超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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お出かけそわそわ猫耳のおはなし。

「うーん……ねー咲夜ー、大丈夫? 私の格好、変なところないよね? 寝ぐせとか……」

 

 紅魔館、玄関前。三日月と星々が光を放つ空の下、フランと咲夜、そしてレミリアの三人が集まっていた。

 集まっていると言っても、なにか特別なことをしているわけではない。レミリアと咲夜は見送りに過ぎなかった。初めて人間の里に出かけるフランの見送りである。

 どこか心配そうにもじもじと上目遣いで問いかけたフランに、咲夜ははっきりと首を縦に振ってみせた。

 

「ええ、大丈夫ですよ。心配はいりません」

「そう、よね……うん、咲夜が言うんだもの。間違いない……はず」

 

 咲夜の言葉を疑っているわけではない。天然であるという唯一の欠点を除けば、完璧で瀟洒なメイドたる彼女のことだ。偽りなどあるはずもない。

 そのことはフランもわかっている。わかっているのに、それでもどうしてか不安が取れることはなかった。

 今のフランの格好は、いつもとまったく変わりはない。真紅を主体とした半袖とミニスカート、ふわふわとしたデザインでとてもかぶり心地のいい白いナイトキャップ。いつも通り支度をしたのだから、わざわざ咲夜に見てもらわなくてもいつも通り問題ないことは初めからわかっていた。それでもどうしてか、どんなに気にしないよう意識しても、暇があればしきりに自分の体のあちこちを見ては変なところがないかの確認を繰り返してしまっていた。

 そんなフランをずっと静観していたレミリアが、ふと、小さくため息をつく。

 

「まったく……あのねぇフラン、それ聞いたの今日で何回目? 私も聞いたし、わざわざ図書館まで行ってパチェにも見てもらってたわよね」

 

 さすがにそわそわとしすぎていたのだろう。レミリアがあきれた表情をしている。

 

「でも、万が一変なとこあったら恥ずかしいし……」

「それこそ今更じゃない。あの変な目の妖怪とはいっつもつるんで遊んでるんでしょ? 多少だらしないところ見られたって大した問題なんてないと思うわよ」

「む……ふんっ、どうせお姉さまにはわからないわ。私の気持ちなんて」

「そんなに心配しなくたって今のあなたは、あ、ちょっと」

 

 ちょっとだけむかっときて、気がついた時にはぷいっと自分の姉から顔をそらしていた。なにか続きを言っていたようだったが、聞く耳は持たない。

 そうしてそらした視線の先には、紅魔館の門がある。夜は普段閉じられているそれは、今は誰かの来訪を待ちわびているかのように向こうの景色を映していた。

 フランはレミリアに今、自分の気持ちがわからないと言った。でも、と思う。それはたぶん、フランも同じだった。

 今のフランにはどうしてか、自分自身の考えていることがよく理解できていない。レミリアの、いつも遊んでいるんだから多少のことは気にしなくたって問題はないという言葉。それを聞いた時フランは正直、確かにその通りだと感じた。いつも一緒にいるくせに突然気にする方がおかしい、と。

 それなのに、今のフランはこうして自分におかしなことがないかとことあるごとに気にしてしまっている。

 自分の気持ちにここまで齟齬が出るだなんて初めてのことで、戸惑いの感情が強く表に出てしまっていた。

 

「……どうしちゃったのかな、私。こいしと会って、もっと頭がおかしくなっちゃったのかな」

 

 フランは狂っている。要は、情緒の変化が激しい。

 たとえば今は、心配性ばりに自分の格好を気にしていたかと思えば、姉の言葉を突っぱねた後、一人で勝手に落ち込んでいた。どこか浮ついていた状態から一気にテンションを落としている。今はまだわかりやすい方かもしれない。けれどこいしと出会う前はもっと、それこそすべてが自分一人で完結していたから、他人の目から見れば唐突に笑い出したり機嫌が悪くなったりということがよくあっただろうと思う。

 でもそれはあくまでフラン自身が自覚する感情や思考によって変化した心の起伏だった。今のフランが感じているまったく出どころのわからない心配や不安感は、その正体がまるで掴めない。

 自分がなにをしでかすのかわからないというのは、なんだか少し怖かった。もしかしたら、知らないうちにこいしを傷つけてしまうかもしれない。この右手で壊してしまうかもしれない。

 しゅん、と一人勝手に肩を落とす。しかしそんなフランの耳に、わずかに楽しげな小さな笑い声が聞こえてくる。

 

「咲夜……?」

「ふふ……あ、すみません。妹さまは本気で悩んでいらっしゃるのに……でも、こう言うのは失礼なことはわかっていますけれど、なんだか少し、微笑ましい気持ちがわきまして」

「……どういうこと? 咲夜は、私にもわからない私の心がわかるの?」

「いいえ。妹さまの心は妹さまのもの。私にわかるのは妹さまが見せることを許してくださっている表面の部分だけ」

「そっか……」

「しかし、妹さまがずっとこの日を待ち望んでいたことを、私はよく知っていますから」

 

 メイドとしてというよりも、しょんぼりする子どもを慰めるような、優しい笑み。

 

「妹さまはずっとこの日を楽しみにしておりましたわ。ほんの十数日と言えど毎日欠かすことなく人間に変装する術の鍛錬に努め、そしてそのひた向きな努力が報われたことでこの日を迎えられたことを。それは私もお嬢さまも、パチュリーさまや美鈴だって存じていることです。妹さまは、どうしてあんなに頑張っていらしたんでしょう」

「どうしてって……こいしと一緒に里に行ってみたいって、そう思ったから」

 

 その思いは本当だ。それだけは自信を持って言える。そうじゃなきゃ、いろんなものがちっぽけに見えるせいで、ずっと一人で過ごしてきたフランがあそこまで必死になにかに打ち込んだりなんてできるはずがなかった。

 咲夜は静かに首を縦に振ると、大切ななにかを包み込むようにそっと両手を合わせた。

 

「妹さまはきっと、その友人のことが本当に、心の底から好きなだけなのだと思います」

「好きって……」

「深い意味はありませんわ。友愛にせよ隣人愛にせよ、要するにとても気に入っているということです。妹さまはそのご友人のことが本当に、心から好きだと感じているからこそ、不安になってしまうのではないでしょうか。妹さまがずっと楽しみだったとしても、そのご友人には本当に楽しんでもらえるのか。あるいは不快な思いをさせてしまうのではないか、と」

「そうなのかな」

「さきほども言いました通り、私には妹さまの本当の心はわかりません。けれど妹さまが今日という日を楽しみにしていらしたことに間違いはないはずです。そして、妹さまがご友人のことを本心から好いているということも」

 

 ですから、と咲夜は微笑んで続けた。

 

「ご安心ください。妹さまがそのご友人を傷つけることなど万に一つもありえません。そのご友人に今日この日を楽しんでもらえないこともまた。そうでなければすべてが嘘になってしまいます。私は思いますわ。妹さまの気持ちは決して嘘などではない。妹さまの思いは絶対に無駄になんてならない。ですから、どうかそのご友人を、笑顔で迎えてあげてください」

「……咲夜」

 

 今の咲夜は、従者としては失格かもしれない。上から目線気味で、自分の気持ちを一方的に押し付けるような態度。咎められてもなにも文句は言えない。

 だけど、そんなことは彼女も覚悟している。その上で、落ち込んでいるフランを励まそうとしてくれている。他ならぬフランのために。

 本当に、咲夜はできたメイドだ。この館にはもったいなさすぎる。

 

「ありがとう、咲夜。ちょっとだけ元気が出たわ。でも、なんていうかその……心から好きとか、なんとか……あんまり言わないでくれると助かる、かな……なんだかこそばゆいから」

「これは失礼しましたわ。さきほどまでの非礼を含め、なんなりとお叱りつけくださいませ」

「……じゃあ、今度咲夜のお菓子をこいしにも食べさせてあげてみたいな。きっと絶対、間違いなく喜んでくれると思うから」

「はい、承りましたわ。その時は腕によりを奮って、最高のお菓子を作ってみせましょう」

「普通のでいいって」

 

 うやうやしく礼をする咲夜。彼女の後ろで、レミリアが小さく微笑んでいるのが窺えた。

 

「やっぱりちょっと変わったわね、フランは。あの変な目の妖怪の影響なのかしら」

「んー……どうだろ」

 

 妖怪とは、成長を捨てることで永い寿命を得た存在。それは肉体のみならず、精神的な事情にも通じる。以前マミゾウが言っていた通り、よほどのことがない限りはその心に変化などあるはずもない。

 フランが変わったというのなら、その原因ははっきりとしている。レミリアも推測した通り、フランにとってこいしとの出会いはそれほど刺激的だったということ。それがそのよほどのことだったということにほかならない。

 

「こいしもだいぶ頭がおかしいからねぇ。影響されて、もっと変な方向に頭のネジとかいかれちゃったのかも」

「ふふ、そうかしらね。でも、今のあなたの方が私は好きよ。魅力的と言ってもいいくらい」

「あっそ。私は実の姉にそんなこと言われても欠片も嬉しくないわ。っていうかキモい」

「キモっ……!?」

 

 仮に本当にフランが変わったにせよ、何度も言うように妖怪とは成長を捨てた種族ゆえに、しょせん変化は微々たるもの。普段の態度が変わるわけではない。

 あいかわらず姉にはまるで容赦をしない発言によって、ずーん、とレミリアが肩を落としているところを、フランは暇つぶし気味にいつ立ち直るかとぼーっと観察していた。

 しかし不意に、遠くから足音が聞こえたような気がして、門の方を振り返った。

 人間では暗すぎて見えない。けれど、月明かりを太陽と同等の光として捉えられる妖怪の眼を持つフランには見えていた。遠く方から、一つの人影が歩いてくるさまを。

 フランがこいしに気がついたように、あちらもフランを見つけたようだ。ぶんぶんと両手を振って、走り出し始め、そして門まで来た辺りで足を引っ掛けてこけた。

 

「……大丈夫?」

「だ、だいじょぶ……だいじょぶ、うん、だいじょぶ! だいじょぶー!」

 

 ふらふらと立ち上がってフランのもとまでやってきた彼女は、まだ出かける前だと言うのにだいぶ弱っている……気もしたが、うが抜けた大丈夫を何度か繰り返していくうちに即座に元気を取り戻していた。あいかわらずよくわからない。

 こいしと話していると、どくどく、と。心臓がいつもより少し強く鳴っているのがわかった。

 緊張、しているのだろうか。さきほど咲夜が言っていた通り、こいしに楽しんでもらえるか不安だから。こうして顔を合わせるのなんていつものことのくせに。

 落ちつけ、と。そうやって自分の内面にばかり意識を向けていたせいだろう。こいしがいつの間にかフランの顔をじーっと間近で覗き込んできたことに、その後になってようやく気がついた。

 

「な、なに? なにか変なところでもあるの? そ、そんなまじまじと見つめないでほしいんだけど」

 

 鼻と鼻が触れ合いそうなほど近い。いきなりということもあって、ちょっとしどろもどろになってしまった。

 

「フランってさ……」

 

 ごくり、と生唾を飲み込む。

 

「……猫耳似合いそうだよね」

「……は?」

 

 こいしにしては珍しく至極真面目な顔をしていたと思ったら、いつも通り意味不明だった。

 

「猫耳だよ猫耳ー。知らないの? 猫」

「いや、まぁ、本でなら知ってるけど……」

 

 突然どうしたと言いたかったが、こいしの発言が突拍子もないのはいつものことなので聞くだけ無駄だろう。

 こいしはなぜか自慢げに、むんっ、とあまりない胸を張った。

 

「猫っていうのはねぇ、その鋭き鉤爪で靉靆たる低所世界の灰色を暴き、時として水底の命さえ喰らいては、温もりに溢れた世界を求めて過酷な日々を駆け抜ける勇敢な狩人のことだよ」

「家下のネズミとか川の魚とか狩ってお腹いっぱいになった後はコタツかなんかで丸くなってゆっくりおやすみすることが主な願望の肉食動物ってことよね」

「そういうわけで、じゃーん。今日はフランのために猫耳ヘアバンド持ってきたから、これあげるねー。こいしちゃんの心がこもったプレゼントです」

「お前の心汚れてるわね」

「心配しなくても大丈夫! ちゃんとここに首輪と紐と尻尾も揃えてあるから!」

「ご自分で装着してどうぞ」

「え、フランってそういうプレイが好みなの? わぁ、意外とマニアックだねぇ……でもそれがフランの望みならしかたないわ。古明地こいし、フランのために一肌脱ぎます!」

「ほんとにつけようとする、な!」

「へぶっ!」

 

 がつんっ! と。こいしが暴走した際にはもはや恒例となりかけている、慧音式ヘッドバッド。

 何度も繰り返してきたおかげで多少加減は覚えてきたが、やはり痛いものは痛いというもので、二人してばたりと倒れ込んだ。

 

「え、ちょっとちょっと! だ、大丈夫なのこれ!? えっと、ふ、フランー? 変眼猫耳執着妖怪ー?」

「だ、だいじょうぶ、へいき……」

 

 レミリアが慌てて駆け寄ってくるが、手のひらを見せて静止する。一応いつもより加減はしていた。悶えるほどのダメージはなく、じんじんと額は痛むにせよ、すぐに立ち上がれる程度のダメージだ。

 フランはよろよろとすぐに立ち上がれたものの、こいしはぺたんと座り込むのが限界のようだ。

 こいしは、ちょっとだけ赤みが加わった額を抑えながら、がっくりと落ち込んでいた。

 

「……なんか、ごめんねフラン……」

「え、あ、いや……その、私も……」

 

 素直に謝れるとこっちも困る。なんだか悪いことをしたような気がして謝ろうとしたが、それより先にこいしの言葉が続く。

 

「私、痛みは快感として感じられないたちだから……その性癖と付き合うのは、私にはちょっときつい、かなぁ……」

「…………殴りたい……」

 

 一瞬でも本気で謝罪しようとしたこっちの気持ちを返してほしい。

 もう一度頭突きを食らわせてやりたくもあったが、これ以上はまたこいしの頭にたんこぶを作ってしまう。さすがに自重をすべきだろう。

 だけどやっぱり勝手に変態に仕立てあげられたのは我慢ならないので、赤くなった額にでこぴんくらいは食らわせておく。

 

「……いろいろとすごいお友達ね……」

「私もそう思う……」

 

 こればかりはレミリアの感想に完全に同意する。それでも気に入ってしまったのだからしかたがない。こんなのでも、フランにとってこいしは大切な友達なのだ。

 頭突きにでこぴんまで食らわされて涙目になっている彼女に手を差し出して、立ち上がらせた。自分では絶対払わないとわかっていたので、倒れたことで服やスカートについてしまった汚れもフランが払って落としていく。ちなみにフラン自身の汚れはさりげなく咲夜が取ってくれていた。

 

「いっつも思うけど、なんだかんだやっぱりフランってツンデレさんだよねぇ」

「違う」

「否定しなくてもいいと思うんだけどなぁ。可愛いし」

「かわっ……べ、別に褒めたってなんにも出ないわよ。私ツンデレじゃないから」

「でも羽、尻尾みたいに割とすっごいぶんぶん動いてるよ? 実は嬉しいんじゃ」

「気のせいだってば! 気、の、せ、い!」

「ツンデレー……」

 

 レミリアを見れば、どう見ても照れているフランをにやにやと面白そうに静観していた。それがまた恥ずかしくて、顔を真っ赤に染め上げたフランはぷいっと顔をそらす。

 

「とにかく! こいし、合流できたんだから早速行くわよ! お姉さまはついてこないでよね!」

「はいはい。ここから先は若い二人でどうぞってところかしらね。お邪魔虫はおとなしくツンデレで可愛い妹の帰りでも待ってるとするわ」

「いってらっしゃいませ、妹さま。妹さまがたにとって、楽しくもかけがえのない一夜になることを祈っております」

 

 お姉さまには今度絶対仕返しする。

 そう誓いつつ、フランはこいしを引っ張って、さっさと紅魔館をあとにした。

 これから向かうのは人間の里。夜ということもあって、人間が無防備に外を出歩いていることなどまずありえない。おそらく、フランが初めに望んだような食べ歩きなどをすることとは少々違う形になる。及第点となった変化の術もまた、人間に化けるためというよりも、比較的嫌われやすいという悪魔であることを隠すために使うことになるはずだ。

 それでも人間の里には夜に妖怪専門の店として開かれるところも数多くあるというから、退屈するということはないだろう。

 フランの望み。たとえどんな形であれ、人間の里に一緒に出かけ、こいしとともに楽しんで回ること。

 こいしが来るまではずっと、それこそまるでなにかに恐怖していたかのようだったのに、いつの間にかそんな思いは欠片もなく。今はただ、なにもかもが楽しみで楽しみでしかたがなかった。


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