IS学園での物語 作:トッポの人
休み時間。教室で一人、黙々と真面目に教本を読んでいればやはりというべきか、こいつがやってくる。
というよりは俺のところにやって来るのなんてそもそも二、三人しかいないのだがそこは無視。
「ねーねー、はるるん」
「……布仏か」
いつものように間延びした声の布仏は、これまたいつものようにニコニコと笑顔で俺に話し掛けてきた。一体全体、何がそんなに楽しいのやら。
「お菓子ちょうだいっ」
「……すまない。今日は持ってない」
「えー!? ぶーぶー!!」
えっ、嘘。お菓子持ってないだけでこんなにブーイング受けるの?
目一杯に頬を膨らませて、不満そうに言ってくる布仏。余程俺のお菓子に期待していたようだ。これからはちゃんと補充しておこう。
とりあえず目の前で騒ぐ布仏を静めるために代わりのアレを出すしかない。
「……手を出せ」
「?」
布仏は言われるがまま素直に両手を俺の前に出して、静かに待っている。まるで主人の命令に従ってお座りしている犬のようだ。
俺は待ち構える布仏の両手の上まで右手を持っていき、握り拳を作る。拳を再び開けば何も持ってなかった掌からポトリと何かが落下した。
「ぅん? お、おお……」
突然現れたそれを布仏は見て少し驚いていた。頻りに目を瞬かせて、何だろうと。
やがて落ちてきたのが何か分かると徐々に瞳がキラキラと輝いていく。
俺はその変化を見届けると、一言。
「……飴をやろう」
「わーい!」
それにしても大声で喜びを表す姿を見ていると本当に同年代なのかと疑いたくなる。
喜ばれるのは嬉しいがこれはかなり恥ずかしい。
「何だ何だ?」
「どうしたのだ?」
そのおかげで何事かとクラスの視線が俺の元へ。それだけじゃなく、何故か織斑と箒も俺の元へやってくる。
恐らく他の遠巻きに見ているやつらの気持ちの代弁者として来たのだろう。勘弁してくれ。
「オッレンジ、オッレンジっ」
「ああ、飴をもらったのか」
「うん!」
嬉々として包装から飴を取り出す布仏の姿を見れば態々説明するまでもない。オレンジ味の飴を口の中で転がす布仏はとても幸せそうだ。
「うまうまー」
「なぁなぁ、俺達にもくれよ」
「……分かった」
まさか織斑まで飴を欲しがるとは思わなかった。そんなに美味しそうに見えたのだろうか。まぁいいか、まだ数はあるし。
頷くと俺は右手を軽く振るう。
「「はっ?」」
「おおーかっこいー」
するとあら不思議、たったそれだけの動作で右手の中指を中心に人差し指と薬指の間に先程布仏にあげたのと同じ飴玉が現れた。
「……バレないようにしろよ」
「う、うむ、ありがとう……。しかし、今のは一体何処から……」
「本当だよ……何処から出したんだよ……」
「……それは秘密です」
「何で敬語なんだ?」
そういうものだからね。仕方ないね。
ちなみにこれは種も仕掛けもあるもので、ちゃんと弾数制だ。飴玉が尽きれば出せなくなる。
決して手からお菓子を出せる魔法とかではない。この世に枯れない桜なんてないのだ。
「ほ、本当に大丈夫なの?」
「やめといた方が……」
「大丈夫だよ、まぁ見てて」
「ちょ、清香……」
「櫻井くん、今大丈夫?」
なんて下らない事を考えていたら新たな来客が。誰かと思えば昨日足を怪我した女子。どうやら俺に用があるらしい。
「きよりんだー」
「「「きよりん?」」」
「あ、あははー……」
布仏が口にした彼女を示す渾名に俺だけじゃなく、織斑と箒までもが首を傾げる。言われた女子までもが苦笑い。
「清香だからきよりんってのはちょっと……」
「きよりんの方が可愛いよ?」
「う、うん……」
「え、えっと、とりあえず相川さんはどうしたんだ?」
その呼び方はやめてくれと抗議しても布仏には届かない。俺もそうだったが、そっちの方が可愛いからと却下されてしまう。
意気消沈しているところへイケメンがすかさずフォロー。やはりこういうのは手慣れていると見える。
ていうか今初めて知ったが、あの時の女子は相川清香っていう名前だったのか。今ので覚えたぞ。
「あ、うん。次の授業で使う教材持ってくるの手伝って欲しいんだけどいい?」
「……分かった」
「んー…………」
なるほど、それならお安い御用だ。頭を使うのは苦手だが、肉体労働は任せろ。
相川のお願いを叶えるべく、立ち上がった俺に布仏の視線が突き刺さる。
他のクラスメイトのように怯えるとかではなく、いつもは楽しそうに細めている目をうっすら開けてじっくり観察するように。
「それって多いのか? 俺も手伝うよ」
「多いというか重いらしくて。でも櫻井くんがいれば大丈夫だから」
「というか一夏はあと数日で教本を覚えなければならないだろう。あまり余裕はないと思うが大丈夫か?」
「そ、そうだった……」
手伝おうとする織斑の顔が箒の一言により、青くなっていく。
織斑は入学前に読んでおけと言われていた教本を間違えて捨ててしまったのだとか。おかげで授業中だというのに織斑先生から凄まじい殺気を送られていた。
やっぱあの先生こえーよ。あの人HELLSINGとかドリフターズに出てきても違和感ないもん。
「わ、悪い、春人、相川さん」
「んーん、気にしなくていいよ」
「……俺も別に構わない」
別に何も悪くないのに謝ってくる織斑を見ていると逆にこっちが申し訳ない気持ちになる。態々謝ってくるとは律儀なやつだ。
「あ、もうそんなに時間ないから早く行こ」
「……分かった」
確かに相川の言う通り、時計を見てみれば残り五分を切っている。急がなければ次の授業に間に合わない。
だがその前に。
「……何だ」
「はるるん、良かったね」
未だにじっと見ている布仏に話し掛けると唐突にそう言ってくる。いつもの笑顔を浮かべて。
あまりにも話の内容が突拍子もなくて困惑するのは仕方ないだろう。何が良かったのかさっぱり分からない。
「……何がだ?」
「えへへー、内緒ー」
「……そうか」
訂正、いつもの笑顔ではなかった。いつもより何処か嬉しそうに微笑んでいる。今も口の中で転がしている飴玉のおかげだろうか。
決闘まであと四日。ラファールのカタログを読みながら部屋に戻っていた。用意してくれた山田先生に感謝である。
俺が選ぶISはラファールだ。日本製よりもおフランス製のISの方がカッコいいザンス。
「……ん?」
だがそこでカタログを眺めている内に俺は重大な事実に気付いてしまったのだ。それを確かめるためにも部屋へ急ぐ。
確かめるのなら山田先生でもいいが、多少慣れたとはいえまだ怯えてるし、更識も実は代表候補生だったらしい。分からない事があれば教えて貰ったりしている。
「かんちゃーん!」
「ぅん……。本音、やめて……」
「久しぶりだからやだー」
何か部屋に戻ったら更識と布仏が百合百合してた。何を言ってるか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。
いや、ただ布仏が抱き着いてるだけなんだけどね。
言い忘れていたが、この二人は知り合いだったらしい。どういう関係かまでは聞いてないが、きっと友達なんだろう。
「あ、はるるんだ」
「おかえり……。本音も挨拶……」
「はーい。お邪魔してまーす」
「……ああ」
入り口で少し立ち尽くしていれば漸く気付いてもらえたようで声が掛けられる。二人は変わらずくっついたまま。
分かっている。俺が物凄く邪魔な存在だってのは。だからさっさと聞きたい事を聞いておさらばしよう。
「……更識、少し聞きたいんだがいいか?」
「何……?」
「……ISの近接武器は剣とかしかないのか?」
そう、さっきカタログを見てる内に気付いたのだが、少なくともラファールはカタログを見る限り近接武器は剣かパイルバンカーしかないようだ。
パイルバンカーなんて上級者向けは使えるはずがないし、剣だってちゃんと刃を立てたりしなければ効果は薄い。
俺としては脳筋で殴ればいいだけの打撃武器が欲しかったのだが……。
「打鉄も刀と槍くらいしかないよー?」
「……そうなのか?」
「うん……」
布仏という思わぬ人物からの解答を信じきれず、更識に確認してみると頷いて答えた。
しかし、俺は諦め切れずに重ねて質問。
「……打撃武器はないのか? メイスとか」
「鉄血メイス先輩もレンチメイスもない……」
「っ!?」
なん……だと……!?
やべぇよやべぇよ、どうしよう。何かしら一個くらいはあるかと思ったがそう上手くはいかないらしい。
「しののんに教えて貰えばー?」
「「しののん?」」
「うん。剣道で全国優勝してるしー」
布仏が上げた名前に更識と一緒に頭を悩ませると続くヒントで誰かが判明。箒の事だった。篠ノ之箒だからしののん。安直である。
「……そうする」
「むぅ……」
ふむ、それしかないか。二人でイチャイチャしてきなと言ったにも関わらず、自分から壊していくのはどうかと思うが背に腹は変えられない。
「……行ってきます」
「いってらっしゃーい」
「…………」
いつもなら更識もいってらっしゃいと言ってくれるのに今日は言ってくれない。
その事に少しだけ寂しく思いながらも部屋を後にした。向かうは道場。そこに織斑と箒がいるはず。
「あの時は大変だったなぁ……」
「ふふっ、そうだったな」
道場に着くとちょうど休憩中だったらしく、二人が仲良く並んで座っていた。
どうにも思い出話に華を咲かせているようで時折楽しげな声が聞こえてくる。
正直言ってめっちゃ話し掛け辛い。あんなに良い雰囲気になってるとはこの海のリハクの目をもってしても読めなかった。
仕方ない、このまま待つとしよう。
「剣の振り方を教えて欲しい?」
「……頼む」
「むぅ……」
二人の休憩が終わったところでたまたま現れた俺は目的である剣の振り方を教わる事に。
やはり難色を示す箒だがせめて今日のこの時間だけは教えて欲しい。
「まぁそれくらいなら……」
「……ありがとう」
「じゃあ春人も一緒にやろうぜ!」
「……いや、俺は」
何とか指導して貰えるようになったが、何故か織斑がやたら喜んでいる。
思えば事ある毎に俺と一緒に行動しようとしているな。何なんだろうか。
「まずは剣の握り方から始めるから、その間一夏は素振りだ」
「あー、そっか……仕方ないかぁ」
お師匠様の一言により、織斑はとぼとぼと少し離れたところへ。竹刀を振るう姿は何処か寂しそうに見えた。
今の寂しそうにしている織斑を落とすのなんてかなりチョロそうだ。つまり箒さん、出番ですよ!
でも俺のせいで行けないっていうね。さっさと覚えよう。
「握り方は――――」
「……こう、か?」
「そうだ、それでいい。では次に――――」
次々にお師匠様から剣の握りから構えと教えられていく。さすがは全国優勝者、実際にやってみせてくれるのもあって非常に分かりやすい。
「よし、では最後に剣の振り方だがこれも見せた方が早いだろう」
「……分かった」
そう言うと箒は竹刀を構えて呼吸を整える。
一挙一動、決して見逃すまいと俺も真剣にその姿を追っていく。
「スッとして――――」
言葉と共に箒の腕が上げられ、
「ドンッ」
一歩前に出ると同時に振り下ろされた。
竹刀を振った際の小さな風切り音がやけに耳に残る。
残心というやつだろうか。振った後もその方向を見ていた箒は少しだけ間を置いてからこちらへ振り向き、得意気な顔でこう言った。
「これだ」
いや、どれだ。やばい、全然分かんなかった。むしろ油断してた。
まさか最後の最後でこんなん来るとは誰も思わないだろ。
「……すまない、もう一度やってくれないか?」
「む、いいだろう。ちゃんと見てるんだぞ」
一つだけ分かったのはアレを理解するのは今の俺には難しいという事だけ。ならば見よう見まねで覚えるしかない。
俺の頼みを聞き入れてくれたお師匠様はもう一度構える。
「スッとしてドンッ」
そしてこれまたあの擬音での説明が始まる。正直な話、そっちは全然分からないが今度はその動き覚えたぞ。
「よし、ではやってみろ」
「……分かった」
構えまでは教えられた通りに、そしてそこから先は見よう見まねで。
お師匠様の言葉を借りるならスッとしてドンッ、これだ。
「――――」
まさかあれで出来ると思ってなかったのか、目を見開き、口を半開きにして呆けるお師匠様。
「んん! うむ、ちゃんと教えた通りに出来ているな」
咳払いを一つして、むふーと何処か満足そうに頷く。嬉しさを隠そうとしているらしいが隠しきれていない。
やばいな、これで幼馴染属性もあるとか箒さんつえー。織斑くん羨ましい。
「……ありがとう」
「ん、もう行くのか?」
「……ああ」
「え、もう行くのか!? 春人も一緒にやろうぜ!」
そう言うや否や、織斑の不満たらたらの叫びが木霊する。
俺としてもお師匠様からまだまだ教わる事はたくさんあるのだが、そう言ってもいられない。
「春人にも事情があるのだ。そう我が儘言うな」
「うぅん……そっか……」
そう、俺には事情があるのだ。
ていうかこれ以上二人の邪魔をするのは悪いだけなんだけどね!
「春人」
「……ん?」
身体が覚えている内にさっきの素振りをしようとした時。
「その、今度はもう少し教えるから……また来い」
「……分かった」
「何故拝むのだ?」
「……気にするな」
いや、だって顔を赤らめて恥ずかしそうに言ってくる箒の姿はまさにツンデレのそれ。拝まずにはいられない。ありがたやありがたや。
「また今度な!」
「……ああ」
最後に織斑とも言葉を交わすと今度こそ道場から立ち去る。また一つ簡単には負けられない理由が出来た。
ベッドの上でイメージトレーニング中。
イメージの中でとはいえ、ロックを聞きながら飛ぶのはやはり最高だ。早くこれを現実でやってみたい。
「……何だ?」
「ん、その……」
肩を叩かれて瞼を開ければそこには天使が。若干驚きつつも問い掛ければもじもじして何か答えにくそうにしている。
そういえば最近更識との距離が近い。なんなら距離感も近い。
やはりアレなんだろうか、朝食を一緒に食べるようになったのは大きいのか。俺が朝のトレーニング終わるまで待ってくれるようになったしな。あの時は俺凄い頑張った。
「きょ、今日はお勉強しないの……?」
「…………後でする」
「そうなんだ……」
それだけ聞くと更識は机に戻り途中だった作業を再開。何だったんだ。
言われてみれば確かに今日は勉強していなかった。これまで欠かさずやっていたのにやらなくなって少し気になったんだろう。
それにしても更識……お勉強ってなんだよ……。態々勉強に『お』付けるとか天使かよ……。
予想外の攻撃により集中出来なくなった俺は勉強する事にした。教本を開き、目を通していくがやはり集中出来ない。
「ん……」
「……」
「うぅ……」
「…………」
それもそのはず、横で更識がさっきから俺に視線を送ってくるからだ。更にはそわそわしているので気になって気になってしょうがない。
「……更識、少しいいか?」
「っ! うん、何……?」
話し掛けると待ってましたとばかりに更識がすぐ近寄ってきた。何故かは分からないが妙に嬉しそうだ。
「……これはどういう事なんだ?」
「これはね――――」
分からなかった箇所を聞いてみると淀みなく、すらすらと答えてくれる。代表候補生としてとっくに学んだところなんだろう。
ある程度進めたところでお茶で一息。教えて貰っているせめてものお礼としてお茶出しをやっているが、もうインスタントは厳しいかもしれない。
「明日からはどうするの……?」
「……明日からか」
お茶の淹れ方でも覚えようかと考えているところで更識が明日からの予定を確認してくる。
というのも明日から学園に来てから初の休日だ。と言ってもそんなにやる事もない俺は比較的暇でしかない。かといって余裕がある訳でもないので難しい話だ。
「……特に考えていないな」
「なら一緒にこれ見よう……?」
取り出したるはブルーレイ。タイトルはガン×ソードというもの。言ってしまえばアニメだった。
……いやいやいや、何故だ。何故アニメを見ようという流れになるんだ。それを見てどうしろと?
「……何故?」
「これにはISに乗る上での極意がある……これを見れば月曜日の試合もバッチリ……」
まじでか。アニメに極意があるとか日本のアニメってすげー。
「……早速見よう」
「うん……」
明日からと言わず、今日から見るとしよう。極意を会得するなら早い方がいい。
こうして三日間にも及ぶ、二人きりの上映会が開始された。
次回はクラス代表決定戦になります。