超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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おやつ作りに励むおはなし。

 昼間でも外を出歩ける方法を求めて奔走した日々は終わり、あとは菫子が日焼け止めをもってくれることを待って、霖之助にマジックアイテムの作成を頼むのみとなった。憂いは晴れ、わずかな達成感と、こいしとともにもっと幅広く遊べるようになる時が待ち遠しい、そわそわとした気持ちでいることが多い。

 最近、子どもらしい快活な笑顔が増えたとレミリアに言われたりもした。彼女にしてみれば妹を思う素直な感想なのかもしれないが、それに関してはフランは不満を感じていたりする。フランは自分が子どもでも構わない、むしろ好き勝手できる子ども万歳と思ってはいるが、あの大人ぶりたいだけの正真正銘お子さまに言われるのだけは正直我慢ならないのである。

 なにはともあれ、今日も今日とて幻想郷は平和だ。もう夏も終盤間近とは言え、未だ終わっていない暑い日差しの下を妖精たちが飛び回り、セミの鳴き声は止むことを知らない。昔のフランはああいう鬱陶しくてうるさい環境は大の嫌いであったが、どこかのハイパーマイペース少女とい続けた影響だろうか。今はそこまで不快感を覚えることはない。

 霖之助がマジックアイテムを作ってくれてからは昼間でも外を出歩くつもりではあるけれど、博麗神社に足を運んだ時の一件もあって、太陽の下を歩き回るのはさすがに懲りた。やはり吸血鬼は吸血鬼らしく、太陽が出ている間は館の中で引きこもっているべきなのだ。

 そういうわけで、今日のフランはこいしとともに館の中の探検に興じていた。最近、昼間でも起きていることが当たり前のようになってきている気がする。

 フランからすれば自分の家の中なんて特に目新しいものでもないが、こいしと出会う以前はふらふら館内のそこらを出歩いたりして暇つぶしをしていたこともあって、家の中だけでの散歩も嫌いではない。

 こいしも未だ飽きず探検を繰り返しては迷っているのでフランと同じ気持ちか、あるいはそれ以上なのだろう。今にも鼻歌を歌い出しそうな上機嫌さでフランの少し前を歩いている。というか実際歌い出した。

 紅魔館の内部は咲夜が持つ『時を操る程度の能力』によって拡張されている。時を操るとは、つまり空間をも支配することにほかならない。例を上げるとするならば、時間を止めて移動をして解除すれば、それは瞬間移動と同様の結果をもたらすこととなる。要はどう応用するかが重要であり、咲夜が持つ能力は単純な強さだけでなく、そういう部分でも破格の性能を誇る。

 ただ物を壊すことしかできないフランの能力とは違う。力の大きさの優劣だけで言えばフランの方が上回っているかもしれないが、応用という観点で見ればフランのそれは発展性が皆無なのだ。フランのもたらす破壊は物体の『目』を突くことによって実現する。それは問答無用の現象であるがゆえに、ちょっとだけ、もしくは狙った場所だけを壊す、と言った器用なことはできない。

 羨ましいと思う気持ちは否定できない。もしもフランに時を操る力があれば……あれば……まぁ、特にどう使おうとかはさして思いつかないけれども、とにかく羨ましいのだ。たとえば、そう、レミリアにやるイタズラの種類が増えたりとかするし。

 そんな風に、この館の優秀なメイドについて思考を巡らせていたからだろうか。噂をすれば、というわけではないが、ふと通りかかった部屋の扉の隙間から、その向こう側に咲夜の後ろ姿が窺えた。

 引き返して、そっと覗き込んでみれば、どうやらこの部屋は厨房のようだった。

 フランはよく出歩いてはいたが、別にすべての部屋になにがあるかを把握しているわけではない。どっちに行けばどこにたどりつくなどはわかるけれど、一つ一つ部屋の中を巡ったりしたわけではないのだ。そんなことをしていると日が暮れてしまうくらいには紅魔館は広い。

 

「フラン? なにしてるの?」

 

 フランがついてこないことに気づいたこいしも戻ってきて、フランの様子を見ると、一緒に扉の隙間から中を覗き込む。二人の視線の先では、咲夜が一人で調理に励んでいた。

 料理に精通しているのであれば並べられた材料などから作っているものを推察できるかもしれないが、そこは箱入りのお嬢さまと天真爛漫なおてんば娘のお二人。料理なんて一度もしたことがないどころかろくに見たこともないので、『なんか作ってる』くらいしか感想は出ない。

 

「もうお昼過ぎてたよね? あの人なんで今料理なんてしてるの?」

「さぁ? 大方お姉さまが珍しく私みたいに昼間から起きてて、おやつでも頼んだんじゃないのかしら。あれはほんとにわがまま気質だから」

 

 あいかわらずフランはレミリアに対していろいろと手厳しい。決して嫌いなわけではないのだけれども、大して生きた年月に差がないくせに、姉だからと保護者じみた態度を取ってくるのが癇に障るのだ。

 ただ、表面では鬱陶しそうに、実際の心でも悪態をよくついたりするが、心の底では無意識に慕ってしまっている。それはかつて家出をしでかしててしまい、それでも割り切れなくて、仲直りをするために館に戻ってきたことからも明白だ。

 そしてフランは心の中どころか心の外でも姉のことをよく非難してはいるが、他人がレミリアの悪口や悪態をついていれば間違いなく不機嫌になる。お姉さまのことを大して知りもしないくせによくそんなこと言えるわね、と。

 半ば以上一人だったとは言え、五〇〇年近い時間をともに過ごしてきたのだから姉妹愛の大きさも推して知るべきだ。いささか歪でまるで素直ではないけれど、兄弟や姉妹なんて関係はおおよそこんなものである。

 もちろん、フランがそんなことを表立って認めるはずもないのだが。

 

「……こいしも食べたいの?」

「うん」

 

 指を咥え、物欲しそうな目でじっと調理している咲夜を見続けていたこいし。「私も欲しい!」と雄弁に表情と瞳が語っていたのだが、口には出ていなかった。必死に我慢しようとしていたのだろう。全然し切れていなかったが。

 

「こいしも遠慮なんてものをしようとしたりするのね。でも、そういうのらしくないからしなくていいわよ。むしろいつも騒がしいぶんそっちの方が心配になるわ」

「……そう? じゃあフラン、猫耳つけてくれる?」

「なんでそうなるのよ」

「だって遠慮しなくていいって」

「しなくていいけど、断るものは普通に断るって」

 

 すっ、と懐から猫耳を取り出したこいし。もはやお家芸のレベルである。フランもすでに彼女がこんなものを常時持ち歩いていることを不思議に思わない程度には染まってきてしまった。

 とにかく、こいしもおやつを食べたいとのことなので、こっそり覗いていることはやめて、堂々と突入することにした。

 扉が開いた音に、咲夜がフランたちの方に振り返る。「あら」と声を出して、仕草でも驚きを表現するさまは、少しばかりわざとらしい。もしかすれば、初めからフランとこいしの存在に気づいていたのかもしれない。

 

「妹さま、どうかいたしましたか? 無意識の妖怪、いえ、妹さまのご友人も一緒のようですが」

「咲夜。咲夜は今なにをしているの?」

「おそらくは妹さまのご想像通りかと。お嬢さまの命令で、間食のサブレを作っております」

「サブレ。って、あれよね。前に図書館でお姉さまやパチュリー、咲夜と一緒に食べた……」

「ええ、その通りです。あちらはクッキーでこちらはサブレと、細かい分類は少々異なりますが、大体は同じものと捉えていただいて問題ありません」

 

 まだ作り始めてから間もないようで、完成品を知っていても作り方を知らないフランの目では、それがサブレの調理途中だとは判断できなかった。

 とは言え、なにをしているか、作っているか、という質問自体はさして重要なものではない。今の質問は単なる前振り、そして確認だ。この後にするお願いをしやすくするための。

 咲夜は優秀なメイドなので、フランが厨房に入ってきて声をかけてきた段階で、その辺のことをすでに察している。なればこそ、ごく小さなこととは言え自らが仕える主人の妹になにかを請わせるなどをさせたりはしない。

 

「材料は多めに用意してありますので、よろしければ妹さまがたのぶんもご用意いたしますが、どうでしょう」

「ん、じゃあ、お願いしていい?」

「もちろんでございます」

 

 うやうやしく礼をする咲夜。たまに抜けていたり天然が入っていたりすることもあるが、基本的には忠義を尽くす優秀なメイドなのである。

 さてお願いはしたのでもうここには用がない、と立ち去ろうとしたのだが、ふと、隣に立つこいしの視線がじーっと作り途中のサブレに向いていることに気がついた。

 遠慮しなくていいと言ったばかりなのに。小さく息をつくと、フランは踵を返すのをやめて咲夜に再度向き直った。

 

「ねぇ咲夜、サブレを作るのって私たちがやってみていいかしら。もちろんお姉さまのぶんは咲夜に任せるし、自分たちで作ったぶんは自分たちで食べるわ」

「それは……そうですねぇ……」

 

 咲夜が珍しく思案するように顎に手を添える。自分ならば完璧に作り上げることができるが、初めての妹さまではうまくできないかもしれない。もしそうなっておいしくない菓子を食べさせることになってしまったら、本来食べるはずだったサブレとの格差で……などと、いろいろと考えていた。

 ほんの五秒にも満たない、けれど時を操る力を持つ咲夜にとってはじゅうぶん過ぎるほどの時間が過ぎた後、咲夜はゆっくりと首肯をした。

 

「わかりましたわ。ですが妹さまがたは初めてでしょうから、私がサポートに回らせていただきます。それはよろしいですか?」

「ええ。元々そのつもりよ。よろしくお願いね、咲夜。ほら、こいしも」

「よろしくねー」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 そういうわけで、早速エプロンを身につけるフランとこいし。元は種族的に体が小さい妖精用に調理場に用意されていたものだったが、二人とも妖怪ながら一〇歳前後の幼児体型なのでぴったりフィットしている。そしておそらくはフランやこいしが大きくなるよりもエプロンが劣化して使い物にならなくなる方がはるかに早いことだろう。

 

「メイド長せんせー! 初めはどうすればいいのー?」

 

 手を上げて質問するこいし。こいしとは定期的に慧音の授業を一緒に受けているけれど、こいしの今の態度はそんな慧音にする態度とまったく同じだった。おそらくこいしは咲夜のことを臨時の家庭科の先生のように思っている。

 包丁の扱い方もなにも知らずにいきなり実習というのはいろいろと不安でならないが、今回は危険な器具は使わないので問題はない。これもまた咲夜が許可を出した理由の一つなのだろう。まぁ、妖怪は怪我をしたところですぐに治ってしまうのだが。

 咲夜の指示に沿って、フランとこいしは調理を進めていく。咲夜の指示はかなり丁寧で、それでいて命令口調ではなく、嫌味もまるでない。自分の方が腕が上だからと驕るようなことは決してない。仕えるべき相手を立てるよきメイドだ。

 

「うー……腕疲れたぁー」

 

 基本的にはボウルの中をぐねぐねと混ぜ合わし、材料を足して、さらに混ぜ回し、さらに……の繰り返しだ。そして材料を追加するたびにかき混ぜる際の抵抗は大きくなる。先に弱音をはいたのは、やりたいと言い出した――実際には言っていないが、やりたいと顔に出ていた――こいしだった。

 慣れている咲夜が文句をもらすことはない。フランはフランで、何百年も一人で地下で過ごし続けてきただけあって実は単純作業は案外嫌いではないし、吸血鬼なので力もある。しかしこいしは違うのだ。

 こいしは外で遊ぶのが大好きで、すぐに飽きてしまう単純作業なんて大の苦手。妖怪としては単純な力はそう高い方ではないし、性質的にインドア派ではなく完全にアウトドア派だ。

 飽きた、というわけではなさそうだが、肉体的にも精神的にも疲れがたまるのはこいしが一番早い。こいしはボウルをかき混ぜるべらから手を離して、疲労を取るようにぷらぷらとさせた。

 

「少し休憩いたしましょうか。妹さまは大丈夫ですか?」

「うん。っていうか、妖怪のこいしの方が先に弱音を言い出したのに、咲夜は人間のくせに全然平気そうね。大変じゃないの?」

「いつものことですので。それにこれくらいなんてことなくできなければメイド長になどなれません」

 

 レミリアの無茶なわがままを聞くこと、無駄に広い館中を半分以上自らで掃除すること、常日頃においてもパーティーにおいても料理をほぼ一人でこなすこと。ひとえに数だけは多い妖精があまり役立っていないことが起因しているのだが、咲夜の仕事は本当に多い。それこそ時でも止めなければやっていられないほどに。

 もちろんレミリアもわがままは言いつつも咲夜をそれなりに気遣ったりしているし、最近はホブゴブリンを雇い始めたことも相まって、わずかに彼女の仕事は減ってはきている。それでも咲夜が紅魔館の中心に存在し、すべてを総括していることは純然たる事実としてそこにある。

 そして咲夜は誰がなにを言おうと仕事の手を抜いたりはしない性格だ。それはひとえに紅魔館のメイド長として恥となる中途半端な仕事はできないという挟持から来ている。それは自らの誇りを示すためではなく、主人たるレミリアの顔を立てるため。

 

「やっぱり咲夜はお姉さまにはもったいないメイドね」

 

 彼女を見ていると、フランも自分にもメイドが欲しいと思ってしまう。咲夜もフランの言うことをよく聞いてくれるけれども、彼女はあくまで姉であるレミリアに仕えているのだ。咲夜ほどのメイドを見ていれば、フランも自分専属のメイドが欲しいと思ってしまうのもしかたがない。

 仮にメイドをそばに置くとして、目下の候補はニ人ほどである。

 一人目は魔理沙。彼女とは話が合うし、共通点も多く、フランのお願いもよく聞いてくれる。今のところ眷属にしたい人間ナンバーワンにも当たる。

 二人目は菫子。この前一度顔を合わせた程度ではあったが、外の人間というのは珍しくも面白い存在だ。もしも眷属となり幻想に染まり切ってしまえばこちらと外を行き来する能力は消失し、完全に幻想に身を置くことになってしまうことになるだろうが、それでも彼女が珍妙で好奇心をそそる存在であることに変わりはない。

 他にも霊夢や慧音なども候補にはあるが、霊夢はまず間違いなく誰かに仕えたりはしないし、慧音は人間の味方だ。魔理沙だって他人に従うのはあまり好きではさそうだけれど、咲夜とはまた違った、メイドという体を装っただけの対等な関係でならば末永く主従として付き合っていけそうだ。菫子はまだ出会ったばかりなのでよくわからないが、少なくとも一緒にいて飽きることはないように思える。

 候補が人間ばかりなのは、レミリアに仕える咲夜が人間だからだろう。メイドにした後は眷属にしたいとも思ってはいるが、フランは無意識に、メイドにするなら人間しかないと思ってしまっている。それは不肖の姉たるレミリアへのリスペクト精神のようなものから来る思考回路なのだが、フランがそれを自覚することはない。

 

「メイドさんかぁ。うちにはペットはたくさんいるけど、そういうのはいないなぁ」

 

 こいしが呟く。紅魔館にはペットはいないが、メイドはたくさんいる。こいしの家にはペットはたくさんいるが、メイドはいない。どちらがいいかと言われれば、足してニで割るのがちょうどいい。

 いや、紅魔館にもペットらしき生物はいたか。フランの頭の中に一匹の妖怪の姿を思い浮かべた。

 

「ペットねぇ。そういえばこいしと会ってからはあんまり見に行ってないかも。ねぇ咲夜、あれは元気にしてるの?」

「あれですか? ええ、元気ですよ。お嬢さまは大分前に飽きてしまいましたので、今はホブゴブリンたちがお世話していますが」

「む。ねぇねぇフラン、あれって?」

 

 固有名詞を出されなければ事情を知らない人はなにがなんだかわからない。好奇心を刺激されたこいしが興味津々な色をたたえた表情をフランに向けた。

 

「うちのペットみたいなのの話よ。なんだったかしら。チュパカブラ、だっけ?」

「へえー。このお館にもペットがいたのねぇ」

「今度一緒に見に行ってみる? 意外に可愛いわよ」

「フランの方が可愛いよ!」

「う、うん。いや、ペットと可愛さで比べられてもね」

 

 褒められるのは満更でもないが比べる対象が対象である。微妙な顔になってしまうのはしかたがない。乙女心は複雑なのだ。乙女でなくとも複雑だろうが。

 

「そういうこいしはペットがたくさんいるって言ってたけど、たとえばどんな?」

「んーとねぇ。私がお世話してる子もちょっといるけど、ほとんどは私じゃなくてお姉ちゃんのペットで……ペットの中じゃお燐なんかとは一番話すかなぁ」

「お燐?」

「うん。猫の妖獸だよ」

「……まさかとは思うけど、私によく猫耳つけさせようとしてくるのって、私を自分のペットにしたいとか思ってるから?」

「へ? んー、それは穿ちすぎかな。あれは単に私がフランにつけてほしいって思ってるだけ。むしろ私がフランのペットにー、なんてね」

「……冗談で言ってるのよね?」

「まぁそうだけど。もしも私が今の私じゃなかったなら、フランのペットとして生まれるのもよかったかもって。これは本音よ。それなら今以上にフランと一緒にいられるもん」

 

 あ、でも。と、こいしがちょっとだけ難しい顔をする。

 

「それだとお姉ちゃんと離れ離れになっちゃうなぁ。じゃあお姉ちゃんも一緒にフランのペットに……いやいや、それはちょっと私が嫌かも。だったら、うーん……お姉ちゃんには、フランのお姉ちゃんのペットになってもらおうかしら? そうすればお姉ちゃんともフランとも一緒にいられるもんね。それならなにもかも万々歳だわ」

「いや……それ、冗談で言ってるのよね?」

「え? なにが?」

 

 悪意などなく、無邪気にこんな世界もありだったかもと夢を語るこいし。フランへ少なくない好意を向けていることも、こいしが姉を然りと思っていることも一応はわかるのだが、いささか以上にこじれていると言わざるを得ない。

 

「……この妹にしてこの友あり、ってところかしら」

 

 と、呆れ混じりに呟いたのはフランでもこいしでも、ましてや咲夜でもなかった。

 声がする方を見れば、いつの間にか憮然とした表情で腕を組んだレミリアが厨房の入り口に立っていた。

 

「ちょっとお姉さま。それだと私もこいしレベルに頭がおかしいみたいじゃない」

「あら、まさか自分が正常だとでも?」

「そうは言わないけどさー。ぶっちゃけ正常な思考回路をした妖怪なんていやしないじゃない?」

「元も子もないことを言うわね」

 

 妖怪は人間以上に千差万別の特徴を持つ。だからこそ特定の妖怪の常識が他の妖怪の常識とも限らない。少なくとも人間の敵である以上は、ほぼすべての妖怪の常識は人間の常識とはまず合致しない。

 だとすれば正常だという括りはその実あまり意味をなさない。正常と言える基準が明確に存在しないのだから。フランは言ってしまえば、感情の振れ幅が他人よりも大きいから情緒不安定、狂っているとされているだけ。こいしのように思考体系そのものがそこまでぶっ飛んでいるわけではない。

 

「それよりなんでお姉さまがこんなところにいるの? まさかお姉さまも料理してみたいとか?」

 

 もしそうなら鼻で笑うつもりである。なお、特に理由はない。

 

「いや、咲夜がいつもより戻ってくるのが遅いから様子を見に来たんだけど……これはどういうこと?」

 

 どういうこと? の部分でレミリアは咲夜を見る。咲夜は先ず、すっと頭を下げた。

 

「申しわけありません」

「あー、うん。まぁ、あなたにはフランのお願いごとはできる限り聞くようにって言ってるから、本当はいいんだけど……これは、一緒にお菓子を作ってるの?」

「私が咲夜に頼んだのよ。自分たちで作ってみたいー、って。もちろん咲夜みたいにおいしくはできないと思うから私たちで食べちゃうし、お姉さまは咲夜が作ったちゃんとしたものを食べられるから安心して」

「え。や……そ、そうねぇ」

 

 レミリアは一瞬固まって、しかしその後、なぜかそわそわとし始めた。

 

「咲夜が作ったものもいいけど、その、フランが作ったお菓子も食べてみてもいいかも、なんて……」

「……どうせおいしくないってこき下ろしてからかうつもりでしょ。その手には乗らないわ」

「ち、違う違う! 違うからっ! 絶対そんなこと言わないわ! 悪魔の契約にだって誓う!」

「ちょっ、いきなり大声出して詰め寄ってこないでよっ……気色悪いなぁ」

「き、気色悪いって」

 

 しょぼん、と項垂れるレミリア。そのことにフランの内側に一瞬罪悪感が芽生えるものの、普段つっけんどんな態度を取ってしまっている手前、手のひらを返すこともできない。

 今ここでフランにできることと言えば一つだけだ。

 

「まぁ……お姉さまがそこまで言うんなら、ちょっとくらいならおすそ分けしてあげなくもないわ」

「ほ、ほんとっ?」

「本当よ。だからその涙目プラス上目遣いで見つめてくるのやめて。肉親にやられても一切ときめいたりとかしないから」

 

 妹に構ってもらいたい姉と、それを表面上鬱陶しくあしらいながらも完全に拒絶できないツンデレ気質な妹。割といつもの光景だ。

 

「二人とも仲がいいなぁ。私とお姉ちゃんと、どっちが仲がいいのかな?」

 

 なんてのんきに感想を漏らしたのはこいしだ。

 

「別に私たちはそこまで仲はよくないでしょ。それより、そんなこと言うってことはそっちは仲がいいの?」

「うーん、悪くはないんだけど……お姉ちゃん、私と一緒にいるといっつも私に気を遣ってくれるから。あんまりべったりだと疲れさせちゃうかなぁって、あんまり会わないようにしてるの」

 

 私はお姉ちゃんのこと大好きなんだけどねぇ、と最後に口にして、こいしは口を閉ざした。

 そのことに、同じ姉だけあってなにやら思うところがあったのか、レミリアがなにか言いたそうな顔をしていたが、なにも言わずに口を噤んでいた。レミリアはこいしの姉は当然として、こいしともろくに面識がない。言いたいことはあったけれど、あまり踏み込むべきではないと判断したのかもしれない。

 

「大事にしてくれるのね。うちの姉にも見習ってほしいものだわ」

 

 とかなんとかフランは言っているが、まぁ仲直りの際の一件でわかる通り、当然ながらポーズでしかない。本人は本気でそう思っていると思い込んでいるが、しょせん冗談の類だ。隣で聞いていたレミリアは割とガチで凹んでいたが。

 そんなこんなで休憩も終わり、調理も後半に突入。レミリアが横から見ていた以外は順調に進み、焼き上げる場面では咲夜の『時を操る程度の能力』によって早々にことが成った。

 焼き上がったフランとこいしが作ったサブレの味は、よくも悪くもなく、普通と言ったところ。それでも自分で作ったそれはいつも食べているお菓子よりもどこか特別な気がして、フランとこいしは特に不満を覚えることもなかった。

 そしてレミリアはそんなフランのサブレを一番おいしそうに食べていて、というか全部食べ切る勢いで手を進めていたためにフランがジト目で見たり、「太るよ?」とか突っ込まれていたりしたのだが、これは完全な余談だ。


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