超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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魔法使いにこんさるてーしょんするおはなし。

 フランは当主の妹ということで、紅魔館の中ではレミリアに次いで尊ばれてはいるものの、同時に腫れ物であり壊れ物のような扱いも受けていた。

 というのも、一番の理由にフランは情緒が不安定で周りからは非常に機嫌がうかがいづらいことにある。いつ怒り出すか、なにをされるかわからない。悪魔は自分勝手な者が多いためただでさえ煙たがられやすいのだが、その中でもとりわけ強大な力を保有する吸血鬼が情緒不安定ともなれば、妖精やホブゴブリンといった下級の種族にとってはそれだけでじゅうぶんな恐怖の対象になる。それがたとえ仕える立場にある者だろうとも。

 実際には、フランはそう簡単に身内へ危害を加えるほどにまで危険な性格はしていない。情緒不安定なことは事実だが、そこまで見境がなければ館の中を歩くことをレミリアに許可されてはいない。

 フランは、館の中をふらふらしているだけであれば、ちょっとばかり思考回路が常人とは異なり(あたまがおかしく)、興味がないことはとことんどうでもいいと考えがちな、引きこもり気味の幼い――とは言っても五〇〇年近くの時は生きている――一人の少女でしかない。能力の制御が甘いせいで意図せず物を壊してしまうことなどはままあるものの、その破壊が身内に向いたことはない。やっていいことと悪いことの最低限の分別くらいは一応わきまえていた。

 もちろん、そんなフランの内面をそれなりに理解してくれている者も、数は少ないにせよいるにはいる。姉のレミリアもその一人だ。

 そしてそんなフランの理解者の一人でありながら、けれどレミリアはフランの外出を認めていない。

 

「――――そういうわけで、ひ弱で貧弱で聡明に愚かな人間の魔法使いであるあなたに頼みがあって来たのよ」

 

 地下室(フランの部屋)。フランドール・スカーレットことフランは今、一人の少女と向き合っている。

 いかにも魔法使いと言った円錐の三角帽と黒い洋服、それから白いエプロンが特徴的な服装を纏う、十代前半ほどの体格をした少女。

 ちなみにフランは五〇〇年近くの時を生きているものの、一〇歳に届くかどうかという程度の体格でしかない。必然的に少しだけ見上げる形になる。これは、フランだけでなく妖怪や神などの幻想の生き物に共通する特徴だ。明確な寿命が存在しない彼女たちは年齢と外見が比例しない。フランと同程度の見た目の少女がフランよりはるかに長生きなこともあれば、その逆の例も多々存在する。

 フランは、館から出ることは滅多にない。ただ、別に知り合いが館の中にしかいないわけではない。こいし以外にも顔見知りは二人ほど存在する。ちょうど今フランの前で不満そうに自らの金髪の先をくるくるといじっている彼女が、ちょうどそうだった。

 人間の魔法使い、霧雨魔理沙。

 魔理沙は紅魔館の図書館に保管されている本を狙ってたびたび侵入してくることがあり――館内では割と公認の事実――、稀に廊下ですれ違うこともある。普段は特に会話を交わさないが、今回は話が別だった。

 魔理沙は「はぁー……」と大きくため息をつくと、あいかわらず不満げに口の先を尖らせた。

 

「なーにがそういうわけだ。そもそもお前が来たんじゃない、私が捕まったんだ。不意打ちでな。人さらいだぜこれ」

「だって、私が声をかけたら逃げるでしょ?」

「そりゃまぁ、なにされるかわかんないし……って、あ、べ、べべ別にそんなことはないぜ? 声をかけられておいて逃げるなんてするわけないって、はっはっは」

「あら。だったらあなたの方から来ようが私の方から捕まえようが、どっちだっておんなじことじゃないかしら。どちらにしたってどうせこうやって顔を合わせることになるんだから」

「あー、こう、なんだ。モチベって言うのか? そういうのがな」

「モチベーションね。よく知ってたわねぇ、そんな単語。幻想郷生まれの田舎者のくせして」

「本に書いてあったんだよ。ここの」

 

 元々、紅魔館は西洋に建っていた。それを館ごと幻想郷(東洋のどこかにある山奥)に持ってきたため、幻想郷の人間には読めないような本が数多く保管されていた。

 ここの図書館にある本には魔導書が多く、だからこそ魔理沙もよく借り(盗み)に来る。とは言え、魔導書というものは常人が読める言語では書かれていない。魔理沙が読んだ本というのは、単に幻想郷の外で書かれただけの普通の本のことだろう。

 魔理沙は再び息をつくと、観念したようにじっとフランに視線を合わせた。

 

「で、そんな海外知らずの田舎者に結局なんの用なんだよ。そういうわけだとか突然言われても私は覚妖怪じゃ(心なんて読め)ないんだ。ちゃんとわかるよう説明してくれ」

「うーん。頼みというか、相談があるのよ。この館の関係者じゃないあなたにしかできない相談が」

「なんだ、自分をまともな感性に戻してくれっていうカウンセリングか? それならもっと適任なやつがいるから紹介してやるぞ。仏僧だけどな」

「ふぅん。ねぇ魔理沙。思うんだけど、皆が私と同じように狂っちゃったらさ、それはもう正気(まとも)ってことなんじゃないかな。だからまずは魔理沙から実験台にしてみようかなって今思いついたんだけどー」

「わ、わかったわかった! ちゃんと聞くっ、聞くって! だから物騒なことをしようとするのはやめてくれ!」

「わかればいいのよ」

 

 吸血鬼にとって本来人間とは食料でしかない。魔理沙は魔法使いとして妖怪を退けるすべを持ってはいるものの、相手が悪すぎる。本気で殺し合うとなれば魔理沙に勝ち目はない。もっとも、幻想郷の妖怪たちの間にはむやみに人間を襲ってはいけないというルールがあるため、実際にフランが魔理沙を食べたりすることはできない。

 それに、魔理沙は数少ないフランの遊び相手――避けられがちではあるものの――の一人だ。元々脅しは冗談半分でしかなかった。魔理沙からしてみればまるでシャレにならないのだが。

 

「で……相談ってのはいったいなんなんだ。言っておくが、大したことは答えられないからな」

 

 まだなにも話していないのに、魔理沙はもうすでにげっそりと疲れたような顔をしている。大変そうだなー。他人事のように思う。

 

「実はね。私、お姉さまに認めさせたいと思ってて」

「姉というとレミリアのことか。認めさせるって、なにを?」

「この私が自由にお外で遊ぶことを」

 

 どこからか、うげっ、とずいぶん嫌そうに呻く声がした。

 だからにこーっと満面の笑みを浮かべてみる。

 

「魔理沙ー? なにか今失礼な声が聞こえたようなー」

「い、いやぁ、私にはなんのことかわからないなー。な、なにかの聞き間違いじゃないか?」

「ふーん。ま、いいけどね、別に」

 

 フランはこれまでレミリアの手によっておよそ五〇〇年もの間、地下室に幽閉されてきた。とは言ってもそれは半ば以上フラン自身が望んだことでもある。毎日なにもせず、ただひたすらにのんびりと自由に、怠惰に悠久を生き続ける。めんどうなことも嫌なこともなく、誰と関わる必要もない。自分の心を正気などという枠に収める必要もない一人ですべてが完結する甘美な平穏。

 レミリアはただ、フランが望んだそんな平和な生活を邪魔しないようにと配慮しただけだ。幽閉はしょせん体裁でしかない。事実フランが行動範囲を地下から館の内部全体に広げた際には特に咎められることもなく、レミリアは地下室への幽閉の名目を簡単に解き放った。

 けれど未だ、勝手な外出だけは許されていない。

 

「私は自由にお外を歩けるようになりたいの。私があいつに外出が禁止されてるのは魔理沙も知っているでしょう? あれをどうにかできないかと思って」

「あー……確認なんだが、あいつってレミリアのことだよな?」

「そうよ。他に誰がいるっていうの?」

「いや知ってたけどさ、ただの確認だよ。さっきまでお姉さまって呼んでたろ」

「あぁ。別にいいのよ、あんなのなんて呼んだって」

「……なんていうか、不憫だなぁ、あいつ」

 

 魔理沙は憐れむように、上、一階の方向を見上げていた。

 

「しっかし、なんだ。外出禁止の言いつけをどうにかする、ねぇ。言っちゃなんだが、そんなのお前が本気になれば楽勝なんじゃないか?」

「お姉さまなんて倒して私が紅魔館の主になればいいってこと? さすがに思考が乱暴すぎない?」

「いや欠片も言ってないからなそんなこと。第一お前ら吸血鬼に本気で喧嘩なんてされたら異変レベルだ。しゃれにならん。頼むからそれだけは絶対やめてくれ」

「しないわよ。で、結局どういうことなの?」

 

 続きを急かすと、落ちつけと言わんばかりに魔理沙は指を一本立てた。

 

「順を追って話すぞ。まずレミリア妹、お前が外に出ようとしたのが誰かにバレる。するとどうなる?」

「フランでいいわよ。お姉さまかパチュリー、咲夜辺りの誰かにでも話がいって、雨を降らされるわ」

「ならフラン、その雨は誰が降らせてる?」

「……パチュリーね」

 

 レミリアの親友で紅魔館の居候、生粋の魔法使いパチュリー・ノーレッジ。そして人間でありながらメイド長を務める十六夜咲夜。この二人は館の中でもレミリアやフランに次いで高い地位にいる。

 地下室に監禁されていた関係で咲夜とはごく最近初めて顔を合わせたばかりなので、正直フランは彼女のことをあまりよく知らない。ただ、パチュリーは話が別だ。

 あくまで種族は人間のまま職業として魔法使いを名乗っている魔理沙とは違い、パチュリーは種族そのものが生まれながらの魔法使いになる。要は妖怪の一種だ。捨虫の魔法――魔法使いは通常の妖怪と違って寿命が存在し、これを用いた段階で寿命がなくなる――を習得済みで、確か一〇〇歳ほどだと聞いたことがある。

 フランがそれなりに魔法に通じていることもあり、パチュリーとは以前から少しだけ面識があった。

 パチュリーは七つの属性を操る精霊魔法を得意とする魔法使いだ。そのうちの力の一つ、水の属性を用いれば自在に雨を降らすことさえ可能とする。紅魔館周辺に雨が降らないようになっているのも彼女の力である。

 

「なら、外出する時にはパチュリーを倒していけばいい。そうすれば外は晴れるし、レミリアを倒すよりはるかに楽勝だろ? 元々が雨だったらどうにもならんが、そういう時に出かけられないのはレミリアも一緒だ」

「うーん、まぁ、それはそうなんだけど」

「なんだ? なにか問題でもあるのか?」

「問題もなにも、出かけるたびに誰かを手にかけるようなのはちょっと、なんていうか……めんどくさくない?」

「さすがはフラン、略してさすフラ。心が痛いとか言うかと思ったらこれだぜ」

「それにそもそも私はそういう力任せのやり方じゃなくて、もっと穏便な方法を望んでたつもりだったのよ。お姉さまを口任せに誑かせるような」

「うーむむ。そんなこと言われても……だってレミリアだろ? あいつを説得とかまともにできる気がしないんだよなぁ」

 

 そもそも魔理沙の提案は穴だらけだ。なによりもパチュリーを倒して外に出ることを繰り返していけば、今度はレミリアに本当の意味で地下室へと幽閉されてしまう。そうなっては外で遊ぶどころの話じゃない。それならばこれまで何度か行っているように、こいしの手を借りてこっそり外で遊ぶ方がはるかに安全だ。

 フランが最近よく外に出ていることはこいしの能力と、紅魔館が広くフランを探しづらいおかげでばれていない。このまま続けても感づかれるとも思わない。だけどフランは自分の意思で外に出られるようになりたかった。

 外になんて、興味はない。取るに足らない虫けらども(妖精妖怪神霊その他諸々)が跋扈し、太陽やら流水やら吸血鬼にとって面倒な現象がたくさん転がっていて、きっとただただひどく居心地が悪いだけ。

 そう思ってきた。あの十六夜の夜中、こいしと一緒に紅魔館の前にある湖を訪れるまでは。

 こいしが来ることを待つだけじゃない。自分から会いに行きたい。ばれにくい夜だけじゃなくて、苦手な昼間だって出歩きたい。もっともっと、いっぱい外のことを知りたい。

 こいしと会って一緒に遊ぶたびに、どんどんその気持ちが強くなっていく。

 胸の前でぎゅっと手を握り込むフランの前で、むむむと悩んでいた魔理沙がふと、顔を上げた。

 

「なぁ。そういえばお前ってなんでレミリアに外出禁止令なんて出されてるんだっけ?」

「はぁ? 今更?」

「確認だよ確認。もしかしたら私が知ってる理由と違うかもしれないだろ?」

「……私が情緒不安定で、なにをしでかすかわからないから、ですって」

 

 レミリアは多少はフランのことをわかってくれている。けれどしょせん多少。フランはほとんどの時間を地下室で、たった一人で生きてきた。その心の奥底でいつもなにを考えているのか、レミリアは知らない。

 身内には危害を加えなくても、それ以外はどうか。いたずらに危険なことを、騒ぎを起こしたりしないか。

 

「本当、煮えくり返る思いだわ。自分が迷惑をかぶりたくないからって、私が勝手なことをしたせいで恥ずかしい思いをしたくないからって。姉のくせに、家族のくせに、たった一人の妹のことも信じられないの? 運命が読めるだとかなんだとかデタラメばっかり。中身子どものくせしていつもいつも大人ぶって、いつもいつもあいつは、お姉さまは……!」

「あー、その辺にしてくれ。お前らの関係に口を出すつもりはないけど、とりあえずもう一つ確認だ。フラン、お前はもうレミリアに自分が外に出たいって話したのか?」

「……まだ。だって、そんなことしたら私が外に出ようとしてることがばれて、監視がつくじゃない」

「それは断られた時の話だろ?」

「断られるわよ。だってあいつは言ったわ。私が地下室を出た時、家の中を歩き回るようになった時、『家の中ならどこに行ってもいいけど、絶対外には出ちゃダメよ』って」

「……うーむ。ならフラン、悪いが、もう私にできることはないな」

「え?」

 

 思わず、すがるような目線を向けてしまっていたらしい。魔理沙は少しだけ気まずそうに視線をそらした。

 

「まぁ、なんだ。お前が外に出たがってることを説明せず穏便にレミリアを説得するなんてのは無理だ。私じゃなくたってさすがにな」

「それは、そうかもしれないけど」

「別にお前を手伝えないって言ってるわけじゃない。一度引き受けた相談だ。私にできることはしてやるさ。だけど、今のままじゃ私からはなにもできないんだよ。穏便に済ませたいならなおさらな。わかるだろ? お前の意思をレミリアに伝えてくれてからじゃないと下手に動けないって」

「だって、そうやってもし断られちゃったら……」

「う、うぐ……そんな捨てられた犬とか猫みたいな目を向けないでくれ。無理なものは無理なんだ。何度も言うようだけど、断られるにせよなんにせよ、お前が外に出たいってことを先にレミリアに伝えようとしてくれない限りはさ」

「うぅー……」

 

 もちろん、わかっていた。それでも魔理沙なら、フランが認めた人間である彼女ならなにかいい方法を提示してくれるのではという淡い期待があった。

 魔理沙の言うことはもっともで、当たり前だ。フランが外に出たがっていることを話さない限り、レミリアを説得することなどできはしない。

 けれどそれをして、もしも断られたら。今はフランに目が向けられていないから問題ないが、そうなればたとえこいしの力があろうとも、こっそりとした外出もばれるようになる。それはダメだ。

 ゆえにレミリアに本当のことを話すわけにはいかない。だからそうなれば当然、自由に外に出てもいいように彼女を説き伏せることもできない。

 外に出たいのなら現状を、こいしの力を借りて静かな夜にこっそりと短時間だけ家を抜ける日々を続けるしかない。

 

「……わかった。もう相談はいいわ。聞いてくれてありがと、魔理沙」

「ああ。力になれなくて悪いな。けど、もし気が変わったらまた声でもかけてくれ。その時は今度こそ全力で手伝ってやるよ」

「初めはすっごく嫌そうにしてたじゃん」

「人間ってのはずる賢いもんさ。お前みたいな強力な妖怪に恩を売っておくのも悪くないかと考え直したんだよ」

「そんなことしたってなんにも出ないわよ?」

「いやいや、例えば私がここの図書館に本をこっそり借りに行って見つかると大抵攻撃されるからな。それをお前に取ってきてもらうという手もある」

「物を盗むのにその家の住人の力を借りるのってどうなのかしら」

「盗んでるんじゃない、借りてるんだ。私が死ぬまでの数十年程度な」

 

 魔理沙は最後にフランの頭をぽんぽんと軽く撫でて、ひらひらと手を振りながら去って行った。

 レミリアに自分の思いを話す気は一切ない。だから今は我慢して、もっと別の方法を探るべきなのかもしれない。

 どうにかして堂々と外に出られるようになりたい。その気持ちが消えることはなかった。




・さすがはフラン、略してさすフラ
→魔法科高校の劣等生より。さすがはお兄様です。さすがですお兄様。さすがお兄様。さすおに。

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