超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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参道の石段は地味に長いおはなし。

 こいしとともに博麗神社に向かい始めて数時間。フランはようやく参道の石段にたどりつき、博麗神社まであと一歩というところまで来ていた。

 もうそろそろお昼頃だろうか。なにぶん日光に弱い身ゆえに休み休み進まなければならず、思っていたよりも時間がかかってしまった。

 この頃になると、初めは「フランとお出かけー!」などと上機嫌にスキップなどをしていたこいしも目に見えて元気がなくなってきてしまっていた。こいしいわく今日は特に暑い日だと言うし、吸血鬼のように苦手でなくとも、その日の光にさらされ続けることは体力や気力を消耗する。炎天下を歩き続ける辛さを知らなかったから、ろくに水分を持ってきておらず摂取もできていない。こいしが望んだ水遊びもしてあげられなかった。人間であれば二人ともとっくに熱中症とやらにかかっているところだろう。

 とは言え、本来ならこれくらいでこいしの元気がなくなることはない。彼女はよほどのことがない限りはいつだってマイペースで脳天気だ。そんなこいしが珍しく口数を少なく、とぼとぼとフランの横を歩いている最大の理由はただ一つ。

 

「……お腹、すいたね」

「……そうね」

 

 ぐぅー。二人してお腹の音が鳴る。顔を見合わせて、これまた二人してため息をついた。

 こんなことなら咲夜にお弁当でも作ってもらえばよかった。

 そんな風に思うも、しょせんは後の祭り。今空腹だという事実は変えようがない。

 そして、そんな落ちに落ちている二人の気持ちとは正反対に、日光はがんがんと降り注いでは強さを増している。おそらくは昼間である今が一番暑い時間帯だろう。そこに空腹、水分不足、そして階段とまで来ている。およそこれまでお出かけしてきた中で最悪の条件が揃っていると言えた。

 紅魔館の窓辺で外を眺めていた頃、館の外なんてめんどくさいものばかりが転がっていると思っていた。こいしに誘われて初めて外に出てみてからはその考えをある程度改めはしたけれど、やはり未だにそう感じてしまう部分も確かにある。こいしが隣にいなければ、フランはとっくに踵を返して紅魔館でぐーたらしているところだ。

 ふと、ふらり、と視界がぐらつく。

 あぁ、まただ。フランは顔をしかめる。嫌な条件が重なってしまっているせいか、石段にたどりついてからは少しのぼるたびにすぐに体調を崩してしまう。

 慌てて支えてくれたこいしに気遣われながら、もはや何度目とも知れない休憩。木陰となる石段の一角に腰を下ろした。

 

「……こいし。一応言っとくけど、私に付き合うのが嫌ならさっさと帰っちゃってもいいからね」

 

 空腹のせいで笑顔が消えているこいしを見ていられなかったからか。ついと、そんな言葉が漏れた。

 

「神社に行きたいのなんて結局は私のわがままなんだし」

「む……またフランはそうやってー。他人に迷惑かけてるかもって気にするなんてフランらしくないよ?」

 

 ぷくぅー、とこいしが頬を膨らませる。

 

「気にするのが私らしくないって、その言い方だと私が傍若無人みたいだからやめてほしいんだけど。っていうか、またって?」

「またはまたじゃん。忘れちゃったの? 森の廃館を一緒に探検した時のこと。雨が降ってきて、私に先に帰っちゃってもいいって。本当は一人が寂しかったくせに」

「あー……いやこいしこそそれよく覚えてるわね。でも別に私は寂しかったなんて一言も言ってないわよ」

 

 フランの不満げなぼやきを無視して、こいしは続ける。

 

「今回もあの時とおんなじでしょ? 私に迷惑かけたくないからって、本音と真逆のことを口にしてるの。本当はもっと私といたいって思ってるくせに。だってフランは私のこと大好きだもんね」

「その妙な自信はなんなの?」

「フランはねぇ、私が迷惑するかもとか嫌がるかもとか、そういうのは考えなくてもいいわ。私はどんなフランも好きだから。私と一緒にいて楽しいって思ってくれるフランが大好きだから。無意識でしか動けないはずの私がここにいるっていうのは、そういうことなんだから」

「……むぅ」

 

 そういう言い方は卑怯だ、とフランは思う。行動も言葉もいつもふらふらとしている彼女は、ふとした拍子に人の心に土足で踏み入ってくる。こんなことを真正面から言われたら、もうなにも言い返すことなんてできやしない。

 顔が熱を持っていると感じるのは、単に暑いせいか、それともなにか別の理由からか。どうしてか緩みそうになってしまう口元をどうにか「へ」の字を保って、好き勝手言われてしまって不本意ですよとアピールをしつつ。ふんっ、とこいしから視線をそらす。

 そらした先にあったのは、ほんの少しの雲が漂う晴天の青空だ。木の枝や葉っぱで太陽は直接隠れてはいるけれど、空いっぱいに広がいる清々しい青さは当然その限りではない。石段の中腹から眺める幻想郷の空と、ずっと遠くまで続いている緑の景色は、ずっと館の中で暮らしてきたフランに自然というものの力強さを伝えてくる。

 ぼうっと、その自然の情景を眺め続ける。さきほど言い合いじみたことをしてしまったからか、こいしが話しかけてくることはなかった。それでいながら階段には隣り合って座ったままで、一緒になって空を見上げ続ける。

 

「……お腹、すいたね」

「……そうね」

 

 しばらく経って落ちついた頃にこいしがぽつりと漏らしたのは、ついさきほどの焼き直し。青空に感動を覚えないわけでもないが、ぶっちゃけ自然の風景なんてここに来るまでに飽きるほど見てきた。今二人の目下の問題はやはり空腹なのである。

 いくら疲れて休憩を取ろうとも、そうやって時が経てば経ってしまうほどに空腹度は増していく。早くご飯にありつきたいのであれば、さっさと神社に行って用事を済ませてしまうのが一番だ。霊夢にお願いしてみれば、もしかしたらありあわせの食事でもくれるかもしれない。可能性はかなり低いが。

 とにかく早く神社に向かうこと。それこそが空腹問題を解決する一番の手段。それはわかっているのだが、そのためには石段をのぼるために体力と気力を消耗しなければならない。そして体力と気力を回復するためにはご飯が必要となる。そしてご飯を食べるためには……と、こんな感じでループして、結局ゆっくりとしか進めていない状況が現実だった。世知辛い。

 

「んー……ねぇ、フラン」

 

 青空の爽快さとは裏腹にテンションがだだ下がりモードのフランの顔を、同じく少し疲れた表情のこいしが覗き込んでくる。

 声に出して答えるのも億劫で、なに? と小首を傾げてみせる。するとこいしは肩が触れ合うくらいの距離にまで座る距離を詰めて、首元を少しだけ緩めて。とんとん、と。自らの首を指し示した。

 

「私の血、吸ってみる?」

「……んんっ?」

「私の空腹はどうにもならないけど、フランはそうじゃないよね。一緒に里で遊んだ時にも言ったけど、私、フランが相手なら抵抗しないよ」

「え、いや、その……えっと」

「私も初めてだから、もしかしたら痛くてちょっと泣いちゃうかもしれないけど……フランのなら、我慢できるわ。だから、ね……いいよ。フランの初めてを、私にちょうだい?」

「待って待ってっ。血を吸うかどうかはともかくとして、とりあえずその言い方はまずいからやめてっ。ほんとにまずいから」

「えー、でも、初めてなのは本当の」

「や、め、て」

「むー……」

 

 不満そうにしつつもフランの言う通り、口を閉ざす。そんなこいしを確認してほっと息をついて、今しがたこいしが提示した事柄を心の中で再確認する。

 自分の血を吸ってもいい。こいしはそう言った。

 それは確かに、フランにとっては願ってもない魅力的な提案だ。本来の食糧たる人間のものではないので大してエネルギーは回復できないかもしれないが、血が血であることに変わりはない。少なからず体力と気力を取り戻すことができるはずだ。

 けれど、それには問題が二つほど存在する。

 一つはフランが、こいしいわく初めて……いや、こいしの言葉を借りるのはやめよう。一つはフランが、一度として他人から直接血を吸ったことがないことだ。これのなにが問題かと言うと、要は力加減、そしてさじ加減がわからない。

 例のごとくフランは手加減というものがあまり得意ではない。能力のこともあって、意図せず物を壊してしまうことなんて日常茶飯事だ。今は地下室に引きこもっていた頃と比べれば大分落ちついてきてはいるが、それでも加減がいまいちわからないことに変わりはない。飢えの衝動のままにがぶりついて、こいしの首を食いちぎってしまうかもしれない。それだけは絶対にしたくない。

 仮にそうでなかったとしても、どれだけ血を吸っても大丈夫かという加減もフランにはわからない。姉のレミリアは直接飲む場合には人一人ぶんの血液なんて飲みきれず、いつも服に血をこぼしてしまうと聞いたことがあるが、フランも同じとは限らない。飢えの衝動のまま、こいしの血を吸い尽くしてしまう、そんな可能性も捨てきれない。

 この時点でもうすでにこいしの血を吸うなんて選択肢はないも同然なのだけれど、まだ二つ目の問題が存在している。

 そちらの問題はフラン自身のものではなく、こいしの方の問題だ。

 血を吸うということは、こいしの体力を奪うことに直結する。いつものハイテンションこいしならば少しくらい血がなくなったってなんの問題もないはずだが、今の彼女は珍しく通常(ロー)テンションこいしである。ここから体力ごと血を吸い取ってしまったら、この先フランではなく、今度はこいしが倒れてしまう危険性がある。

 こいしは迷惑だとか嫌な思いをさせるかもだとか、そういうことは考えなくてもいいと言ってくれはしたけれども、だからと言って、こんなにもフランのためになろうとしてくれるこいしをフランが辛い目に合わせていいはずがない。こいしがフランを大好きだと言ってくれたように、フランだって彼女のことは気に入っているのだ。

 

「悪いけど、今はこいしの血を吸うつもりはないわ。ここまでずっとこいしに支えてもらってきたんだもの。これ以上こいしの手は煩わせるつもりはないわ」

「だから、私の迷惑とかは気にしなくても」

「そういうんじゃないのよ。これは私のけじめみたいなもの。この先もずっとこいしと対等な友達でいるためのね」

「むぅ……そこまで言うんなら、無理強いはしないけど……でも、辛くなったらいつでも言ってね。フランが望むなら、いつだってフランの初めてを受け入れる覚悟はあるんだから」

「だからその言い方はやめてって」

 

 もう休憩は終わりだと、立ち上がる。片手に日傘を差し、片手でこいしと手を繋いで、再び参道の石段をのぼり始める。

 ここまで来た時には精力はほぼ限界に近いところまで来てしまっていたけれど、自分も辛いはずなのに、こいしがフランを一生懸命気遣ってくれたからだろうか。体が少しだけ軽く感じられる。

 それでもやはり数度は休憩を挟んでしまったが、そうやって無駄に座り込んでいる時間はずいぶんと減った。のぼり始めよりもはるかに早く、ずんずんと階段を進んでいった。

 そうしてようやくという具合に、フランとこいしは石段をのぼり切る。

 目の前に鎮座する鳥居の先。脇に灯籠などが置かれた参道の奥にあるのは、ほんの少し寂れた趣のある社。疑う余地もない、数時間ずっと目指して歩き続けてきた目的地、博麗神社である。

 

「やっとついたぁー……」

 

 一字一句間違いなしに。その言葉を口にしたのは、フランとこいし、まったく同時だった。

 お腹すいた、と呟きあった時のように顔を見合わせて。しかしその後に漏れたのはあの時のようなため息ではなく、くすくすとした笑い声だった。

 不思議な達成感を胸のうちに感じながら、二人一緒に鳥居を越える。階段をのぼっていた際は必死だったというのに、今は重かったはずの足取りがかなり軽く感じられる。

 

「えっと、霊夢はどうやって呼べばいいのかしら。大声で呼んでみたら来るかしら?」

 

 拝殿の前までやってくると、一旦足を止める。誰かの家、それも神社にお邪魔することなんて初めての経験なので、なにぶん勝手がわからない。

 こいしはそんなフランをよそに、とてとてと木製の階段をのぼって、賽銭箱に近づいていく。

 なにをするんだろうと興味本位で眺めていたら、彼女はごそごそと懐を漁って硬貨を取り出した。

 

「フランー、こっちこっち」

「あ、うん」

 

 手招きされるがままにフランも賽銭箱に近づくと、硬貨を一枚手渡された。こいしの手にももう一枚の硬貨が収まっている。

 

「えっと、これはなに?」

「なにって参拝に決まってるじゃん。せっかく苦労して神社に来たんだから記念にやっとかないと。まぁここあんまり大した神さまはいなさそうだけどー」

「あぁ、参拝……本で読んだことあるわ。神さまにお願いごとをするのよね。でもあれ、やる前に手とか洗わなきゃいけないんじゃなかったっけ? 禊っていうの? そういうの」

「でもフラン流水ダメじゃん」

「あ、そうだったわね」

「もー、暑さでぼけちゃった? 猫耳つける?」

「なんでそこで猫耳が出てくるのかわからないしなんで今持ってるのよ」

 

 すっ、と当たり前のように差し出された猫耳を押し返す。いや本当なんで今持ってるのだ。もしやここに来るまでずっと隠し持っていたのだろうか。さらにもしかすれば今日だけじゃなく、まさかいつも……。

 なんだかひどく微妙な気持ちになってしまったが、こいしが少し不満そうにしつつも猫耳をしまい、賽銭箱に向き直ったので、フランも同じようにする。

 

「えっと、確か……」

 

 賽銭を入れた後に鈴を鳴らせばいいんだっけ……?

 本の知識を思い返しつつ、ちらり、とこいしの動きも確認する。いつもならこいしの超マイペースな謎言動を参考にするなんて絶対にしないところだが、今回ばかりはしかたがない。

 こいしに習って、参拝の手順を踏んでいく。

 まずは賽銭箱に硬貨を静かに投げ入れて、とんとんと軽くステップを踏む。がらがらと鈴を鳴らした後にこいしがくるりと一回転していたので、フランもそれに習う。それからぴょんぴょんと二回ほど飛び跳ねた後、これまたぱんぱんと手を二回鳴らし、一拝。

 ……なんか本の知識と比べると大分余計な動作が混じっていた気がしないでもないが、最終的には礼に落ちついてくれたのでよしとしよう。

 ――そういえば、拍手と礼の間でお願いごとをしないといけないんだっけっ?

 礼をしている最中に思い出して、慌ててなにかお願いしたいことを探す。拝礼の手順を思い返すことにいっぱいいっぱいで、願いごとについて考えていなかった。

 この幻想郷には神という存在が実在している。そしてこいしが言った通り、おそらくこの博麗神社には願いごとをどうにか叶えてくれるような、大きな力を持った神は存在しないように感じられる。だからきっとこの願いごとに意味なんてなくて、ただ祈りを込めるだけの行為だろうけれど……。

 なにか叶ってほしい願いごと。ほんの数瞬の間に思考し、心の中に浮かんできたことは、ここ数ヶ月の間にフランの中に芽生えてきた思いだった。

 ――これからもずっと、こいしと一緒にいられますように。これからもずっと、こいしと笑い合えますように。これからもずっと――。

 

「……フランー? そんなに長く礼してなくてもいいんだよー?」

「え、あ……うん。そうね、そうだったわね」

 

 はっとしたように顔を上げると、誤魔化すように笑った。

 こいしは少し不思議そうな表情をしていたが、それ以上に話したいことがあったらしい。軽くかぶりを振って、わくわくと言った気持ちをまるで隠さない興味津々な様相でフランに一歩歩み寄ってきた。

 大方どんなお願いごとをしたのか聞きたいのだろうけれど、フランはそれを話すつもりはない。願いごとは話すと叶わなくなる可能性が高い、と本に書いてあったから。他人に話してしまうことで別の意思や邪念が混入し、純粋さを欠いてしまうのだと。

 そうとは限らなくとも、願った内容は特にこいしには絶対に話せない、非常に恥ずかしい内容なのである。こいしがどんな風にねだってこようと教えるつもりはない。

 そしてこいしの願いを知りたくもあるけれど、そちらも聞くつもりはなかった。こいしの願いを知りたいと思う以上に、彼女のお願いごとが叶ってくれる方が嬉しいから。

 と、そんな風にこいしの言葉を跳ね返す準備を心の中で整えていたのだけど、実際にその時が訪れることはなかった。その理由は簡単、こいしがいざ口を開こうとした段階で、第三者がやってきたからである。

 

「これまた珍しい組み合わせねぇ。それもなんか普通に参拝してるし……まぁ賽銭をくれるなら、人間でも妖怪でも誰でも歓迎だけど」

 

 憮然と、けれど賽銭が入ったからかほんの少しばかり嬉しそうな表情をしたその少女が、縁側のそばの部屋から顔を覗かせていた。

 身長は魔理沙よりはほんの少し高いだろうか。ただそれは成長性の違いというだけで、二人の歳はきっとそう変わらない。綺麗な黒い髪を後ろで大きな赤いリボンで結び、肩、腋の露出した、袖のない奇抜な巫女服を身につけている。

 

「……えっと、もしかしなくても、霊夢?」

「ええ。そういうあんたはレミリアの妹ね。久しぶり、とでも言えばいいのかしら。魔理沙から外出するようになったとは聞いてたけど……吸血鬼のくせに、まさか昼間から出歩いてるなんてねぇ」

 

 賽銭に夢中ですっかり忘れかけてしまっていたが、そうだった。元は神社ではなく、霊夢に――正しくは、菫子とやらにお願いをするために、その菫子に会ってもいいよう霊夢に――お願いごとをしに来たのだった。

 木製の階段を下りて、こいしを連れたって霊夢の方に向かう。これも賽銭の効果か、彼女は特に嫌そうな顔をすることもなく、フランが近づいてくるのを待ってくれていた。


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