休憩後屋台の食事~ロモロ宅でお休みまで
今回も少しだけキリアス成分足しています。
この後クリスマスイベントとか、第四層は恐ろしい階層ですね……。
第四層主街区<<ロービア>>では、その構造上ゴンドラでの移動が基本となる。
中央の転移門広場を除けば、正方形の市街は東西南北に走るメインチャネルによって大きく四つの区画に分かれている。右上には公園や広場、劇場などの観光エリア。右下に各種商店がある商業エリア。左下には大小の宿屋が集まる宿泊エリア。そして、左上にはNPCの住居が存在する下町エリア。
これらのエリアの何処に行くにも、ゴンドラに乗らなければスムーズな移動はできない。浮き輪を使って泳いで移動するという手段があるものの、街中で一々装備を解除するのは面倒の極みだ。
つまり、このロービアの街は交通の便が極めて悪い街だった。
普段であればゴンドラの数に不足することはないのだろう。しかし、本日は<<街開き>>である。下層から多くのプレイヤーが新たな武器や防具のため、観光のために押し寄せた。それによって割を食うのは最前線で活動するプレイヤーである。レベリング、クエスト消化のために迅速な移動をしたくとも、下層から押し寄せたプレイヤーによってゴンドラが独占され、順番待ちをしなければならなかった。
――俺たちは、おまえら一般プレイヤーを解放するために戦っているんだ。優先されて当然だろう。
宿屋の二階、休憩のためにとった部屋の窓から転移門広場を見渡していたキリトに、そんな言葉が聞こえてくる。言葉の主はハフナーという名の、DKBのサブリーダーだ。横入りした金属鎧の五人組が、大型のゴンドラに乗って移動していく。横入りされた側は言い返すことなくそれを見ていたが、当然いい感情を持つわけがない。
――ビギナーとベータテスターの次は、一般プレイヤーと攻略組の亀裂なんて、勘弁してくれよ……?
観光気分ののんびりとしたプレイヤーたちに、時間がすべての攻略組が付き合ってられるかという気持ちはわからなくもない。だが、今は一般プレイヤーであっても、いつかは攻略組として登ってきてもらわなければならないのだ。
今現在の攻略組主力、四十二名がいつまでも生きていられる保証などない。フィールドボス戦、迷宮区攻略、階層ボス戦そのどれもが命がけだ。現在は順調だが、いつか必ず死者が出る。その時にその損害を穴埋めするのは、一般プレイヤーの上位層の人間に違いないのだから。
厄介ごとの気配を感じ、そこからくる溜息を飲み込んだあとキリトは現在時刻を確認する。
約束の午後六時まであと三分しかない。装備を整えたキリトは部屋を出ると、待ち合わせ場所の一階の喫茶店に入る。やはりというべきかそこにはアスナの姿があり、いつものクールな雰囲気を取り戻しているように見えた。
「お待たせしました」
そう言いながら、キリトはアスナが座っていた対面の椅子に腰掛け、軽く頭を下げる。
「まだ待ち合わせの時間前よ」
約三時間ぶりに再会したアスナの様子は随分とサッパリとしたものだ。休憩前に真っ赤になって「お兄ちゃんみたい」等とキリトに言ってきた少女と同じ人物とは到底思えないが、下手に引きずられると気まずくなることは間違いない。彼女の切り替えの早さに感謝しつつ、キリトは彼女が滑らせてきた喫茶店のメニューを覗き込む。
「魚介系が多いなぁ。俺はここで食べちゃってもいいけど、どうする?」
「うーん……。せっかく綺麗な街だし、屋台で何か買って食べたいな」
「了解。んじゃ、外出てみますか」
宿屋を出て周りを窺えば、転移門の東側に屋台が五、六軒並んでいるのが見えた。本格的なものを食べるなら南東の商業地区に行くべきだろうが、ゴンドラに並ぶ列はかなりの長さだ。
「あれに並ぶのはちょっと手間ね」
「同感。じゃあ、あそこの屋台にするか」
アスナが頷き、二人は屋台の前に向かう。どうやら夕飯になりそうなものは、魚フライと野菜サラダのセット、シーフードピザ、魚と香草のパニーニくらいか。その全ての料理の最後に、ようなもの、という言葉がつくのはご愛嬌だろう。
「俺はパニーニにしようかな。アスナはどうする?」
「同じもので」
了解と、アスナにベンチの確保を頼んだキリトは屋台でパニーニを二つ購入する。十二コルという値段の割に匂いは良く、期待できそうだ。
「お待たせ、オゴリです」
そう言って、キリトはアスナの隣に腰を下ろす。
アスナは黙ってパニーニを受け取るが、その表情には疑問が浮かんでいる。
「ああ、まあ、さっきの迷惑料? 的な?」
「ふーん……」
アスナは何とも複雑そうな表情で手渡されたパニーニを見ていたが、突然ニヤリとした笑みを浮かべた後、キリトに向き直り満面の笑顔で一言、
「ありがとう、お兄ちゃん」
語尾に音符が付くような声で、ニーッコリと笑いながら言った。
「んな!? な!? な!?」
女神のような笑顔で放たれたその言葉に、キリトの顔は瞬時に沸騰した。
動揺のあまり持っていたパニーニを落としそうになるが、何回かお手玉し地面五センチのところでギリギリキャッチに成功する。急になんてこと言うのだこのお嬢さんはと隣を見れば、口に手を当てて肩を、いや身体全体を震わせている。笑いをこらえていることに疑いないが、どうやら限界を超えたらしい。
「ぷっ……くっ……ぷふっ、あは、あははははは!!」
目尻に涙を浮かべ、こちらを指さしながら大声で笑っている。紛うことなき爆笑である。ゴンドラに並んでいる人が何事かとこちらを見ているが、普段は視線を気にする
「顏……真っ赤……ふふっ、あははは! お腹痛い……! 腹筋無いのにお腹痛い……!」
それだけ笑えば腹も痛くなるでしょうよと、決して口に出すことはできないので脳内で発した後、キリトは手に持っていたパニーニに八つ当たりする。
がつがつと齧り付き半分ほどキリトが食べ進んだところで、アスナの笑いはようやく収まったらしく、まだ目尻に涙を浮かべお腹を押さえているもののその様子が落ち着いてきた。
「ごめんなさい、オゴリって言うから、こっちも何か言わないといけないかなって」
「いつ俺がネタ振りしたんですかねぇ……。とにかくフード被っておけよ、結構注目されてたぞ?」
「嘘!?」と言う声に無言で頷くと、リニアーの如き速さでフードを被ったアスナは、改めてパニーニに齧り付いた。
「あ、おいしい」
そう、このパニーニは美味しいのだ。香ばしくグリルされた魚と、ハーブの香りがするトマトソースが、ふっくらパリッと焼かれた薄焼きパンにはさまれている。現実世界で食べたそれと比べてもそん色なく、中々の再現度と言っていいだろう。
挟まれているのが照り焼きソースで焼かれた肉だったらもっと良いのだがと心の中で思いつつ、キリトも再びパニーニを齧ろうとして、
「人が必死で情報集めてたってのニ、自分はアーちゃんとイチャつきながら食事とハ……いいご身分だなァ? キー坊」
突如として背後から掛けられた声に、飛び上がった。
「……相変わらず見事な
「まだまだだナ、キー坊。ところでお兄ちゃんとハ……斜め上だが、随分と仲良くなったみたいだナ?」
「きっ、聞いてたんですか!? あれは違います! アルゴさんの聞き間違えです!」
どうやら会話は筒抜けだったらしい。アスナが声を大にして否定しているが、動揺したアスナなどアルゴの敵ではないだろう。
「しっかし、アーちゃんいいのカ? 兄妹だと色んなことできないんだゾ?」
「い、色んなことって……色んなことってなんですか!? キリト君とそんなことするわけないじゃないですか!」
「おヤ? そんなことって、アーちゃん一体どんなことを想像したんだイ?」
「そっ、それは……っ!」
アスナはプルプルと震えており、フードから少しだけ見える顔は真っ赤になっているようだ。色々と突っ込みたい部分もあるが、流石にそろそろ助け船を出さないと圏内とはいえ悲しい事件が起きかねない。
「それでアルゴ、情報は揃ったのか?」
「もちろんだヨ。ただ、今回は超特急だったからナー。健気なアルゴさんを労って、ゴハンくらい奢ってくれてもいいと思うナー。オイラ、チーズたっぷりのピザが食べたいナァー」
「……ちょっと待ってろ」
チーズを限界までマシマシにしたシーフードピザはアルゴのお気に召したようで、満足げな表情で食べ始めたアルゴを見つつ、キリトも自分のパニーニを消化した。
アルゴに依頼した情報である、クエストのキーNPCの場所を確認したキリトは、ベータテストでは存在しなかったクエストNPCに当たりをつけた。
場所は北西の居住エリア。当然移動のためにはゴンドラが必要であったが、列の人数は夕飯時になっても減るどころか増える一方だ。どうにかして泳がずに移動する方法はないものかと、キリトはゴンドラが行き交うメインチャネルを見つつ思考を走らせる。
アルゴはピザを食べ終えて早々に「クエストの情報が揃ったら買うヨ」と言い残し去っていたため、隣には先ほどと変わらずアスナが座っている。そのアスナに視線を向ければ、どうやら彼女もキリトと同じようにメインチャネルに視線を走らせている。
「せめて水路が飛び越えられる程度の幅だったら、わざわざゴンドラに乗らなくてもいいのに。楽しいけれど、あの列に並ぶのはさすがに手間よね」
メインチャネルの横幅はおよそ二十メートルほどあるだろう。恐らくどれだけAGIを上げたとしても、何らかの足場がない限りは向こう岸まで届くことはないだろう。逆に言えば、足場があれば届くかもしれないということなのだが。
「あっ」
そこでキリトは思いついてしまった。
足場ならあるではないか。先ほどからメインチャネルを行き交っている、屋根つきのアレが。
「アスナ、こっちきて」
座っていたアスナの手を引いて広場北側の岸壁まで小走りで移動し、岸壁ギリギリで止まったキリトは左右を見てゴンドラがちょうど交差する位置を確認する。
「あっ、嫌な予感」
「流石、察しがいい」
「……スタントマンになった記憶はないんだけどね」
キリトがにやりと笑い、それを見たアスナが溜息を一つつくもそれ以上は何も言わずに、助走ができるように岸壁から距離を取る。運の良いことに左右からは十二人乗りであろう巨大なゴンドラが進んできている。
二人はタイミングを計り右から来たゴンドラに飛び乗り、勢いそのままに左から来ていたゴンドラ、そして対岸へと思いっきりジャンプする。ゴンドラの乗客からは何故か歓声が上がっているが、キリトはそれどころではなかった。
対岸までの距離が意外と遠い。キリトよりAGIが高いアスナは無難に対岸に着地していたが、ジャンプの飛距離がギリギリ足りなかったキリトは岸壁に何とか、ようやっとという体で手を掛けることができた。
「何やってるの、早く上がってきなさいな」
岸壁の上のアスナがキリトに手を差し伸べてくる。しかし、ゴンドラの乗客が何故歓声を上げたのか、キリトは視界に入ったものによって理解できた。
「あっ、白……」
ピタ、とアスナの手が止まり、立ち上がったアスナがスカートを押さえて後ずさる。
「……早く上がって、そこに立ちなさい」
「はい」
口は災いの元である。キリトは岩壁を登り、アスナが指差した通りの中央に立つ。この後の展開をキリトは何となく予想できた。しかし、逆らうことはできない。今はただただ、死刑執行人たる彼女の言葉に従うのみだ。フードを被り俯いているため表情を窺うことはできないが、さぞや怒り狂っているに違いない。圏外であればキリトも止める理由を見つけることができただろうが、残念なことにここは圏内だった。
正面に立つアスナが<<シバルリック・レイピア>>を抜き放つ。銀色に輝くその剣は、色とりどりの街灯によって照らされた白亜の街を背景にしてもなお存在感を放っていた。構えは間違いなく<<リニアー>>のそれだ。圏内ではダメージが入らない代わりに衝撃を受けることになる。キリトの後方はしっかりと地面になっているため、十メートルや二十メートル吹っ飛ばされても問題ないだろう。キリト以外には。
「キリト君の、バカーーー!!!」
アスナの剣にソードスキルの光が発生した直後、主街区<<ロービア>>に閃光が走った。
一度中央広場から出てしまえばゴンドラを確保することはたやすい。
どんな水路でも流しのゴンドラがやってくるため、二人乗りのゴンドラを確保したキリトとアスナは目的地の座標を船頭に伝える。ゴンドラが動き出すと、途端に機嫌を直したミニスカ
「あっ、あそこの家売り物みたい!」
アスナが指差す方を見れば、小さな二階建ての小屋のドアに<<For Sale>>と書かれた木札が下げられている。家自体はいい家で、一人や二人で住む分には十分な大きさだろう。しかし、プレイヤーハウスというのは大抵それなりの値段がする。この街の移動の手間を考えても、拠点とするには不向きかもしれない。
「いずれ買うことができるかもしれないけど、この場所はちょっとなぁ。いい家なのは間違いなさそうだが……」
「うん。もし買うとしたら、湖が見える普通の家がいいな……」
湖畔の家という言葉を、キリトは自らの脳内に少々深めに刻み込んでおく。プレイヤーハウスというのはどうしても高価で、家具や移動の手間を考えると転移門や商店に近い宿屋の方が安価で便利なのは間違いない。しかし、この世界でも帰る場所があるという意識を作ることができるのは、貴重なことなのかもしれない。
先ほどの言葉を最後に前を向いたアスナ。フードを外しているため、彼女の茶色の長髪が風に流れてそれはそれは美しい光景だが、彼女の雰囲気ははしゃいでいた時と違い少々切なげだ。家、という言葉で現実世界のことを思い出してしまったのだろう。今日第四層に来てから、現実世界のことを思い出す機会が多かったし、少しくらいは感傷に浸るのも悪くないだろう。
キリトは無言のままアスナの背中を見つめていると、船が目的地である一軒の家の前に止まる。中にはクエストNPCの印である<<!>>を頭上に付けた老人が、揺り椅子に腰かけてパイプを吸いながら酒瓶を傾けていた。
ロモロという名の老人から提示されたクエストの名前は<<
この街の船に関するものは水運ギルドに独占されたため、船が作れなくなっていたこの船大工の老人は、船を作ってほしくば材料を集めてこいという。間違いなく収集系のクエストだ。
必要なものを集めるために何回も往復させられるこの手のクエストは面倒なことこの上ないが、この街での自由な移動手段を得ることができるし、自分の船ならば恐らく町の外まで移動することが可能に違いない。
その旨をアスナに説明した後、必要最低限の素材を集めようとキリトは提案する。しかし、彼女はそれを即座に却下した。
――あのおじいさんは最高の船を造りたがっているに違いない。ならば、妥協せずに最高の素材を集めるべき。
収集系のクエストによくある、最高の結果はあるけど目指すのは自由という選択肢に、アスナは完全に
しかし、このゲームは体力を全損すれば死ぬ。わざわざ死ぬ危険を冒してまで、最高の結果を目指す訳にはいかない。妥協案として、アスナに対して自分が引けと言ったら必ず引くという確約を取った後、二人は最高の船を作るべく素材集めを開始した。
八メートルを超えるツノの生えたヌシ熊――マグナテリウム――は、ベータテストで六人パーティーを何度も返り討ちにしたほどの強敵であり、この階層では最高クラスの武器を持っている二人でも苦戦は免れなかった。マグナテリウムが放つ火炎ブレスと突進攻撃は、まともに食らえば二人の体力を全損させるレベルの威力を持っていたに違いない。
しかし、その突進攻撃を利用し大木に突っ込ませることで、最高級の木材を確保することに成功。四十分の時間をかけてマグナテリウム自体の討伐も達成し、最高級の脂、爪、毛皮を確保した二人は、ロモロに材料を届けた。
最高の船を作るから待っていろと言い残し、工房に繋がっているであろうエレベータにロモロは消えていく。それを見届けたキリトはぐーっと腕や背中の筋を伸ばした。中々にハードな戦闘を終えたキリトは明確な疲れを感じており、どうやらそれは左に立つアスナも同様らしい。
「ごめん、ちょっと休んでもいいかな?」
アスナの言葉に頷いて部屋を見渡すが、ベットのようなものはない。休むならロモロが座っていた暖炉の前に置かれた揺り椅子か、テーブルの側に何個かある丸椅子、もしくは床ということになるだろう。
キリトは揺り椅子に近づき、背もたれを後ろから持つと軽く揺らしてみる。クッションが敷かれた揺り椅子は中々に寝心地がよさそうだ。
「アスナ、よければこれ使うといい。俺は野営セット持ってるからその辺の床でも問題ないし」
「えっ……でも……」
アスナは揺り椅子、床、キリト順に視線を移動させた。揺り椅子で寝るのはキリトに申し訳ないけど、床で寝る勇気もないと言ったところだろうか。キレイ好きなアスナには床で寝るのはさすがに躊躇われるだろう。一方キリトはどこで寝ても十分に休めるシステム外スキルを持っていると自負しているから、問題はないのだ。
「どうぞ」
「……じゃあ、遠慮なく……」
アスナが揺り椅子に腰掛けるのを見てから、キリトは装備その他を解除し寝間着になる。同様にアスナも装備を解除していくが、スッと揺り椅子の端ギリギリに腰かけたかと思うと、キリトを見上げながら空いたスペースをぽんぽんと叩く。
「詰めて横向きになら一緒に寝れそうだから、君も使ったら?」
目の前の少女は、キリトを国境線を超えたら地上二十階の窓から放り投げようとした人物である。その人からまさか、同じ椅子で寝ようなどという言葉が出てくるとは思わず、キリトは驚愕によって動きが止まる。アスナはキリトの様子をじっと見ていたが、動かなくなったキリトに呆れたようで溜息を一つついてから椅子のアウトサイドに身体を向けた。
「じゃあ、先に休むわね。空いた場所は、使うも使わないもご自由に」
こちらに背中を向けたアスナは、その言葉を最後に沈黙する。
耳を澄ませれば、余程に疲れていたのだろうか既に小さい寝息が聞こえてくる。
キリトの身体から力が抜け、ふっと笑みが浮かぶ。
長い一日だった。時刻は日付が変わり午前一時。途中三時間ほどの休憩を取ったとはいえ、第三層のボスを倒しこの階層に上がってきてまだ半日だ。その半日で、随分と相棒たる彼女の新しい姿を見れた気がする。ゴンドラに乗りはしゃいでいる姿、頭を撫でた後真っ赤になっている姿、そして今安らかに眠っている姿は、普段はクールな雰囲気の彼女からは想像もできない年相応のものであるように見えた。
――きっと、これが本来のアスナなんだろうな。
アスナは常に周囲の視線を集める。彼女の容姿の良さは男女問わずに人を引きつけるだろうし、少し話せばとても理知的な人物であることもすぐに理解できる。極めて魅力的な女性であることは間違いない。これは間違いなくアスナの長所であるが、同時に彼女にとっては休む暇が無いという悩みの種になっているのかもしれないと、キリトはぼんやりとした頭で考えた。
揺り椅子の背もたれに手を掛け、軽く揺らしてみる。すると、既に眠りに落ちていたであろうアスナの身体がこちら側に倒れてきた。キリトはストレージから毛布を取り出し、アスナが起きないようにそっと掛けた後、テーブルの傍にあった丸椅子を揺り椅子の横まで持ってきて腰を下ろす。
「お疲れ、アスナ」
背もたれに再び手を掛け、ゆっくりと揺らしていく。すると、アスナの寝顔に子供のようなあどけない笑顔が宿る。何か夢でも見ているのだろうか、キリトはそっとアスナの頭を撫でる。
「良い夢を」
キリトは再び揺り椅子を揺らし始める。聞こえるのは部屋の奥にある暖炉のパチパチという木の燃える音と、アスナの小さい寝息だけだ。暖炉の炎が二人を照らす。その光のせいだろうか、アスナの顔に少しだけ朱が差したことに、キリトが気づくことはなかった。
もっと、もっと砂糖が吐きたいんです(錯乱