Re:SAO   作:でぃあ

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ご感想、誤字報告いつもありがとうございます。

ダンジョン内倉庫突入~次の日のスヤァまで

原作では二十三日の描写が書かれていませんが、この作品では少しだけ触れようと思います。

揺り椅子リターンズ。


第二十三話

 エルフ番兵の巡回を上手くやり過ごし、下層への下り階段を見つけたのは午前二時近くになってのことだった。

 街に帰るころには空も明るくなっていることだろう。完全に睡眠時間が不規則になっているがこればかりは仕方あるまい。朝焼けの風景を想像してしまい、思わず出そうになった欠伸をかみ殺した後、キリトは下の様子を窺ってみるが暗さでどうにもはっきりとしない。

 

「一本道だし行くしかないんでしょうけど……眠いの?」

 

 どうやら噛み殺した欠伸はアスナにばればれだったらしい。キリトはうんむと素直に頷く。

 

「ロモロさんのところで寝ないからよ。まあ、揺り椅子を占拠したのはわたしなんだけど、起こしてくれればよかったじゃない」

 

「いや、すごくよく寝てたから起こすのも忍びなくてさ」

 

「元々長く眠れないタチなんだけど、確かにあの時はぐっすり寝れたわね……」

 

 エルフ野営地やロモロの家では随分ぐっすりと寝ていた気がしたが、普段はそうでもないらしい。睡眠不足によってアスナが動きを落としていたのは第一層の迷宮区で会った時だけで、パーティーを組むようになってからは見たことがない。問題ないと言いたいが、疲労というものは蓄積されていくものだ。機会があれば、早いうちに寝れない理由を聞いてみたほうがいいのかもしれない。

 

「まあ、ぐっすり寝れるならそれに越したことはないな。……止まっていても仕方がないし、行くか」

 

 階段を下りて下層へ進むと、すぐに目的のものが見えてきた。

 大きな倉庫になっていると思われる部屋の左右に運ばれてきたであろう木箱が置いてあり、部屋の奥に頑丈そうな二枚扉が。そして、その両横に先ほどの番兵よりも少し格が高いであろう衛兵らしき二体のフォールンエルフが立っていた。

 

 キリトが今いる位置から倉庫に入ろうとすれば、間違いなく衛兵の視界に入ってしまうだろう。交戦したとしても負けることはまずないだろうが、増援が来る可能性を考えるとやはり戦うのは避けたい。

 

「どうするの? このままじゃここに足止めになるけど」

 

「うーん……」

 

 アスナの言うとおり、完全に足止めされた形だ。倉庫の入り口は衛兵の視界の中に入っている以上、どうにかして視線を逸らした後に、近くの木箱の影まで走り込むしかないだろう。

 

「ちょっとやり方は古臭いけど、やってみるか……?」

 

 キリトは足元に落ちていた小石を拾い、背後にいたアスナにちらと視線を向けた。頷きが返ってくるのを見た後、キリトは右側の木箱に向けて拾った小石を投げる。カランカランという音が倉庫に響き、その音を聞いた衛兵が二人して右側に移動した隙に、二人は左側の木箱の影まで一気に駆けた。

 

 衛兵に気付かれていないことを木箱から顔を出して確認した後、重めの蓋をそっと開けて中を覗き込む。何も入っていない。二人は顔を見合わせた後再び中を覗き込むが、やはり何も入っていなかった。隣の木箱も、さらに隣の木箱も同様に中身は空だ。

 

「どういうこと……? もう中身は持ち出されたのかしら?」

 

「そう考えるのが妥当だとは思うけど……」

 

 確認するはずの木箱の中身がない以上、完全に手詰まりだ。

 キリトとアスナは二人して頭を悩ませるが、当然の如くいい案は思いつかない。キリトは手がかりがない以上この場から離脱するべきかとアスナに提案しようとした。しかし、部屋の奥から扉の開く音が、次いで少なくとも七、八人の靴音が聞こえてきた。

 

――やばい……!

 

 キリトのゲーム勘が叫ぶ。これは動かないと必ずマズい事態になると。

 

 キリトは即座に目の前の箱の蓋を開けると、「中へ」とアスナに(ささや)く。緊迫した雰囲気を察したアスナは素直に中に入り、キリトも同様に中に入った後、五ミリほど隙間を開けて蓋を閉める。

 

「ひゃっ……!? ちょ、ちょっと……」

 

 アスナが驚いたように声を出すが、キリトは口元に指を立ててそれを制する。右手からは心地よい柔らかさが伝わってくる気がしたが、それに構っている暇はない。バレたら間違いなく面倒なことになるが、必要な情報を得ることができる可能性が極めて高いのだ。

 

 細長い視界から見えるのは、ハンマーを持った職人風の大男。そして、金属の鎧と深紅のマントを身に着けた長身痩躯(ちょうしんそうく)のエルフらしい男だった。残りの男は恐らくマントの男のお付なのだろう、戦士風の装備をしている。

 

 ハンマーの男は<<エドゥー>>という名のフォールン・エルヴン・フォアマン。マントの男は<<ノルツァー>>という名のフォールン・エルヴン・ジェネラルと表示されている。驚くべきは<<ノルツァー>>で、視線をフォーカスしカラーカーソルを表示させれば真っ黒。つまり、完全な格上であることがわかる。戦闘になれば確実に負けることを理解し、キリトの身体が強張る。

 

「んんっ……」

 

 キリトが緊張したことを雰囲気で察したらしいアスナが、籠った声と共にびくりと跳ねるのを感じる。不安に感じているだろうアスナの様子も気になるが、外を見ているのがキリトだけである以上視線を逸らすわけにはいかなかった。

 

 フォールンエルフ達は一か所に固まって会話をしており、本日の荷揚げで木箱の予定数が集まり組み上げは五日後に完了するということらしい。何を組み上げているのかという情報が出てこないことに苛立ちを感じ、直後再びびくりとしたアスナに右肩を掴まれるが、キリトは構わずに視線を外に向け続ける。

 

 ノルツァーが「頼んだぞ」とエドゥーの腕を叩き、それに頷いたエドゥーを見て満足げな顔をしている。もっと詳しい話を聞きたいが、どうやら進行の報告だけで終わりのようだ。

 

――まいったな。具体的な情報がまるで無いぞ。

 

 こちらからはモーションを起こせない以上、彼らが話した情報のみで判断するしかないが、その情報があまりにも少ないことにキリトは溜息をつきたくなる。会話の終わったノルツァーは扉の奥へと戻って、それを追うことは恐らくできないだろう。その後に多少無理をしてでも倉庫の中を調べるべきかとキリトは思考を巡らせていたが、奥に戻ると考えていたノルツァーの視線が不意にキリト達が隠れている木箱に向けられた。

 

 瞬間、キリトの背筋が凍る。

 

 視界ができるように持ち上げていた蓋を閉じる。この状況は下手をすれば戦闘になりかねない。見つかったと確信するまではこちらから動くことはないが、いざ戦闘となればカーソルが真っ黒なノルツァーとお付の戦士が複数人だ。勝つことは恐らく不可能に近い。ならば、木箱から飛び出て進んできた道をひたすらに駆け抜けて逃げるしかないだろう。

 

 コツ、コツと焦らすように足音が近づいてくる。動揺しているだろうアスナに視線を向ければ、口を手で押さえたまま目尻に涙を浮かべており、どうやらかなりの恐怖を感じていることがわかる。

 

 足の速さはアスナの方が上だ。ならばアスナだけでも何とかと、いつでも飛び出せるようぐっと身体に力を入れる。

 

「……! ……!」

 

 アスナが涙目のままかぶりを振るが、キリトは大丈夫という意思を視線で送る。それが伝わったかどうかはわからないが、アスナの動きが止まり、同時に近づいていた足音も止まる。恐らく木箱から三メートルほどのところだろうか。

 

 ノルツァーが唐突に未だエルフ族の禁忌に縛られていることに嘆き、追加の情報だと確信したキリトは耳を澄ませる。

 

 人族からこの倉庫にある資材を購入していること。すべての秘鍵(ひけん)を手に入れ聖堂の扉を開き、人族の最後の魔法を消し去るのが目的であること。そして、第一の秘鍵(ひけん)を奪還する作戦を建てているということだ。

 

 全てを語り終えた後、無数の足音が遠ざかり大きな扉が閉まる音がする。木箱の外からは人の気配が感じられなくなり、行動が自由になったはずなのだが、キリトの身体は動くことはなかった。

 

 第一の秘鍵(ひけん)とは、キリト達が第三層で奪い返したものだろう。つまり、フォールンエルフ達はダークエルフに対して再び襲撃計画を立てているのかもしれない。聖堂や秘鍵(ひけん)という単語はベータテストでも出てきたが、その情報量や具体的な単語の多さはキリトの知るベータテストのそれとは比較にならない。また、人族の魔法というものがどういうものかはわからなかったが、人族というだけあってプレイヤーに影響する可能性もある。

 

「ねえ……」

 

 嫌な予感がする。具体的に何が危ないのかはわからないが、キリトの勘がそう言っている。(うなじ)の後ろ当たりがチリチリとしており、こういったときのキリトの勘が外れることはなかった。

 

「キリト君……」

 

 とにかくキャンペーンクエストに関連があることは明らかである以上、ダークエルフの拠点に行く必要があるだろう。確かフィールドボスを倒した後に行ける村の先にあったはずだ。ならば、フィールドボスを倒した後そのまま拠点まで移動してしまうのがいいかもしれない。 

 

「キリト君ってば……」

 

 と、そこでアスナから呼びかけられていたことに気付く。声は少々震えており、視線を向ければアスナは先程の涙目のままこちらを見ている。

 

「ごめん。大丈夫か? 怖かったよな……?」

 

 クールな彼女が涙目になるなど珍しい。落ち着かせようとキリトは自由になる左手でそっとアスナの頭を撫でる。彼女が怖がるのも仕方ないだろう。外を見ていたキリトと違い、アスナは何が起こっているかを確認できないのだ。パーティーメンバーが身体を強張らせるほどの緊張をしているのに、自分だけが何もわからなければ不安や恐怖を感じるのは間違いない。

 

 どうやら落ち着いてきたらしい、アスナのぼーっとした視線がこちらに向けられている。木箱の中は暗いためよくはわからなかったが、若干顔が赤くなっているようにも見えた。

 

「…………! って違うわよっ。君、いつまでこんなことしてるつもりなの?」

 

 しかし、どうやらキリトとアスナの考えていることは違ったらしい。はっとしたアスナの視線は一瞬で険しくなり、キリトに抗議の声を上げる。はて、こんなこととはなんだろうとキリトは何気なく自身の右側に視線を向け、自らの右手がとんでもないことになっていることを確認した。

 

「しゅみゃっ……!」

 

 謝罪になっていない謝罪の声を上げ、アスナのブレストプレートとチュニックの間に潜り込んでいた右手をキリトは慌てて抜こうとする。

 

「ひゃぁっ! ちょ、ちょっと、乱暴にするのやめてよぉ……」

 

 しかし、抜こうとした右手に力が入ったらしく、もにゅもにゅという弾力に富んだとても柔らかい感触が右手に伝わったと同時にアスナが切なげな声を上げる。その声とアスナの涙目の視線にキリトの緊張は一瞬でマックスになり、聞こえるはずのない心臓の鼓動がバクバクとキリトの耳に届く。これ以上は失敗できないと、キリトは右手を器用に折りたたみ鎧の横から抜くことに成功した。

 

――た、大変なことをしてしまった……!

 

 緊張で紅潮していたであろう顏は真っ青になっているだろう。今ここでハラスメント防止コードによって黒鉄宮(こくてつきゅう)送りにされても何の文句も言えない。

 

「あ、アスナ、ごめん。悪気はなかったんだ……」

 

「…………」

 

 今キリトにできることはひたすらに謝罪をし、目の前の少女に慈悲を乞うことだけだった。両手の手のひらを合わせ頭を下げる。しかし、キリトの謝罪を受けてもアスナは無言で、チラと目を開ければ胸元を両手でギュッと押さえているアスナの姿が見えた。

 

「あ、あの、アスナさん……?」

 

「……わざとだったら、放り出すところだったわ」

 

 キリトはぶんぶんと頭を振ってわざとではないとアピールする。そのキリトの様子に呆れたのか、アスナは溜息一つついたがそれ以上は何も言ってこなかった。どうやらこのゲーム最大のピンチは何とか潜り抜けることができたらしい。

 アスナの視線はレーザーの如く鋭いが、その視線から逃れるべくキリトは再び木箱の蓋を開ける。衛兵の視線が怖いが、音を立てぬように人が出れる程度の隙間を開け先にアスナを脱出させた後、キリトも側板をまたいで外に出る。

 衛兵の動きを見てこちらに気付いてないのを確認し、やれやれと一息つくとキリトは改めて見える範囲の倉庫を見渡す。ノルツァーと話していたエドゥーはフォアマン、つまり職人だ。問題はそのフォアマンが何を作ろうとしているかだが……。

 

「ねぇ、どうする? ここの木箱を一つずつ見ていくなんてさすがに現実的じゃないわよ?」

 

 キリトと同じように倉庫を見渡していたアスナが、ずずいと顔を突き出してくる。先ほどは涙目だったが、発せられた声と表情は真剣なものだ。キリトは頷くと、同様に真剣な声で答える。

 

「木箱の数は少なくとも五十以上だ。フルパーティーでも全部確認しようとすれば一人当たり最低八、九個。アスナの言うとおり現実的じゃない。流石に全部確認しろってことはないだろう……恐らく全部空箱だと思う」

 

「そう仮定すると、どういうことかしら。まさか木箱自体が『資材』って訳ないだろうし……」

 

 アスナの言葉に、キリトの脳内のパズルがパチーンとはまる。そして、同時になるほどと納得する。

 

「アスナ、ちょっと静かにしてくれ」

 

 キリトはそう言って耳を澄ませる。この倉庫にいるのはキリト達二人と衛兵が二人のみ。当然話し声などなく、キリト達が話すのをやめると完全に静まり返るはずだった。しかし、どこからか、恐らく方向からして扉の奥から何かを叩く音が聞こえてくる。

 

――間違いない、槌音だ。

 

 キリトの考えは当たっていたらしい。この倉庫に積まれた木箱は全て木材として使われるのだろう。そして、この層でこれほど多くの木材を使うものなど一つしかない。

 

「アスナ、この倉庫の『資材』は全て、船の材料だ」

 

 キリトの突拍子もない言葉にアスナは目を丸くして驚いたようだったが、一瞬考え込んだ後「なるほど」と呟いた。

 

「この層で移動するには船がいる。当然、誰かを襲撃するにもね。何故木箱という形で木材を購入していたかはわからないけど、エルフ族の禁忌とやらが絡んでいるんでしょうね」

 

「恐らく、そうだと思う。……欲しい情報は手に入ったし、脱出しよう」

 

 

 

 小石を投げることで衛兵の視線を再び逸らし、倉庫から脱出したキリト達は駆け足で通路を移動していく。疲労の蓄積によって気が抜けていたせいか入り口近くの番兵に見つかるというハプニングがあったものの、無事に船着き場までたどり着き、交戦する前に出航することができた。

 ティルネル号に被せていたアルギロの薄布は耐久値ギリギリまで削られていたものの、無事にその役目を果たした。帰還した後にアスナに裁縫スキルで修復してもらえばまだまだ使うことができるだろう。

 

 帰り道にも蟹や亀と何度か戦うことになったが、ティルネル号のバーニング・チャージ(ラムアタック)で蹴散らして無事にダンジョンを脱出。同時にクエスト更新の音が響き、【手に入れた情報を、しかるべき相手に伝えろ】という目的に更新された。

 

 しかるべき相手とは何とも抽象的で判断に困る。ロモロか、水運ギルドの人間か、はたまた他の誰かなのか見当がつかなかったが、疲れた頭で気が抜けた状態とあってはまともな考えなど浮かぶ訳もない。街に帰って休んでから考えようというキリトの提案をアスナが全面的に受け入れる。いま二人に必要なのは、休息以外の何物でもないのだ。

 

 ロービアの街に帰還したときには時刻は二十三日午前三時半になっていた。主街区広場まで戻るのが(わずら)わしく、街を入ってすぐの南東エリアにある、宿泊中にゴンドラを泊めておける小屋が併設された小体(こてい)な宿屋を新たな拠点に選んだ。

 

 部屋に入って早々にアスナがベットに倒れ込み、キリトもへたり込むように揺り椅子に腰を下ろす。脳がスイッチを切れと命令してくるが、このまま寝るわけにはいかない。少なくとも本日の探索の情報を記憶が新しいうちにするべきだろう。

 

「アスナー? ミーティングできるかー?」

 

 反応はない。どうやら完全に落ちてしまったらしい。

 音を立てないようにベットに近寄れば、枕に顔を埋めたまま完全に静止している。しかも、枕の前方にメニューウィンドウを出したままだ。声をかけるべきかと思ったが、寝つきが悪いと言っていた割にぐっすりと寝ている彼女を起こすのは忍びない。

 

 数瞬考えた後、キリトはアスナの右手を掴み何度か上から下にフリック操作を行い、三回目の挑戦でウィンドウを消すことに成功する。

 

 右手をそっと元の位置に戻したキリトは、自らも寝るべく隣の自分の部屋に向かおうと扉に足を向けた。しかし、もう一度アスナの状態を見た後、メニューから毛布を取り出して起こさないようにそっと被せる。ベットには当然備え付けの毛布があるが、アスナはその上で寝てしまっていて動かすことはできない。風邪というバットステータスがこの世界にあるかどうかはわからないが、暖かくするに越したことはないだろう。

 

「おやすみ、アスナ。またあとでな」

 

 毛布がアスナにしっかりと被さっていることを確認した後、キリトは極力音を立てずに部屋を出た。

 

 

 

 目を覚まして時計を確認すれば、時刻は午前十一時半を過ぎた所だ。アルゴに必要最低限の情報提供を行った後、ベットに潜り込んだのは午前四時少し前であったから、たっぷり七時間以上は寝たことになる。ベットから身体を起こし身支度――と言うほど立派なものではないが――を整えたキリトは、昨日できなかった相談をすべく隣室のアスナの元を訪れたがノックをしても反応がない。すでに一階に降りているのかとも考えたが、その場合律儀な彼女ならばメッセージの一つも寄越しているはずだろう。

 

 躊躇いつつも、こうしていても仕方ないとキリトはドアを開ける。アスナの姿はすぐに見つかり、身体を横に向けキリトが掛けた毛布を抱え込むように寝ていた。遠目から見てもわかる彼女のあどけない寝顔に、キリトは心がほっこりとする。しかし、寝顔を無断で見続けるのは失礼だろうと、キリトは揺り椅子を窓際まで運び腰掛けた。ゆらゆらと揺れながら窓の外を見れば、幸運なことに窓は水路側に作られていたようで、ゴンドラに乗ったプレイヤーたちが行き交っているのが見て取れた。

 

 恐らくは商業地区の武具屋やレストランなどに向かっているのだろう彼らをぼーっと見ていると、再び睡魔が襲ってくる。たっぷりと寝た筈なのだが、揺り椅子と窓から差す暖かな日差しは眠気を誘うには十分だったらしい。

 

 本来ならばアスナを起こしてミーティングを行うべきだ。しかし、心身共に疲れ切っているアスナを無理矢理起こすのは忍びない。同じ部屋にキリトがいれば驚くだろうが、逆に彼女が起きればすぐに起こしてもらえるだろう。アルゴから受け取った情報では、本日開催されるフィールドボスの攻略会議は十七時からだ。ならばどうせ時間は空くのだし、レベルも十分に上がっているのだからたまにはゆっくりしても問題ないはずだ。

 

 ふわわ、と欠伸を一つしてからキリトは力を抜いて揺り椅子に身体を預ける。もし自分の家を買うことがあれば、必ず揺り椅子は購入しようとぼんやりした頭で考えてから、キリトは再び意識を手放した。

 

 

 

 明るさと暖かさを感じ、アスナは目を覚ました。

 寝起きでぼんやりとしているが疲れは感じない。時間が経てば頭もはっきりとして来るだろう。「んぅ……っ」と声にならない声を出し縮こまった身体を伸ばした後、掛かっていた毛布を握ったまま身体を起こす。視界の端にある時計を見れば、時刻は午後零時半過ぎを示している。宿屋に着いたのが午前三時半だったはずだから、どうやら九時間も寝てしまったらしい。道理で頭も身体もスッキリしているはずだと、アスナは思考を巡らし始め、固まった。

 

「九時間!?」

 

 アスナは思わず立ち上がった。どうやらとんでもなく長い時間寝てしまっていたらしい。足元に毛布が落ちるが、それを気にすることなくメニューを開きメッセージを確認する。九時間も寝ていれば当然キリトが先に起きているに違いない。ならば寝ている自分を見てメッセージを送ってきてもおかしくないと思ったが、未読のメッセージは一通も無かった。

 

 彼も疲れていたしまだ寝ているのかもしれないと、足元に落ちた毛布を拾いベットに腰を下す。そういえば何で毛布が掛かっているんだろうと、アスナは寝る前の記憶を検索するが、残念なことに部屋に入った瞬間に意識が飛んでいたため思い出せない。こうしてベットに寝ているということは自分でここまで移動したのだろうが、毛布を被って寝た記憶はないし、事実備え付けられた毛布はアスナの身体の下にあった。つまり、この毛布はこの部屋の物ではないということになる。

 

 そこまで考えて、アスナは掛けられていた毛布をぎゅっと抱きしめた。この部屋のものでないならば、この部屋に入れる誰かのものだ。自分以外でこの部屋に入れるのは一人だけで、アスナはこの毛布に見覚えもあった。

 

――キリト君……。

 

 ベットの上に倒れ込んだ自分を見て、わざわざ毛布を掛けてくれたのだろう。アスナは毛布に顔を埋め、キリトのことを思う。

 

――優しいな……。ホント、甘えてばっかり……。

 

 彼の優しさを感じたことによる安堵感と、また甘えてしまったという罪悪感がアスナの心を占めていく。

 

 記憶が飛ぶ前に、キリトが一緒に部屋に入ってきたことは覚えている。恐らくミーティングでもしようと思ったのではないだろうか。彼は睡魔に負けずにそれを優先しようとしていたのに、アスナは自分に負けてベットに倒れ込んだ。その事実がアスナの心を締め付ける。

 

 何故自分はこうなのだろう。彼に迷惑を掛けたくない、役に立ちたいと思っているのに、結果的に彼に甘えてしまっている。しかも、これでは駄目だとわかっているのに、今の状況に安堵し嬉しく思っている。

 

 自制心には自信があった。現実でのアスナは自分を常に律してきたし、それに伴う結果も出してきたつもりだった。それなのに彼の前では何故か甘えが前面に出てしまう。

 なんと情けないと涙がこぼれそうになるが、いつまでもうだうだとしてはいられなかった。キリトと相談しなければ、昨日のことも今日のことも何も決められないと、アスナは再び立ち上がる。

 

 とにかく隣の部屋に行こうと、アスナはそこで初めて部屋の全体を視界に入れ、固まった。

 

 窓際に置かれた揺り椅子の上で、今アスナが会おうと思っていた少年が目を閉じていたのだ。

 

「……っ!?」

 

 声を出さなかったのはアスナのファインプレーと言うべきだろう。

 

 物音を立てないようそっと揺り椅子に近づき、斜め上からキリトの寝顔を窺う。きい、きいと小さい音を立てて揺れている揺り椅子の上で寝ている彼の表情は、普段よりも幼さを感じさせた。この状況に、アスナは顔を紅潮させると同時に理解する。

 

 恐らく彼は自分を起こしに来たのだろう。しかし、自分がまだ寝ているのを見て起こすよりも待機することを選んだのだと。

 

 揺り椅子の横に移動し、背もたれを掴んで軽く揺らしてみる。ロモロの家では立場が逆だった。つまり、自分は彼に寝顔を見続けられていたのだろう、今の自分が彼の寝顔を見ているように。

 

 それに思い至り、アスナの顔がさらに熱を持ったように感じる。

 

 なぜ彼がロモロの家で寝なかったのかわからなかったが、こうして逆の立場になってみると理解できた。信頼できない人間の傍で寝ることなどできない。つまり、寝顔を見られるということは信頼されているということに違いないのだ。

 

 自分の顔は間違いなく笑顔になっているに違いない。それほどに、アスナはこの状況に嬉しさを感じていた。迷惑をかけているに違いない、困っているに違いないのに、彼はこうして自分に無防備な姿を見せてくれている。

 

 残念なことに彼の寝ている姿を長々と見ていることはできない。アスナの睡眠時間が長すぎたせいで、今日やることに制限が出てしまっているのだ。これ以上時間を無駄にすることはできなかった。それでもと、アスナは思う。

 

――もう少しだけ、こうしていたい。

 

 アスナは手に持っていた毛布をそっとキリトに掛けた後、その場にしゃがんで揺り椅子を揺らす。

 

 あと五分だけ。

 

 頭の中でそう決めたアスナは、椅子を揺らしながらキリトの寝顔を見続けた。




    _  ∩
  ( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
  (  ⊂彡
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   し ⌒J

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