この素晴らしい世界に時魔法を! 作:クロノス
アクアを除いてウィズを見逃した後、俺たちはそれぞれの宿へと戻って行った。
アクアは女神の性でウィズを完全否定。
曰く、『悪霊退散、魔王しばくべし』だそうだ。
めぐみんとダクネス、そしてカズマ達3人はウィズが悪いことをしていなかったことと俺に免じて許してくれた。
曰く、『悪い人じゃなさそう』だそうだ。
こうして3対1になり、アクアが定期的に共同墓地を浄化するということで決着がついた。
プリーストが職業だからというのはもちろんのこと元女神なのだから迷える魂を導いて当然…らしい。
ウィズもこれには異存がないようで迷える魂が無事に天へと帰るなら文句がない考えだった。
「それにしてもまさかウィズがリッチーだとはなぁ〜」
「黙っていてごめんなさい」
「いやいや、人に話すような内容じゃないだろ」
確かにウィズがリッチーだということには驚いたものの、俺の中でウィズがどういう存在なのかは変わらなかった。
ウィズの本当の見た目が血肉ドロドロのゾンビでしたとなれば若干変化はあったかもしれないが…。
それに『私はリッチーでノーライフキングやってます!』なんて他人に話せるようなことじゃないし、話したとしてもウィズの見た目からジョークだと思われるだろう。
「それにさ、ウィズは俺のこと助けてくれた。部屋だって貸してくれてご飯も作ってくれて世話になりっぱなしだったわけだ」
「そ、そんなことないですよ」
そうやってウィズはいつも謙遜し続ける。
思い返してみれば俺はウィズから何かを頼まれるようなことがあっただろうか。
いつもウィズには何かしてもらってばかりで俺が何かをしてあげたことはない。
ウィズはどんな気持ちでリッチーになったのだろう。
なにを目的にしてリッチーになったのだろう。
部屋は違うけどこうして一緒の場所に住んでいるのに俺はウィズのことをなに一つとして知らないことを実感する。
横を見てみれば、ウィズの申し訳なさそうな顔。
「ウィズ。俺はウィズに恩返しがしたい、力になりたい。だからさ頼ってくれ」
「はい!」
綺麗な笑みに惚けるもぎこちなくなく頷いた俺に小首を傾げたウィズだった。
▼ ▼ ▼
それは良く晴れたある日のことだった。
「あ、そういえばソラさん」
「どした?」
いつものように二人揃って朝食を摂る。
何気なくも平和な一時。
思い出したような口ぶりで話し出すウィズに俺は齧ったパンを飲み込んだ。
「この街からちょっと登った丘の廃城に魔王軍の幹部が引っ越してくることになったんです」
「……ごめん、もう一度言って?」
「だから、魔王軍の幹部が引っ越してくるんです」
「ちょ、コトバ、ワカンナイ」
(なるほど魔王の幹部がこの街に来た…と?)
そんな馬鹿な話あるわけがない。
なぜならこの街は駆け出し冒険者の街だ。
アクアとカズマから聞いた話だがこの世界は確かに魔王軍によって侵攻され、脅かされてはいる。
だがそれは活気ある遥か彼方の地のことでの話であって駆け出し冒険者しかいないアクセルはガン無視され続けている。
つまり、この街をわざわざ狙ってくることはあり得ないのだ。
「この際、言っておきますけど私だって魔王軍の幹部…なんですよ」
「……」
「ソラさん?」
「い、いや、ほんと、コトバ、ワカンナイ」
それから若干思考を放置した俺は呆然としながらパンを食べ続けたとウィズは語る。
どんな問いかけをしても頭や肩を叩いてもどこか遠くを見つめてパンを食べる手と口を止めなかったという。
実際問題、全然覚えてないので本当に頭が真っ白になっていたのだろう。
考えても見て欲しい。
つい先日『私はリッチーです』と言われたばかりなのに今度は『ついでに魔王軍の幹部なんですよ』なんて言われたら言葉が出ない。
魔王軍の幹部が街でマジックアイテム売ってるってどうなんだろう。
『こんな身近にアンデッドの王様が居ていいのか』が、『こんな身近に魔王軍の幹部が居ていいのか』にすり替わるわけである。
そもそも駆け出し冒険者の街に魔王軍の幹部なんかが襲来して勝つ…ないし撃退できる可能性はあるのだろうか。
(なにそれ無理ゲー)
直感的に無理ゲーだと悟る。
体力や防御力的に考えてもワンパンでやられる。
魔王軍の幹部をどんなに弱く見積もったとしても大型モンスターのクエストすら受けたことがない俺たちに勝ち目はないだろう。
「ですから冒険者ですしソラさんも気をつけてくださいね?」
ウィズの反応からしてウィズは魔王軍としてこの街にいるわけではなさそうだ。
魔王軍の作戦ならば既に潜入しているウィズが内部から攻撃すればいいのだから。
考えつくのはウィズが中立、または人間よりであるという可能性。
「…なぁウィズ」
「はい?」
「ちょっと前から思ってたんだが、ウィズはノーライフキングのリッチーじゃん」
「はい」
「んでもって魔王軍の幹部ときた」
「そうですね」
「もしかしなくても、めっちゃ強い?」
「…そ、それなりにって感じですかね! 冒険者だったのももう随分と前のことですし」
「俺に戦い方を教えてください」
「ふぇ!?」
素っ頓狂な声をあげたウィズに俺はテーブルに頭がつけて懇願する。
内心では羞恥心で一杯だった。
ウィズに戦い方を教わることに羞恥心があるのではなくて、今まで自分よりも遥かに上のレベルの人に対して『頼ってくれ』などと喚いていたのだ。
ウィズからすればなるほど、確かに頼りない。
むしろ足手まといになる。
ならば強くなろう。
使えるものは使ってでも。
▼ ▼ ▼
前回のキャベツ収穫クエストから1週間ほどが経ったある日、ようやくクエストの報酬が支払われることになった。
緊急クエストということとキャベツ1玉の買取価格が高額だったことの2つが合わさって遅くなった。
俺が捕まえたキャベツは合計で160体。
エリスで換算すると160万。
「かっこいいなーあのときに戻れるなら俺も魔法系のチートもらっとくんだった」
カズマが指すあのときとはアクアをこの世界へ
「ハァ…ハァ…マナタイト製の杖…たまらないです…ハァ…ハァ…あぁ、ありがとうございますソラ、これで前回の件はチャラです」
どこぞの
寝言は寝て言えと言いたくなるが自分から言い出したことのため何も言わないで親指を立てる。
マナタイトというのは会社の名前とかではなく金属の名前らしい。
マナタイトを用いて作られた杖は魔法の威力が向上するとめぐみんは言っていた。
一応俺も魔法使いの端くれにはなるのだから杖くらい用意するべきかと思ったのだが、ウィズに止められた。
『ソラさんの戦闘スタイルからすると魔法剣などを新調した方がいいのではないでしょうか』
魔法剣とは製作の段階で魔法がかけられた剣のことだ。
その内容は様々でよくRPGである炎の剣や氷の剣などがこれに当たる。
俺は手持ちの110万のうち、90万を使用して魔法剣を購入した。
魔法剣はアクセルのような駆け出し冒険者の街では作製できないらしいので特注品としての代金+注文代が重なって90万エリスもかかった。
カズマからクリスが魔法の短剣を持っていたと聞いて話を聞いてみれば90万エリスだと妥当な方らしい。
クリスの魔法の短剣は45万エリスほどだったらしいが本人は結構粘って交渉したようだ。
他のメンバーも報酬を手にしてギルドの中はわいわいと賑わっている。
ダクネスは身に纏っている鎧の強化、カズマは冒険者らしく服装を整えることにして残りは貯金するようだ。
(確かにジャージだったからな〜)
俺も人のことを言えずラフな格好で防御力はペラッペラの紙に等しい。
そのこともウィズに注意されてはいるものの鎧って重いし歩きにくいのだ。
問題はまたしてもアクアだ。
「なんで5万エリスなのよ、レタスでした!?ふっざっけんじゃないわよ!!ここにいくらツケがあると思ってんのよぉぉぉ!?」
「わ、私に言われましても…というかツケはアクアさんが悪いのでは…」
理不尽である。
かわいそうな受け付けのお姉さんにカズマと2人で合掌を済ませたのだが、アクアは俺たちを見つけるとニッコリと笑顔を作るとスキップをして近いてくる。
「あらお二人とも御機嫌よう。今回のクエストの報酬、おいくら万円?」
「160万」
「130万」
みんなからはあまり活躍したイメージの湧かないカズマだが、実は頭脳派プレイで相当な数のキャベツを捕獲していた。
俺よりは数が明らかに少なかったものの、カズマが収穫したキャベツはたくさんの経験値が詰まったものが多かったらしい。
そのため買取価格も1万エリスから更に上がったということだ。
恐らくはカズマの運が高いことに起因している。
「カズマってその、あれよね…そこはかとなく冒険者って感じよね!」
「それはあれか冒険者っぽくないっていう遠回しな嫌味か?」
「ソ、ソラはあれよ…やっぱり
「って感じというかすでに
「「「………」」」
俺たちの間にはしる静寂。
アクアは一度固まると俯く。
「たすけてよぉぉぉぉ! 私たちパーティーでしょ仲間でしょ友達でしょ!?知識でキャベツ収穫クエストはボロ儲けできるって知ってたからクエスト前日にパーッと全部使っちゃったのよ!それに10万エリスのツケまであるのよ10万よ!?今回の報酬の2倍なんですけどぉぉぉ!?」
俺はすぐさまめぐみんとダクネスのもとへと退避し、カズマに半泣きで縋り付くアクアを見つめる。
2人の前を通りすぎる人たちからすれば『あぁ、この人たちまたやってるよ…』という気持ちだろう。
冒険者でない人からみればカズマが悪者のように見えるだろうが、冒険者はアクアの金遣いのあらさを知っている。
だからカズマを責める者はいない。
「人間、こうはなりたくありませんね」
「これが俗にいう反面教師か」
それからしばらく、アクアとカズマの攻防は続いた。