借物語 作:新名歯舞守
001
自分たちは正義の味方ではなく、正義そのものだと言い張る少女。
自身の姉と合わせて「栂の木二中のファイヤーシスターズ」という通り名を持つ少女。
そしてその参謀役を名乗る少女。
可愛らしく大人しそうな外見を見事に裏切るピーキーな内面を持つ少女。
人間の姿をしている少女。
人間のようでその実、人間などではない少女。
つまり、怪異そのものである少女。阿良々木月火。
そんな彼女とボクが出会った約1年前の4月上旬。
それよりも更に遡って、遡上して約10年前。
ボクは怪異の存在を、舞台という名の世界の表側ではなく舞台裏という世界の裏側を、そして何よりもボクという存在の半分を認識した。
幽霊。ゴースト。骸骨。アンデッド。髑髏。スケルトン。がしゃどくろ。
それがボク、つまるところの蝋燭沢昴流という人間の半身である怪異。
でもそれはまぁ、今回の話であるところの蝋燭沢昴流と後にその彼女となる阿良々木月火の邂逅話、もっと甘い言い方にわざわざ言い換えるのであれば馴れ初め話ということになるのだろうか。つまりはそういう話に直接は関係ないだろうという推測の下、ボクの半身である「がしゃどくろ」の話はひとまず置いといて、話を進めていきたいと思うところである。
ボクの存在が準怪異産であるとするならば、阿良々木ちゃんの存在は純怪異産であると言えよう。50パーセントのボクと100パーセントの彼女。
まぁ、そんなことはどうでも良いことなんだけれども。
既に死んでいる怪異が自身の存在の半分を占めるボクと死ぬことはない怪異そのものの彼女。
まぁ、そんなことはどうでも良いことなんだけれど。
ボクはもう半分死んでいる。
まぁ、そんなこともどうでも良いことなんだけど。
とりあえず生で、と居酒屋で言うようにそんな軽い感じで話を進めていきたいと思っていたり、思っていなかったり。ラジバンダリー。
じゃあそろそろ回想に入ろうか、と思っている今日この頃。というよりも今現在。
ボクの部屋の尚且つベッドの上にはボクの彼女をこれまた約1年間ほど続けている阿良々木月火、通称阿良々木ちゃんが居座っていた。というよりも居眠りしていた。
もちろん、事後ではない。事が終わった後ではない。ボクと阿良々木ちゃんとは健全で健康的で文化的なお付き合いをしているのだから。
「んー。今日は何を考えているのかな。蝋燭沢くん。家に彼女を呼んでおいて一人で何を考えているのかな。蝋燭沢くん」
居眠りはしてなかった。むしろ居寝転がっていて、それでいて不機嫌だった。ご機嫌が斜めだった。
「んや。別になにも」
「嘘だね。ダウトだね! 蝋燭沢くんは言ったよね。私に嘘は吐かないと」
「言ったね」
「私に隠し事はしないと」
「言ったね」
「私に生殺与奪の権利を与えると」
「それは言ってねぇよ!?」
ご機嫌は斜め45度どころか、180度くらいだった。
「あれ、そうだったっけ?」
キャラが初っ端から崩れている。君は君の兄であるところの尚且つその彼女かっつーの。いや、そんな人は知らないけども。
「そういえば私の声って井口裕香さんに似てるって言われることが多いんだけど、てゆうかぶっちゃけ私自身でもそう思っているんだけどどう思う?」
「てゆうかぶっちゃけそのまんまじゃん」
「ですよねー」
実にメタメタな発言であるような気がしてならない。
「そういう蝋燭沢くんの声は誰に似てるのかなぁ」
「さあね。自分の声って自分で聞くのと他人が聞くのとじゃ違って聞こえるし。逆にオレの声は誰に似てるんだ?」
「んー梶裕貴?」
「なんでまたその人の名前をチョイスした」
「蝋燭沢ってロウきゅーぶ! に似てない?」
「最初の二音だけだ!」
「昴流って、音だけだとロウきゅーぶ! の主人公であるところの長谷川昴と同じだし」
「確かに! って、それだけの理由!?」
雑過ぎやしないか。その名前の音だけで声の割り当てを決めるとか。
「じゃあ蝋燭沢くんはどんな声が良いって言うの?」
「そうだなぁ……中村悠一さん?」
「そんな良い声してない!」
バッサリ切られた。
「てゆうかそれだけじゃないし。理由」
「え、そうなの?」
「うん」
急にしおらしくなった。
「じゃあ、どういう理由?」
「え、言わなきゃダメかな?かな?」
それは中原さんだ。
「言ってくれないの?」
それから阿良々木ちゃんは3分もの時間をたっぷりとかけて唸ってから渋々、というかかなり恥じらいの表情を浮かべながらこういった。
「だって蝋燭沢くんが梶裕貴で、私が井口裕香なら同じ“裕”の字で仲良し一緒でいいなーって」
いや、意味はわかるけども。わかるけども!
バカかこの子。てゆうかぶっちゃけ。
「何この子……可愛過ぎて、ちょっとチューしていい?」
「なんでだよっ!」
強烈なツッコミを食らってしまった。ツッコミというか、張り手。
「プラトニックな関係性をあと2年は続けるって昨日の蝋燭沢くんが言ったんでしょう!?」
「誰だ! そんなバカげた誓いをたてた奴は! バカか!!」
「私の蝋燭沢くんをバカ呼ばわりするなっ。いくら蝋燭沢くんと言えども、私の蝋燭沢くんをバカにするとは許さんぞっ」
ビシッとボクを指さす。
な、なんかカッコイイっす。阿良々木ちゃん。
「プラトニックラブ最高!」
阿良々木ちゃんの突き上げた腕の動きとともに激しくボクのベッドのスプリングが軋んだ。今夜の寝心地は大丈夫だろうか。
そんなことを考えていたことがバレたのだろうか。いままで元気いっぱいだった阿良々木ちゃんの表情が不機嫌に戻っていた。あれ、激しくデジャブ?
「で、だよ。蝋燭沢くん」
「ん、なにかな。阿良々木ちゃん」
見つめ合うこと数秒間。やばい。いや、やびゃい。何この子、超可愛いんですけど。ちょっとペロペロしてもいいかな。
「何か私の彼氏が変態的な思考をしている気がする」
「い、いい、いいや、そんなことはしてないよ?」
「ホントかなぁ」
「自分の彼氏のことくらい信じてやれよ」
ジト目で今度は睨まれるボクだった。
今回ばかりは全面的に信用ならないボクだった。
「今日は何を考えているのかな。蝋燭沢くん。家に彼女を呼んでおいて一人で何を考えているのかな。蝋燭沢くん」
「いや、考えているっていうほどのもんじゃないよ。そうだなぁ、強いて言うなら思い出していたって言った方が適切なのかもしれないね」
「ふーん。それって巷で噂になっている大学の弓道部の先輩とのラブシーンのことかな。ベッドシーンのことかな」
「断じて違う。確かに大学には弓道部の先輩がいることはいるがそんな嬉し恥かしイベントなんざ一度も起こったことはない。第一その阿良々木ちゃんの言い方だと言葉足らずでオレがあたかも大学生かのような認識ミス。ミスディレクションを誘発しそうな言い方だからあえてここを修正しておくとオレは近所の高校の高校1年生であり帰宅部であり、学校外の活動として剣道を近所の少年団で、弓道を近所っていうほど近所ではない近くの大学でやらせて貰っているだけのしがない男子高校生さ。ボクはキメ顔でそう言った」
「うざいっ」
ボクは2個下の彼女に力関係的に負けているような気がしてきた。尻に敷かれているような気がしてきた。あ、いやそうじゃなくてボクがただ寛大で器の大きい男であるだけなんだけど。というかむしろ阿良々木ちゃんの柔らかいお尻になら敷かれたい。物理的に。
「まぁ、とにかくそんなことはないから安心して信用してくれていいぞ。阿良々木ちゃん」
「私に安心して信用してほしいのなら嘘をつかずに誤魔化さずに正直に言いなさい。150字以内で」
「150字以内で!?」
「そう。145字以上150字以内で」
あくまでもこれはボクが寛大で器の大きい男であるから、2歳年下のまだ子どもな彼女の我がままに付き合っているだけなのだ。そうに違いない。
「そんな改まったものでもないのだけれども、阿良々木ちゃんがそういうなら仕方がないここは阿良々木ちゃんに免じて素直に話してあげようではないか。つまり簡潔に言うとオレが今さっき思い出していた、思い返していたことは去年の4月のあの出来事で、もっと限定した言い方をするならオレと阿良々木ちゃんの馴れ初め話だよー」
よし。ジャスト150字。
「はい。2文字オーバー」
「ちょっと待て、かっこまで文字数にいれるな。計算がずれるだろ」
「もう2文字もオーバーしちゃったんだからこれはもう罰ゲームするしかないよねー。いやー蝋燭沢くんは何を言ってくれるのかな。言った自分が恥ずかしい赤面間違いない寒いギャグかな。それとも言った自分が赤面間違いない気取った愛の告白かなー」
彼女はどちらにしてもボクのことを赤面させたいらしい。Sか。
ちなみにボクはSだ。サ-ビス精神旺盛のSだ。
「はっ、阿良々木ちゃん。君は既に間違いを犯している」
そう言って、ボクは阿良々木ちゃんに詰め寄り右手で阿良々木ちゃんの顎をくいっと持ち上げながら言葉をつづける。
「あまりオレを見縊らないでもらいたいな。君への愛の告白が罰ゲーム? そんなわけないだろう。こう見えてもオレは阿良々木ちゃんへの愛をどう伝えれば毎日悩んでいるんだぜ? なんなら今からそのカラダに染み込むまで教えてやろうか……」
月火、今から君の心もカラダもオレ色に染めてやる。と、言葉を続けながらつぶやきながらボクは自分の唇を阿良々木ちゃんの唇に近づけていく。
今がどういう場面か、ということを理解している自称、プラトニックラブ最高派の阿良々木月火は目を瞑って恐らく人生初であろう次に起こるイベントに待ち構えていた。
待ち構えていた。
待ち構えていた。
待ち構えていた。
待ち構えむにゅぅ
「おんどりゃー!!!」
ドゴンっ。
ボクの頭蓋骨が陥没する音が聞こえた。
完璧なるヘッドバットだった。
「痛っ!! 何しやがる」
「乙女の純情を弄んだ罰だっ! 正義の鉄槌だっ」
尚も頭突きじゃないにしろ、ポカポカと殴られ続けるボク。今度はあまり痛くない。むしろ気持ちいい心地いいくらいだ。マッサージ的な意味合いで。性的な意味合いではなく。
「まぁまぁまぁまぁ阿良々木ちゃん。落ち着けよ」
「これがおつちいていられるかーっ!!」
確かにおつちいてはいられなさそうだな。ちなみにこれは落ち着いてと言いたかったのだろうと勝手に推測する。
「うりゃーっ」
「幼稚化してる!?」
その後、ベッドの上でどたばた。
ベッドの上でじたばた。
ベッドの上で布団も制服も崩れに乱れてようやく抑え込んだところでガチャリと部屋のドアが開いた。
「あ」
「「あ」」
無情にもボクの母だった。
残酷にもボク、蝋燭沢昴流の母だった。
「あ、あはは」
この渇いた笑いは誰のものだったのだろうか。
可能性として高いのはボクか、それかボクの母のものだろう。確率的には阿良々木ちゃんという選択肢もある。でもその中でもやはりボクの笑いだった。
ちなみに今の状況を誤解の無いよう語弊の無いように説明すると、まず若い男女が一つの部屋にいた。その男女は交際している。そしてその男女は今現在ベッドの上。そして尚且つその男女の服装は乱れに乱れ崩れに崩れている。息を切らしている。汗が噴き出ている。そして完璧に男の方が女のことを押し倒している。
アウトだった。
完璧なまでの黒だった。
完全無欠なまでの漆黒だった。
ちなみにボクの彼女のパンツ、もとい下着の色は白だった。
「お邪魔だったかしら」
「そりゃあもう」
「それはそうよね。だって……の最中だったみたいだし」
「それは違う!」
完全に誤解されていた。
若干、ぼそぼそ言っている感じが本気っぽい。
「お母さん、それは誤解だ。なぜならばオレたちはプラトニックな関係であることを昨日確認したばかりなのだから」
それを先程否定した奴の言葉だった。
というか母親が部屋に侵入してきて尚、自分の彼女を押し倒している状態をキープしている奴の言葉だった。
しかし、とりあえず理解してくれたのか、それとも別段どちらでも良くてただ息子とその彼女に絡みたかっただけで既に満足したからなのか。
母はお茶とお菓子(せんべい等の和菓子だった)を部屋の入口付近に置いて出て行った。「ヒニンだけはきちんとしておきなさいよ」というセリフを残して。
はて、ボクは何に対して否認しなければいけないのだろうか。何か悪いことでもしたのだろうか。
そんなボケを脳内でかましていても何も事態が好転することはなかった。
「いやー冷や冷やした」
「とりあえず私の上から退いてくれるかな。蝋燭沢くん」
「あ、ごめん」
いそいそと退けるボク。
「で、何の話からこうなったんだっけ?」
「オレたちの馴れ初め話」
「あーそうだったそうだったそうだったよ。なんでこんなんになっちゃったんだろうね」
それはボクも聞きたいよ。
「でもまぁ、これでオレが阿良々木ちゃんに対して何もやましいことを持ってないし、隠してもいないってことが分かっただろ?」
「そうだね。やらしいことを考えているってことはわかったけど」
それに対しては何にも釈明できない。できる材料を持ち合わせていないボクだった。
「でもそれは男の子はみんな持っているものだしね。まーしょうがないか」
あ、でも容認したわけじゃないからね。と念を押された。念を押されてしまった。もうしばらくはプラトニックな関係を続けなければならないらしい。
そんなこんなで現在、4月の上旬。
ボクと阿良々木月火が出会ってほぼ丸一年。付き合い始めてからもほぼ丸一年。そんな時期にボクはあの日、あの時、あの場所での出来事を思い出すことにする。
あの日、あの時、あの場所で
君に会えなかったら
ボクらいつまでも
見知らぬ二人のまま。
こんにちはー。新名蝦夷守です。
今は亡きにじファンの亡霊です。
それとなく投稿してみますです。続くかはわかりませぬがよろしくお願いします。評価や感想でテンションあがったらきっと書きます。