「ヘルガー、かえんほうしゃ」
メタグロス相手にまずは炎を打ち出してみるが、さすがはナンバー2のポケモンに選ばれるだけのことはある。サイコキネシスですぐに霧散させやがった。
「おにび」
誰も命令を出していないというのに視界を惑わせるためのおにびをメタルクロー斬り裂きやがった。タイプ相性なんてこのメタグロスには通用しないのだろうか。
「もう一度、かえんほうしゃ」
斬り裂いている間にもう一度炎を撃ちつけたら今度は入った。
だが、すぐに四本の腕を伸ばしてサイコパワーで身体を浮かせると回転を始め、炎を弾き飛ばした。そしてそのままヘルガーに焦点を定めたかと思うとはかいこうせんを打ち出してくるという。
ここまで自主的にバトルを組み立てられるダークポケモンは今までにはいなかった。
半年以上、ダークポケモンとバトルをしてきた俺が言うのだから間違いない。
こんなポケモンをナンバー2にって、ボスには一体どんなポケモンが与えられるというのだろうか。今からでも恐ろしくて敵わない。
「ダークラッシュ」
そして、俺も半年以上ダークポケモンとバトルをしてきて、ダークポケモンとそいつらが使う技というものを理解してきた。
どうやらダークラッシュなどのダークオーラを使った技はダークポケモンではない普通のポケモン達にはよく効くらしい。効果抜群のようだ。だが反対に同じダークポケモンに対してだと何も変わらない。効果が薄くならないだけマシといったところか。
それと、ダーク技を使いまくるとダークオーラに呑まれて我を忘れてしまうこともあるようだ。俺がヘルガーを使った初日に起きた現象もバトル山でのリザードンの勝手な行動もここからきているらしい。
そういうことを一切教えないで俺にダークポケモンの育成を一任する幹部ってのはどうなんだ?
「かえんほうしゃ」
硬い鋼の身体にダークオーラを纏って体当たりをすると、ちょっとは吹き飛ぶというね。その間に再び炎を打ち込むが、やっぱりそこはメタグロス。ダークポケモンになれば余計に強さが滲み出ており、壁を蹴ってその勢いも合わせて二本の腕を揃えて突っ込んできた。
コメットパンチだ。
「躱してほのおのキバ」
だが、まあそこは単調な突撃技。
身軽なヘルガーはすぐにしゃがんで躱し、過ぎ去ったメタグロスの背後から巨大な炎の牙で噛み付いた。
効果抜群であるが、やはり硬いな。
身体を揺さぶって牙の中から抜け出すと、後ろ向きのままダークオーラを纏って突っ込んできた。
あの体勢でダークラッシュかよ。
「くっ……」
ヘルガーが怯んでいる間に向きを変え、今度は正面からはかいこうせんを撃ち出してきた。
「ふいうち!」
命令を聞くやヘルガーはすぐに駆け出し、禍々しい光線を掻い潜ってメタグロスの真下から身体を打ちつけた。
しかも一発で終わらせず、地面に着地すると今度は背後からメタグロスの頭にバク宙で乗り移り、尻尾で地面に叩きつけやがった。
何だか最近のヘルガーはバトルスタイルがリザードンっぽくなってきたような気がする。
「ほのおのキバ!」
地面に叩きつけたメタグロスに再度ほのおのキバで噛み付いた。
だがそれを鉄壁を貼ることで防御してくる。
「かえんほうしゃ!」
牙で壁を噛み砕き、至近距離で口から炎を吐き出した。
それを地面に鋼の拳を叩きつけ、急上昇することで炎の威力を弱めやがった。
「ほのおのキバ!」
引き剥がされないように再度噛み付くと急上昇していた身体がふわっと止まり、そのまま地面に向かって落ちていった。
ようやくメタグロスが戦闘不能になったか。
何とも攻撃・防御ともにパターンをお持ちのようで。
「お疲れさん」
ヘルガーをボールに戻して、メタグロスもボールに戻してやる。そして二体をバトルフィールドの部屋の隣接する小部屋の回復マシンに置きに行った。
結局。
バトル山を制覇してから一ヶ月が経ったものの、一向にここから出て行く決心がつかないでいる。というかその機会が中々訪れないのだ。
ダキムへの仕返し?
はっ、そんなもんやろうとしたが無意味だったさ。幹部全員が承知の上でやったようで、誰かをこちらに付けるのなんて出来はしなかった。
最後に言われたのが『半年もここにいてダーク化されていないとも思っていなかっただろうに』だ。ボルグの野郎、こうなることを読んでいて態と俺にリザードンを返したらしい。
ただ老人からもらった笛は誰にも教えていない。内密に、と言われたしこいつらに言ったらすぐに取り上げられるだろう。これはせめてもの抵抗だ。
「早くお前のダークオーラをどうにかしないとな」
リザードンのボールを撫でながら呟く。
こうしてヘルガーの回復を待っている時間は割と暇である。たまにカオリちゃんがやってきては話し相手になっていた、というか一方的に会話が進んでいくから時間潰しにはなっていたが、こう一人だと暇である。
もらった笛は肌身離さず、右足に括り付けて長ズボンで隠してあるし、説明書きの記された紙も暗記してすぐに燃やした。さすがにこの情報が漏れると俺にとっても分が悪いことが分かったからだ。
書いてあった内容もアゲトビレッジという町のある祠ではセレビィを祀っていて、俺がもらった笛を使うことで呼ぶことができるんだとか。これが何を意味するのかは分からないが、恐らくはセレビィの力でダークオーラを消すことができるのだろう。そんな大層な代物を一介の犯罪者である俺に渡すとか、あの老人も焼きが回ったのだろうか。
「何にしてもそろそろ踏ん切りをつけないとな」
いくらダキムに仕返しが出来なかったからといって、このままなあなあで終わらせたくもない。早いとこアゲトビレッジに行ってリザードンのダークオーラを消したいが、そうなると俺はここを、シャドーを裏切ることになる。まあ、別にそこはいいのだが、強いポケモンとバトルができなくなるってのはちょっと惜しい。
それにカオリちゃん……………はさすがにお門違いか。俺なんかがそんな、ねぇ。やっ、でも、あいつ絶対俺のこと好きだと思うわけよ。目が合えば手を振ってくるわ、俺が一人でいれば話しかけてくるわ、なんだかんだ世話を焼いてくれるわ………。うん、絶対、間違いない。
でもなー………、こここ告白とか、そんなコミュ障の俺ができるわけもないし………。
『緊急事態! 緊急事態! 研究所内に侵入者確認! 至急、対応に当たられよ!』
はっ? えっ? なに?
いきなり何なの?
侵入者?
俺が邪なこと考えてたから? 通報されたとか? そんなんじゃなく?
マジもんの侵入者なのん?
『繰り返す! 研究所内に侵入者確認! 各自、侵入者の拘束に当たられよ!』
あ、なんか命令が若干変わった。
見つけるなりなんなりから、拘束しろって具体的な命令に変えやがった。誰だよ、この声。
まあ、でもこれマジっぽい。
「バカな奴もいたもんだ」
だからと言って俺は動く気ないですけどね。
だって、関わると絶対面倒そうじゃん。
やだよ、もう。これ以上面倒ごとを増やしたくない。
『どこへ行った!』
『そっちを探せ! こっちは俺が行く!』
おーおー、外はすでに捜索ムードですか。
慌ただしいことで。
いいよなー、ここ。
ほとんど俺の貸切状態だし。
広い空間に俺一人……………なんかいるな………。
「……………」
あ、気付いてないっぽい。
まあ、フィールドのある部屋の方だし、こんな小部屋には気づいていないか。
ただ、なんというか…………絶対あいつ素人だわ。
なんだよ、あの格好。形から入りすぎて余計に怪しさが増してるぞ。侵入するなら職員に紛れるように同じ服装とかさ、普通そっちを選ぶだろうに。
バカなの、あいつ………。
「………あ、なんかこの部屋気づかれたっぽい」
なんとなく関わりたくないので、扉の窓から見えないように身を隠す。
段々と近寄ってくる足音と、外の騒々しい音だけがフィールドを駆け巡っていく。
「ここ、は………?」
うわ、入ってきちゃったよ………。
『後はここか!』
『おい、そこはダークポケモンたちがいる危険区だぞ!』
『四の五の行ってられるか!』
げっ、あっちはあっちで俺のテリトリーに入ってきやがった。
あーもー、面倒くさいなっ!
「くそっ」
「きゃっ」
ガチャっと扉を開いた瞬間を狙って、ドアノブに引っ掛けた右腕を掴み、引き寄せた。そのまましゃがみ込み、口を探すのが面倒なので、顔を胸に押し付けて声を出せないようにする。
左手を伸ばしてそっと扉を閉め、追っかけの方に耳をすませた。
『いない、ようだな………』
『おい、早くいこうぜ。ここは何が起きるか分からない』
『そう、だな………』
タタタッと足音が離れて行ったのを確認し、拘束を緩めた。今気づいたけど、ニューラが警戒心全開で爪を研いでるんだけど。
えっ、ちょ、マジで怖いんですけど。
やっぱり、助けなきゃよかった。
「…………ッ!?」
侵入者は拘束が緩んだのが分かるとすぐに俺から距離を取り、顔を上げてきた。流れで被っていたフードが落ちていく。
「えっ………うそ…………」
まじまじと俺の顔を見てきたかと思うと、有り得ないものを見たかのような表情に変わっていく。
えっ、俺の顔ってそんな珍種なのん? ちょっとどころかかなり傷つくんですけど。侵入者にまで貶される俺の顔、というか恐らく目って一体………。
「ヒキガヤ………くん……………」
はっ?
何故俺の名前を知っている………?
俺の知り合いか?
いや、俺の知り合いに女の子なんてカオリちゃんくらい………えっ? 女の子?
………女の子だわ………。どっからどう見ても黒長髪の女の子だわ………。
うん、知らん。誰だよ。
「素人がこんなところに潜入ってバカだろ………」
「なっ、そ、そんなのあなたに関係ーーー」
「関係あるだろ。現にこうして助けてやったんだ。あのままお前を突き出してもよかったんだぞ?」
「うっ………」
「で、何が目的だ? 金か? 研究資料か? それとも、ポケモンか?」
「…………研究資料、になるのかしら………」
「ということはダークポケモンについてか。全く、どこからそんな情報を嗅ぎつけてきたんだが」
「そ、それよりあなたこそどうしてこんなところに……………」
「どうして? どうしてだっけ………、あー、誘拐されてきたんだったな。ま、俺のことはどうでもいいだろ。悪いことは言わん。さっさと帰れ。ここは素人がミッション成功させられるような場所じゃない」
「わ、分かってるわよ、それくらいっ。私もそう簡単に情報を見つけ出せるとは思ってないわ。それともあなたを倒せば情報が手に入るのかしら?」
「………出るわけないだろ。だからニューラもペルシアンも引っ込めろ」
ニューラは黒い手刀を出してくるし、ペルシアンは爪を伸ばしている。斬られたくもないし、切り裂かれたくもないんだけど。
ここにオーダイルがいなくて助かったわ…………オーダイル?
どうして俺はこの少女とオーダイルを結びつけているのだ?
何か関係があるとでもいうのか?
「そもそも俺もここに来て独学で学んでいっただけの知識しかない。もっと詳しいことが知りたいのなら他をあたることだな」
「そう、倒さなきゃいけない相手にならないだけ良かったってことにしておくわ」
「なら、早くペルシアンたちをボールに戻せよ」
「…………襲ってこないかしら……」
「素人すぎるだろ………」
大丈夫なのか?
こんなのを送り込んだ奴。
絶対こいつ捕まるぞ。
「………ダークポケモンによる世界の支配………。何としてでも阻止しないと………。それじゃ」
ペルシアンだけボールに戻すとニューラとともに部屋から出て行ってしまった。
………ダークポケモンによる世界の支配、か。薄々そんな気はしていたが、まさかそんなスケールのでかい話が目的だったとはな………。
俺が育ててきたポケモンたちはみんな兵隊扱いになるのだろうか………。
一応、あいつらもダークオーラに飲まれているとはいえ、心は確かに存在している。一生き物としての自覚はあった。それを兵隊扱いされるというのは………いささか腑に落ちない。
「くそったれ」
彼女の目的が何なのかは分からない。
明確なのはダークポケモンによる世界の支配の阻止というおおまかなことだけ。となると彼女がこうして潜り込んできたのもダークポケモンについて知るためってことか? 実際あいつも研究資料を求めてるみたいだったし。
研究資料………ね。
恐らくあそこに行けば何か掴めるかもしれない。俺もずっと気にはなっていた場所。同じ地下3階にあるダークポケモン研究所所長ボルグの部屋。そこ周辺なら何かあるはずだ。
めぼしいところを割り出すとすぐに俺はヘルガーのボールを掴んで部屋を出た。
べ、別にあの侵入者が気になるとか、そんなんじゃないからな!
✳︎ ✳︎ ✳︎
何故か俺まで侵入者らしい不審な動きになっているが………。
誰にも見られないように壁を伝ってボルグの部屋へと向かっている。
あちらこちらで未だ捜索が行われているようで慌ただしい空気が立ち込んでいる。そのせいで、余計に緊張してきた。
なんで俺までこんな潜入捜査の気分を味わわないといけないのだろうか。
まあ、だからと言ってみすみす放っておけるような案件でもない。知ってどうするわけでもないが、なんかこの際全てを知っておきたい気分になった。
今まではダークポケモンという強いポケモンたちとバトルできればそれでいいという、半ば諦めとも取れる感情を抱いていたが、バトル山に行ってリザードンがされていた仕打ちを知ってしまったあたりから、俺の中では何かが蠢き出した。
黒い感情であるのは間違いない。自分がこれからどうしようとしてるのか、どうしたいのか、よく分かってないが、それでも何となく今動きたくなったのだからしょうがない。
「ある意味、俺もダークオーラに呑まれてたってところかね………」
バトル山で老人とバトルして、現実を知って、多分後悔をしているのだろう。やっと目が覚めた感じでもある。
ただ、この一ヶ月何もできなかったのはこのシャドーに対しても幾ばくかの思い入れができてしまったからか。深くいえば心残りはカオリちゃんなんだが。
あの好き好きオーラを失うのが勿体ない気がするのだ。やっぱりこういうのって男から、って思うわけよ。
…………だから俺が告白とか………、うん、考えただけでなんか気持ち悪い。
って、なんか話が逸れたがそうじゃなくて。
詰まるところ、リザードンのダークオーラをどうにかしたいってわけだ。うん、そうだ。そういうことにしておこう。
んで、今まで怖気づいていたのをこれ機に突撃してみようって考えになったんだ。
うん、そうだ。
「と………」
あっぶね。
他の団員に見つかるところだった。
つかさ、今思ったんだが、俺と接点のある奴ってカオリちゃんを除けば幹部三人だけじゃん?
一応、あいつらと同じシャドーの制服を着てるけどよ、こんな怪しい動きをしてる団員がいたら、ただの変装と思われてもおかしくないんじゃないだろうか。しかも目が合えば絶対勘違いされる。
うわ、何これ、俺って何着ててもダメじゃん。
「あっ………」
「……………」
ふと後ろに気配を感じたので振り返ってみると。
フードを被った見たことのある服装の奴がいた。しかもこちらを見ている。何ならこれ俺の後をついてきている気がする。
「……………なんだよ、俺も素人だよ」
「そのようね」
くそっ、まさか侵入者につけ回されていたとは…………。
どこに行ったのかと思えばまさかの俺の後をついてきてたとか…………。
えっ? なに? これって俺が踊らされていたってことなのん?
「泣いていい?」
「気持ち悪いから却下よ」
「はい、すんません」
恥ずかしいやら悲しいやら、いろんな負の感情に苛まれ泣きたくなってきたが、即答で却下された。
余計泣きたい気分。
『おい、そっちはどうだ!』
『ダメだ! くそっ、どこに隠れやがった!』
げっ、行く手を阻まれた。
もう、行く手が二つしかないじゃん。
「あー、もう。来い」
少女の手を掴むと通路の奥へと突き進む。
確かこっちの奥だったはず………。
ばったり会うとかやめてくれよ?
ボルグさん、いませんように。
「ね、ねえ」
「今は喋るな」
声を出せば気づかれるかもしれない。そうでなくても足音が出てるんだから、気づかれる確率が高い。
「げっ」
奥の部屋のランプが消えやがった。
というかついてたのかよ。
てことはいるじゃん。つか出てくるじゃん。
「お、おおっおおおっ!?」
とか焦っていたら急に後ろ手に引く重みがなくなった。
俺の体は前のめりになり、倒れ込もうとする。
プシューと自動ドアが開き、中からボルグが出てきた。
「何してんだ?」
「えっ、あ、や、その、いきなり出てくる合図が出るから! き、緊急事態だっていうし、何があったのかと聞きに来たんだが」
ボルグに変なものを見るような目で見下ろされながら、何とか持ち堪える。
「はあ………はあ………、取り敢えずメタグロスの調整は終わったからその報告も兼ねてきたんだが…………」
平静を保ちつつ、あの少女がどこへ行ったのか目配せて探す。が、いない。
「そうか、だったらお前も手伝え。どうやら賊が入ったようだ。何か盗まれても敵わん。嫌とは言わせんぞ」
「へいへい………」
それだけ言ってコツコツと歩いて行ってしまった。
あいつは探さないのか?
いや、実はあれで探しているとか?
うーん、幹部様は偉いから働かないのかもしれないな。ほら、ダキムとか絶対こういうのしたがらないし。
「………行った、ようね………」
「お前………」
壁の中からひょいと顔を覗かせる少女。
一体、どういうカラクリ壁の中にいるんだ?
「ねえ、こっちに来て」
「あ、ああ………」
言われて顔を覗かせている壁まで行くと今度は俺の方が腕を引っ張られ、中に引きずり込まれた。
「ここ、は………」
「壁に筋があると思って止まって欲しかったのに、あなたときたら勝手に進んで行ったしまうものだから………。どうやら隠し部屋のようよ。これのおかげで私は見つからなかったわ」
そういうことか。
話しかけてきたのも、急に手から重みがなくなったのも、探してもどこにもいなかったってのも。
なんてこった。こんな隠し部屋があったとは。
ボルグの部屋の横に隠し部屋。ますます怪しいじゃねぇか。
「取り敢えず、明りが欲しいな。ヘルガー、おにび」
さすがにリザードンじゃでかいので、ヘルガーを出して鬼火で明りを灯させる。
すると棚にはびっしりと資料が並べられていた。
二人して顔を見合わせると、両端から順に項目を確認していく。
ほとんどはダークポケモンについて。
「………まさか、こんな隠し部屋に資料が隠されているなんて」
「だな………」
「あなたも知らなかったのね」
「この辺は来たくないから。極力こないようにしてたんだよ」
まあ、それが仇だったのかもしれないが。もっと普段からボルグの部屋に来ていれば、この隠し部屋のことにも気がつけたかもしれない。
「これ………」
一冊のファイルに手をかける。
項目はエンテイ。
確か、俺がここに連れてこられた時にはすでにダキムの野郎が連れていた。
…………やはり、ダーク堕ちしてたか。
というか、シャドーの目的の一つがエンテイ・スイクン・ライコウのダーク化のようだ。そして、そのダーク化した伝説のポケモンの適応者がダキムとヴィーナス。
ん?
なぜここにボルグの名前はないのだ?
二人の名前があってあいつの名前がないのはちょっとおかしくないか?
「…………スイクンはあるがライコウはない………?」
エンテイのファイルがあった隣にはスイクンのファイルがあった。だが、その周辺にライコウのファイルだけない。上も下も確認していくがライコウだけがない。
「ライコウはまだ、ってことなのかもしれないわね」
「………なるほど。ということはまだ計画の途中であって最悪の事態になっているわけではない?」
「………最悪の事態なんてダーク化してる時点で最悪の事態だわ」
「まあ、そうだが」
…………でも、伝説のポケモンはあくまでも幹部達に行き渡っている。そして俺はさっきまでナンバー2のポケモンとなるメタグロスの相手をしていた。つまり、幹部達よりも上であるはずのナンバー2には伝説のポケモンが行き渡らない? ってことなのか?
「わけがわかんねぇ」
一体全体、シャドーは何をしたいんだ?
世界の支配とか、普通ボスとか上に行くほど伝説のポケモンを使うのではないのか?
それとも他の伝説のポケモンに目をつけているとか?
確かにその可能性は拭い去れないが、そうなるとエンテイたちの繋がりで言えばホウオウとか、そこら辺になるぞ?
さすがに無理だろ。
ホウオウだぞ?
「…………ッ」
セレ、ビィ………?
おい、待て。
まさかセレビィをダーク化させようってのか?!
えっ? 『ダークオーラの除去を確認。仮にリライブと呼ぶことにする。どうやらセレビィにはダークオーラを取り除く力があるようだ。すぐにダークポケモンの天敵となり得るセレビィを排除されたし』
………………。
待てよ?
俺、これ知ってるぞ?
え、ちょ、これって本当だった、のか?
いまいち信憑性に欠けていたから考えあぐねていたが…………。
年寄りの話はちゃんと受け入れるべきだな。恐れ入りました。
「ふっ」
「どうかしたのかしら?」
「いや、何でもない。ただ思い出して見れば見るほど俺は知らず知らずのうちに毒されていたようだ」
そもそもダキムがエンテイを連れていることを忘れていたし、そのせいで他の幹部達が他の二匹を連れている可能性も見えていなかった。そして気づけば次から次へと現実が見えてくる。
俺がバトル山に行くと言い出した時に、ヴィーナスはあえてスイクンを使わなかった。ここにファイルがあるということはすでに捕獲されてダーク堕ちしているだろうし、そうなると見えてくるのは俺とバトルした時は本気ではなかったということだ。タイプの相性から見てもスイクンを出せば俺は負けていただろう。
俺はヴィーナスにも踊らされていたというのか。ボルグといいヴィーナスといい俺で遊びやがって。
結局、俺は幹部三人からいいようにこき使われていたにすぎない。
「ーーーおい」
「何かしら?」
「お前、もう帰れ」
「へっ?」
「安全に外まで連れてってやるからもう帰れ」
「ちょ、何を急に」
「いいから来い」
いきなりトーンを下げて低い声でこんなことを言われれば誰だって驚くよな。
でも、もう時間だ。
こんなところに俺と同年代の奴がいるのはよろしくない。カオリちゃんとか元からいる奴はともかくこいつは外部の人間だ。
何もされていないうちにここから出るのが先決だろう。
俺はヘルガーをボールに戻すと隠し扉に手をかけた。
「………誰も、いないな」
再び通路に出ると追っかけはいなくなっていた。足音一つしない。
俺はそれを確認すると彼女の手を強引に掴み、ぐいぐいと引っ張っていく。
なんか「ちょ、っと、ねえ」とか、俺を止めようとしてくるが、それを聞き入れず、今度は離れないようにしっかり掴み直して無言突き進んだ。
エレベーターを使うと出くわす確率が高いので面倒だが階段で昇っていき、地下1階にに着くとバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。どうやら段々上昇していったらしい。
「隠れろ」
「ふがっ」
階段の物陰に引き寄せ、騒がれないように口を塞いだ。
『くそっ、本当にどこへ隠れやがった!』
『もう、いなくなってたりとか………』
『ああもう、くそっ! これじゃボルグ様にどんな仕打ちをされるか!』
…………なんだ、あいつらそんなにあの人が恐ろしいのか。
というかボルグ様って………。
心酔しすぎだろ。
「んぐ」
「あ、わり………」
どうやら鼻まで押さえちゃってたようだ。
なんかマジでごめんなさい。
「…………なんか抱きしめられてるみたいね」
「言うな」
なんでそういうことを言っちゃえるわけ?
こっ恥ずかしいからやめろよ。
「それで? 隠れてるついでに聞くけど、どうしていきなり私を追い出そうとするのかしら?」
「…………」
口元を塞いでいた手を腹回りに持って行ってたら、急に手を添えられた。
「まさか、これ以上の犠牲者を出したくないとか、そういうことなのかしら?」
「っ!?」
バレてる………。
「…………素人が長居するところじゃないだろ」
「あなたも素人なのでしょう?」
ああ言えばこう言う女だな。
「だが、俺はここの人間だ。怪しまれることはない。少なくともお前よりは安全だ」
「そんなの………だったら、あなたも一緒に」
「ダメだ」
「なんでーーー」
即答で拒否するとギュッと添えた手に力を超えてくる。
これって言わないといけないパターン?
マジで?
新手のイジメなのん?
「………あ、う、あ………その、すす好きな奴がいるからだ」
「へっ?」
すっとぼけた声が漏れ出る。
そんな予想だにしてなかったことなのか?
まあ、俺のこと知ってるみたいだし、そんな奴が聞いたら驚くか。
「こ、ここに来てずっと世話になってた奴だ。だから俺はいけない」
「そんな………」
「ほら、いくぞ」
もう顔が赤くなるのが自分でも分かるため、早々に話を切り、地上へと向かった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
無事、地上に出たのはいいけど。
そういえば俺はここから出たことがないから、この先どうすればいいのか全く分かんねぇや。
にしても久しぶりに外に出たが周りに何もねぇな。
そんなところに来れたんだし、何か脚でもあるんだろうな。
「ほら、帰れ」
「え、あ、う………」
何か言いたそうにしているが、さっきの話ならもう終わりだ。
今更蒸し返したくもない。恥ずかしいだからな。
「ギャロップ…………」
彼女はボールからギャロップを出すと渋々といった感じに跨った。
ニューラも背中に乗せ、俺のことを見据えてくる。
「なんだよ………」
「ヒキガヤくんのバカ………」
最後にそれだけを言い残して、行ってしまった。
「お前、正気か…………?」
「ッッ?!」
ボル、グ……………。
いつからいやがった!?
「正気だが、なにか?」
平静を装いつつ、振り返る。
「侵入者を捕まえる以前に、逃すとはいい度胸だな」
「はっ、あんたらの命令に従う謂れはないんでね」
「そうか、少しはショックで大人しくしてくれるものだと思っていたのだがな」
「生憎、今の俺はショックよりも怒りの方がでかいんでね」
「ゴルバット」
「やるのか? 俺はバトル山を制覇した実力者だぞ?」
「舐めるなよ、小僧。さいみんじゅつ!」
「ヘルガー、かえんほうしゃ!」
なっ?!
狙いは俺、かよ…………。
まあ、そうだよな。
くそっ、これだから素人は。
……………だが、まあ、あいつまで巻き込まれなかっただけでも良しとしとくか。
あーあ、またここから出られなくなるのか…………。
だけど、リザードンをもう一度こいつらに、取られたくは、ない、な………………。
俺の影が揺らぎ、リザードンを奪われる感触を感じながら俺は意識を乗っ取られた。
恐らく次回でシャドー編完結です。
ようやくハチマンの基盤が出来上がるって感じですね。