「朗報だ、ルキウス。カルデアの戦士達が総力戦を始める。我々もこれに便乗して一気に城へ乗り込もう!」
「えぇ、またとない機会です。傭兵の中に混ざればバレずに行けるでしょう」
私は行商人の市場で聞き込みをしながら食糧を調達していた。その為に売れそうな物は全て売った。金のティアラ・金のイヤーカフス・乗馬用の籠手…必要の無い物は持っても意味がない。
「折れた聖槍と鈍剣…それと購入したボウガン…鉤縄…これだけあれば充分…えぇ、充分ですとも」
もう私はアルトリア・ペンドラゴンでも円卓の騎士を統べる王でもない…私は無銘の兵士だ。精々モブキャラらしく戦ってみせるさ。
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「ここが傭兵用の兵舎か」
長旅を続け漸くランスロット派の兵士達が集う兵舎に入った私は、目深に被ったフードで顔を隠し、受付嬢の前に立った。
「はい。傭兵をご希望の方ですか?」
「あぁ、ワートとルキウスだ。よろしく頼むぞ」
「よろしく」
兵舎に入ると、すぐ見える特設集会所で三者三様の人間達がテーブルでジョッキを交わしていた。それを無視して私とルキウスは踵を返して他の施設を回る。そして、医務室を覗くと…意外な人物に再会した。
「ナイチ──」
「おや、酷い面ですがア──」
「今はワートです。そういう事にしてください」
「結構です。名前は大事ではありませんので…」
その人物…カルデアのバーサーカーことナイチンゲールは、私を一目で看破し椅子に座るよう手招きする。
「少し治療しましょう。どうぞお隣さんも」
「いえ…私は──」
「いえ、貴方にも治療が必要です。主に肉体への疲労及び損傷が激しいようですね。すぐにベッドに身を横たえなさい。」
「結構です私は──」
ズドンという轟音が響いた。ナイチンゲールの手にはいつの間にかペッパーボックスピストルが握られている。
「この銃と治療どちらが大切ですか?文句は一切受け付けません」
「」
懐かしい。カルデアでよくある風景に私はクスッと笑ってしまった。それにルキウスは驚いた顔をした。が、意外にも大人しくベッドに座った。
「では、少々傷を窺いましょう。衣服を脱いでください」
淡々と指示を出し、ルキウスの肌をジッと見つめ、幾つかの器具や試験紙、或いは触診を行いながら時折首を傾げ、紙に記録を残す。そして、データとルキウスの顔を交互に見ながら診断結果を下した。
「正直、動いているのが不思議な状態です。幻術か何かで五感を弄って誤魔化しているようですが、肉体の損傷と腐敗…特に義手の根元から右胸に掛けて炭化が激しい…貴方何者ですか?人間の肉体の限界をとうに越えて活動しているなんて科学的には立証されていない事例です」
「なっ…」
「流石、カルデアの誇る医術師だ。隠しようがありませんね……では話しましょう。私の秘密を…」
事実を知った時、土の上に拳を1発叩きつけていた。信じられないという思いと彼の抱える苦しみとその決意の深さ…それらに私は絶望した。そこまでの決意を抱えて生きているのだとしたら彼は…。
「泣かないで下さい。異界に住まう我が王よ…」
「……バレていましたか」
「貴女は嘘が下手だ。嘘を吐いてもすぐにバレてしまいます。第一…顔が同じな時点で説得力がゼロですし、偽名も貴女の幼少の名でしょう?」
「うぐ…」
悪戯っぽくそう述べたルキウスは悲しいやら恥ずかしいやらで混乱する私を立たせてくれた。ナイチンゲールも引き止めはせずにデータをファイルに閉まった。
「医師としての見解は、『貴方を戦わせる訳にはいきません』。しかし、それが生きる為の唯一の楔であれば止めません。『目的とは如何なる時でも最も縋れる神なのです』から」
「!……ありがとうございます。ミス・ナイチンゲール」
「もし生きて帰った場合は、もう少しデータを取らせて下さい。今後の医学の発展に──」
「行きますよ。ルキウス…」
「はい、我が王」
「今はワートでいい。そうしてくれ」
「──畏まりました。ワート」
「因みに、先程マスター達一行が来ましたが呼びますか?」
「いや、いい。その時まで待っていて欲しい」
「畏まりました」
ナイチンゲールが忙し気に働く様子を横目で見てから私は医務室を出た。兵舎に戻る途中、私はマスター一行を見た気がした。
「ナイチンゲールじゃねぇか!テメェ生きてやがったか!」
「はい、ランスロット卿に匿っていただき、こうして負傷兵の看護から定期検診まで行っていました」
「そういえば、ナイチンゲールは他の奴を見たのか?」
「………いえ、見知らぬ傭兵2人なら見ました」
開戦まであと僅か………
因みに、ワートとはディズニー映画「王様の剣」の主人公の名前であり、アーサー王と名乗る前の名前です。