この素晴らしい世界に時魔法を! 作:クロノス
「聞きましたよソラさん、気絶したそうですね」
ウィズの店に帰ると玄関には待ってましたとばかりに姿勢を正したウィズがいた。
いつから正座をして待っていたのかとかこの世界にも正座ってあるんだとかいう考えはウィズの雰囲気で押さえつけられた。
怒っている。
明らかに怒っている。
御機嫌斜めである。
「ウィ、ウィズさん?」
「わかってます。ソラさんは冒険者ですから怪我することだって当たり前です。ですけど爆裂魔法を止めようだなんていう無茶はこのお店の店主…お部屋を提供している家主として聞き捨てなりません」
「え、えっと?」
一体誰から聞いたのか詳しく問いただして見たいものの、御機嫌斜めのウィズには何をいっても聞いてもらえそうもない。
「大体、ソラさん爆裂魔法がどれほど強大な魔法かわかっているん…」
次に視線を俺からレッダへと移すとウィズはポカンとしてレッダを凝視した。
たっぷり数秒間沈黙した後、ウィズは先ほどの形相など微塵も感じさせないような間の抜けた表情で口を開く。
「レタス…ですか?」
「今日から俺のペット、レタスのレッダだ」
「レタス…が、ペット…?」
俺の言葉を確かめるようにレッダを凝視しながら繰り返し呟く。
俺の両手に抱えられたレッダも同じようにウィズを見つめ返しているが、その目はいつもの愛くるしい瞳ではなく若干ドヤ顔である。
「斬新ですっ! 確かに瞳がついたキャベツやレタスは可愛いと思ってましたけど、そうですね、ペットにすれば良かったんですねっ!」
(ちょろい!? ちょろ過ぎるぞウィズ!?)
日本であれば間違いなく詐欺にかかっていると確信しながら苦笑いを浮かべる。
ウィズは俺からレッダを渡されると赤ちゃんを抱くように大事に抱え、微笑む。
(か、かわいい…!?')
「…はっ! それとこれとは別ですからね!」
思い出したように俺を指差すとレッダを抱えたまま店の裏へとそそくさと歩いていった。
ウィズの満面の笑みを初めて見た俺としては惚けてしまいまともに返事を返すことはできなかった。
脳裏に先ほどの笑みを焼き付けたことを確認して自分の部屋へ戻りいつも通り訓練を済ませる。
魔力は回復したが全回復どころか半分も回復していない。
そのため訓練すると言ってもいつもよりできることは少ない。
間違ってレッダが料理されないか若干心配で初めてあったものの今回のレベルアップで新しく覚えた時魔法を試す。
今回覚えた時魔法は
文字通り対象の動きを速める魔法だ。
使用する魔力の量や対象の大きさによってその効力が決まる。
ちなみにではあるが、対象の動きを遅くする魔法は
別に冒険者カードに
それにしても時魔法はいつ考えても便利だと思う。
こんな時間の概念を超越しているような魔法にデメリットがないはずがない。
代償などがあったとしても文句が言えないほどだ。
クエストの後、アクアが何か知っていそうだったために話を聞いたものの有益な情報を得ることはできなかった。
『魔力で時間の概念を具現化』…アクアは確かにそんなことを話していた。
初めて魔力の出し惜しみなしの全力で魔法を放った。
確かに青白い魔力が時計の形をしていたし、針がものすごい速さで回転しているのが見えた。
「…ダメだ考えてもわかんないわ」
「ソラさーんご飯ですよー」
「今行く〜」
こんな辛気臭いのは終わりだ。
明日も明日でカズマたちとクエストを受ける予定なのだから今日はお腹いっぱいウィズの料理を食べて休むことにしよう。
これは予断だがレッダは料理されていなかった。
▼ ▼ ▼
「レッダさんを飼うのは問題ないのですが、この子って何を食べるんでしょう?」
「レタスだから栄養価の高い土とかあれば養分としてもっていくんじゃないか?」
夕食の席で素朴な疑問をつぶやいたウィズに確証がないために疑問で返す。
ペットとして買うとは言ったが犬や猫のような躾けの必要はないし、何を食べるのかやトイレはするのかなんてさっぱりわからない。
「一応は魔物なんですし…。それに一番…その、失礼だとは思うんですが…腐っちゃったら寿命なんじゃ…」
「…!?」
レッダはレタス。
この世界のレタスはどこまで行っても魔物だ。
ならば、当然死期というものがある。
元の世界でのレタスは動かないし喋らないから失念していた。
ウィズの言う通り、一般的な動かないレタスは腐ってしまったらそれでお終い。
こんなキュートで可愛いレッダを腐らせるわけにはいかない。
まだ家族になってから3時間たらずだというのに御通夜の準備なんぞ考えるのは真っ平である。
せめてしっかり鮮度を保存できる魔法の道具なんてものがあったりすればいいのだが、そう上手くはいかない。
(魔法の道具…魔法…時魔法…あぁ〜)
魔法と聞いて思いつくのが時魔法。
レッダの魔力と体格、そして今日のキャベツに掛けた負担から考えれば必要な魔力量はほんの僅かだと考えられる。
だがレッダに魔法を掛けるとなると四六時中俺が魔力を放出し続けらばならないということだ。
そこまで魔力量に自信はない。
だがまあ、物は試しだろう。
ここで無茶をしておけば魔力の総量も爆発的に増えるかもしれない。
前世のバトル漫画で言うならば、重りをつけて修行をするようなものだ。
時魔法を部位的に使ったのは前回のカズマ以来だ。
我ながら無茶だということはわかっているが、果たして鮮度だけを
「レッダちょっとくすぐったいかもしれないけど触らせてもらうぞ」
『キュー』
レッダの身体を細かに触り現在の水々しさや肌触りをを確認する。
レッダはくすぐったそうに目を瞑りいつもの高い声を挙げる。
若干その声が艶かしく聞こえたのは気のせいだろう。
そういえばレッダは男の子と女の子どっちなのだろう。
(そもそもレタスに性別ってあるのか?)
「レッダさん…男の子、いえ、女の子…なんでしょうか…」
ウィズもレタスの性別という未知の世界へと足を踏み入れたのを視界に捉えてレッダを解放する。
「それじゃいくぞ…
左腕を伸ばして掌を開く。
するとつい先程と同じく青白い魔力集まりレッダの周囲を取り巻く。
レッダは自分に向かって魔力が放出されていることにびっくりしてフワフワと部屋の中を飛び回るが、俺の魔力が逃すことなくレッダを捉える。
レッダが小さく呻き声を挙げるのと同時に俺の魔力がレッダの中へと侵入した。
『キュ?』
レッダとの間に魔力が働いていることを確認してレッダを見る。
何が起こったのか理解できていないレッダはクルクルと何度か回転すると俺の胸元へとダイブした。
可愛いやつである。
レッダの動きに効果が出ていないあたり、成功したと考えていい。
だが万が一失敗しているとわかった際のためになんとか解決方法を探すことは必要不可欠だ。
「これって時魔法ですか!?」
「よく知ってるな。これは俺の得意な時魔法だ」
得意とはよく言ったものだと内心で毒づく。
得意と言うかこれしか能がないようなものだ。
それこそ誰かから初期魔法を教えてもらえれば別なのだろうが、なぜか俺がウィンドブレスなどを覚えようとすると表示されるスキルポイントが10を超えるのだ。
アクアが言っていた相性というにしてもこれは酷い手打ちではないだろうか。
「私、初めて見ました!いつも訓練の時に砂時計なんて使ってるのはそういうことだったんですね!ソラさん、失礼ですけど職業ってなにですか?」
まるで前世の出会い系サイトで初めて会った人のような口調で質問をするウィズ。
「知らないとは思うけど、
「やっぱり!! 時魔法を操る魔法使い、昔話で聞いた通り!!まさか本物に会えるとは思いませんでした! あ、ソラさん、握手してください」
頬を紅潮させて興奮した様子で俺の手を無理矢理強く握るとそのままブンブンと振ってニコニコと笑う。
手を取られたせいで抱えられていたレッダが地面へと落っこちて転がっていったが気にしている余裕はなかった。
(ウィズのやつ、
ウィズに手を握られたことももちろんあるが、一番大きかったのはウィズが
マイナーな職業というどころか世界に一人しかいない職業を知っていたことになる。
「その昔話、詳しく聞かせてくれないか?」
「本当に昔話ですし、細かいところは覚えてないですよ?」
「ぜんぜん構わないよ」
拝啓、ミカエラさん。
またいつか会えたら俺の職業について教えてください。