「すまん、ミッション変更だ。纏って動かなければ厳しい」
「いえ、非常時ですので」
俺は一度別行動させていたサーヴァント達をマシュのいる家に集め、作戦会議をしていた。
「マシュを置いて行くのもアレだし、取り敢えず護衛係を1人付けて無線機で通信しよう」
「それでしたらこのベディヴィエールにお任せを」
「ベディヴィエールなら安心だ。何かあったらこのトランシーバーに連絡を入れてくれ。もし通信不能になったとしても、GPSでの居場所の特定が可能だ。頼むぞ」
「はッ!」
取り敢えず、トランシーバー一基と電池数個を置いたまま俺達は出立する事となった。一同共不安な表情が消えず、霧の中でも頻りに周囲を見回していた。
「こんな時にモードレッドが居てくれたら……いかんいかん。今は任務中だ。冷静にな…」
つい弱音を吐いてしまった時…俺は突然殺気を感じてしゃがんだ。直後、俺の居た所に見覚えのあるモノが通過した。
「クラレント…!もしやモードレッドか!?」
「初手を躱すタァいい勘をしてるどわぁっ!?」
攻撃の主は間違いなくモードレッドだった。即座にガウェインが取り押さえ俺もその顔を確認した。だが、俺の知っているモードレッドではない。まだスレてる方だ。
「げっ…この気配は……ガウェイン…トリスタン…それに父上ェ!?」
「久しぶりですね、モードレッド」
馬から降りたアルトリアはモードレッドに語りかけた。今まで無視され続けていた彼女は父親の対応にたまげた。
「う、嘘だろ!そうだ嘘だ!エイプリルフールだろ!?オレを騙そうったってそうはいかねぇぞ!」
「違いますよ。喩え姿も個体も違ってもあなたは私の息子、胸を張ってそう言い切れる自慢の息子ですよ?」
「……」
ガウェインが拘束を解いた瞬間、モードレッドは感極まってアルトリアに抱きついた。やっぱりアルトリアに認めてもらうとモードレッドは即堕ちするみたいだ。
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「よし、負傷者はそこのベッドで寝かせるといいぜ!オレのベッドが使えなくなるのは癪だが父上の頼みとあれば断れねぇ!」
「いやそれ以前にココ僕の家─」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでも………」
ジキルという名の男のアパートに入った俺達は早速負傷したマシュを担架で運び、寝かせるとモードレッドは鼻歌交じりに歩き去った。
「……アルトリアに認めてもらうと忠犬化するのは万国共通なんだな」
「みたいね」
取り敢えず、冷蔵庫と食糧庫の中身は充分だ。ある程度節約して質素に行けば2週間は保つ。あとはショッピングモールか何かで調達すればいい。
「さて、事情は聞かせてもらったけど…俄かには信じがたい。でも、モードレッドがあれほど気に入っているのであれば信用せざるを得まい」
「そっち側の話も聞きたい。今このロンドンで何が起きてるのか?って事だ」
ほぅ…結構前からこうして濃霧が広がっていたのか。その上、切り裂きジャック事件…恐らくそいつによってマシュが斬られたのだろう。
「で、俺達はどうやって解決するかな…」
「いや、父上と円卓の騎士が居るなら正面突破でも勝てるぜ!一番槍は任せてくれ!」
「すごい自信ですね…」
モードレッドがさっきからハイテンションなんだが、大丈夫か?
「待ってくれ、敵が何処にいるか分からないのにどうやって探すんだい?」
「──その事なのですが…」
トリスタンはフェイルノートを携えてソファーに座った。
「霧には魔力の流れがある事が分かりました。当たり前?まぁ、そうなのですが…発生源に行けば行くほど濃度は深まるのではと推測しております」
「なるほど、鮭の遡上と同じ理屈ですね。でしたら一番嗅ぎ分けの上手いトリスタンに一任するとしましょう」
「ベディヴィエール・モードレッド・ガウェイン・アルトリア・ジャンヌでトリスタンと俺を守るように進み、一直線にゴールする。正面突破こそ正義だ」
「よっ!流石はカルデアのマスター!オレもその大役を果たしてみせるぜ!あ、ジキルは留守番な」
「はいはい。僕は戦闘向きじゃないからね」
ウチは有能な人間の集まりだからな。誰1人として無駄な奴はいない。さぁ出立だ。マシュもあの状態なら問題は起こさないだろ。
「ジキル、すまないがマシュの看病を頼んだ」
「うん、でもなんで異性の僕に任せようと思ったんだい?」
「君は英国紳士だからね。信じてるぜ」
ジキルの肩を叩いてから俺は円卓の騎士団とアルトリアを連れて歩き出した。周辺の索敵はロマンに一任し、彼の言葉に耳を傾けつつ大半を無視して正面突破を図る。
「しかし、気持ちの悪い怪物ばかりが徘徊しているのですね!」
「そうね、ホムンクルスといいオートマタといい…悪趣味なものばかりです」
「よーし!止まるな!前進し続けていれば応えが導き出せるぜ!」
「ヒャッハー!カチコミダァ!」
俺もオートマタの顔面を拳でぶち抜き、支援する。落ちていたステッキを使いホムンクルスの目を突いて追い払う。トリスタンが指差す方角に従い俺達は歩き続けた。
「故郷がこれ以上侵されないよう急ぎましょう!マスター!」
なんだかんだアルトリアが一番張り切っていた。ロンを振り回して雑魚を薙ぎ払い、ドゥン・スタリオンのキックで吹き飛ばす。時にはロンを投擲し鈍剣でも戦う。円卓&魔女無双となった事で進行速度は大幅に向上していた。だが、腹は減る。
「ヒャッハー!正義の略奪ダァ!」
「正義って何よ!?」
近くにあったペーストショップとパン屋から食べられそうな食品を略奪した後、サンドイッチにして腹を満たす。蟹のペーストは美味かったな。サンプルは持ち帰ろう。
「ごちそうさまでした!止まる時間は無い!さぁ蹴散らすぞ!」
俺達は店から飛び出し、再び敵の一掃に掛かる。只管に吹き飛ばし無力化させたり戦意を喪失させたり潰したり。
その時、目を閉じていたトリスタンが突然見開いた。
「───流れに乗って何者かが来たようです。マシュ嬢の証言にあった『切り裂きジャック』でしょう」
「そうだ、オレもやられたんだ。でも顔が思い出せねぇんだ」
「顔が思い出せない?って事は宝具の類か」
「そういう事でしょう。切り裂きジャックは御婦人の方を狙ったと言います。どうか私の後ろへ!」
「出た、ガウェイン卿のマッスルガード」
ガウェインに促され、ジャンヌとアルトリアが彼の後ろに隠れる。ベディヴィエールは地面に手を当て目を閉じた。
「そこッ!」
剣を高速抜刀した居合斬りが放たれるが、それに何かが当たる音がした。金属の当たる音だ。
「また来ます!トリスタン卿!」
「見えています…!」
トリスタンもフェイルノートを爪弾き、音の矢を放つが手応えは無い。気配と音で見えない敵を判別しようとする中…不意に別の反応を感じた。土埃と共にエンジンと蒸気の音が走る。
「この状況でヘルタースケルターかよ!?クソッ!」
「このまま迎撃しましょう!ジャックの気配にも警戒してください!」
「ヘルタースケルターはオレに任せろ!」
やがて、突撃して来たヘルタースケルターの軍勢をモードレッドとガウェインで堰き止める。アルトリアは黒ジャンヌと背中合わせにジャックを警戒する。
「───待てよ」
俺は疑問を感じた。ベディヴィエールの低姿勢での抜刀攻撃は敵からの
「ジャックは小柄な殺人鬼だ!トリスタンは射角を低めにしろ!」
「そうか!だから足音が軽かった……!」
ベディヴィエールは剣を逆手に構え、耳を澄まして意識を集中させる。轟音と剣の当たる音の中から足音のみを探す。
「ジャンヌ!そちらに行きました!」
「──っ!」
黒ジャンヌはすかさず旗を振り回して威嚇する。が、急速に迫る殺気が旗に当たった。
「チッ───!」
剣を半分抜き、衝撃を受け止める。その正体はナイフだった。ギザギザが付いており、肉を抉り骨を削る形状をしている…あんな物で斬られようものなら柔肌を持つ女性ではひとたまりも無い。改めて黒ジャンヌはマシュの咄嗟の反応が良かった事を実感した。
殺気が離れる。再び霧と雑音に紛れたジャックを再びベディヴィエールが探す。
「ジリ貧だ!一度撤退するしか無い!」
「分かってる!だがヘルタースケルターの量が多過ぎて前進出来ねぇんだ!」
「ロンのビームで薙ぎ払いたいのですが…街に当たる可能性が否定出来ません……」
「───あと一息だというのに…私は悲しい」
マズイな…ロマンからの情報だとさらに増援が来ているらしい。一度下がろうにも何処に逃げ道があるのか分からない…!
「───我が王!そちらへ行きました!」
「分かってま───うっ!?」
アルトリアが対応しようとした時、ヘルタースケルターの一機が捨て身の体当たりを敢行した。アルトリアはその衝撃でロンの槍を手放してしまい、石の床を転がった彼女に防ぐ手立ては無い。
「───足を挫いた…ッ!」
「アルトリア!逃げろ!!!」
殺気は一気に迫っていく。アルトリアの顔から血の気が引いていく……間違いない…死ぬ……!
そう感じ目を閉じた………が、急に自分の目の前に影が差した。目を開けると………
「───捕まえ…た!」
「マシュ!?」
ナイフで腹を刺されながらもジャックの両腕を押さえつけるマシュの姿があった。どうやって来たのか分からないが……点々と続く血の跡からかなり無茶したという事は分かった。吐血しながらマシュはガッチリと腕を拘束していた。
「これ以上やらせるかあああああああああああ!!!!」
もう我慢出来なかった。ヘルタースケルターの軍勢を掻い潜った俺は、ジャックの顔面目掛け全体重を乗せたパンチを放って殴り飛ばした。その小さな体がごろごろと転がった直後、聞こえたのはか弱い女の子の泣き声だった。マシュが力尽きて倒れかかるのを何とか支えた後アルトリアに預け、ジャックにツカツカと歩み寄った。
「アルトリア、マシュの止血を頼む。あぁ、ナイフは抜くな。多分抜いたらエライ事になる」
俺は指示を出してから再びジャックを取り押さえた。端から見れば『幼女に暴行を働くチンピラ』に見えなくもないが、俺は後輩を2度も斬られた為完全にキレていた。
「テメェか……ウチの後輩を斬った奴はヨォ…」
「ひっ……!いやだ…いたいのやだよぉ……」
ジャックが必死に抵抗するが、俺はそれ以上の力で押さえ込む。昔先輩に教えてもらった拘束技だ。
「たすけて……わたしたち…なんでもするから……!」
「ん?テメェ…今何でもするって言ったな?」
ギロリと睨みながら幼女を押さえ続ける。やがて、抵抗しなくなり体の力を無くしたジャックは泣きながら命乞いを始めた。ロマンの解析では『このジャックはサーヴァントであり、魔力を持つ者を喰らい自己強化して生き延びていた』らしい。
「じゃあ俺から命令するぞ。出来たら報酬はくれてやる。復唱しろ」
「ぅん…」
「“マスターの命令は絶対だ”」
「ますたーのめいれいはぜったいだ…」
「よし、早速俺からの命令だ。拠点に戻る…そこまでヘルタースケルターを突破しながら逃走出来るルートを教えろ」
「まかせて、あんないするよ」
ジャックの拘束を解くと彼女は手招きしながら走り出した。
「テメェら!撤退だ!逃走経路を見つけた!」
「よし!撤退だ!」
モードレッドとガウェインが凄まじい猛攻でヘルタースケルターの軍勢を押し返すと、生まれた逃走経路を使い、俺のサーヴァント達が一斉に走り出す。マシュはやむを得ずアルトリアに背負ってもらった状態で戦線を離脱する。今はジャックだけが頼りだ…遺憾だが、彼女を信じて俺達は全速力で走った。
補足
マシュはジキルがトイレに行った隙に脱走。ヘルタースケルターに飛び乗る無茶をして助けに行った。再び斬られる羽目になったがジャックを捕まえる事に成功する大手柄を挙げた。戦闘不能という結末と共に……