超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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ふらふら方法を模索するおはなし。

 困った時には誰を頼ればいいのか。そんな疑問を自分に投げかけてみれば、フランは主に三人の顔が思い浮かぶ。

 一人はパチュリー。彼女はこの紅魔館の知識人である。大抵の疑問は彼女に聞いてみれば答えが帰ってくる。

 一人はレミリア。正直あんまり頼りにならないが、紅魔館の主として長く生きているだけあって悪魔としての知恵となると彼女が一番詳しい。

 一人は魔理沙。この館の住人ではないものの、彼女はなんだかとっつきやすいから、悩みを吐露しやすい。いろんな人間や妖怪などとのツテもそれなりにあるから、紅魔館の外のことなると彼女を頼るのが一番だろう。

 咲夜や慧音もそれなりに頼りにはなるが、咲夜が一番頼りになるのはなにか物事をお願いする場合であり、慧音はあくまで人間の味方なので直接的な関与は期待できない。なので、なにかを相談するとなるとフランの中では基本的にパチュリー、レミリア、魔理沙の三人に絞られる。

 フランは今、吸血鬼でありながら昼間も活動したいと考えている。そうなると、今相談すべき相手はこの三人のうちの誰なのだろう。

 多くのことを知っているパチュリーならフランが求めている知識を保有しているだろうか。レミリアなら五〇〇年以上の時を生きてきた吸血鬼として、なんらかの方法を知っているだろうか。魔理沙ならフランが求める答えを導き出せるだろう人物を知っていて、それを紹介してくれるだろうか。

 悩んだ結果、全員に相談することにした。当たって砕けろの作戦だった。

 まずはパチュリー。そう考えて、こいしと会議をした次の日に、フランは大図書館を訪れた。

 

「――ってわけで、昼間も活動できるようになりたいの。パチュリーはなにかいい方法知らない?」

 

 いつも通りぱらぱらと本を読んでいたパチュリーの近くのイスに座って、ぷらぷらと足を投げ出しながら問いかける。

 パチュリーはフランの質問に一旦本を置き、顎に手を添えた後、ふるふると首を横に振った。

 

「申しわけないですけれど、そういう方法には私は詳しくなくて……吸血鬼に関してはずいぶん前に集中的に調べたことはありますが、知っていることとなると一般に出回っている程度のことだけ。吸血鬼の特性や能力、そして弱点。それを克服する方法は……ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。そうよね、もし知ってたらお姉さまが黙ってるわけないもんね」

「ええ、まぁ。仮に知ってても、レミィには教えるつもりはないですけど。聞かれない限りは」

「なんで?」

「太陽の下でも満足に動ける、って、はしゃいで私を外に連れ回す未来が容易に見えますので」

「あはは、なるほどねー」

 

 フランもパチュリーは少しは外で運動した方がいいと思うけれど、どうせ言ったところで聞きはしないだろう。フランがそうだった。地下に引きこもっていた頃にレミリアがたまに暗に外に出てみないかと促してくることがあったが、ことごとく鼻で笑ったりしていた。

 とにかく、パチュリーは知らなかった。それだけわかればじゅうぶんだ。フランはパチュリーにお礼を言うと、早々に大図書館をあとにする。

 次に話を持ちかけたのはレミリアだ。彼女は普段は年上らしく優雅に振る舞おうと心がけているようだが、ふとした拍子ですぐにそれが崩れ、子どもっぽい面が顔を出す。フランが相談などすればすぐに『優雅かっこわらい』の仮面が崩れ去るのが目に見えている。フランに構ってもらおうと地味に甘やかそうとしてくるに違いない。

 それがめんどくさいのであまり頼りたくなかったのだが、背に腹は代えられない。

 フランはレミリアを探して館の中をさまよい歩き、やがてバルコニーにその姿を見つけた。月と星の光の下、イスに座って紅茶を嗜んでいる。ありていに言って暇そうだ。

 

「お姉さま、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん? え、あ、うん。え、聞きたいことって、私に?」

「ここには他に誰もいないでしょ?」

「そう、私、私にね。ふふ、わかったわ。お姉さまがなんでも答えてあげるから、なんでも相談なさい」

 

 心なしか機嫌がよくなったように思える。ありていに言って調子に乗っていた。

 そこに触れるとめんどくさいので気づかないふりをしながら、フランはパチュリーへしたものと同じ質問をしてみる。

 するとレミリアは、パチュリーと同じように顎に手を添えて考え込み始めた。パチュリーと違うのは、いつまで経ってもうんうんと唸り続けているだけで、わからないと首を横に振ろうとしないことだろう。

 

「うー、えっと、そのー……うぅ、うーんと、うー」

「うーうー言ってないで、わかんないならわかんないでいいからそう答えてよ」

「わ、わかる! わかるから! たぶん……えっと、そ、そう! 日傘よ日傘! 日傘を差せば昼間でも動けるわよ? 私、太陽が出てる時に外に出る際はそれで移動してるし」

「あれ、思ってたよりまともな回答……」

「ちょっとそれどういう意味よ、もう」

 

 少し想像してみる。日傘を持つフラン、それを振り回すこいし。取りこぼす未来しか見えない。

 欲張りかもしれないけれど、フランの望みは単に外を出歩くというよりも、こいしと一緒に遊べるようになることにある。日傘ではこいしの天真爛漫さに耐えられそうにないので却下だ。

 ただ、いい方法が見つからなかった時のとりあえずの妥協案としてはちょうどいいかもしれない。

 

「お姉さま、余ってる日傘って持ってない?」

「欲しいの?」

「うん」

「それならあとで咲夜に言っておくわね。私の予備の傘を……なんでそこで嫌そうにするのよ」

「いやだって、この歳でお姉さまとお揃いは……」

「この歳って、私たち妖怪だから成長とは無縁なんだけど……はぁ、まぁいいわ。それじゃあ普段私が使ってるのとはちょっと違うデザインのやつ買っておくよう言っておくから。それでいいでしょ?」

「うん、お願いー」

「はいはい、たった一人の妹の頼みだもの。無碍にはしないわ」

「お姉さまのそういうところ、私結構好きよ」

「す、好きっ? ほんとに?」

「うん。ちょろくて好き」

「……そ、そう。ちょろいって……」

 

 微妙な顔で無言になったレミリアにばいばいと手を振ってバルコニーを去る。

 あと頼りにできるのは魔理沙だけか。ただ、魔理沙は紅魔館の住民ではないから今すぐに会うことはできない。大図書館にこっそり忍び込もうとしているところを捕まえるか、魔理沙の家に突撃をかけるか。

 今日はレミリアを探して歩き回って疲れたので終わりにするが、明日になったらどちらにするか決めることとして、その日は眠りについた。

 そして次の日。魔理沙の家に突撃をかけるため、爆炎の魔法についておさらいしようと魔導書目当てで大図書館に向かっていたところ、偶然にも道中で魔理沙とばったり遭遇する。

 突然家の周囲が燃え盛り始めて慌てふためく魔理沙を見られなかったのが残念な反面、いちいち森まで出かけなくてよくなったので手が省けた。早速近くの部屋に拉致して、パチュリーやレミリアへしたものと同じ問いを投げかけてみる。

 

「あー、お前が昼間でも外に出歩けるようになる方法ー? そんなもん日傘でも差してりゃいいだろ。レミリアは確かそうしてたぜ」

「それじゃ激しく動けないでしょ。出歩ける方法じゃなくて、弾幕ごっことかしても問題ないくらい動けるようになる方法はないかってこと」

「うーむ、そんなこと言われても私は人間なんでな。お前らの弱点の克服方法なんざ、よー知らん」

「知ってそうな人とかも知らないの?」

「知ってそうなやつか? うーむ……知ってるかどうかは知らんが、どうにかできそうなやつなら数人思い浮かぶな。実際できるかは保証しないけど」

「ほんとっ? 誰っ?」

「言ってもわからんだろ。でもま、ぱっと思いつく限りだと、ルーミアと河童どもと仙人のやつらと……あと香霖か? ……いやルーミアは無理があるか。あれたぶん自分の周辺にしか作用しない能力だろうし」

 

 ぶつぶつと呟く魔理沙の言葉を拾う。なんとなく、香霖という単語が一番『できそう』だという感情が込められている気がした。

 

「ねー魔理沙ぁ」

「あー、皆まで言うな。わかってる、紹介してほしいんだろ? 別にそれはいい。悪魔ってのはこっちがなにかしたぶんだけこたえてくれるからな。ただ、たぶん今回は前回みたいにこの館まで来てもらうってのは無理だ」

「なんで?」

「なんでもなにも、河童は金も払わない他人のために動くわけないし、そもそもあいつらは一番どうにかできる可能性が低い。仙人だと神子(みこ)辺りが一番どうにかできそうだが、吸血鬼なんて力のある妖怪の住処まで来るように促すとなると布都辺りが突っかかってきそうだし……あいつ最悪紅魔館燃やそうとするかもしれんしなぁ。私のせいで戦争が勃発なんてしたらしゃれにならん」

「大丈夫よ、返り討ちにしてやるから」

「それがダメだって言ってるんだよ。で、残るは香霖だが……あいつは誰がなにをどう言ったって自分の意志以外では絶対家からは出ないたちだから言っても無駄だ。長い付き合いだから断言できる」

「引きこもりなの?」

「そういうわけじゃないんだが……いや、冬は割と引きこもってるな。とにかくそういうことだからあいつを連れてくるのは無理だ。これまでの異変が一気に全部発生して全部一日で解決するくらい難しい」

 

 だから、と魔理沙は続けた。

 

「悪いが今回はフランの方から出向いてくれ。香霖の店の場所なら教えてやれる。それでいいか?」

「うん。その香霖って人なら私の悩みをどうにかできるのよね?」

「保証はできんって言ったろ? ただ、個人的にはできると思うぜ。あいつ、割とやればできるやつだからな。やらないからできないやつとも言うけど」

 

 そんなこんなで魔理沙には香霖という人物とやらが住むという、香霖堂の大体の場所を教えてもらった。どうやら人間の里から魔法の森へ一直線へ進んだ、森の入口付近に建っているらしい。

 もしわからなければまた聞いてくれと言い残し、彼女は大図書館侵入大作戦へと戻っていった。

 とりあえず最後の最後で目的が達成できた、のだろうか。まだ確実ではないが、手がかりを掴むことができた。そのことに内心歓喜しつつ、次にこいしと会った時はこいしと一緒に香霖堂に訪れることに決める。

 初めてどこかに行く時はこいしと一緒に。フランの中では、すでにそれが当たり前となっていた。

 

 

 

 

 

「なんか新鮮な気分だねぇ。フランと昼間から外を歩いてるなんて」

 

 魔理沙と会った、さらに次の日。真夏の炎天下の中、咲夜を経由してレミリアからプレゼントされた、レミリアのそれよりも少しだけ赤みがかったデザインの日傘を差しながら、魔理沙に教えてもらった香霖堂へ足を進めていた。

 隣には暑さなどまるで感じていないかのごとく軽くスキップをするこいしがいる。対してフランの元気はあまりない。

 直接日の光を浴びなくとも、地面から反射した紫外線が容赦なく肌を焼いてくる。それで体が灰になってしまうことはないが、あまり気分がよくないことは間違いない。

 

「……フラン、大丈夫?」

「うん……平気よ。心配しないで」

 

 ただ時折、こいしがこうして心配そうに覗き込んできてくれるのが、なんだか少し嬉しかった。普段と違ってフランの手を無理に引っ張っていったりしないのも、彼女なりの配慮なのだろう。こいしがフランのペースに合わせてくれることが、彼女を独占できているような気持ちになれて、日差しの心地悪さを和らげてくれる。

 今こいしにツンデレだなんて突っ込まれたらあたふたとしてしちゃいそうかも。そんなくだらないことを思いつつ、こいしの言葉に適当な相槌を打ちながら道を進む。

 

「やっぱりフランって箱入り娘なんだね。ちょっと外を歩いただけでこんなに気分悪そうにしてるんだもん。もしかして体弱いの?」

「そういうんじゃなくて、吸血鬼だからしかたないのよ。お姉さまもおんなじ風になっちゃうって聞いたわ。それに、夏だし」

 

 夏だし。なんて言ってみたものの、ぶっちゃけフランは夏しか知らない。こいしに誘われて外に出るまではどんな季節も館の中で過ごしてきたのだ。実際に外に出て、その季節の感覚を味わっているのは夏が初めてだと言える。

 だから、少し楽しみでもあった。食欲の秋だとか読書の秋だとか、いろんな言葉が生まれる紅葉の季節。世界が一面白銀に染まる雪の季節。春風が気持ちいいという桜の季節。そのどれもがまだ未知の、体感したことがないもの。その初めての時間をこいしと一緒に過ごせたらな、と。そう感じている。

 

「私が日傘持ってあげよっか? そうすれば少しは楽になるんじゃないかな」

「や、こいしに持たせたらふとした拍子に傘と一緒にこいしが飛んでっちゃいそうだし……」

「あはは、そんなことー……あれ、割と否定できないかも……」

 

 そんな他愛もないやり取りを交わしていると、次第に道の先に薄暗い森が見えてくる。

 魔理沙の言っていた通り、その森の手前には一軒の建物が建っているようだった。

 こいしと顔を合わせ、少し足早に一緒に向かえば、すぐにたどりつく。

 目的の建物の周囲には、まるで魔理沙の家のように、あるいはそれ以上に奇妙なものばかりが転がっていた。

 二つの車輪を金属でつないだ上にサドルなどを設置して乗れるようにしたもの――自転車――やら、幻想郷にはない奇妙な材質で作られた、両手で抱えるのがせいいっぱいの灰色の四角い箱――ブラウン管テレビ――などもある。なにやら先端に赤い円盤のついた白くて長い棒――標識――が地面に突き刺さっていたりもするし、建物の壁にはヤギミルクやモリガナヨーグルトなどと描かれたラベルが貼りつけられていたり。

 そしてこれがごく一部であり、それらの軽く数倍の数の意味不明なものばそこらに転がっている。

 一応、招き狸の置き物のようにどこか他の場所でも見るようなものも存在するが、ごくごく少数である。ほとんどがこの幻想郷では見かけない珍妙な外の世界のものであり、フランが見たことがあるものもあれば、知らないものも多数ある。

 そんな摩訶不思議な物々が囲う建物の扁額には、『香霖堂』の三文字が記されている。

 魔理沙いわく、ここは古道具屋らしいけれど……。

 

「変わったお店だねぇ」

「同感」

 

 物珍しげに眺めるのもほどほどに、こいしと一緒に玄関に近づく。

 これだけいろんなものが溢れていれば、こいしでなくとも好奇心が湧き出てくる。ほとんど同時に足を踏み出して、フランは珍しく、こいしよりも先に扉の取っ手に手をかけていた。

 ぎぃ、と木のしなる音とともに、扉が開かれていく。


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