「マズイな…」
遠くから双眼鏡で伺うと、あちこちにワイバーンが飛翔しており、ジルの城へは向かえそうになかった。数だけで20頭…ジークフリートは温存させたい上にこの状況では討ち漏らしが生まれ、援軍を呼ばれる可能性も否定出来ない。やはり正面から突破してあの巨龍を引き摺り出してジークフリートに倒させる。それが得策な気がして来た。
「いえ、ここは私が1人で向かい援軍を──」
「ダメだ。お前も肉壁要員だろ。大人しくついて来い」
「ぇぇ…」
「大丈夫ですよ、貴女の信じている方ならきっと─」
「ありがとうございます、アルトリアさん」
マリーを失ったものの、こちら側のサーヴァントは7人居る。戦術さえ整えばまだ希望はある。
「これから俺達はティエールを迂回し山にあるロワール川に沿って進み、直接オルレアンに突入する。迂回する理由は『ティエールは黒ジャンヌがアイドル活動をしている中心地』だからだ。通れば指名手配犯の俺達は飛んで火に入る夏の虫…ソッコーでブタ箱行きだ。よって、人目の付かない山を越えて一気に叩く」
野営中、俺は地図を見せながら作戦の概要を伝えた。あの山道は閉所になる為、ワイバーンが戦いにくくなる。その状態で強行突破し直接拠点を叩く。黒ジャンヌを助けに民衆が来る前に制圧する事が絶対条件だ。
「結局脳筋戦法かい?全く、体育系は考える事が同じだね」
「そう!だからこそ体育系らしく型に嵌まって攻める。纏まって休まず走り続けるんだ。城門を強行突破してでも突き進めば何人かは突破出来る!」
「うんうん、苦手なタイプだけど…悪くない」
ジークフリートを温存させたい現状で、彼を酷使する事だけは出来ればしたくない。本当はジルという男の助力も得たかったが、現状で100%ではない以上その作戦はあまりにも危険だった。
「そこでだが、オルレアン強行突入に関して無茶を承知で頼みたい事がある。アルトリア…」
「言わなくても分かっています。私の『最果てにて輝ける槍』は対城宝具…ロンを破城槌に城壁を崩せば勝機はある……」
「待ってくれ!父上は傷が癒えたばっかりなんだぞ!そんな…単騎特攻なんて─」
「いえ、モードレッド。私は総力戦が確定した時から覚悟していました。確率を1%でも上げる事に私は賭けます。しかし…」
アルトリアはモードレッドの肩に手を添えた。
「モードレッド…貴女こそ大丈夫ですか?」
「どういう事だ?」
「───やっぱ、父上には隠せなかったかー…」
彼女の言葉にモードレッドは頬をポリポリと掻いた。
「マスター…モードレッドは私への憎悪が完全に消えています。しかし、それはモードレッドの宝具が使えなくなる事を意味しています」
「───!!!」
我が麗しき父への叛逆…その本質は魔力放出を応用し、自らの憎悪を魔力に変換して照射する対軍宝具。それが使えなくなる事はモードレッドにとって痛手に違いなかった。
「──まー…なんとかなるだろ。ほら!オレってこれでもブッツケ本番に強いだろ?別の力を糧にしてみるさ!例えば…」
モードレッドは兜を放り投げると、クラレントを展開…魔力が一気に放出される。それが、すぐに魔力の剣へと変質した。
「──愛してるぜ父上……って感じで!ほら、出来るだろ?」
「─モードレッド…」
「どうやら杞憂だったみたいですね」
「オレもあれから成長したんだぜ?もう、カムランでくたばる程度のヤワな騎士じゃねぇ。な?マスター」
クラレントに纏わせた魔力の供給を切り、霧散するオーラを手でパタパタ払うとモードレッドはニコッと笑った。
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獣道をモードレッドが先行し、クラレントで草を払いながら進む。行けども森ばかりだが、上流から流れるロワール川という目印がある為迷う事は無い。
「流石に蚊がうざったいね。やっぱりティエールを通るべきだったんじゃないのかな?」
「薄々そう思ってはいた。でも、気付かれて黒ジャンヌにチクられるよりはマシだ。一般人に手ェ挙げたらロクな事にならんからな」
アマデウスの話も正論…正論なんだが、黒ジャンヌが民衆を味方に付けている以上、助けを得る事は困難だった。今回のミッションはかなり厳しい。冬木が可愛いレベルで…。
「さぁ、もう少し行けば休めそうな場所があります!噂通りであれば休憩出来ますよ!」
ジャンヌの言葉を信じて森を進む事1時間。開けた場所に到着し、1度休憩する事にした。彼女がオススメする野草をポイポイ鍋に入れ、もう残り僅かな香辛料で味付け。俺が弓矢を使ってウサギを一羽狩ったので、それも解体して鍋に放り込んだ。
「すまん、マズイ料理になっちまった」
「結構イケるぜこれ。気にすんなマスター!」
「はい、ちゃんと食べられます!ガウェイン卿のマッシュポテトより美味しいですよ!」
ジャンヌが難しい顔をしているが…それあんたが選んだ野草だぞ。ウサギ肉だけがかろうじて美味いくらいで野草は食えるがマズイ。噛んでも渋みしか出てこないぞおい。
「さぁ、飯を食べたら進むよ!もうじきオルレアンの城が見える筈だ!」
「そうだな!アマデウスの言葉は元気が出る!」
「我々も早く完食して用意しましょう。」
「先輩!ドクターからの通信によれば同じペースで1時間歩けばすぐにオルレアンに辿り着けるそうです!」
「了解だ。お前ら覚悟を決めろ!ここからが正念場だぞ!」
味方を鼓舞して俺はもうじき見えるであろうオルレアンを信じて歩き出した。
───────
「見えた!あれがオルレアン…!」
『気を付けて!オルレアンからサーヴァント反応はおろか、ファヴニールの反応も無い!罠かもしれない…!』
「どうしますか?先輩…」
おかしい…あれだけ巨大な竜ならば隠れられる筈が無い…これは一体……?
「取り敢えず、作戦通りに行きますか?」
「いや、おかしい…これはまるで……」
その時、遠くから勝鬨の声を聞いた。様子を見に森を出ると………
「見なさい!あれが我等の敵…清純を謳いながらも我等の祖国であるフランスの偉大なる城オルレアンを攻め落とそうと画策する偽のジャンヌ・ダルクと彼女を唆しフランスを危機に陥れようと企む異端の者です!さぁ!皆さん!戦いましょう!あの異端の者に…贋作に裁きを!我等には神の龍がついています!!!」
ファヴニールの頭に乗り旗を掲げる黒ジャンヌと…何百人にも及ぶ武装した一般人であった。ハメられた……俺は瞬時にそう理解した。
「アルトリアとモードレッドは…今すぐ城内を制圧しろ。早く!!!」
「分かった!!!」
「籠城戦ですね…任せてください!!!」
早く城に入れないと挟み撃ちになる…!こんな事態…誰が想定していようか!!!
わずか五分で制圧したオルレアン城の中は酷いものだった。武器庫からは武器の殆どが無くなり、凄惨な死体の腐乱臭が漂うばかり。それらを堪えて俺は有りっ丈の武器を取り出した。最早、手加減は出来ない………。籠城戦とはいえどこまで保つか?
「橋を壊してくれ!」
「はッ!」
ゲオルギウスが剣で橋を壊し、城を孤立状態にする。これですぐには攻め入られない。来てもサーヴァントか竜だけだ。ファヴニールはジークフリートに任せる為に温存。ワイバーンはモードレッドとジャンヌに任せ、俺とアマデウス・ゲオルギウス・マシュは遠距離武器で迎撃する事にした。
「弓矢だ。投石装置も辛うじて機能する。あいつらには悪いが…俺達はまだ死にたくないからな」
「はい………」
「フォウ…」
長弓を選び、矢を有りっ丈矢筒に入れて俺は城壁からオルレアンの様子を伺う。民衆達は黒ジャンヌに扇動されて一気に草原を駆け抜けてきた。そうか…どっちにしろそういう運命だったのか。
死ぬ事を覚悟して俺は弓を引き絞った……。
***************************
「中々粘りますね…」
投石装置から飛んできた岩が民衆達になるべく当たらない場所に突き刺さり、矢が飛んで来る。それを黒ジャンヌはあくまで余裕の笑みで見ていた。てっきり降伏するのかと思っていたが、彼らは戦う道を選んだようだ。おまけに一般人を殺さないように……。
「───愚かな」
ファヴニールに命じ炎を吐かせればそんな脆弱な城壁など容易く崩せる。だが、それでは芸が無い。あの忌まわしい聖女が私と同じ苦しみを味わい絶望し死んでいく様を見たい………だから簡単には殺させない。ホントは高笑いしたい所だが、今の私は正義の味方…決して悪党というイメージを与えてはならない。
「さぁ、見せてみなさい……」
黒ジャンヌは目の前に飛んで来た岩の破片を旗の一振りで受け流した。
「クソッ!矢が尽きたか…」
「マスター!投石に使えそうな岩が底を尽きそうです」
「諦めるか…!城の内部の要らないモンあるだろ?それを壊して運んでくれ!何を使ってでも俺は───」
その時、空気が変わった。屋根を見ると、高々と旗を掲げキリッとした顔で立つジャンヌの姿があった。
「聞け!私はジャンヌ・ダルク!かつて魔女と言われ民衆により処刑された者!しかし、私は決して祖国フランスを恨んだ事などない!民衆の心が私を討たんとする者であれば甘んじて受けよう…だが、その心が邪なる者に侵されているのであればそれは認めない!!!」
「さってと……そんな事言い出してるみたいなんでオレも本気出そうかなぁ〜。まっ、戦意を喪失させるだけで充分だ。」
モードレッドもクラレントを胸の前で掲げ魔力を放出させる。バチバチと明るい白銀のオーラが放出され、増幅していく。
「これこそが、
我が麗しき父への叛逆と同じ魔力放出、同じ技。だがその名は邪な名から改め…
「─
父への恩返しの光。それが突撃を続ける民衆達のすぐ近くを焼き払う。激突した箇所に光の柱が築かれ美しく輝く姿は、民衆達から戦意を奪うには充分であった。はぁッと息を吐いて倒れ込むモードレッドの顔は達成感に満ちていた。
ジャンヌはそれを確認すると振っていた旗を下す。黒ジャンヌもそれを真似て旗を下ろした。
「問おう!何故貴女はドン・レミを襲った!何故リヨンの街を襲った!」
ジャンヌは凛とした声で叫ぶ。黒ジャンヌもそれに凛とした声で返す。
「私は民を愛し導く者!この邪龍ファヴニールとワイバーンは単独で活動し、人を襲い続けた。私は彼らを従え、罪を贖うべくこの戦いの場に立たせたのだ!」
「ならば何故リヨンの地でファヴニールと出くわした際、貴女の部下であるランスロット卿が出てきた!答えてみよ!」
ランスロット卿の名を聞いた民衆がざわつく。祖国はフランスとはいえ、ブリテンに付いた者が何故ジャンヌ・ダルクに従う?そう彼らは思ったのだ。
「(チッ…バーサーカーを選んだのが仇となりましたか)では逆に問おう!貴女は私の後に生まれた。貴女こそ何者なのです?その正体をお聞きしたい!」
「質問に質問で返すとは…ではお答えしましょう!」
ジャンヌは旗を構えた。
「我が名は
「それは……」
民衆が一斉に黒ジャンヌの方に向く。だが、彼女は答えない…いや、答えられなかった。自分はジャンヌ・ダルク…それは分かっていても、“どうしてジャンヌ・ダルクなのか分からなかった”。
「ではもう1つ質問しましょう…簡単な話です。貴女は幼き頃の私の記憶をお持ちだろうか!」
「何…?」
「私は如何に聖女であろうと…異端者として裁かれようと…処刑の炎で焼かれようと……幼き頃の牧歌的な世界を鮮烈に覚えています。ですが…貴女はどうでしょう?」
「───黙れ」
黒ジャンヌの顔から余裕の表情が消えた。その代わり表層に現れたのは、憎悪だった。
「黙れ黙れ黙れ!!!貴女はフランスの新たな救世主に楯突いたのだ!私は貴女を処刑する!再び生き返らぬよう惨たらしく殺してやる!!!」
黒ジャンヌの豹変は民衆から彼女への信用を奪った。今度は民衆が黒ジャンヌを責め立てた。
「騙したのね!」
「ジャンヌ・ダルクの偽者は消えろ!」
「こんな醜女を信じた俺がバカだった!」
「死ね!」
「もう一度魔女裁判に掛けてやる!!!」
問答に負けた黒ジャンヌは一転して異端者となった。未だ緊張は続いているが、取り敢えずホッとした。
「やるなジャンヌ!」
「いえ…カッコ良く言いましたが実際稚拙な言葉しか使っていませんので」
ジャンヌは掠れ声で答えた。取り敢えず水を飲ませて喉を治していたが、一瞬の安心も束の間……
「まずは私を罵った貴様らから葬ってやる!殺れ!ファヴニール!」
黒ジャンヌが民衆に牙を剥いた。
「行くぞ皆んな!今こそ民を助け!再び信用を得るのだ!」
アルトリアが俺達に向けて叫び、ロンの槍を掲げた。ジャンヌの真似がしたかったのか、その顔は渾身のドヤ顔で出来ていた。
今回、モードレッドが使用した宝具ですが、『アルトリアに息子と認められた→王子に格上げとなった→クラレントを正規の力で使用出来るようになった』という無理矢理なこじつけとなっております。イメージ自体も「約束された勝利の剣」を意識していますが、見た目が変わっただけで効果も威力もあまり変わっていない…というのが現状です。オリジナル名にするかどうか正直迷いましたが、思い切って冒険してみました。