超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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黒白魔法使いの起源のおはなし。

「ほれ、ついたぜ。ここが私の家だ」

「うわ……」

「なんだその微妙な反応は」

 

 魔理沙に案内され間もなくたどりついた場所は、まるで住んでいる人物の性格が目に見えるような敷地だった。

 いや、家自体に変なところはない。雑草や蔦が多少建物に絡んではいるにせよ、普通の洋風の建物だ。

 問題なのは家の周囲にガラクタのように散らかっている、というか実際にガラクタな廃物(ゴミ)の数々。幻想郷ではまず見ない独特かつ歪な形状や材質の物体ばかりだが、どうも金属製のもの、要は鉄くずが多い。また転がっている廃物のほとんどが外の世界出典のものだということは一目見ればわかった。

 家の外がこの様子では家の中は……。

 フランの呆れた視線をよそに、魔理沙は雨から逃れんためにさっさと玄関へ足を進めていた。フランもこんな流水の真っ只中にはできるだけいたくない。早く追いかけようと一歩踏み出すと、つま先になにかが当たった感触がある。

 見下ろすと空き缶と一緒に看板が横になって放置されていた。

 

「えーっと、なになに……『なんかします 霧雨魔法店』」

 

 なんかってなんだ。

 

「おーいフラン、どうした? 来ないのか?」

「ん、すぐ行く」

 

 家の扉を開けて手招きしていた魔理沙のもとへ駆け寄ると、一緒に中に入った。

 魔理沙の家の中は大方の予想通り、大分散らかっている。文字通り足の踏み場もない。家の外ほど大きく邪魔なものは転がっていないが、その分小さなものでいっぱいだった。本が乱雑に積み上げられていたり、あいかわらず鉄くずがたくさんあったり、というか挙げ出したら正直きりがない。

 雲が出ているせいで月の光が弱く、窓から差し込む光なんかではよく見渡せなかった。いろんなものにつまづきかけたりしたが、魔理沙が行灯を点灯させてからようやくまともに動けるようになる。もう少し遅かったら魔法で火でも生み出していたところだ。

 

「よいしょっと。ふぃー、これで一息つけるな」

 

 魔理沙が、ずっと脇に抱えていた物体を空いている場所へ置いた。

 

「それ、なに?」

「あん? あぁ、すごいだろ? 私の新しいコレクションだぜ」

 

 これまでずっと持っていた、抱きしめられる程度の大きさをしたうさぎのぬいぐるみを自慢げに見せつけてくる。長い耳がふわふわと愛らしく、触ってみたら気持ちよさそうだ。

 話してる間に魔理沙に手渡されたタオルで服や体についた水滴を軽く拭き取りながら、コレクションねぇ、と魔理沙の顔をじっと見つめた。

 

「こんなの拾ってきて喜ぶだなんて、もしかして魔理沙って意外と少女趣味?」

「あー? あー、違う違う。私は珍しいものに目がないんだよ。ほら、今日って十六夜だろ?」

「そのぬいぐるみと十六夜になにか関係でもあるの?」

「あるある、おおありだぜ。十六夜ってのはな、月の力が一番強い満月が少しだけ欠けた日のことだ。だからその破片が地上に落ちてくるんだよ。さっきまでそれを探してたんだ」

「ふーん。で、そのぬいぐるみが月から落ちてきたものねぇ……外の世界から流れて来たものとの間違いじゃないの?」

 

 幻想郷はいわゆる箱庭、隔離された世界であり、その文明は科学が大きく発展する前の時代のものが保たれ続けている。妖怪とは人間の恐怖から生まれた存在であるため、人間が妖怪を恐れる心がなければ存在できないからだ。

 外の世界とはつまり、科学が発展し、妖怪の実在を信じなくなった幻想郷の外に大きく広がる地上のすべてを指す。幻想郷にはそんな外の世界から忘れ去られた物や人が流れついてくることがままある、らしい。

 なにぶんフランは幻想郷に来る前も来てからもほとんどずっと引きこもっていた関係上、そこまで詳しくはない。少し前――妖怪基準――までは紅魔館は外の世界にあったから外の道具のことは多少知っているけれど。

 魔理沙はぬいぐるみに向けられるフランの疑いの視線も特に気にした様子はなかった。

 

「どうかな。ま、どちらにしろ珍しいことに変わりはない。本当は月の石でも拾えればよかったんだけど、あれ結構なレア物だからな。そうそう拾えるもんでもなし」

「石? 魔法の研究にでも使いたいの?」

「ああ。満月の直後に落ちてくる石だから、結構な月の魔力がこもってるんだ。もっと欲を言うと月なんかより流れ星(天龍の鱗)の破片の方が欲しいんだが……」

「なんで?」

「決まってるぜ。月の魔力よりも、星の神秘の方に私の興味があるからだ。特に流れ星な」

 

 魔理沙とは初めて会った時に半ば強制気味に少しだけ遊んでもらったことがあるが、そういえば彼女が用いるスペルカード――いわゆる必殺技――には星や光をイメージしたものが多かった記憶がある。

 あの時はまだ館を出歩きすらしておらず地下室に引きこもりっぱなしだったから、単に初めて見る人間というものが新鮮なだけだった。だけど今なら少し魔理沙のことを理解できる気がする。こいしと一緒に星の湖を鑑賞した、今のフランなら。

 

「っていうか私のことなんて今はどうでもいいんだよ。今はそれよりお前になにがあったのかを聞かせてくれ。なにもないならいいけど、そうじゃないんだろ?」

 

 魔理沙が適当に座るスペースを作ってくれたので、もうかぶっている必要がない借りていた三角帽子を取りながら、そこに腰を下ろす。魔理沙も対面の積み上げられた本の上によいしょっと座り込んだ。

 自分になにがあったのか。ほんの一時間もしないほど前の出来事だ。鮮明に思い出せる。

 ぎゅっ、と帽子をにぎる手に無意識のうちに力がこもった。

 

「話さないと、ダメかしら」

「いんや。私にだって話したくないことの一つや二つはある。無理には聞かんさ。気にはなるけども」

「……大丈夫よ。ちゃんと話す。ちょっとごねてみただけ」

 

 一度息をつく。落ちつくことを意識しながら語らないと、またすぐに感情的になってしまいそうな予感があった。

 

「お姉さまと、口喧嘩をしたの。私が内緒で外出してたことで」

「え、内緒で外出? お前普通に外に出てたのか?」

「言ってなかったっけ?」

「私が聞いたのはお前が外に出たいって思ってることくらいだ。もうすでに外に出てたなんて聞いてないぜ」

「そうだっけ。どっちでもいいけど。とにかく、私が内緒で外に行ってたことがばれて……それで言い合いになったのよ。どうして言いつけをやぶったのか、って」

「ふーん。それで嫌気が差して飛び出してきたってわけか。お前レミリアのことあんまよく思ってなかったみたいだしな、自分のこと否定されりゃそりゃ家出くらいするか」

「……別にそういうわけじゃないけど」

 

 レミリアのことをよく思っていない。なんだかそれは少しだけ、違う気がした。

 突然のことすぎて自分でも自分の気持ちが、まだちょっとよくわかっていないけれど。

 

「お姉さまは私が外に出てたことに本気で怒ってた。外に出ちゃいけないっていうのは冗談でも約束なんかでもないって。言いわけは許さない、って。それが……それが、ほんっとうにむしゃくしゃしたっ。あいつは、お姉さまはっ、私のたった一人の肉親のくせに、私のことなんて少しも……!」

「ど、どうどうどうどうっ。ちょ、ちょっと落ちついてくれ」

「あ……えっと、ごめん」

「いや、いいんだけどさ。あんま興奮して暴れたりとかはしないでくれ。ガラクタばっかなのは見ての通りだけど、一応貴重なものもあるからな」

 

 暴れるつもりなんて欠片もないが、感情が爆発してしまえばどうなるかわかったものではない。ただでさえ情緒不安定なのだ。魔理沙の言いぶんにはこくりと素直に頷いた。

 そんな皮肉もないやけにおとなしいフランに調子を崩されているのか、魔理沙は気まずそうに視線を右往左往とさせている。

 

「まぁ、なんだ。少しだけだが、お前の気持ちはわからないでもないよ。私が一人でここに住んでるのは家を出てきたからだからな」

「……魔理沙はなんで家を出たの?」

「あー……言い出しておいてなんだが、あんま自分の話をするのは好きじゃないんだ」

「私は我慢して話したのに自分は話してくれないんだ」

 

 フランにできうる限り精一杯のジト目を披露する。フランはそんなことをやられたところで話したくないことを話そうとは思わないが、人間というものは実に単純かつ愚かだ。フランのように小さな子どもの姿をした女の子にそんな目で見られ続けると話さないではいられなくなってしまうらしい。

 

「な、なんだよ。そんな責めるような目で見るなよ……う、うぅー……あーもうっ! わかったよ! 話せばいいんだろっ。けど、少しだけだからな」

 

 魔理沙の頬がわずかに赤らんでいる。どうやら一丁前に恥ずかしがっているらしい。

 魔理沙はしばらく「うーん」とか「あー」とか話をするまでの時間を長引かせてフランが撤回しないか期待していたようだったけれど、無駄である。そんな気はさらさらなかった。

 早くして、とフランが視線で催促するに至って、ようやく彼女は観念したらしい。大きく肩をすくめ、これ見よがしにため息までついた。

 

「そうだな……私は決められたレールの上を歩かされるのがあんまり好きじゃなくてな」

 

 そっぽを向き、フランとは視線を合わさない。変に内心を探られるのが嫌なのだろう。

 

「自分で乗っかることにしたんなら大して気にもしないし、そこはかとなく誘導されたにしても、その中での選択は結局は全部自分で決めたことだ。特に気にもしない。ただ、私の意思を無視して誰かに強制されるってのは心底嫌だね」

「奇遇ね。私も同じ気持ち」

「気が合うな。それでまぁ、私は里にある霧雨店ってところの一人娘をやってたんだ。人間ってのは妖怪と違って大変でな、毎日生きていくのに精一杯なんだよ。そんなに自由なんてない。私も産まれた時から生きる道は決められてたよ。店を継いで、結婚でもして、あとはそのまま死んでくだけの人生を」

「そうは言うけど、人間なんてそれだけできればじゅうぶん幸せなんじゃないの? 里の人間って滅多に妖怪に食われたりしないんでしょう? 普通はいつ食われてもおかしくないんだから天寿をまっとうできればそれでいいじゃん。決められたレールの上を歩くのは楽だとも聞くし。私はそんなつまんない生き方嫌だけど」

「私も嫌だよそんなの。どんなことも自分で決めて生きていきたい。親への反発心からか知らないけど、昔からずっとそう思ってきた。今もそれだけは変わらん」

「ふーん。それで魔理沙は家を出てきたの? 敷かれてたレールが嫌だから?」

「まぁそれもあるけど、一番は私が魔法使いになろうとすることを受け入れてもらえなかったからだな。私は誰かに決められた人生だけじゃなくて、妖怪の恐怖に束縛される人生も嫌だと思ったんだ。力が欲しかったんだよ。けどうちの元親は頑固なやつでなぁ……人間が妖怪の術に魅入られるなど言語道断だとかなんだとか、いろいろ言われたよ」

「それで家出したのね」

「ああ。私が飛び出しただけじゃなくて、あっちからも勘当されてる。もう戻ることはないだろうよ。その気もさらさらない。さ、私の話は以上だぜ」

 

 これで終わりだ、とばかりに手をひらひらとさせて口を閉じる。もうこれ以上は語らないことの意思表示だろう。

 質問すれば、魔理沙はきっと渋る。それでもどうにも一つだけ聞いておきたいことがあった。普段なら気にもしない。けれど今のフランは無性に一つのことが気にかかっている。

 

「魔理沙は、虚しくなかったの?」

「あん? 虚しい? なにがだ?」

「家を出て、これまで当たり前みたいに一緒にいた肉親と別れて」

「あー……それ、答えなきゃダメか」

「お願い、魔理沙」

「……はぁ。わかったよ。それ以上の質問は受けつけないからな」

 

 じっと見つめて懇願するフラン。しかたがない、と魔理沙は頭をかく。

 

「まぁ、虚しいだとか寂しいだとか、そういう気持ちはあんまりなかったかな。元からあんまり仲がよくなかったし、せいせいした……ってわけではないけど、少なくとも後悔はしなかった。あのままあの家にいたら、私の生きたいように生きることなんて絶対できなかったってのも大きい」

「後悔はない……そうなんだ」

「……で、そういうお前はどうなんだ? フラン」

 

 なにかを責めるでもなく、なにかを諭すでもなく。ただ確認するように問いかけてくる。

 

「どう、って?」

「私とお前は案外似た者同士だ。家出したのもそうだし、たぶん人生観も割と近いんじゃないか? お前は人じゃなくて妖怪だが。それに私の魔法は破壊が得意だし、確かお前の能力だって破壊だろ?」

「あと髪もおんなじ金色だしね」

「あー、言われてみれば。意外と共通点あるな……とにかく、私たちは割と似た者同士、だけど当然だが別人だ。私は家を出たことに後悔なんてないけど、フラン、お前はどうなんだ? 本当に私とただ似てるだけなのか、それともお前は私と同じなのか」

「……そうね」

 

 思い起こす。レミリアとの思い出を。

 フランは基本的にはずっと一人きりだった。それは自分で望んだことだ。だから後悔はない。

 けれど、そんな自分以外との余計な接触を嫌ったフランを見捨てず、唯一温かく接し続けてくれたのが彼女だった。

 初めはそのことをどう感じたのか、もはやよく覚えていない。けれどなんとなく、煩わしく感じていたんじゃないかと思う。

 きっとそれがずっと続いてきて、今のフランが、姉に対してつっけんどんな態度を取り続けるフランがある。

 だけどいつからだったか。他人との面倒な関係を拒絶し続けるフランにとって、そんな彼女の存在が当たり前のようになったのは。

 いや、ようにじゃない。当たり前だったんだ。レミリアはフランの姉で、フランはレミリアの妹。その事実が、初めてできた誰かとの繋がりとしてフランの中に芽吹いていた。

 姉のことが好きかと聞かれれば、口を閉じるだろう。

 けれど姉のことが嫌いなのかと言われれば、フランは否定をする。

 レミリアとフランは決して仲の悪い姉妹なんかじゃなかった。

 

「私は魔理沙とは似ているだけよ。私は私、魔理沙は魔理沙」

 

 別に魔理沙には説教だとか叱責だとか、そういうつもりは一切ないんだろう。

 これはきっと彼女なりの気遣いなんだ。

 生まれた時から敷かれていた幸せのレールを捨てて、自分のために生きると決めた一人の自分勝手な人間の、不器用な心配の言葉。

 今の道をこのまま進んでいいのか。後悔していないのか。

 今の状況が自分で決めたやりたいことなのか。

 本当にこれで、魔理沙のように喧嘩別れしたままでいいと本心から思っているのか。

 そんなこと、決まっている。

 

「私はまだ、お姉さまに自分の気持ちを伝え切ってないから」

 

 どうして内緒で外出なんかしていたのか。この先どうしていきたいのか。それを許してくれるのか。

 レミリアは、フランのことをどう思っているのか。まだ彼女の口からきちんと聞いていない。

 

「ちゃんと全部伝える。伝えて……それからまた決めるわ。あれだけ啖呵切っておいて無様に館に戻るか、魔理沙みたいに本当にお姉さまと縁を切るか……もっとも、お姉さまがもう一度話す機会をくれたらの話だけれど」

 

 もう二度と会うことはないとまで言ってきてしまっていた。会ってもらえなくてもしかたがないとは思う。

 

「そうか。ま、お前がそれでいいなら別に構わないんだがな」

「なにか含んだような言い方ね」

「いや、別になんて答えられようが今みたいに応えるつもりだったし。ぶっちゃけどうだっていいからな。それがお前の本当にやりたいことだって言うんなら」

 

 っていうかいい加減帽子返してくれ、と手を出してこられる。

 しばらく考えた後に、もう一度自分でかぶってみることにした。

 雨で湿っていて、ちょっと気持ち悪い。

 魔理沙がずいぶんと不満そうにしていたが、そんな反応がおかしくて、こちらは逆に口元に笑みが浮かんでくる。

 さっきまでずっと落ち込んでいたのに、今は少しだけ心の中が晴れたような気分だった。

 

「いろいろありがとね、魔理沙。そういうわけだからこの帽子、記念にもらっていい?」

「どういうわけだ。ダメに決まってるだろ」

「わっ、くれるのねっ。しかも二つ返事! ありがとう、魔理沙ならそう言ってくれると思ってたわ!」

「聞けよ」

 

 その後は、雨があがるまでひたすらじゃれ合っていた。

 雨がやんだのは結構後のことで、あと一時間もしないうちに太陽が顔を出すくらいの時間になるまでやまなかった。

 だけどこれでこの夜の間にもう一度だけ、レミリアのもとへ会いに戻ることができる。

 どんな対応をされようとも、どんな結果になろうとも。会うことができたのなら今度こそ自分の気持ちをきちんと伝える。

 その思いを胸に、雨があがるまでの暇つぶしに付き合わされた眠そうな半眼の魔理沙の見送りを受け、フランは紅魔館へ向かって飛び立った。

 ちなみに帽子はねだりにねだりまくったらしぶしぶもらうことができた。レミリアとの再対話の結果がどうなるにせよ、これからずっとこの帽子はフランの宝物の一つになることだろう。




・決められたレールの上を歩くのは楽だ
→いつか天魔の黒ウサギより。この世のすべてが預言によって決められている中で、わざわざそれに逆らおうとする相手に対し暴走状態の主人公がそう主張した。

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