この素晴らしい世界に時魔法を! 作:クロノス
「…て…くだ…お…」
声が聞こえる。
女の人の声だ。
それになんだか暖かい。
「誰…た…」
俺はどうしたんだっけ。
トラックに轢かれて…死んで…。
ああそうか、死んだんだ。
間違いなく即死だ。
それでそのあとどうしたんだっけ?
ああ、転生したんだ。
ミカエラさんにあって異世界に転生することになったんだ。
思い出した。
そろそろ目を開けなきゃ。
瞳を開けたらここから新しい人生の始まりなんだ。
「…ん…」
重たい瞼をゆっくりと持ち上げ、覚醒しきっていない頭で目の前にいる女の人を見る。
茶髪のロングヘアーをした女性だった。
青白い肌とは珍しい。
若干タレ目をしていてどこか気弱そうな第一印象。
ぴょこんと跳ねている髪の毛…いわゆるアホ毛からはなんだかおっちょこちょいなイメージを俺に与えた。
要は、気弱で若干天然系の女性だ。
「目、目が覚めたんですね!!」
「ごめんなさい…ここはどこですか?」
大慌てで顔を覗き込んでくる女性に内心ドキドキしながら現在の状況を把握しようと試みる。
不覚にもドキドキしてしまったのはやましいことを考えたわけじゃない。
そう、男性の生理的なものに違いない。
「ここは私の店の中です。私のお店の前で倒れていたあなたを見つけてこうして保護したんです。何か覚えていませんか?」
転生したと言ったところでこの人には通じないどころか頭がおかしい人判定をくらってしまうだろう。
そうなれば別の回答を用意するべきだ。
「すみません…名前以外のことはなにも覚えてないんです。ただ凄く遠い場所から来たような…」
「き、記憶喪失ですか!? ど、どうしましょう私これからどうすれば!?」
この店の店主と言った女性は『ハワワ』と慌てふためくと店の中をドタバタと走り回った。
それも頭を抱えながら。
自分でしたことならば頭を痛めるようなこの状況に内心で謝りつつ、俺は店主を捕まえて手を握る。
(べつにやましいことなんてなに一つないんだからね!?)
「お、落ち着いてください!? まずはここのことを教えてください」
「あ、失礼しました。まず私はウィズと言います」
「お、俺はハザマ ソラです」
店主改め、ウィズの微笑みに内心ドキリとしながら俺もたどたどしく自己紹介を済ませる。
正直言って…めちゃくちゃ可愛い。
「ソラさんですね。ここはアクセルという駆け出しの冒険者たちが集まる小さな街です。先ほども言いましたがここは私が営んでいるマジックアイテム店です」
「混乱させてしまってすみません。それと助けてもらってありがとうございます」
「いえいえ、まさか人が降ってくるとは思いませんでしたから…」
「…降ってきたんですか?」
「それはもう大きな音を立てて降ってきたんですよ?」
おかしい…あのミカエラさんがそんなことをするとは思えない。
しかしウィズは確かに空から降ってきたという。
これはあれか、ゲームて言うバグというやつかもしれない。
ということはなんだ。
俺の存在そのものがバグなのか。
(いやいや気持ち悪っ、そんなわけあるか)
とまあ、そんなことはどうでもいいとして助かったのだから何よりだ。
「あの…冒険者の方なんですか?」
「いえ身分を証明できるものも持っていないもので…」
「なら、冒険者ギルドに行ってみるのはどうでしょう! 冒険者ならどんな方でも身分を証明するカードがもらえます!」
確かにこれからどうすればいいかもわからなかったし考えもしなかった。
魔王を討伐するつもりなんてものはさらさらない。
この世界でも生きていくためにはお金を稼がなければならない。
そのために冒険者ギルドに入って冒険者として生活してみるのもまあ悪くはないだろう。
幸いなことに俺は魔法が使える…はずだからなんとかなるだろう。
「じゃあ冒険者ギルドに行こうと思います」
「あ、ギルドに登録するには手数料が必要なんです。ですから…」
思い出したようにそう言うとウィズはレジの方へとドタバタ向かっていく。
「これはツケにしときます」
俺の手にこの世界の小銭を握らせると輝くように微笑んだ。
思わず泣きそうになってしまった俺は悪くない。
嘘をついていることにものすごい罪悪感を覚えながら笑顔でお礼を言って店を後にした。
▼ ▼ ▼
それにしてもこうして街を歩いてみると本当に異世界に来たのだと実感する。
街並みは日本とはまるで違い、多くがレンガを積み重ねてできた居住ばかりだ。
異世界ものというのは多くが日本ではなく中世のヨーロッパなどをモデルにしているとは小耳に挟んだが、なるほど確かに実際に目の当たりにするとそう見える。
街並みを見ながら歩き、時々人に道を聞きいたりして冒険者ギルドにたどり着いた俺は中に入り加入受付へと向かう。
そんなとき、テーブルに座っていた一人のおっさんが俺のことをジッと見つめていることに気づく。
こういうギルドで目をつけられると後々面倒なことになると直感した俺は早歩きでその場を立ち去ろうとした。
しかしなにを思ったのかおっさんは立ち上がると俺の肩を掴んで振り向かせた。
このおっさんの筋力はぶっちゃけおかしかった。
「お前さん、見ない顔だな」
「今日から冒険者になろうと思って」
「……」
(なんだこのおっさん…某北斗に出てきそうな世紀末の髪型してやがる…)
内心でおっさんに恐れ慄きながらおっさんの目を見て言うとなぜか黙り込んで品定めするかのようにじっと見つめてくる。
そしておっさんは不気味とも言える笑みを浮かべて高笑いをした。
「ようこそ地獄の入り口へ!! 最近はお前みたいな若いのが多くてな、この命知らずどもが! 冒険者ギルド加入受付はこの奥だ。俺たちはお前を歓迎するぜ」
「お、おう?」
(なんだこのおっさん…)
おっさんの謎テンションに呆気に取られつつ先へ進むと見えてきたのは窓口が何個かついたカウンター。
そこには受付の方がいるが、誰も並んではいなかった。
どうやらウィズの言う通り、駆け出しが集まる街ということだったが、そうそう毎日ギルドに加入をする人が来るわけではないらしい。
そういうわけで小さな街というわけなのだろう。
「加入したいんですけど…」
「お金は…お持ちですね。はい、ようこそ冒険者ギルドへ」
受付のお姉さんは俺がお金を持っているかどうか確かめるとニコリと微笑んで俺に証明書であるカードの見本を見せてくれた。
なんでもこのカードには職業や性別はもちろんのこと、モンスターなどの討伐数も記録されるらしい。
モンスター討伐数が記録されるのはそれが冒険者としての格を示すとかなんだかあるのだろう。
「ではこの水晶に手をかざしてください」
「こうですか?」
「はい、これであなたのステータスが記録されます」
言われた通り水晶に手をかざすと水晶の周りにあった歯車のような何かがぐるぐると回転を始め水晶が輝きを放つ。
やがて水晶と歯車が元に戻ると受付のお姉さんはカードを取って俺のステータスを覗き込んだ。
「あれ? 職業が決まって…
困惑した様子のお姉さんに通りかかった人々が問題事かと思ってこちらを振り返る。
そして原因はこいつかと厳つい視線で俺のことを凝視した。
お姉さんがそんな冒険者を宥めると『コホン』と小さく咳払いをした。
ミカエラさんは
それでも『なんだか聞き覚えがあるような…』と言った反応にはなるらしい。
「攻撃力が低いことと防御力が低いです。しかし魔力が平均よりも高いみたいですね」
そう言ってお姉さんは俺にカードを返すと俺に向かって一礼する。
「私たちギルド一同はハザマ ソラ様のご活躍を期待しております」
これで本当に異世界での生活が始まったような気がした。