IS学園での物語   作:トッポの人

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第19話

 早朝、前日にメンテをしなかったので更識会長との朝練をなくしてもらう代わりに思うところがあって久し振りに木刀を振っていた。

 

「ふっ……ふっ……!」

 

 以前お師匠様に教えられた通りの構えで素振りを行い、徐々に振る速度を上げていく。しかし、決して構えを乱してはいけない。

 もし乱せば千回目指して振るっているが、最初から数え直しと決めていた。

 この訓練は新たな日課にしようと思っている。

 

 というのも、俺のラファールはリミット解除すると装備がエクスカリパーのみになる。Fate風に言うと約束された不殺の剣となってしまう。

 

 ……カッコ良くなっちゃった。悪くないかも。でもやっぱり約束された勝利の剣の方がいい。まずは勝利すべき黄金の剣を抜くところから始めなきゃいけないな。

 

『無理無理、抜けないよ』

 

 何でそういう夢を壊すような事言うの? やってみなきゃ分からないじゃん。

 

『春人は岩に刺さってる伝説の剣抜こうとして、岩ごと持ち上げるタイプだから』

 

 ただのギャグじゃねぇか。でもその手があったか……。

 

 さて、話は逸れたが、リミット解除すればほぼ絶対にダメージが一しか与えられないので勝ち目がないに等しい。

 ならばどうするか?

 

「ふっ……!!」

 

 答えは直ぐに見つかった。手数を増やせばいい。一撃でダメなら、二撃。二撃でダメなら三撃と増やせばいいのだ。

 しかし、全力はたった一分しか出せない。そんな僅かな時間で勝負を決めるためには速さがいる。一呼吸で無数に切り裂く剣速が。

 

『燕返しは?』

 

 同時に三つの斬撃とかまず無理だし。それに三発だからな、シールドエネルギーが五〇〇とかある相手にはきつすぎる。一度に二桁は斬れるようになりたいのだ。

 

『ふむふむ、なら特訓あるのみだね! さっき九五回までやってたからそこから!』

 《Restart》

 

 やるのはいいけど、何かその機械音声邪悪だな。まぁ、いいか。

 

 何処がゴールで、今自分はどれくらい近付いているのかも分からないがやる価値はある。

 提示された回数を振るうべく木刀を構え直し、振り下ろした。少しでも見えないゴールに近付くため。

 

 九六、九七、九八、九九…………二〇〇。

 

『おう、待てい』

 

 す、すみません。真面目にやります。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……忘れ物はないか?」

「う、うん……」

 

 部屋を一緒に出た簪に確認を取れば、俺が責任を持って鍵を掛けた。

 校舎へと歩き出そうとすれば不意に簪から恥ずかしそうにおずおずと手が差し出される。顔を見れば頬を薄く朱に染めてモジモジとしていた。

 

「……どうした?」

「あの、えっと……」

「……?」

 

 みるみる赤くなっていく簪。頬を染める程度だったのが、気付けば耳まで真っ赤になっている。

 分からず首を傾げていると、ゆっくりと訳を説明し出した。

 

「その、昨日倒れるように寝てたから……またそんな事があったら大変だから……手、繋ご?」

『ほほう、そう来ましたか……』

 

 何がどう来たんだ……。

 

 確かに昨日は部屋に着くなり、着替えるのも忘れて倒れるように寝ていた。声を掛けてくれた簪を無視して。もしまたそんな事があったら大変だと手を繋いで、支えると言っているらしい。

 真面目に考えれば男の俺を華奢な簪が支えられるはずがないのだが、その目は真剣そのもの。元からの性分に加えて断るにはかなり忍びなかった。

 

「……ああ、分かった。よろしくお願いする」

「っ、うん!」

 

 差し出された小さな手に俺の左手を重ねれば、まるで大切なものを扱うかのように優しく握られる。

 俺からも握り返してやれば簪から笑顔が溢れた。

 

「春人の手、大きいね」

「……そうか?」

「うんっ。それに暖かい」

「……そうか」

 

 そんな些細な事が分かって喜んでいるのか、簪は手を繋いでから凄く上機嫌だ。今も元気良く頷いて、これでもかと嬉しさをアピールしてくる。

 

 向けてくる笑顔に内心ほっこりしていると進行方向に人影が現れた。ドレスのように改造された制服には一人しか心当たりがない。

 

「おはようございます。春人さ、っ!?」

「……セシリア?」

 

 予想通りの人物の登場だが、何故かこちらを見て驚いている。

 何か言いたげに口をパクパクさせながら、ゆっくりと指した先には繋がれた俺達の手。

 

「は、春人さん? そ、それは一体……?」

「ふっ……」

 

 何で手を繋いでいるのかと説明を求めるセシリアに対し、何故か勝ち誇った笑みを浮かべる簪。

 未だにワナワナと震える指先を向けるセシリアへ説明する事に。説明するのは面倒だけど、これはちゃんと言っておかないとまずい気がした。

 

「――――という事なんだ」

「さ、支えているだけでしたか……驚かさないでくださいな」

 

 下手くそながらも訳を話すと心から安堵したような深い溜め息がセシリアの口から出た。一体何を想像していたのか聞きたいところだが、こちらも気になる。

 

「むぅぅぅ……」

 

 横に目を向ければむっちりと頬を膨らませた簪。セシリアの『だけ』という言葉にやたら不満そうなご様子だ。

 もっと言うと俺が違うと説明し出した頃からのような気もする。説明の仕方が悪かったのか。

 

「それよりも昨日はそんなに体調が悪かったのですか……?」

「……単に疲れていただけだ。寝れば治る」

 

 精神的にな!

 セクハラで訴えられたらどうしようかと不安でしょうがなかったよ!

 

「昨日も言いましたが、ちゃんと言ってくださいね」

「……すまない」

「それと――――」

 

 また言わなかった事を咎められるとそそくさと俺の右横に移動し、

 

「わたくしも支えますわっ」

「っ!?」

「…………」

 

 そっと腕を俺の右腕に絡ませてきた。簪の顔が不満そうなものから驚愕のものへと一気に変わる。

 変わったのはそれだけではない。何かを感じ取り、俺のお腹の具合も変わり始めていた。

 

 えぇ……? 何でぇ……?

 

「な、何でセシリアも?」

「あら、支えるのでしたら一人よりも二人の方がいいでしょう?」

「むむむ……!」

 

 ――――すみません、全然良くないです。どうしてこうなった。

 

 至極もっともな事を口にして得意気な顔のセシリアとそれに対して言い返せない簪。

 腹に押し寄せるじくじくとした痛みに悶絶していると、ふと頭に素朴な疑問が浮かび上がる。

 

「……その、支えてくれるのが目的なら態々腕を取る必要はないのでは?」

「あ、ありますわっ!」

「腕を取っていれば、つまり春人と身体を密着させていれば、春人の体調不良にもいち早く気付ける。これによって何かが起きてからではなく、何かが起きる前に春人の異変に気付けるからこれは最適」

「……そうなのか」

 

 さっきまでいがみ合っていたのに、俺が提案すれば急に息の合った二人からの必要との一声。近くにいればいいだけだと思うのだがそうではないらしい。

 こんなに饒舌に、捲し立てるように話す簪は初めて見るが、そう言うのならそうなんだろう。

 

 ていうか、そもそも体調悪くないからしなくていいんだけど言わない方がいいんだろうな。どうですかね?

 

『言ったらお説教でした』

 

 やっぱりね。知ってた。

 

 その後、美少女二人に挟まれながら何とか教室に到着。漸く離れてくれた二人に礼を言って席に座った。

 するといつものように布仏が鼻歌でも歌いそうな底抜けに明るい雰囲気で歩み寄る。おまけでスキップしていてもおかしくない。

 

「おはよう、はるるん、セッシー!」

「……ああ、おはよう」

「おはようございます、本音さん」

 

 長い袖に隠された右手を勢い良く上げると元気良く挨拶。

 そしてそのままこちらに来たであろう、これまたいつもの用件を切り出した。

 

「はるるん、お菓子ちょーだい!」

「……まだ朝だ。後にしろ」

「えー!?」

 

 授業開始前だというのにお菓子をねだってくる布仏に今は渡さないと言うと、形の良い眉を八の字に曲げ不満を露にする。

 しかし、それも直ぐにいつものにこやかな表情に戻ると何処かの悪役みたいな笑いを始めた。

 

「ふっふっふっー、こんな事もあろうかと今回は秘策があるのだー」

 

 ぅん? 秘策?

 

 すると布仏は俺に向かってに袖越しに指を差し、ゆっくりと指先を回し始めた。まるで暗示をかけるように。

 

「はるるんはお菓子をあげたくなーる……あげたくなーる……」

「…………」

「ほ、本音さん?」

「あげたくなーる……あげたくなーる……あげたくなった?」

「……いや、別に」

「あれー?」

 

 俺の言葉に不思議そうに首を傾げる布仏。どうやら誤算だったようだ。

 

 ていうか、まさか……秘策ってこれなのか?

 こんな釣りに引っ掛かる俺ではないわ!

 

『くっ!? こんなの釣られ、クマー!』

 

 釣られてるじゃないですか、やだー!

 

「おーっす」

「おはよう。いきなりで悪いが本音はどうしたのだ?」

「あげたくなーる……あげたくなーる……」

 

 織斑と箒がこちらへ来れば、再度必死に俺に暗示をかけようとしている布仏の姿。こんな不思議な光景、気にならないはずがない。

 

「……お菓子が欲しいらしい」

「「あー……」」

 

 たった一言で状況を理解したらしく、何とも言えない声が重なった。何て事はない、いつもの光景だ。

 

「織斑くん、織斑くん。今週のクラス対抗戦の情報収集成果ー!」

「おお、ありがとう!」

「専用機持ちは他に四組がそうみたいだけど、まだ未完成で対抗戦までに完成するのは無理みたい」

「他のクラスは専用機持ちじゃないみたいだから結構楽勝かも?」

「いや、でも専用機持ってても俺素人だしなぁ……」

 

 謙遜する織斑に大丈夫、大丈夫とクラスメイトがおだてる。他のクラスはどうか分からないが、四組は簪が代表みたいだし、手強いのは間違いない。

 その時だった。

 

「――――その情報古いよ」

「っ!!」

「一夏?」

「あげたくなーる……あげたくなーる……」

 

 盛り上がるクラスに一石が投じられた。

 声の主は教室の扉に腕を組んで寄り掛かるようにしており、何処か勝ち誇った表情。その声を聞くなり織斑が勢い良く振り返る。

 織斑のその姿は幼馴染の箒でさえも珍しいらしく、釣られて声の方へと視線を向けた。

 

 ていうか布仏はそのおまじないをやめなさい。今そんな雰囲気じゃないから。あとでお菓子あげるから。

 あれ? むしろ何で今まであげなかったんだろ? あげるべきなのに。

 

『効果抜ギュンじゃないですか、やだー!』

 

 釣られてしまったクマ……。

 

「り、鈴!? 何でここに!?」

『彼女は鈴ではない』

「久し振りね、一夏。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 本人じゃねぇか。

 それにしても二人は知り合いだったのか。織斑くん友人関係グローバル過ぎ。

 あと何故だろう、あの子からツンデレの気配がする。ツンデレカルタを読ませたら右に出るものはいないと、私の勘がそう告げている。

 

『奇遇ですな。私もです』

 

 やはりか。箒といい、この子といい、織斑くんはやたらツンデレと縁があるようですね。うらやま。その内、勘違いしないでよね! とか言いそう。

 

「い、いつからこっち来てたんだ? 連絡してくれれば……」

「昨日の夕方よ」

「でも会うなら早い方がいいだろ? 昨日の内だったらゆっくり話せたのに」

「べ、別にいいじゃない、こうして今日会ったんだし。でも勘違いしないでよね! 一夏と話すために来た訳じゃないんだから!」

『言ったぁぁぁ! 中国の鈴選手、言いました!』

 

 この子も織斑の事好きなのか。ていうか再会して即言うとかツンデレの鑑かよ……。ありがたや、ありがたや。

 

「わ、分かってるよ」

 

 ……あれ? 気のせいか? 何か若干織斑が気落ちしたような……。

 

「い、一夏? い、今のはその……」

「おい」

 

 それは凰も気付いたらしく、声を掛けるも背後からタイムアップを知らせる一声。

 授業開始を知らせる役としてはある意味でこれ以上適した人はいない。その証拠にクラスメイトはそそくさと自分の席へと戻っていく。立ち尽くす一夏と箒を除いて。

 

「何――――ひぃ!?」

「凰、さっさとクラスに戻れ。二度は言わんぞ」

「は、はいっ!」

「織斑、篠ノ之も席に着け」

「「はい」」

 

 突然やってきた凰も織斑先生には敵わないようだ。脱兎の如く逃げ出した凰を織斑が、そしてその織斑を箒が寂しそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《あなたに楽しい一時をお届け!》

 《ISがくえーん、レーイディオー!》

『見たい、聴きたい、歌いタイ!』

 

 やたら語呂がいいけど、何のキャッチフレーズなんだそれ?

 

 お昼時の食堂に響く陽気な声はこの学園の、食事時のみに放送されているラジオ番組だ。

 基本的にスタッフも有志の学生でやっているというもので、音楽を流したり、お便りを読んだりしている。

 

 《まずはお便りのコーナーから! このコーナーではリスナーさんのお話何でも聞いちゃいます! 二年生、三年生は勿論。今年入ったばかりの一年生も遠慮せず送ってきてね!》

 《じゃあ早速読んでいきましょう! ラジオネーム、あっ間違えた。レイディオネーム!》

 《相変わらず発音いいなー》

 

 テンション高いなぁ。

 

 まぁ俺がこうしてラジオに意識を向けているのには訳がある。少しだけ意識を目の前に向けると

 

「私は篠ノ之箒だ。箒と呼んでくれ。よろしく頼む」

「私は凰鈴音。鈴でいいわよ」

「……負けん」

「……絶対勝つ」

「何の話だ?」

 

 食事始める前から織斑を巡って既に火花散らしてる件について。しかもやはり織斑は分かっていない。箒だけでなく、凰も一夏の事が好きなのに。

 分かってしまった俺からすれば、笑顔を浮かべながら箒と凰がやりあっている様は非常に胃にくるものがある。何故こんな時に限って日替わりがハンバーグなんだ。

 

『伯邑考……』

 

 おう、トラウマやめろ。

 

「どうしましょうか」

「私達お邪魔虫みたい……」

「……ここは俺だけでいい。あっちに席が空いて――――」

「「いや(です)」」

 

 一緒のテーブルに座るセシリアと簪の言う通り、これは困った状況である。居づらくてしょうがない。

 しかし、箒に手伝いをすると言った手前やめる事は出来ないが、二人を無理に手伝わせる必要もなかった。言ったらあっさり拒否されたけど。何でやねん。

 

「ふーん……」

「……何だ?」

 

 いつの間にか話を終えて凰が俺をじっと見ていた。品定めでもするように。気になって声を掛けても、ひたすら見ているだけ。

 漸く口を開いたかと思えばニカッと笑い、少なくとも俺には良く分からない事を口にした。

 

「噂ってのも当てになんないもんねぇ」

「……?」

「あんた、何となく一夏とおんなじ感じがするわ」

 

 俺が織斑と? 全然違うだろ。

 あいつ俺と違ってイケメンだし、リア充だし……くそっ、虚しくなってきた。

 

「はぁ、何で一夏にコンプレックス持ってんのよ」

「へ? 春人が? 俺に?」

「「「???」」」

『えっ、凄い……凄くない?』

 

 下らないと言いたげな凰の確信を突いた言葉にドキリとさせられた。

 引き合いに出された織斑は勿論、このテーブルに座っている他の皆が何を言っているのか分からないと首を傾げる。

 

 な、何だ? この子、布仏以上に正確に心を読んできたぞ?

 

「そうなんですの?」

「…………別にそんな事はない」

「らしいけど……鈴、本当か?」

「ま、そういう事にしとくわ」

 

 こちらが否定しても凰には全てがお見通しだと丼を持ち上げてラーメンのスープを飲む。

 ある程度飲んだところで丼を置いた。

 

「さっきも言ったけど、私の事は鈴でいいわ。春人って呼んでいい?」

「……それでいい。よろしく頼む、鈴」

「よろしく、春人」

「なぁ、そういえば何で俺だけまだ苗字で呼ばれてるんだ?」

「……さぁな」

「誤魔化さないでそろそろ名前で呼んでくれよ……」

 

 極々簡単に紹介を済ませると、今度は織斑が俺に話し掛けてきた。未だに苗字で呼ばれてるのが気になるらしい。何だかんだで一月経つし、当然と言えば当然か。

 

 いや、それにしても本当に何でなんだろう。自分の事だが見当もつかん。

 

「鈴は分かる?」

「ん? 何で一夏の事名前で呼ばないの?」

「……何でだろうな」

「んー……」

 

 簪が先程的確に心を読んできたと思われる鈴に訊ねる。ラーメンを食べる手を止めて問い掛ける鈴。

 やはりこんなに見られるのはちょっと苦手だなとか考えた瞬間、鈴は視線を外してまたラーメンを食べ始めた。

 それが分かったのだと判断した織斑が早速答えを聞こうとする。

 

「わ、分かったのか?」

「分かんない」

「そうか。まぁ……仕方ないな」

 

 あっけらかんと言い放つ鈴。残念そうに呟いた箒にああ、と声を漏らし補足が始まった。

 

「違う、違う。こいつ自身が分かってないから分かんないのよ」

「どういう事だ?」

「そのまんまよ。少なくとも態とやってる訳じゃないみたい」

 

 えっ、完璧じゃん。完璧に俺の心読んでるじゃん。こわっ。これが中国四千年の歴史ですか?

 

 鈴の読心術にどきまぎしながら食事を終えた。織斑巡っての三角関係で波乱が起きそうです。

 

 

 


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