「時間だ」
時刻は午後二時十五分。
とある会社の待合室で腕時計を確認した男はその場で立ち上がった。
改めてザラっと辺りを見回す。高級とは言い難い椅子に机。値が張ったように見せかけたソファーが中央に鎮座しているがアンバランス。金がないのに意地で買ったような最新のコーヒーメイカーが端っこにあり位置どりが悪い。一目でわかるような中小企業。
やはりこの時点で帰っておくべきだった。時間を無駄にした。
そう考えながら踵を返そうとする。
「お、お待ちください!」
慌ててこの部屋まで案内した仲介人は引き止めようとするが男は聞こえないように扉に手をかける。
「時間すら守れない会社となんの話をすればいい。社長殿が忙しい身だと言ってもそれはこちらもそうだ。タイムイズマネー、一秒は三億の価値があると思え」
それだけ伝えて部屋から出て行く。
表まで出るために歩いて行く途中、見たことのある人物が見えた。今回の仕事の最重要人物。社長殿。決して走らずに、それでも大急ぎで向かうように早歩きする彼は滑稽にしか見えない。
社長殿がこちらに気づいたようだ。
慌てて愛想笑いを浮かばせる社長殿は畏まりながらも気安く喋りかけてくる。
「おや、すみません。大変お待たせ致しました。仲介人に案内はされませんでしたか?ささ、待合室に行きましょう」
「申し訳ないですがこの仕事はお流れとなります。それでは」
「ま、待って欲しい!この話が流れたら我々の会社はどうすれば………!?」
血相を変えて大声で叫ぶ社長殿に私はハッキリと伝える。
「知らんな」
膝から崩れ落ちた社長殿を背に私は会社から出て行った。
時間は有限である。
そして金以上の価値がある。それが私の持論だった。このまま時速四キロの速さで歩いて次の取引先の会社まで行く。私はタクシーやバスを嫌いとした。金の無駄だからだ。だからこそ全て歩いて向かう。他県や海外の場合は例外だが、県内は自分の歩行速度と取引先の場所までの距離を計算し完璧に仕事をこなす。
睡眠時間は三時間あれば充分だ。それと身だしなみや風呂に飯を含めて二時間。残りの十九時間は全て仕事に当てる。娯楽などはない。仕事させ出来ていればそれで良いのだ。
自分の社長からは休みを取れだとか趣味を見つけろと言われたものだが全て余計なお世話であり無駄である。こんな生活を十年続けている。
染み付いた時間感覚を確かめるように向かう途中、胡散臭い客に邪魔される。
「もしもし、そこのかっこいいお方」
私、八雲紫はこの外の世界で仕事があった。だからこそ幻想郷の時のような服ではなく、淑女らしいドレスに身を包み和かに前を歩く彼に声をかけるのだ。
「・・・」
無視された。
ちょっ、待って待って。あれ、気づかれてない?それとも後ろの人に喋りかけたんだろう的に考えられた?
まさかこんな女神様ですら裸足で逃げ出しちゃう美少女八雲紫ちゃんを無視するなんてありない。きっと気づいてないんだろう。
「もしもし、そこのイケメン」
少し古かっただろうか。
なんだか昔のナンパのような気がした。霊夢がいたら「ぷっ」と笑いだすだろう。いかんいかん。ナウでヤングな紫ちゃんが言うことじゃなかっただろう。反省反省。
「・・・」
またもや無視される。
また勘違いされたと思って彼の後ろ、前、隣と見るが人の姿はない。私はやっと気づく。これは故意で無視されてると。
「ちょっと、あなたよあなた!」
私は彼の腕に抱きついた。こうでもしないと止まってくれそうにないからだ。
すると彼は訝しむような視線を送ってきた。
「すまないが、美人局は間に合ってるんだが」
「だれがビッチよ!?」
この男、開幕最初の言葉が売女には間に合ってるなんて失敬な。
思わず殺してやろうかなんて思ってしまったが慌てて咳払いを一つ。
「本日は昨日お世話になった少女の代わりに御礼しに参りました」
スカートの裾を持って優雅に一礼。
「昨日の少女、古明地さとりは無事に家まで帰れたのでご心配にはおよびませんわ」
「一分のロス」
「ですのでその御礼と及びお願いがあって参りました」
「二分だ」
「昨日のような少女がまた、いや正確には明日の午前六時に誰かがやってくるでしょう」
「三分」
「ですからどうかその人をお側に置いて何事もなく一日を経過して欲しいのです」
「四分だ」
「あの、聞いてますか?」
こちらが折角話をしていると言うのにどうして折るような真似をするのだろうか。
彼は私の話に耳を傾けてはいるんだろうが常に腕時計を見ていて私の目を一度たりとも見はしなかった。そんな調子の彼に思わず尋ねてみるが彼は約五分かと呟くとこちらの顔を初めてみた。
「うむ、話はわかった」
「本当ですか!?」
意外な返答に思わず顔を上げる。が、彼は冷淡な瞳をして睨んできた。
「だがどうしてくれる?」
「はい?」
彼はため息を一つ。
そのため息には憤りが込められていた。
「時間が五分も経過してしまったのだと言っている。どうしてくれる?私のパーフェクトな一日を崩してくれて」
「ぴっ!?」
その瞳は人をも殺せそうだ。きっと幻想郷でも十分やっていける威圧。
思わず情けない声を発してしまったが妖怪の賢者である紫ちゃんはこんな事で怯んだりはしない。
「それは大変失礼致しました。これでお話は終わりなのでどうぞ行き先へお向かいくださいませ」
そう言って早足で帰ろうとする。このまま人通りの少ない裏路地にでも行って隙間を開いておさらばだ。
「待て」
肩掴まれたぁぁぁああ!?
死ぬ、殺される。と情けなくも妖怪の賢者(笑)は涙目になった。だって怖いのだ。あのハイライトのない瞳が。よく見たらこの人常にハイライトを失ってるではないか。一体どうしたらこうなるのか。感情の無い秦こころですらこんな冷淡な瞳はしないだろう。
「五分だ。この時間はデカイ。それをお前の話を聞くのに消費してしまったのだ。この意味がわかるな?」
「え、えっとたかが五分なら走れば間に合うのでは……」
「事の重大さが理解出来ていないようだな。五分あれば本能寺の変も解決できただろうしペリー来航だって対策できたのだ」
「なにそれ五分凄い。……ってそんな訳ないじゃない!?」
「馬鹿め、こうしている間にまた一分経過した。六分あればサリン事件は始まっていない」
「うぞだどんどこどーん!」
「見ろ七分だ。七分あればパスタが茹で上がったぞ」
「一気にレベル下がりましたよ!?」
ぜぇはぁと息を切らす。って紫ちゃんはピチピチの17歳だぞ☆
この男、話は分かるが融通が効かなそうだ。どうしたものかと悩んだが直ぐに解決策は浮かんだ。
「もし、目的地まで一分とかからずに行けたらどうでしょう?」
「ふむ、それは大変興味深い話だ。だがどうだ?ここから目的地まで三十分は必要だ。それを一分に早めるなぞジェット機でも引っ張ってくるか。いや、ジェット機でも無理かな。乗り降り時間を考えて」
「だから、それが可能ならば?」
私はニヒルに笑う。彼は冗談で私が言っている訳じゃないと悟と腕を組み、そして告げる。
「やってもらおうか」
彼はそう言った。
私は口を釣り上げ笑った。さぁさっきから脅されて怖い思いばかりしたが次はこっちの番だ。隙間で移動して衝撃と未知への恐怖を一変に味あわせてやろう。妖怪の賢者をなめるんじゃない。
「ふむ、本当に一分のようだ」
「あれぇ?」
時間を確認して冷静に言う彼の姿をみて思わず変な声を出す。
彼は驚いていない。恐怖も微塵に感じていないようだ。
便利なものだな・・・と呟く彼を見て逆にこちらが怖くなった、この人、働きすぎて感覚がおかしくなってると。
さっきも普通なら信じてもらえないような夢のような話を平然と受け入れ、そんなことより仕事だと思っていた。彼は物事に対して全ての優先順位がすべて仕事で出来ているのだろう。
そう思うと私は耳を塞ぎたくなったものだ。
「よし、ならばこうしよう。私はその少女たちとやらを受け入れる。だからこそお前は私をこの隙間とやらで仕事場まで運んでもらう」
「………嫌だと言ったら?」
「これは契約だ。断るなら私も少女たちを拒もう」
なんともまぁ理にかなった事だ。お互いに仕事をして報酬がある。WINWINな関係だろう。正直言って面倒くさい。妖怪としてこいつを脅してもいいだろう。でも彼の目を見ているとそんな気もしなくなる。
脅したところで見向きもしないだろう、この男は。それより仕事だと言って仕事を優先するやつ。さとりの言った通り悪い人じゃないだろう。だって仕事が好きすぎて女の子に興味がなさそうだ。こんな美少女紫ちゃんが何度か色仕掛けしてもまるでどうじないような人。それはそれで腹が立つがまぁ、
「合格」
私は嬉しくなって微笑んだ。
実は私は既に脅しをしていたのだ。普通の人間なら失神してもおかしくないほどの妖力を、威圧を。
そんな私に向けて同じく脅しを仕掛けるような人だ。弱すぎず、強すぎず。彼女たちを受け入れるには充分合格点。だから私は彼の契約とやらに乗ってみるのだ。もし、彼が彼女たちに害をもたなすなら殺してしまってもいいだろうし。
「いいわ。その契約、乗った。これからよろしくね。私は妖怪の賢者、八雲紫」
「なるほど、昨日の子のようにそういう設定を持っているんだな。私は白露。よろしくお願いしよう」
なんだかまぁ妖怪のことを設定だと勘違いしているようだが契約は完了である。
仕事へ向かう彼の後ろ姿を見て私は踵を返した。
なんだかまぁ、頭痛の原因が一つ消えた。
そう思って私は隙間を開いて幻想郷へ帰ることにした。
「ただいま」
「お帰りなさい」
私の帰還に声をかけてくる少女、霊夢。………ではなくさとりだ。
「なんとかまぁなったわ」
「それは良かった」
さとりは微笑するように小さく笑むと手元の紅茶を口へ運んだ。
「彼、変人だけど悪い人ではなさそうね」
「ええ、素敵な人ですよ。私は…その……優しくしてもらっちゃいましたし」
そう言ってもじもじするさとりを見て可愛く思いいじりたくなった。
「その言い方やっぱりエロいわね」
エロいと呼ばれて頰を赤くして煙を上げる。
やはりこう言う話には免疫がないらしい。
「できたらもう一度会いたいんですけどね」
「まぁそれは『夢』次第じゃない?」
「そうですね、『夢』次第です」
私は頭痛がした気がして頭を抱える。
そう、こうして紫がわざわざ外の世界まで行って特定の人にお願いするなんてことはありえない。それ相応の理由があったのだ。
それこそ、彼女たちの世界で言う異変なのだけど。
「まったく、本当に面倒くさいことになったわね。この『夢送り異変』は」
そう、時は遡る。と言っても一昨日見た夢と、それに送られてしまったさとりの話なのだけど。
「じゃあ改めてもう一度話してくれるかしら?」
「ええ、もう一度確認しましょうか。今回の異変について」
さとりは紅茶の最後の一口を飲むと紫に昨日体験した不可解な物語を語るのだった。
あー、時間たりない。ゲームしたい。SS書いてたい。寝たい。