超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。 作:納豆チーズV
「あん? 外の世界の道具を手に入れる方法?」
香霖堂を訪れた次の日、は慧音の授業がある日だったので、そのまた次の日の真っ昼間。
事前にパチュリーに、もしも魔理沙が来たら捕まえておいてフランに知らせてほしい、と言っておいたのが功を奏したらしい。
パチュリーから、その使い魔の小悪魔へ。小悪魔からフランへ。こんこんと少し大きめの扉をノックする音に目覚めたフランへの報告は、早速魔理沙を捕獲したというものだった。
そういうわけで寝ぼけ眼をこすりながら大図書館にやってきたフランは現在、魔理沙やパチュリーと一緒に卓を囲んでいた。
捕まえたという割には、魔理沙は特に拘束されているというようなこともなく、おとなしく魔導書を読みふけっている。いや、彼女がここで本を読んでいるということ自体が少しおかしいことではあるか。
パチュリーは執拗に図書館の本を狙う魔理沙を少なからず敵視している。普段なら魔理沙が勝手に魔導書なんて読んでいたら迷わず高火力の魔法をぶっ放していることだろう。それが今回、彼女が魔導書を読んでいてもパチュリーがなにも言わないということは、魔理沙を引き止めるために自分の感情を押さえ込み、どうにかここにとどまるよう計らってくれたというわけだ。他ならぬフランのために。
今度パチュリーにはちゃんとお礼をしなきゃね。なんて思いつつ。
また変なこと聞いてくるなこいつ、みたいな目をしている魔理沙に向き直った。
「そ。外の世界の、誰にも忘れ去られてない道具を手に入れる方法」
「また変なこと聞いてくるなぁ、お前」
口でも言われた。
幻想郷は二種類の結界により成り立っており、そのうち片方が『博麗大結界』である……と慧音から習ったことがある。外の世界のおける非常識を幻想郷での常識とし、外の世界での常識を幻想郷での非常識とする。そうすることで幻想郷における妖怪の存在を確固たるものにできるのだとか。
妖怪の存在云々はともかくとして、この博麗大結界の作用により、外の世界から道具や人が流れつくことがそれなりによくあるらしい。ただしそれにも結界を越えやすい条件というものがあるようで、その基準が人に忘れられているか否かのようだ。
人に忘れられ、存在を信じられなくなった妖怪が幻想郷で存在するように、人に忘れ去られた物体ほど幻想郷に流れつきやすい。逆に言えば外の世界で有名であればあるほど、人の記憶に住みついていればいるほどに、幻想郷に迷い込みにくい。
霖之助が言っていたように、中身が入ったサンスクリーン剤ともなると幻想郷に自然にやってくることはまずありえない。あるにしても量子力学ほどの奇跡的な確率でしか起こり得ない。だとすればやはり正攻法以外で手に入れられる方法を探るべきなのは当然である。
事前にレミリアから、紅魔館の独自のルートでの外の世界への干渉ではサンスクリーン剤を手に入れることはできないことはすでに確認していた。そうなるとやはりフランが頼れる相手というのは絞られてくる。
魔理沙にはこれまで何度も頼り、そのたびになんらかの解決策を提示してもらっている。態度には出さないが、フランは実際彼女をかなり頼りにしていた。
魔理沙は魔導書を机の上に置くと、うーん、と腕を組みながら唸り始める。
「んー、まぁ……ないこともないな」
やっぱり。魔理沙の返事に、フランの口の端がわずかにつり上がる。
「まーりーさー」
「……はぁ。わかってるよ。教えてほしいんだろ。っていうかこのやり取り数日前にもやった気がするんだが」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、よ」
「いやお前男子じゃないだろうが。というかそれ、ここで使うような意味のことわざだったか?」
「知らない。覚えたてのやつ試しに言ってみただけだし」
「子どもかよ」
あきれたように魔理沙が言う。
子ども。フランだったからいいものの、言った相手がレミリアだったら大惨事になっていただろう。あのカリスマかっこ笑いの姉は子ども扱いされることを他のなによりも嫌がる。そういうところが一層子どもっぽいのに。
姉よりは大人であることを自覚しているフランは、子どもと言われたくらいでは怒ったりしない。むしろお子さまバンザイである。フランは遊びたいざかりの年頃なのだ。
……ただし背はもうちょっとだけ欲しい。よしんばその、胸も。
「あー、なに急に難しい顔してるんだ?」
「べ、別にそんな顔してない。そんなことより早くその外の道具を手に入れる方法っていうの教えてよ」
「へいへいわかりましたよお嬢さま」
魔理沙はしかたがなさそうに肩をすくめる。
「とは言っても、そう難しいことじゃないけどな。外の世界の道具を手に入れたいって言うんなら、外の世界の人間からもらえばいい。要はただそれだけの話だろう」
「外の世界に行ってこいってこと? 無茶言うわね。それができたら苦労しないってば」
「違う違う。こっちとあっちを行き来できる外の人間に頼んじまえばいいってことだ。お生憎さま、私の知り合いにそういうやつがいる」
この回答には、魔理沙ならなんらかの方法を知っているだろうと信じていたフランもさすがに目をぱちくりとさせた。
外とこちらを行き来できる人間。そんなもの、そもそも存在するのかも考えなかった。
「……魔理沙の人脈ってほんと広いのね。大抵のことならなんでもできちゃえそう」
「お前もその広い人脈とやらの一人だけどな。ただ一つ言っておくと、知り合いが多いからと言ってその全員が私の頼みを聞いてくれる素直なやつじゃないってのは知っといてくれ。むしろ聞いてくれるやつの方が珍しい」
「そうなの? その割には私にいろんな人を紹介してくれるけど」
「マミゾウのやつは興味本位で受けてくれただけだし、香霖はまともに頼れそうなのがあいつしかいなかっただけだ。たとえばー、ほら。そこにいるパチュリーになんか頼もうとしたって絶対断られるだろ」
と、ここまでずっと黙っていたパチュリーが読んでいた魔導書から顔を上げないまま口を開く。
「当然ね。盗人の申し出なんてわざわざ聞いてあげる理由がないもの。この館の大事なご息女であられる妹さまならともかく」
「ほれ見ろ。他も大抵そんなもんだ。私を頼りにしてくれるのは嬉しいが、あんま期待はしないでくれ」
「ふーん。まぁとりあえずそういうことにしておくわ。でも、パチュリーって意外と優しいのに」
「こいつが優しい? はっ、寝言も休み休み言ってくれ」
「……別に否定するつもりはないけれど、そんなバカにされたように言われていい気分はしないわね」
「お、やるかパチュリー。私はいいぜ。最近お前とはスペルカード戦をやれてなかったしな。せっかくだ、私がお前の運動相手になってやるよ」
急にばちばちと火花を飛ばし始める魔理沙とパチュリー。
今更ながらフランは悟る。小悪魔がフランを呼んで、フランが来るまで二人は一切話さず魔導書に視線を落としてみたいだったが、それは口を開けばこうして喧嘩してしまうからだったに違いない。
あとでやり合うならともかく、今はまだ話の途中だ。止めなければ、と口を挟もうとして。それよりも先に、ちらりとパチュリーがフランの方を向いたのがわかった。
そうしてパチュリーは、手を伸ばしかけていた戦闘用の魔導書から手を引いた。
「今は、やめておくわ。妹さまのお話の最中だもの。私が勝手に手を出していい状況じゃない」
「なんだよ、つれないな。いつもなら食ってかかってくるところだろ?」
「私なんかよりも、妹さまの意思が第一なだけ」
「大事な大事なご息女だからか?」
「私みたいな居候を本当の家族のように思ってくれる、大事な大事なご息女さまだからよ」
「……はぁ、なるほどな。わかったよ。悪かった、変に挑発したりして」
どうやら魔理沙は、なにを言ってもパチュリーが乗ってこないと判断したらしい。素直に非を認めると、彼女は再びフランの方に向く。
「悪い、話の腰を折ったりして。で、どこまで話したっけか」
「魔理沙の知り合いに外の世界とこっちとを行き来できる人間がいるってところまで」
「そうだったそうだった。まぁそいつ菫子って言うんだけどさ。
そう言って、一旦魔理沙は口を閉じた。
当然ながらそんな名前は聞いたこともない。なので口を挟まず、魔理沙の言葉を待つ。
「菫子は、あー……うーむ、あいつ自身は割と快く受けてくれそうだが……どうしたもんかな」
「なにか問題でもあるの?」
「いや、菫子はあくまで外の人間だからさ。幻想郷に来る時も正規の方法じゃないっぽいし、万が一でもこっちで死なれると困るんだよ。だからって別にお前があいつを殺すって思ってるわけじゃなくてでな、その、なんだ。大抵は霊夢があいつの護衛についてたりしてて……」
「長い。わかりやすくまとめて」
「むぅ……つまりだな、うん。あいつに会いたいならまずは霊夢に許可をもらってくれってことだ。勝手に会わせると、あとで私があいつにこてんぱんにでもされちまう」
「霊夢に?」
霊夢。上の名前も含めると、博麗霊夢。それは菫子とやらと違い、フランも知っている名前だ。
フランがまだ地下に引きこもっていた頃、館の中を彷徨ったりなんてしていなかった頃。とある二人の人間が姉のレミリアを弾幕ごっこという遊戯にて打倒したと聞いて、自分も人間というものが見てみたいと興味を持ち、外に出ようとしてみたのだ。
外出自体はパチュリーに止められてしまったが、レミリアを倒した二人の人間と遊ぶという目的自体は達成することができた。魔理沙と最初に出会ったのももちろんその時だ。そして同時にもう一人の人間、霊夢とも。
魔理沙が人間の魔法使いなのに対して、霊夢は巫女である。もちろんただの巫女ではなく、妖怪退治を生業とする幻想郷ならではの巫女だ。
魔理沙はたまに紅魔館に来るのでそれなりに顔を合わせたりしていたが、霊夢とは初めて会って以来一度も会ってはいない。印象深かったのでフランは覚えているが、あちらがこちらを覚えてくれているかも曖昧だ。
「霊夢って確か東の方の神社に住んでるんだっけ。ちょっと遠いかも……夜に行っても大丈夫かな」
「ああ。問題なく追い返されるだろうな」
いや問題しかない。
はぁ、とため息をついた。
わりかし世話を焼いてくれる魔理沙とは違い、霊夢は誰に対しても平等な性格をしている。相手が人間でも吸血鬼でも態度が変わらないということだ。夜中に突撃したところで話も聞いてもらえず「帰れ」と迷惑そうに睨まれるのは目に見えていた。
「また日傘を差してかなきゃいけないのね……あとこいしにも声かけとかないと。一応神社には初めて行くし」
「ま、頑張れよ。あとは霊夢に丸投げってわけじゃないが、うまくいくように祈って……ん? こいし?」
意外な名前を聞いた、とでも言わんばかりに、魔理沙が目を瞬かせる。
むしろフランとしては魔理沙がその名前に反応を示したことの方が驚きである。こちらもまた目を少し見開いて、こてんと首を傾けた。
「魔理沙、こいしのこと知ってるの?」
「いやそれこっちのセリフなんだが。お前あいつと知り合いだったのか?」
「知り合いっていうか、友達。最近よく遊んだりしてるの。言ってなかったっけ?」
「外出するようになったとしか聞いてないぜ。しかし、友達だと? あの超絶フリーダム空気とお前がか? ははー……意外な組み合わせだな。や、割と気が合うもんなのか? どっちも頭のネジ外れてそうだし」
「あら、言うじゃない。そうねぇ、せっかくだから魔理沙のネジも外してあげよっか? 案外私やこいしとも気が合うようになるかもしれないわよ」
「……そんなことするくらいならお前らのネジはめ直してくれ」
にっこりと微笑みながらのフランの言葉に、魔理沙はびくっと少しだけ肩を震わせて。だけど気づかれないよう気丈に振る舞ってたりして。
なにはともあれ、サンスクリーン剤を手に入れるための道筋は見えてきた。変化の術の時と言い、香霖堂を紹介してくれた時と言い、魔理沙さまさまである。
次にこいしと出かける際に行く場所は、東の博麗神社だ。そして霊夢に会って菫子とやらに会う許可をもらう。許可がもらえなかった場合は、その時はその時だ。
口元に手を当てて、ふわぁ、とあくびをする。
そういえば今は昼間だった。魔理沙が来たらすぐに知らせてほしいとお願いしていたから、中途半端にしか睡眠時間が取れていないので寝足りない。
もう用事は果たすことができたため、あとはパチュリーに任せて部屋に戻ることにした。
この後、二人は不干渉を決め込んだまま魔導書を読み続けるのだろうか。気まずさに耐え切れず魔理沙が帰るだろうか。それとも、フランがいなくなったから喧嘩を再開するのだろうか。
正直フランはいなくなるのでどれになろうと構いはしない。ただ、フランとしてはパチュリーに無理に運動させようとは思わないが、やっぱり少しは体を動かした方がいいことも事実である。
なのでフランは去り際に、彼女たちがまた口喧嘩を始めてくれるよう、神さま……はなんだかちょっと違う気がしたから、どこかの小悪魔にでも少しだけ祈ってみたりしておいた。