IS学園での物語 作:トッポの人
シャルにお兄ちゃんと呼ばれるようになってから数日の放課後。
授業以外でのISの使用禁止もあって皆と別れた俺は、状況報告をしたいとの事で更識会長に呼ばれて生徒会室へ。
「……失礼します」
「はーい、どうぞー」
ノックと共に声を掛ければ更識会長の明るい声が聞こえてくる。その声に従って扉を開ければ、生徒会長専用の豪華な席に座っている人がにっこり笑ってこう言った。
「おかえりなさい、お兄ちゃんっ」
「…………」
何処から出しているのか、幼い少女を思わせる声で招き入れた更識会長はにんまりと実に楽しげ。拡げた扇子には『兄・妹・爆・誕』と書かれていた。
「どう、どう? 妹みたいだった?」
『良い声してるだろぉ?』
ちょっとした悪戯をやってのけた更識会長は感想を求めてくる。とても素敵な笑顔を浮かべて。
良い声はしてたと思うけど、何か違う気がする。ちなみにこれはミコトの感想ね。
「…………ええ、まぁ」
「えー、何か反応薄くない?」
「……こんなもんですよ」
反応したら大変な事になるって分かってるからですよ。だから俺は我慢するのです。
『お兄ちゃん、大好き!』
んんんっ! いきなりそういうの本当やめろ……!
更識会長とミコトの冗談に出鼻を挫かれたがとりあえず生徒会室に入る。するといつも一緒にいる布仏先輩の姿が見えない。
辺りを見回していたのを不審に見ていた更識会長だったが、俺が誰かを探しているのか分かったらしく、短く声を漏らすとこれまたにんまりと笑みを浮かべる。
「虚ちゃんなら自分の事で忙しくていないわよ」
「……そうですか」
ただでさえ優秀な人が多い整備科でもトップクラスにいる人だ。面倒見がいいから引く手数多だろうし、布仏先輩も三年生。今後の事で色々と忙しいのだろう。
「あらあらー。虚ちゃんの事、気になるの?」
「……いつもお世話になってますから」
「ふ、ふーん。そうなんだー……」
今回の件もそうだが、ラファールの改造や整備やらでいつも世話になっている。果ては左手の怪我の手当てまで。もう布仏先輩に足を向けて寝れそうにない。
そう応えると何故か更識会長はショックを受けたようで、僅かに頬をひくつかせて何もなさそうに装う。
「まぁ確かに虚ちゃんは紅茶淹れるのも上手いし?」
「……とても美味しかったです」
初めて紅茶で香りを楽しむというものを教えて貰った。葉も良い事ながら、それ以上に紅茶を淹れる布仏先輩の腕前が良いのは言うまでもない。
「そ、それに整備も得意だし?」
「……正直布仏先輩がいなければいつも途方に暮れています」
たまに近くで見させてもらうからこそ、その手際の良さが分かる。もし手伝ってくれなかったらと想像するだけで憂鬱だ。
「気配り上手だし……」
「……毎度感心しています」
更識会長を始めとして、周りの人に気配り出来るのは本当に凄いと思う。
一度どうしてそんなに出来るのかと聞いたらメイドの嗜みとの事。やっぱメイドさんってすげぇ。
「でもおねーさんだって頑張れば出来るもん!!」
「…………はぁ」
「うー……!」
急に何言ってんだこの人。
勢い良く立ち上がるなり、謎のアピールと共に低い唸り声で俺を睨み付けてくる更識会長。思わず気の抜けた声が出てしまう。
『あー……楯無は褒めて伸びるタイプだから褒めてあげて』
お、おう。良く分からんが分かった。やってみる。
何故褒めなくちゃいけないのかはさっぱりだが、とにかく更識会長を褒める事に。どうしてこうなった。
「……別に頑張らなくても、更識会長は頼りになる人だって俺は知ってますよ」
「……本当に?」
その言葉に俺を睨み付ける視線が若干弱くなる。そして怒りにも似た何かの代わりに疑るようなのも含まれるように。
今度はそれを解消しなくてはならない。
「……ええ。普段から気に掛けてますから」
「っ!」
布仏先輩と同じでいつもお世話になってるからね。ただまぁ、からかうのは程々にして欲しいけど。俺じゃなかったら恋しちゃうから。
「ふ、ふふっ。もっとおねーさんを頼ってもいいのよっ」
ミコトの言った通り、更識会長を褒めればさっきまでの雰囲気は何処へやら。今度は上機嫌で自信たっぷりに扇子を拡げる。そこには『どんとこい』と書かれていた。
「…………それで状況は?」
「あ、そ、そうね」
一向に始まらない報告。別に時間に追われている訳でもないが、不思議に思って訊ねた。妙な雰囲気になってきたので話題を変えるという意味も兼ねて。
すると更識会長も当初の目的を思い出したらしく、少しどもる。
「じゃあ立ち話もなんだし、座って座ってっ」
「……失礼します」
「どうぞっ」
言われて二人用のソファーに腰を下ろす。
更識会長は再び生徒会長専用の椅子に座った。豪華な椅子をくるりと一回転させてこちらと向き合えば、歌でも歌いそうなほど上機嫌のまま口を開いた。
「ま、といってもそんなに報告する事なんてないんだけどね」
「……そうなんですか?」
「ええ。報告するとすればこの前話した通り、かしら?」
今回の最終目的はシャルをデュノア社から引き離し、新しい国籍と戸籍を作る事だ。もう手を出さないという条件付きで。
今はデュノア社と話し合う上でこちらの要求が受け入れられるように地盤固めをしている最中らしい。
「……凄いですね」
「シャルロットちゃんが話してくれたおかげもあるけど、それより篠ノ之博士様々よ」
「……束さんが?」
「こっちが要求した情報をものの十分程度で調べてくれたわ。誤魔化すための架空の第三世代機の情報も付けてね」
準備している間、不審に思われないように偽の情報を掴ませて油断させる。
生半可な情報なら直ぐにバレてしまうかもしれないが、開発者直々の代物だ。下手をすればその後も誤魔化しきれるかもというレベルらしい。
「そんな訳で一つを除いてこの上なく上手くいってるわ」
「……一つを除いてって、何かあるんですか?」
話を聞く限りでは失敗なさそうだ。手こずっている様子さえ。
他に報告していない何かがあるのかと訊ねるとまた楽しそうに笑った。
「依頼人に良からぬ噂が立っている以外はね」
それかよ。もうそっちは放っておいてくれ。
「…………あと三週間ちょっとの辛抱ですから」
「おねーさんは直ぐに解決出来る方法知ってるんだけどなー」
「……何ですか?」
「じゃあ、問題ね。時間内に答えなさい」
そう言うと更識会長は立ち上がり、こちらへ近付いてくる。笑みを浮かべながらゆっくり近付いてくる様は小悪魔のようでもあった。
「ふぅ……」
深呼吸しながら近付く小悪魔は俺の前で止まると、僅かに染めた頬を隠そうともせず俺の膝の上に横抱きのように座る。両腕を俺の首に回し、後ろに体重を預けるようにして。
その細腕では辛いだろうから俺の右腕を背中に添えると、動かせるようになった右手で軽く鼻を突いてきた。
「はい、時間切れっ」
「…………何ですか、これは?」
「ふふっ、こ、た、え、よ」
「???」
肉体言語で示された答えに頭を悩ませていると、更識会長は今度こそ勿体振らずに答えを教えてくれた。
「おねーさんと……恋人にならない?」
「…………へ?」
『ふぁっ!?』
明るく教えられた答えは俺には到底理解出来ないものだった。俺だけじゃなく、ミコトからも変な声が飛び出してしまう。
「ほ、ほら、春人くんにちゃんと女の子の恋人が出来れば周りも違うって分かってくれるでしょ?」
確かに彼女が出来ればそんな噂も消えてなくなるかもしれない。しかもこれだけの美人が相手ともなれば更に話は早いだろう。
だがそれは同時にこの人に大きな迷惑を掛ける事になる。たとえ嘘でもこんなのと付き合っていたという経歴は誇れるものではない。
「…………いや、それでは更識会長に迷惑が掛かります」
「い、依頼人を守るのも大切な事よ」
だから断るもしつこく食い下がられる。あの更識会長が顔を赤くして恥ずかしそうにしているのは気のせいではない。
依頼人から依頼された事を遂行するだけでなく、依頼人を守るのも重要だとは分かっている。だが――――
「……すみません。やっぱり遠慮しておきます」
「……何でか訊いてもいい?」
もう一度断ると食い下がる事はなくなり、代わりに理由を訊ねられる。その表情は何処か暗く感じた。
「……まず依頼人は俺じゃなくてシャルです。守るなら向こうでしょう。それに――――」
「それに?」
今回の一件、どちらかと言えば依頼人はシャルで、俺は更識会長側だ。他の人達と違って何もしていないが。
だがそれよりももっと大きな理由がある。
「――――それにこんな見た目ですが、恋愛ものは好きなので。好きでもない男と付き合う女の子なんて見たくないんですよ」
「随分と乙女チックなのね」
「……何とでも、?」
空いている左手で軽くおどける仕草をすると頬を摘ままれて左右に引っ張られる。
引っ張っている犯人を見れば、そこには何故か怒っている更識会長が。眉をひそめてこちらを睨み付ける姿は整った顔と相俟って迫力が凄い。
「春人くん、いい? 私達生徒会だけじゃなく篠ノ之博士も、織斑先生も、山田先生もあなたのお願いだから協力してるのよ。それを忘れないで」
「……ひゃい」
有無を言わせない圧力に負けて返事をする。何とも間抜けな返事を。
「そ、それと……」
「……ん?」
「その、えっと……」
続けて何かを言おうとしたが途端に語気が弱くなる。頬から離れた両手を胸元でもじもじとしている様はこの人にしては珍しい光景だ。気になってついついじっと見てしまう。
「べ、別に――――」
「二人とも……何をしているんですか……?」
「あっ」
「…………」
言いかけたところで扉の方から声が掛けられる。振り向けばニコニコと素敵な笑みを浮かべている布仏先輩が。
横抱きという所謂お姫様抱っこしている状態では報告してましたなんて通るはずもなく、二人して滅茶苦茶怒られた。俺悪くないのに……。
「待て、櫻井春人」
「……ん」
更識会長からの報告も終えて廊下をぶらぶら歩いていると後ろから態々フルネームで呼ばれる。言われた通り立ち止まり、振り返ると長く綺麗な銀髪の妖精がいた。
「……ボーデヴィッヒか。何だ?」
「簡潔に言う。今度行われる学年別タッグトーナメント、私と組め」
「…………タッグ戦になったのか?」
「ああ、ついさっき発表された」
凡そ三週間後に全校生徒参加のISを使った学年別の模擬戦があるとは聞いていたが、タッグ戦になったらしい。
ボーデヴィッヒは真面目だから俺と違ってだらける事などなく、謹慎期間ならばと情報収集を頑張っているようだ。たまにアリーナで熱心に観ているとシャルが言っていた。
「…………何故俺なんだ。他にもいただろう」
「っ……!」
痛いところを突かれた。ボーデヴィッヒが言葉よりも苦い表情で物語る。
しまった。俺はなんて事を……!
これまでの学園生活でボーデヴィッヒが俺に近い存在だというのは分かっていた。俺は最近一人になれてないけど。
恐らくボーデヴィッヒは勇気を出して仲間である俺を助けに来てくれたんだ。だというのに……!
『何故俺なんだ。他にもいただろう(笑)』
回想ありがとうミコトちゃん!
くっそ、少し前の俺を殴りたい……!
「……祖国にいた時と比べて、他の専用機持ちのデータに大きな誤差が生じている。強くなっているという意味でだ」
ボーデヴィッヒが苦しい言い訳をしている。俺の配慮が足りない言葉のせいで。
「一番はセシリア・オルコットだ。以前のデータではレーザーを曲げるなんて出来なかったはずだ」
ここに来たばかりの頃は出来なかったのを考えると、確かにセシリアの成長は目覚ましいものがある。今では俺のサポートも必要ないのだから。
「仮に戦えば負けはしないだろうが苦戦は免れん。そこに他の専用機持ちが加われば勝つのは更に難しくなるだろう」
言いたい事は分かる。ボーデヴィッヒも俺とセシリアのペアに負けそうになったから、想像も容易いのかもしれない。
ただこいつは至極簡単な事を一つ忘れている。これはタッグ戦だからボーデヴィッヒにも味方がいる事を。
「そこでお前だ。櫻井春人」
『出番ですよ、春人さん』
何かいきなり俺出てきた。
「…………俺?」
「お前は私に勝っているし、実力的に申し分ない。セシリア・オルコットとのペアもなくせるしな」
「……なるほど」
余程この前の戦いがトラウマになっているのか、セシリアと組めないのを一つのメリットとしている。この前のはたまたまハマっただけで、基本弱いからデメリットしかないと思うが。
「それに教官が推薦したのもある」
「……織斑先生が?」
「ああ。強いし、何よりお前は矛盾していて面白いからだそうだ」
『勧められた一番の理由、面白いから』
それが一番ってどういう事なの……。ていうか矛盾してるって、えぇ……。
ま、まぁいいか。俺もパートナー探すの苦労するだろうし。ボーデヴィッヒも可哀想だし。
「……組むのは構わないが、途中で発狂しないか?」
「何故私が発狂するのだ?」
だって発狂する人と似てるし……。
「…………何となくだ」
「むぅ……良く分からないが、そんな心配は無用だ」
「……冗談だ。よろしく頼む」
俺からチーム結成の証として手を差し出すも、ボーデヴィッヒから手は伸ばされない。
代わりに右目で睨み付けて訴えてくる。お前も敵なのだと。これがこのチーム結成の証のようだ。
「握手などいらん。一時的に組むだけで、トーナメントが終わったら今度は貴様だ」
「…………そうか」
『ベジータ気取っていくぅ!』
何だこいつもツンデレの鑑かよ。箒といい、鈴といい、どうして一夏と関わりのある人ってツンデレ多いんだろ?
「……じゃあこれで――――」
「待て、何処へ行く」
話も終わったので立ち去ろうとしたら、再びボーデヴィッヒに呼び止められる。
「……もう用事はないだろう」
「教官からお前とペアになったらトーナメントまで一緒に行動しろと言われている。勝手に行こうとするな」
「…………何故そうなる」
「私にも分からん。だが教官がそういうなら何か意味あっての事だろう」
織斑先生が言ったから。盲目的とも言えるボーデヴィッヒの織斑先生信仰は何処か危うさすら感じる。
何の目的があって俺と行動しろと言っているのかは知らないが、無理に振り切る理由もない。少し様子を見てみよう。
「……これから食堂でデザートを食べる予定だ」
「ふむ、まぁいい。付き合ってやる」
そう言うとボーデヴィッヒは俺の少し後方を付いてくる。この距離がそのまんまチームである俺達に隔たる溝であるようだ。
食堂に着くと早速お目当てであるパフェを買うべく券売機へ。そのお値段は非常にリーズナブルだ。これも女性陣の訴えのおかげらしい。
操縦者保護のためとはいえ、外に出るのも申請が必要なIS学園生活。遊びたがりの女子生徒達が娯楽のない生活など我慢出来るはずもなく、食堂のデザート類の充実や敷地内に娯楽施設が誕生したのだ。しかも格安で。
俺には縁はないだろうが、カラオケとかもあるとの事。一度は行ってみたいものだ。
「……お願いします」
「はーい」
食券を渡せばあとは出来上がるのを待つだけ。デザートも美味いと評判らしいので今から楽しみだ。
と、その時券売機に並んでいたボーデヴィッヒが列から離れてこちらに近寄る。
「おい、何を買ったのだ?」
「……好きなものを買えばいいだろう」
「む? さっきも言っただろう。教官からお前と一緒に行動しろと言われているのだ」
首を傾げて何をおかしな事をとでも言いたげなボーデヴィッヒ。
いや、全く同じ行動しろとは言われてないと思うんですけど……。
「…………いちごパフェだ」
「分かった。いちごパフェだな? 買ってくる」
引き下がりそうにないので俺が何を買ったのか教えると、そそくさと列へ戻っていく。
何が悲しくてこんな大男がいちごパフェとかいう可愛いげのあるものを買ったと報告せねばならないんだ。
「ほう……美味いな」
「……そうだな」
いちごパフェを受け取ると人気の少ない席で向かい合って食べる事に。
ボーデヴィッヒにも意外と好評なようで、俺よりも食べるスピードが速い。咀嚼している度に和んだ雰囲気を出しているのも理由の一つだ。
さてさて、そうすれば味わって食べている俺よりもボーデヴィッヒの方が食べ終わるのは火を見るより明らかな訳で。
「櫻井春人。お前に聞きたい事がある」
食べ終えるとそれまで黙々と食べていたのが嘘のように話し掛けてきた。
「…………とりあえず口を拭け」
「むぐぐっ」
何となく重要な話の気もするが口の周りが生クリームとかで汚れている。真面目な表情もそれでは台無しだ。テーブルに置いてあったペーパーナプキンで強引に拭ってやる。
「んんっ! ……櫻井春人。お前に聞きたい事がある」
こいつ仕切り直しやがった。
「……何だ?」
「何故お前は私と戦った時、最後に情けを掛けたのだ? あのまま止めを刺すのも出来ただろう」
訊いてきたのは何とも物騒な内容だった。 謹慎の切っ掛けにもなった戦いで、最後のやり取りが気に入らないらしい。
「……言っただろう。武装を壊したからだ。そんなに不思議か?」
「甘いな。戦場ではその甘さが死に繋がる。実際、私はあの場で他にも武装があった」
なるほど、確かにそういう事ならそうかもしれない。だがそもそもの前提が間違っている。
「……ボーデヴィッヒ、ここは戦場ではない。だから無理に相手を戦闘不能にする必要なんてないんだ」
「それは、そうだが……」
「……それと情けは掛けるものだ。掛けなければ、それは情けじゃない」
「……むぅ。そっちは……良く分からないな……」
一つは理解してもらえたみたいだが、もう一つは今一のようだ。まぁ直ぐに分かってもらおうとも思ってないが。
「もう一つ、いいか?」
「……構わない」
「何故そんなに甘くいられる? お前は自分が扱っているのが何か分かっているのか?」
「…………どういう事だ?」
思わずどういう事か聞いちゃったけど、俺のパフェが一向に進まない件について。これで最後にしよう。うん。
「ISは兵器だ。誰かを傷付けて、誰かを殺せる兵器だ。お前も分かっているんだろう?」
悲しい事にISは今のところ戦場の切り札として見られている。ボーデヴィッヒの言う通り、今も世界の何処かで人を傷付けているかもしれない。
「…………そうだな。ISにそういった側面があるのは否定しない」
「っ、分かっていながら何故……!?」
「……あくまで側面。本質は人を空へと連れていってくれる翼だ」
立ち上がり、追及しようとするボーデヴィッヒを遮って話を続けた。
ただそんな事も出来るだけ。ただそれだけだ。そんなのは幾らでもあるだろう。
「……結局は使う人間次第だ。人を傷付け、人を殺せるかもしれないが、その逆に人の役に立って、人を助ける事も出来る。ISに限らず、銃でもナイフでもそれは一緒だ」
と昔読んだワイルドハーフって漫画で主人公の兄貴がそんな事言ってた気がする。懐かしい。
一人思い出に浸っているとボーデヴィッヒは難しそうな顔で俯いていた。重たそうに口が開かれる。
「違う。兵器は兵器だ。誰かを傷付ける事でしかその存在を示せない」
「……それはそういう使い方しか知らないだけだ」
「ふんっ。お前は知っているかもしれんが、私には分からん」
乱暴に座ると腕を組んで黙りこくってしまう。俺達の席から食器が奏でる涼しげな音だけが鳴り響く。
……気まずい。一人だったら気にしないのに、変に人がいると話をしなくてはと考えてしまう。何か話題振るか。
「……そういえばボーデヴィッヒは織斑先生とどうやって出会ったんだ?」
「む? ああ、教官は一年間だけ我が部隊に来てくださったのだ」
こいつでも反応しそうな織斑先生との話題を振ると、再び話し出した。さっきまでの薄暗い雰囲気など何処かに追いやって。
「……何をしに?」
「我が部隊はIS運用が主なのでな。世界最強と名高い教官は適任だろう」
「…………お前、軍人だったのか」
「む、言ってなかったか? 私はドイツ軍の少佐だぞ」
なるほど、こいつが織斑先生を教官と慕う理由も分かった。というかボーデヴィッヒが軍人で、しかも少佐だったとは。
「……何で織斑先生はドイツ軍に行ったんだ?」
「織斑一夏が拐われた時、その捜索に我がドイツ軍が支援したのだ。それに恩義を感じて一年間だけ教導しに、という訳だ」
何とも律儀な話……ん?
「…………一夏が誘拐されなかったらどうなっていたんだ?」
「教官が世界大会二連覇という偉業を成し遂げていただろうな!」
その時を想像してか、まるで自分の事のように喜ぶボーデヴィッヒ。得意気な顔が中々似合っている。
「…………ドイツ軍には?」
「む?」
「……そうなれば織斑先生はドイツ軍には行っていたのか?」
「そんなの……む?」
あくまで一夏を一緒に助け出そうとしてくれた事に恩義を感じて行っていたのなら、そもそも誘拐されなければそんな話など出なかったのでは?
最初は俺の言っている事が分からなかったのか、ただ首を傾げるのみ。だがシミュレートしてみて徐々に分かってきたらしく、やがて青い顔をしてこう呟いた。
「…………はっ」
あっ、こいつ今分かった感じだわ。
「むむむ……! 私は織斑一夏に誘拐されてありがとうと言うべきだったのか……!」
「……それはやめろ」
本人めっちゃ気にしてるから。
次回も?ラウラ回です。