバイス)❮隕鉄❯が顕現される。

 

 一方の倉敷の場合、名前通りに、生きた蛇のような刀が姿を現す。刀の刃の部分に牙のような突起物があり、蛇腹剣のようにしなることも可能なように見えた。

 

 そう、間も無く、二人の鍔迫り合いで仕合のゴングと相成った。

 

 

 

 先に仕掛けたのは倉敷だ。

 

 倉敷が力任せに大蛇丸を振り回す。一輝がそれを受けるとビリビリという衝撃が、一輝の手元へ伝わってゆく・・・。

 油断しているとあっという間に地に伏せてしまう。

 隕鉄で上手く倉敷の刀をいなし、力を逃がしていく。しかし、それだけではいずれ体力が尽き、敗北するだろう。

 倉敷の剣戟は技術もなく、ただ力任せに斬撃を繰り出しているだけだ。一輝の動きを読もうとはせず、己の力のみで一輝を倒そうとしていた。

 それを把握した一輝は、倉敷の大蛇丸を左に誘導し、躱すことの出来ない突きを右腹部目掛けて放った。確実に倉敷の脇腹へ命中する・・・・・・筈だった。

 

「ハッハァ!残念!」 

 

「(今の狙いは完璧だったはず、狙いを読まれたか?・・・いや・・・)」

 

「まだまだ、これからァ!追い殺せ、❮蛇骨刃❯«じゃこつじん»!」

 

 倉敷が技を繰り出す。

 倉敷の声と共に、大蛇丸がうねりながら一輝へ襲い掛かる。しかも前方、側面、多種多様に攻撃を走らせる。

 対戦相手の倉敷は数メートル離れた辺りで、大蛇丸を操作している。

 

「倉敷、お得意のアウトレンジの攻めに切り替えたか。長いリーチを活かし、有りとあらゆる剣客の間合いを占領する」

 

 真琴が腕を組みながら、仕合の観戦を続ける。

 真琴の〝アウトレンジ〟という言葉に引っ掛かったのか、今度はステラが口を開く。

 

「確かにイッキはアウトレンジを制する手段を持ってないわ・・・。これが剣士殺し(ソードイーター)と呼ばれる所以なのね・・・」

 

「一輝なら大丈夫だろう、それに・・・」

 

「それに?」

 

「いや、何でもねぇ。気にすんな」

 

 真琴が言葉を濁す。

 

「(さて、一輝なら気付くだろ、倉敷のある〝特性〟に・・・)」

 

「オラッオラァッ!」 

 

「倉敷君なら、そう来ると思った!」

 

「何!?」

 

 人間の絶対的なる死角、真後ろから、蛇骨の刃を一輝に放った。常人であるなら間違いなく喰らう攻撃だ。だが、一輝には掠りもせず、右にひらりと躱されてしまうのであった。

 

 一輝の完全掌握(パーフェクトビジョン)が発動し、倉敷の攻撃を回避した。

  

「てめぇ・・・あの攻撃を避けるとは・・・」

 

「君の方こそ・・・僕の突きを〝完璧に避けた〟じゃないか、読んでたのかい?」 

 

「それはどうだろうなぁ?だがよぉ、余裕なんかかましてる暇はねぇぞ!!」 

 

 それが仕合再開の合図となり、二人の剣客はまた、お互いの刀同士でぶつかり合う。

 

 一輝が仕合を誘導したように、今度は倉敷も一輝を右側の壁へと導いていく。

 容赦ない攻撃が一輝に押し寄せる・・・・。流石の一輝も防戦を強いられてしまった。

 

 壁まで後、数メートルという所まで差し迫った!

 右側から、倉敷の大蛇丸が振り下ろされる。クロスレンジが得意とする一輝ならば、簡単にいなすことが可能だった・・・。

 

 

 しかし・・・・・・・。

 

 

 

「ま、まずい!!!」

 

 

 一輝は咄嗟に後ろへ距離を取りそれを躱す。

 しかし、ステラ達には慮外の出来事が襲ったのだった。

 

「な、何よ!今の!?太刀が消えた?!」

 

「黒鉄君!」

 

 何故なら、倉敷が一輝へ振り下ろした一太刀が消え去ったように見えたのだ。

 

「へへっ・・・・」

 

「くっ」

 

 一輝は太刀の異変に気付き、バックステップを選択した。が、完璧に攻撃を避けられず腹部にかすり傷程度ではあるが、一撃貰ってしまっていた。

 

「驚いたぜ、今の太刀を避けるとはなぁ。真琴が言ってた弟子クラス最上位ってのは、間違いなかったみてぇだな」

 

 倉敷の口角が上がった。

  

 負けじと一輝が隕鉄を倉敷に向けた。

 

「僕も驚いているよ・・・。君の反射速度にね・・・」

 

「ほう?・・・“てめぇも”気付いたのか」

 

「“てめぇも”?他に誰か気付いた人がいるのかい?」

 

「ああ。仕合中に俺の神速反射(マージナルカウンター)に気付けたのは、てめぇで“二人目”だ。最初の一人目は、彼処で偉そうに観戦してる奴がいんだろ?」

 

 全員の視線が真琴に集まる。

   

「マコト!説明!」

 

「へいへい。今から数年前、俺は❮梁山泊❯に道場破りで訪れた、倉敷と仕合したんだよ。今日と同じ様にな。そん時、あいつの反射速度を見破ったのさ」

 

 真琴のその言葉は、どうやらここにいる、ステラ、綾辻にとっては、予想外な事実のようだった。

 

「(成る程、真琴と倉敷君のファミレスでの一件はそういうことか・・・。もう“既に”会っていたんだね)」

 

 しかし、一輝だけは思うところがあった様子だ。 

 

「ついでに!太刀が消えた奴も!」 

 

「えぇ・・・」

 

「嫌そうに言わない!早くしなさい!」

 

「全く、人使いの荒いお姫様だぜ・・・」

 

 真琴が一息つくとステラの指示通りに解説を始める。

 

「倉敷の攻撃は言うなれば〝無型〟。型も無ければ流れも存在しない、つまるところ、一輝は錯覚を起こしたんだよ」

 

「錯覚?どういうことよ?」

 

「近衛君?一体、何を言おうとしてるの?」

 

 ステラと綾辻は分かっていない様子だ。

 

「・・・人間つーのは、動いている物体を目で追うとき、頭の中で進行方向を予想している。しかも無意識にな。だが、倉敷の攻撃はあまりに変幻自在な攻撃故に、受け手に錯覚を起こさせてるんだ」

 

「じゃあ、太刀が途中で消えたのはそのせいってこと?」

 

 真琴がステラの発言に頷きで返した。

 

神速反射(マージナルカウンター)があるってもの大きいな」

 

「へっ、種明かしはそこまでだ、真琴。おい、腑抜け野郎、アイツと同じ様に俺の神速反射(マージナルカウンター)を打破出来るか?最上位の実力、見せてみろよ!」

 

 

 倉敷がまた技を繰り出す。

 

「くらえ、❮蛇咬❯«へびがみ»!!」

 

「瞬間二点、同時攻撃!?」

 

 ステラが倉敷の技に思わず声を上げて一驚する。

 

「オラオラオラァ!!」

 

 倉敷の斬撃は、右へ左へと絶え間無く続く。隕鉄を斜めにしたり、することで耐えることしか出来ない。

 いくら弟子クラス最上位の一輝の腕でも捌くことが精一杯だった。

 

 倉敷が常人の伐刀者には、回避不可能な斬撃を放つ。それは、一輝の左側、ギリギリを狙った攻撃だった。それだけなら武器で防御を取れば防げるだろう。

 攻撃者の倉敷は確実に勝利をもぎ取る。左をギリギリで狙うなら今度は右側だ。固有霊装(デバイス)に頼りきっている伐刀者であるなら、この一連の動きだけで沈んでいた。

 

 だが、それだけでは終わらないのがこの〝黒鉄一輝〟という男。

 

「変則ガードだと!?」

 

「リーチを操れるのは倉敷君だけじゃない!」

 

 最初の一撃を受けた隕鉄を反転させ、腕の体躯を利用し、右側の斬撃も見事回避して見せたのだ!

 

 武器の真の使い手というのは『武器を己の身体の一部にする者』のこと。変則ガードを使用できた一輝は、弟子クラスながら、この領域までに達しているということに他ならなかった。

 

 




いかがでしたか?楽しんで頂けましたでしょうか?
ご指摘、誤字脱字、感想、質問お待ちしております!


何とか、予定通りに更新できました!
次回更新予定日は8月26日~28日の17:00~21:00の間とさせていただきます!
今後とも『史上最強の伐刀者マコト』を宜しくお願い致します!

追記

タイトルを『史上最強の武術家の弟子伐刀者マコト』に変更致しました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。