超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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真夏の炎天下で暗闇を落とすおはなし。

 晴天。雲一つない、広い広い青空が続いている。

 ミンミンミンとセミの鳴き声が耳を打つ。頬に感じる風は夜の陰気なそれと違って、生命のにおいが濃い昼間特有の陽気さに満ちている。

 それ自体は気持ちがいいのだけれど、吸血鬼であるフランにとっては、やはり日差しというものはいかんとも耐えがたい。真夏のそれであればなおさらだ。たとえ日の光そのものが当たらなかろうと、やはり反射光がフランの体調を崩そうと襲いかかってくる。

 日陰での小休憩を何度かはさみつつ。フランはこいしとともに博麗神社への林の道中を歩いていた。

 歩き。博麗神社は香霖堂よりも遠い。夜であれば飛んでいくことも可能であろうけれど、日傘を差さなければならない今の時分、下手に飛行なんてすれば傘がすっ飛んでいってしまう。そうなれば日光は容赦なく、文字通りフランの肌を焼いてくる。なので飛ぶことはできない。別に数分浴びた程度では死にはしないが、すすんで痛い目に遭おうとは思えなかった。

 それに、こいしとこうしてのんびりと自然の中を出歩くのも、それはそれで風情があるというものだ。

 こいしとはそれなりに夜の散歩には出かけたりしているけども、生命のにおいが濃い昼間に出歩くことは香霖堂へ足を運んで以来二度目である。夜が妖怪の時間であれば昼は人間、ひいてはそれ以外の時間。吸血鬼であるフランにとって、太陽を浴びて元気いっぱいになっている自然のにおいが胸を満たす感覚はなんとも新鮮だ。

 

「うーん、今日は一段と暑いねー……」

 

 額の汗を拭い、うちわに見立てた手でぱたぱたと顔を仰ぎながら、こいしが言う。

 

「そうなの?」

「そうなのって、フラン吸血鬼でしょ? 私がこんなに暑いって思ってるんだからフランも実は相当調子悪くなってるんじゃないの?」

「そりゃまぁいいとは言えないけど、私、昼間になんて普段は出かけないし。一段とか言われたって違いがわからないわよ」

 

 日傘を差すフランが、この一段と暑いらしい日差しの反射光を浴びて思うことなど一つである。早く、こんなのぼせる寸前のサウナみたいな苦しみを味わいながらではなく、もっと清々しい気分でこいしと一緒に遊べるようになりたい。

 そしてフランは現在、その望みをどうにか達成させるためにこうして歩いているのだ。昼間でも問題なく出歩けるようになるために、そうすることができるようになるマジックアイテムを作るため、それに必要な日焼け止めを手に入れる、そのために、その日焼け止めを譲ってくれそうな菫子という外の人間にお願いする、ために、そのお願いをする許可をもらうため……霊夢のもとに足を運んでいる。

 ……このままだと霊夢からも菫子に会うために必要な条件を提示されて、それをどうにかしようと動くことになって、それをさらにどうにかと一種の永久機関(むげんるーぷ)になってしまいそうだけれども、本当に大丈夫なんだろうか……。

 若干不安になりつつも、すぐにぶんぶんと首を横振ってそれを振り払った。

 こいしのため、だなんて言わない。フランがこいしともっと楽しめるようになりたい。そのためにはどんなに気が遠くなりそうなことになったって、絶対に最後まで成し遂げてみせる。そう心の中で誓って。

 けれど心の強さと体の強さは別である。結びつくことは多少あれど、芯は同じではない。

 こいしいわく、いつもより強いらしい日差しの反射光。不意にくらりと一瞬目が眩みかけて、フランは無意識にこいしの服の袖を掴んでいた。

 

「あ、休む?」

「うん……お願い。何度も何度も、悪いわね」

「あはは、気にしなくていいよー。フランは箱入りの病弱っ娘だものね」

 

 ちょうどいい木陰に腰を下ろし、日傘をたたむ。今のフランは夏の熱気とは裏腹に、きっとかなり青い顔をしてしまっている。

 夜では帝王とまで謳われる吸血鬼だというのに、昼間ではこのざま。まったくもってままならない。

 

「むぅ……日陰でも結構暑いねぇ。こういう日は水遊びでもしたいなぁ。ねーフランー」

「悪いけど、それは無理」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから。ちょっと寄り道してくだけ。ちゃんと日陰で遊ぶし、フランだって気持ち悪いだけじゃなくて暑いには暑いんでしょ?」

「そういう問題じゃなくてね、私がというか、吸血鬼は流水がダメなのよ。苦手じゃないけどかなり嫌っていうか、例えるなら泥水。そんなものかけられて気分がいいわけないでしょ?」

「え、フラン水ダメなの? でも前は一緒に湖で追いかけっこして遊ばなかったっけ?」

「水じゃなくて流水ね。流れてる水。雨とか川とかそういうの。湖とかお風呂とかはよほど波立たなきゃ別に平気」

「うぇー、難儀な体質なんだねぇ。水遊びができないだなんて私やだなぁ。この目のことはあんまり好きじゃないけど、吸血鬼にもなりたくはないわね」

「吸血鬼本人を前に言ってくれるわね、まったく」

 

 こいしが自分の胸の前に浮かぶ、閉じている三つ目の目を見下ろしながら文句を漏らす。あまりに遠慮のない言い草に、フランは肩をすくめた。

 確かに、この魔理沙いわく超絶フリーダム空気なこいしからしてみれば、日光も流水もダメな体質だなんてごめんこうむりたいところだろう。もっとも、フランだって別に好きでこんな弱点満載状態なわけじゃないけれど。

 閉じた三つ目の目を見下ろしているこいしを見て、そういえば、と思う。そういえば、なんでこいしの胸の前にはあんな閉じた瞳が浮いているんだろう。

 あれがこいしの妖怪としての特徴ということはわかっている。けれど、かつてこいしはフランに無意識の妖怪だと名乗った。無意識と、閉じた三つ目の瞳。本当に今更ながら、フランにはその二つの関連性が見出だせない。

 聞いてみようと口を開きかけて、ふと、こいしがいつの間にか空の一点をぼーっと凝視していることに気がついた。

 凝視。ただ漠然と見上げているのではなく、なにか気になるもの一つを注視している。当然ながら日陰からは太陽は見えないし、今日の空には雲一つとしてない。そうなると、普段空には浮かんでいないものがあるからこそ、こいしはそれをじっと見てしまっているということだ。

 質問の内容よりもそっちの方が気になってしまって、フランもこいしの視線の先を追った。

 

「……黒い、球?」

 

 こいしが見つめる空の真ん中。ひたすらに青く健康じみた空にただ一点、ぽつんと黒い点がふよふよと浮いている。

 そう高いところにあるわけではなく、ちょうど木々の上を流れていくように。時折木の枝がその黒い球体に飲み込まれることはあれど、過ぎ去った後に消失しているようなことはなく、問題なく存在している。そして謎の黒い球体は、どうやらこちらに向かってきているようだ。大きさは、人が数人分程度だろうか。

 なんとはなしに右の手のひらを見下ろした。この手にはすべての物質の目が存在している。そしてそれによれば、どうやらあの黒い塊自体は物体ではないようだ。ただ代わりに、あの中に一人、あの黒い球体を発生させているだろう物質が存在している。

 この手を見下ろしただけでは生物か非生物か、どんな形をしているのかさえわからない。けれどフランは妖怪だと推測を立てる。なぜなら吸血鬼に限らず、弱点とは言わないまでも妖怪には日の光が苦手なものが多いというから。こんな昼間の日差しが強い時間帯。光の通らない真っ黒な世界の中にいる人物となれば、きっと日の光が苦手な妖怪だ。

 

「……おいしそう」

「は?」

羊羹(ようかん)みたいでおいしそうじゃない?」

 

 あいかわらずこいしの感性はわからなかったが、どうやらこいしはあの黒い球体につっこみたくてうずうずしているみたいだった。いつものこいしであればうずうず(我慢)なんてせず即つっこんでいただろうけれど、こうしてここでおとなしくしているのは調子があまりよくないフランが隣にいるからか。最近、こういう何気ない部分でこいしの気遣いが、彼女も彼女なりにフランを気に入ってくれていることがわかって、少し嬉しい。

 そして嬉しいなりにフランはフランで彼女に報いたいとも思う。

 あいにくこの炎天下を飛ぶことはできないが、あの黒い球体の中にいる妖怪にちょっかいをかけられないわけではない。

 黒い球体がちょうど真上を通りかかった辺りで、フランはすっと左手をかざした。

 やることなんて至極単純である。ただ魔力を集め、弾幕を展開し、それを黒い球体へ向けて撃ち放つ。

 

「うっ!?」

 

 放った弾の大半は球体をすり抜けて空の向こう側へ飛んでいってしまったが、何発かは当たってくれたようだ。黒い球体の中から少女の呻き声が聞こえ、ゆらりと球体の明度が揺らいだ。

 真っ黒だった塊が、ぼんやりとした暗闇程度に。そしてその球体の中にいた一人の少女が、どさりっ、とフランとこいしの近くに落下してきた。頭から。

 真っ先にその顔を覗き込むだろうと思っていたこいしはしかし、心底残念そうな声色で言う。

 

「あぁー、私の羊羹ー……」

「はぁ……今度咲夜に作ってもらうよう言っとくから、今は我慢なさい」

「ほんとっ!? わーいっ、フラン大好きー!」

 

 がばぁっ、と横からフランに抱きついてくるこいし。調子のいいやつである。

 冗談交じりながら大好きと言われ抱きつかれ、思わずにやけそうになる表情筋をなんとか抑えつつ、フランは今度こそ落下してきた少女の顔の辺りを覗き込んだ。

 

「うぅ、なに今の……ひどい目に遭ったわ……」

 

 もぞもぞと地面から這い出るように顔を上げる少女。フランの深い紅色の瞳と、少女の同じく真っ赤な瞳が合った。

 同じ。同じと言うと、髪の色もそうだ。フランはサイドテールでこの少女はボブなので髪型は違うが、色はおんなじ金色である。身長もちょうどフランと同様の、人間で言う一〇歳ほど。服装は白黒の洋服とロングスカートで、こちらの色合いはどちらかというと魔理沙に近い。

 そしてフランはサイドテールの上から帽子をかぶっているけれど、この少女は赤いリボンを左側頭部に身につけている。

 フランと目が合った少女はほんの数回瞬きをした後、すっ、とその視線を横にずらした。その先にあるのはフランの、歪な形をした翼。今は別に変化の術は行使していない。牙も翼もどちらも外にさらしている。

 

「あれ? あんた、吸血鬼? 今昼間なのに。珍しいこともあったものねー」

 

 悪魔は人間妖怪問わず嫌われやすい傾向にある。なのでもしかすれば怖がられるかとも思ったが、単に珍しがられただけだった。

 少女はフランを不思議そうに思った後すぐに、思い出したかのように空を見上げ始めた。フランとこいしがいる場所は日陰であるが、彼女がいる場所はちょうど日向だ。その日向から、おそらくは太陽を見据え、苦々しく顔を歪め出した。

 

「うぅー、そうよ、今真っ昼間じゃないの。あぅー、肌が荒れる髪がかさかさする、頭は働かないしなんか段々眠くなってくるー……」

 

 ぐてー。地べたに這いつくばって、のぼせる少女。

 

「フラン、なにこれ」

「さぁ……?」

 

 そのまま気でも失ってしまうのかと思いきや、ついと、気力を振り絞ったように再び顔を上げた。そしてずいぶん必死な形相で、日差しから逃れるようにフランとこいしがいる日陰へずるずると這いずってくる。その中に入り切るまでおよそ三〇秒ほどかかり、その間こいしがその辺の枝で脇腹をつつきまくったりしていたが詮無きことである。

 彼女は完全に太陽の日のもとから逃れることに成功すると、再度全身の力を抜いて、ぐてーっとし始めた。

 そしてどうやら今度は本当にそのまま動きそうになかったので、とりあえず話しかけてみることにする。

 

「あなた、なんの妖怪なの?」

 

 少女は心底嫌そうな顔をして、フランを見上げた。

 

「えー……今ちょっとしゃべるのも億劫だから、あとにしてほしいんだけど……」

「じゃああなたを抱えてこの先に向かうしかないわね。気になるもん。一応日傘を差しはするけど、たぶんあなたははみ出ちゃうだろうねぇ」

「むぅ。この悪魔ー、外道ー」

「ふふん、悪魔だけど、それがどうかしたかしら?」

 

 隣でこいしが「あくまー、げどー」とか相槌を打っていたが、その辺の適当な枝でごすっと脇腹をつっついて相殺する。地味に痛そうだったけども、いつもの頭突きと比べれば全然である。

 少女は諦めたように肩をすくめていた。

 

「わかったわよもー。答えればいいんでしょ答えれば……私はね、暗闇の妖怪よ。闇を操る能力を持つの」

「へえ、闇。さっきのあれは暗闇を作ってたってわけね」

 

 人間が闇へ抱く恐怖の色彩は根源的なそれに近い。実に妖怪らしい能力である。闇を照らすことは簡単だけれど、すでにある光を完全に閉ざすことは難しい。暗闇の妖怪ならではの力というわけだ。

 しかし闇の妖怪ともなれば、やはりその分だけ光に対する耐性は低くなるらしい。吸血鬼のように蒸発するわけではないみたいだが、こうしてぐったりしているところを見るとかなり苦手であることが窺える。

 ここで少女がふと、なにかに気づいたようにフランを恨めしげに睨み始めた。

 

「っていうかさー、さっき攻撃してきたのあんたなんでしょ? あーもー、なんてことしてくれたのよ。私の避暑楽園が台無しじゃない」

「避暑楽園ねぇ。やっぱりあの中って太陽の光は届かないの? 紫外線も?」

「しがいせん? よくわかんないけど、光は全部遮断してたから真っ暗闇よ。私にだってなんにも見えやしないわ。っていうか見えてたら攻撃なんてされる前に逃げるもの」

「自分も見えないってなにそれ。間抜けすぎない?」

「光を取り入れることもできるけど、そうしたら眩しいし。日の光なんて欠片も浴びたくないのよ私は」

 

 なんて言って口を尖らせる。どうにか協力を取りつけて博麗神社までの日光対策に使えるかもと思ったが、この様子だと引き受けてくれそうにない。無理矢理連れて行ったってこうしてずっとぐだーっとしているだけで役に立ちそうにないように思える。

 結局話を持ちかけるだけ無駄か、と口を閉じた。けれどフランにはなくても、しゃべるのも億劫と言っていたはずの少女の方には、意外にも話を続ける理由があったらしい。

 

「あんた、名前はなんて言うの?」

「名前? そんなもの聞いてどうするの?」

「別に。私と同じように日の光が苦手なはずなのに外を出歩いてたから、ちょっと気になっただけ。意味なんてないわ。聞いたって覚えてるかもわかんないし」

 

 本当にそれ以上の理由はないことが、なんとも乱雑で投げやり気味な言い方からも察することができた。

 

「ふーん。まぁ別にいいけどね。私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。あなたは?」

「私はルーミアよ」

「へえ、ルーミア……ルーミア?」

「あれ、私のこと知ってるの?」

「うーん……や、どこかで聞いたことあった気がしたけど、たぶん気のせいね」

 

 具体的には魔理沙辺りから何気なく聞いた単語だったような気もするが、そこまで正確に会話は覚えていない。

 ま、覚えてないってことはどうでもいいことなんでしょ。フランはそう結論づけて、思い出そうとすることをやめた。

 

「あぁ、そろそろ闇を出せるくらい体力が回復してきたかも……まだ立てないけど。っていうかあんた、さっき結構本気で攻撃してこなかった? 当たったとこまだめちゃくちゃ痛いんだけど……」

「悪いわね。手加減は苦手なのよ」

「うぅー、今日は厄日だわ。わけもわからず攻撃されるし日光は浴びるし意地悪されるし……こんな日くらい、どこかにおとなしく襲われてくれる人間がいたっていいと思うのよ私はー」

 

 妖怪らしい愚痴を漏らすルーミアに適当に対応しつつ、機を見てフランは日傘を取って立ち上がった。

 もうじゅうぶん休むことができた。そろそろ頃合いだ。

 

「こいし、行くわよ」

「あ、うん。またね、羊羹妖怪さんー」

「羊羹って……別になんでもいいけど」

 

 足元の雑草にくっついていたてんとう虫を眺めていたこいしを連れて、ルーミアのもとをあとにする。

 まだ博麗神社へつくには距離がある。きっとしばらく歩いたのちにまた体調を崩し、こうして休憩を取る必要性に迫られる。けれどもそれもこれも、昼間にもまともにお出かけできるようになるため。

 よし、と日傘を少し強く握る。そしてその日傘を開いて、日差しの下に歩み出た。日陰にいた時よりも何倍もきつい反射光が体を焼いてきたが、それに耐えながら一歩ずつ足を進めていく。

 こいしがどこか楽しそうにしながらも、ふとした拍子に心配そうに覗き込んでくれる。それだけで、この先もどこまでも頑張ろうと思えた。


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