超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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念願の魔道具を身に纏うおはなし。

「霖之助さんって霊夢と魔理沙とはいつくらいからの付き合いなの?」

 

 香霖堂。先日紅魔館を訪れた菫子からサンスクリーン剤と写真を頂戴し、香霖堂で霖之助にマジックアイテム作成の依頼をして、数日後。フランは現在、作ってもらったマジックアイテムの最終調整に付き合っていた。

 いるのはフランと霖之助だけで、今日はこいしはいない。

 調整と言ってもマジックアイテムが未完成というわけではない。霖之助が作ったマジックアイテムは、ケープの体をなしている。ケープ、つまりは上着だ。赤を主体として白いラインが入ったそれは、フランの普段着ともよくマッチしている。要はそのサイズ調整だ。

 一度身に纏ってみて、少し大きかったので、今はその調整中。店内を見回りながら、フランは霖之助に雑談を投げてみた。

 

「子どもの頃からだね。あぁ、霊夢と魔理沙が子どもの頃からって意味だよ。半人半妖の僕の寿命は人間よりもはるかに長いから」

「子どもの頃の霊夢と魔理沙かぁ。さぞやわがままだったと予想してみるんだけど、どうかしら?」

「あぁ、まぁ、今とさして変わらないよ。好き勝手僕の持ち物を漁ったり、ツケでなにもかも済ませようとしたり……」

「大変だったのね」

「今も大変だよ」

 

 霖之助がついたため息には、相当な苦労が滲んでいるように感じた。

 

「僕は昔、魔理沙の実家の道具屋で修行をさせてもらっていたんだ。魔理沙とはその時からの付き合いになるかな」

「魔理沙の実家……魔理沙は魔法使いになるのが認めてもらえなくて家を出たって言ってたけど」

「あれ、珍しいな。魔理沙が自分のことを誰かに話すなんて。まぁ、そうだよ。それの間接的な原因は僕にもあってね……いや、その辺はいいか。とにかく、魔理沙は実家にいた頃から今と大して変わらなかったよ。まぁ、ご両親の前では『だわ』とか『かしら』とか女性らしい言葉遣いをしてたけど」

「え、そうなの?」

「仮にも大手の道具屋の一人娘だったから、その辺結構厳しかったんだ。今の彼女の言葉遣いはその反動でもあるんだろう。今のしゃべり方の方が魔理沙らしいけどね」

「へぇー……じゃあ、霊夢は? 霊夢とはいつ出会ったの?」

 

 魔理沙の昔話。本人は絶対に聞かせてくれないだろう。そしてそれはきっと霊夢も同じだ。

 人の秘密を盗み聞きしているようなどきどきとした心持ちで、霖之助に霊夢のことも問いかけてみる。

 

「霊夢とは、まだ先代の巫女が生きていた時代に博麗神社で会ったね。わがままだったのに変わりはないけど、当時は結構無口な性格だったんだよ、霊夢は」

「え、あの霊夢が?」

「うん。独特の価値観のせいで周りとうまく馴染めてなくてね、いつも一人だったみたいだ。だからかどうかはわからないけど、神社に行くと僕によく付き纏ってきて……その過程で霊夢は魔理沙と初めて顔を合わせたんだったかな」

「霊夢と魔理沙の出会い……」

「最初は魔理沙が突っかかって、霊夢があしらって、そこをさらに魔理沙が強引に手を引いて……って感じだったよ。僕には霊夢は終始めんどくさそうにしてたようにしか見えなかったけど、先代の巫女はそんな二人の様子を微笑ましそうに見守ってたね」

「魔理沙って結構やんちゃだったのね。や、今も結構奔放だけど」

 

 霊夢があまりしゃべらない性格だったというのは少し驚きだ。魔理沙と付き合っていくうちに口数が増えたのだろうか。

 

「でも僕も、今なら少し先代の気持ちもわかる気がするよ」

「先代の気持ち?」

「霊夢は、魔理沙と会わなかったとしてもきっと今みたいに博麗の巫女であり続けただろうけど、たぶんそれだと彼女は一人だったんじゃないかと思うんだ。今みたいに多くの人間や妖怪を引きつけたりしないんじゃないか、ってね。霊夢ならそれでもいいって言い切ってみせるだろうけど……でもやっぱり、はたから見るぶんには賑やかでいてもらいたいものだ」

「……それが、先代の気持ち?」

「実際のところはどうかわからないけど、それが僕の見解だよ。要は僕は霊夢と魔理沙を引き合わせるために先代に利用されたってことさ。そして、先代がいない今も変わらず彼女たちに付き合わされ続けている。きっと彼女たちが死ぬまで、いや、死んだって終わらない関係なんだろうな、これは」

 

 困ったものだ、と苦笑する霖之助。かなり苦労していることは本音だろうが、そこに嫌悪のような感情は窺えない。きっと、こういう関係こそを腐れ縁と呼ぶのであろう。

 

「さて、調整はこんなものか。一度、これを着て外に出てみてくれるかい? 着心地と、それからしばらく太陽に当てた後に異常がないかどうかをチェックして、それでこのマジックアイテムは完成だ」

「うん。わかった」

 

 ケープを纏い、霖之助に言われるがまま外に出る。

 店の影で一度立ち止まって、大きく深呼吸をしてから、意を決して一歩を踏み出した。

 ケープはただの上着だ。頭や、丈の届かない手先、スカートから覗く足は露出している。

 けれど、それらが灰になることはなかった。せいぜいがサウナの中にいる程度の感覚で済んでいる。これはかなり驚くべきことだ。

 

「どうだい?」

「悪くないわ。完全に無効化できてるってわけじゃないけど……反射光は全然気にならないくらいにはよくできてる」

 

 サウナほど暑いとなると、無理をしても数十分の活動が限界になってくる。だけど日差しの下でそれだけの時間を自由に動き回れる事実は、吸血鬼にとっては革新と言ってもいいような事実だ。

 

「材料を少し妥協してしまったから。僕の腕でも完全に無効化できるようには作れなかった。すまないね」

「なに言ってるのよ。これだけできればじゅうぶんだわ」

「そう言ってもらえると助かるよ。まぁでも、一応できる限りの対策は施してあるよ。そのケープ、フードがついているだろう? それをかぶれば頭は直射日光から守れるから大分楽になるはずだ」

「ん、試してみる」

 

 普段かぶっている帽子を外すと、霖之助が言っていた通り、フードで頭を覆ってみる。するとどうだろう。さきほどまでサウナのように暑苦しかった空気が室内にいるかのように和らいだのを感じた。もちろん、手先や膝の辺りは露出しているのであいかわらずちょっと暑い気がするが、それだけなら耐えられないほどではない。これなら何時間だって外にいられる。

 予想していた以上の出来に、フランの頬が嬉しさで緩んだ。正直フランは、無効化できると言っても灰にならない程度でめちゃくちゃ暑いだろうと侮っていたのだ。

 なにせ、吸血鬼という種族すべてに付き纏う絶対的な弱点の一つなのだ。いつも紅魔館でいろんな魔法の本を読み漁っているパチュリーにだって直接的に無効にする方法がわからないというほど。

 それを、霖之助は完全にとは言わないまでもちょっと暑い程度に済ませるマジックアイテムを作ってみせた。それだけで彼のマジックアイテムの製作技術が相当であることが窺える。霖之助ほどの腕ならば、フランに作ってくれたケープだけでなく、きっと山一つ吹き飛ばすくらいのマジックアイテムなら簡単に作れるに違いない。

 

「霖之助さんってすごいのね。見直したわ」

「気に入ってもらえたようでなによりだ。ただ、その代わりと言ってはなんだが一つお願いがあるんだけど……いいかな」

「お願い? これだけすごい魔道具を作ってもらったんだもの。ちょっとしたお遣いとか雑用くらいなら別に構わないわよ」

「いや、そういうんじゃないよ。僕がしたいのは、いわば口止めだ。そのマジックアイテムを僕が作ったことを他の吸血鬼には知らせないでほしい。それが僕の願いだ」

 

 他の吸血鬼。フランが知っているのはレミリアだけだが、彼女だけではなく吸血鬼という種族を表現に用いた以上、これから出会うかもしれないすべての同種族に適用される約束であることに疑いはない。

 霊夢や魔理沙、菫子なんかは手がかり探しや材料集めに関わったので、霖之助がフランのためにマジックアイテムを作ったことを知っている。しかしパチュリーやレミリアにはこのことはまだ話していない。口止めはまだじゅうぶん間に合う範囲だ。

 

「それくらいなら別にいいけど、どうして? このマジックアイテムは相当便利だし、売り出せば日光が苦手な種族の人たちならこぞって買ってくれると思うわよ?」

「それが嫌なんだよ。幻想郷のパワーバランスを崩しかねないし、なにより僕の本業は古道具屋であって魔道具製作じゃない。今回は特別だ。君が魔理沙の紹介だということと、僕が見た限り、君は幻想郷をどうこうするようなつもりは一切ないように見えた。だから特別に作ってあげたんだ」

 

 いや、私一応幻想郷を超本気で支配しようとする妹同盟の一員なんだけど。なんてフランは思ったが、そんなこと言える空気ではなかったのでお口をチャック。

 それに、超本気であって本気ではないので大した問題にはならないだろう。仮によしんばあるいは支配者になったとしても、そんな地位をほったらかしにして遊び呆けるこいしとフランの姿が目に浮かぶ。

 

「サンスクリーン剤が欲しかっただけじゃなかったのね」

「いや、欲しかったよ。僕は外の世界の道具ならなんでも見てみたいからね。とにかくそういうわけで口止めをお願いしたいんだが、いいかな」

「もちろん。霖之助さんが作ってくれたことを知ってる人たちにも話を通して、そうね。その辺の野良神さまが作ってくれたということにでもしておこうかしら」

「野良神さまって……まぁ、僕が作ったことがばれないならなんでもいいが」

 

 空を見上げれば、爛々と輝きを放つ太陽の勇姿が目に映る。直射日光が目に当たっているせいで、ものすごく、それこそお湯の中で目を開けているかのように熱さを感じているが、然りと日の光を直視することができた。

 普通なら光を浴びたそばから灰になってしまうから、視界なんて即座に封じられてしまう。太陽を見つめることができた吸血鬼は、もしや自分が初なのではないか? そう思うと、なんだか言いようのない小さな優越感が心を満たす。

 他の吸血鬼に、それこそ姉であるレミリアも見たことがないだろう、晴天の景色。青い空、白い雲、そして輝く太陽。人間にとってはありふれた陳腐なものかもしれない。だけどフランにとってはこの上なく珍しく、新鮮味があるものだった。

 フランにつられたように霖之助も空を見上げては、わずかに頬を緩める。引きこもりの店主でも、雨の日よりは晴れている日の方が好きのようだ。

 

「それにしても……もうすぐ夏も終わりか。夏だと店内が暑苦しいから僕としては助かるけど」

「今年の夏はかなり長かった気がするわねぇ。こいしと会ったのは初夏のはずなのに、もっとずっと昔に会ったような気さえするわ」

「ふむ、かなり仲がよかったように見えたけれど、まだ数か月程度の付き合いだったのか。それはまた、相当相性がよかったんだろうね。僕には友達と呼べるような人はいないから、少し羨まし……くもないな。やっぱり一人の方が落ちつく」

 

 小さくため息をついた霖之助が想像したのは、おそらく付き合いが長いだろう霊夢や魔理沙たちだ。彼女たちがもしも霖之助と同年代だったとしても、厄介事ばかり持ち込んでくるのが目に見えている。それでは今と大して変わらない。

 フランもかつては一人の方が好きだった。いや、今も嫌いというわけではない。そうではないけれど、こいしと一緒にいろんなところに足を運んだり、一緒に授業を受けたり、のんびりしたり。そういう時間もなかなかいいものだと思えてきている。

 

「そういえば、近々里で夏祭りがあるって耳に挟んだけれど、君は参加するつもりなのかい?」

 

 少し外で太陽に当ててみている際の世間話として霖之助が選んだだろう話題に、フランはこてんと首を傾げた。

 

「夏祭り?」

「ああ。魔理沙は知らないが、霊夢は屋台を出すってずいぶん張り切ってたね。彼女の本業は巫女のはずなんだが……」

「それ、霖之助さんは行かないの?」

「あいにく、僕は人ごみが少し苦手なものでね。花見なんかも大勢でするよりも一人でする方が好きだったりする」

「ま、わからないでもないわね」

 

 夏祭り。一人でなら絶対に行かないところだけど、こいしと一緒に出歩くことを考えると、途端に面白そうに思えてくるから不思議だ。

 この時点でフランの中にはもう行かないという選択肢はなかった。一応こいしにも確認するが、彼女ならまず間違いなくオーケーの返事をしてくれる。

 夏の終わりがけの祭りごと。こいしと一緒に謳歌するそれは、きっと他のどんな遊びよりも楽しいものに違いない。

 

「ねぇねぇ霖之助さん、夏祭りっていったいどんなことをやるの? 私箱入りだったからその辺詳しくなくて」

「そう特別なことはやらないよ。里をいつもより少し豪華に飾り付けしたり、屋台を出したり、能楽みたいな出し物をやったり踊りをしたりってところさ。いつもなら収穫祭みたいな面も兼ねてるんだけど、今回はただのどんちゃん騒ぎって感じらしいね」

「へえっ。それでそれで?」

「それでって言われても……あとは行ってからのお楽しみにでもしたらどうだい?」

「えー、今すぐ知りたい」

「さっきも言ったけど一人でいることの方が好きだから、僕はそういうことはあんまり詳しくないんだ。悪いね。そんなに知りたいなら他の人に聞いてみてくれ」

「むぅ……」

 

 不満げに口を尖らせるフランだったが、知らない相手にいくら駄々をこねたって意味はない。フランも早々に諦めた。

 

「さて、そろそろいいだろう。もう中には入ろう。一回ケープを脱いでくれるかい? 最後に点検をして、大丈夫そうならそれで依頼は完了だ」

「はーい」

 

 霖之助に誘われるがまま香霖堂の中に入る。

 結局、マジックアイテムには特に不具合もなく、そのままフランに譲渡された。行く時には使っていた日傘も帰りでは必要なく、ぞんぶんに太陽の下を飛び回って帰ることができた。

 もしもレミリアがこれの存在を知れば喉から手が出るほど欲しがるだろうが、霖之助の約束を違えるつもりはない。姉にはせいぜいこれでもかというほど羨ましがってもらうとしよう。

 霊夢と魔理沙の昔話を聞けたことと、マジックアイテムの完成、今後にあるという夏祭りのこと。いろいろなことが重なって、その日一日、フランは上機嫌で過ごすことができたのだった。


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