超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。 作:納豆チーズV
最近は先生の真似事をするのがトレンドなのだろうか。
少し前まではこいしの真似事を机に座って眺めていたものだが、今はそのこいしとともに、また別の妖怪の女性から授業もどきを受けている。
二人の前で変化の術まで使って先生っぽい格好をしている妖怪の女性こと、二ッ岩マミゾウ。先生っぽい格好とは言うものの、彼女いわくそれは外の世界のそれに似せたものらしく、幻想郷における慧音のそれとは似ても似つかない地味なものだ。
「つまりじゃな……うん? どうした、フラン。胡散臭そうなものを見るような目で見おって」
「……マミゾウ、じゃなくて、まみぞー師匠って、化け狸の頭領だって言ってたわよね。あれ本当なの?」
疑わしそうに問いかけると、マミゾウは心外だと言わんばかりに少し口を尖らせた。
「なんじゃ、信じておらんのか? ふむ。お前さんの目から見て、そんなに儂は弱く見えるかのう。確かに化け狸は戦闘面においての実力はさほどではない者が多いが、儂レベルとなると話は違う。儂はお前さんら吸血鬼にも引けを取らないほどの」
「あー違う違う。どっちが強いとか弱いとか、そんなことどうだっていいのよ」
「どうでもいいじゃと?」
「そ、どうでもいい。私はただ、まみぞー師匠は長って呼ぶにはちょっと奔放すぎないかって思っただけ。一人で吸血鬼の住処に乗り込んできたりメイドとか先生の真似事とかしたり。あんまり威厳とか感じられないから」
素直にそう告げると、マミゾウは「これは手厳しいのう」と頬を掻いた。
「確かに、長と言うからには森の奥深くでふんぞり返ってでもいるのが一番らしいのかもしれんな。じゃが、それでは毛ほども楽しくなかろう? 儂はできることなら毎日を面白おかしく過ごしたいのよ」
「ふーん。なんか、口調の割に全然年寄りくさくないのね。変化のない日常の方が好きかと思ってた」
「ふぉっふぉ、化け狸なんぞ誰かをたぶらかしてなんぼの種族よ。それを忘れては逆に頭領なぞ名乗れんわい。それに、妖怪は成長を放棄することと引き換えに永き寿命を得た存在じゃ。いくら年月を経ようと、よほどのことがない限りその心に変化なんぞあるはずもないさ」
「私はもうちょっと大きくなりたいけどね。せめてお姉さまよりは」
「そうだね、フランちっちゃいもんね」
割り込んできたこいしに、なぜか胸の辺りをじっと見つめながらそんなことを言われたものだから、思わずごすっと脇腹をつついていた。
「あうっ! い、いたい……」
「お前も見た感じ私と同じくらいしかないでしょうが。っていうか身長の話」
ふんっ、とこいしから目をそらす。そうしてマミゾウに変化の授業もどきを続けて欲しいと言おうかと思ったのだが、こいしが余計なことを考えさせたせいで、無意識のうちにマミゾウの胸へと視線が行ってしまった。
……手に収まるくらいは、あるだろうか。
そっと視線を下げて、自分のそれと見比べる。ついでに手も当ててみた。
ぺたぺた。平べったい。
「……なんか、ずるい」
「なんじゃずるいって……」
「ねぇ、これは興味本位で私がしたいとかしようとしてるってわけじゃないんだけど、その……変化って胸も大きくできたりもする?」
「いやまぁできんこともないだろうが……お前さん、そんなことして虚しくないか?」
試しに、レミリアが変化で胸を大きくしている姿を想像してみる。
なんだろう……なんていうか、見ていられない。かわいそうすぎる。想像の中のレミリアからは、いつもはいたずらばかりしているフランでさえ、少し温かく接してあげた方がいいかな、と思ってしまうくらいにはあわれさがにじみ出ていた。
「……はぁ」
がくんっと肩を落として落ち込むフランの肩に、ぽん、と手が置かれる。
「そんなに気にしなくたって大丈夫だよ。貧乳はステータス、希少価値だから」
「……は?」
「ぺったんこでも恥じることなんてないわ。フランくらいのが好きな人もちゃんといるから。たとえば、私とか? だからそんなに落ち込まないで、ね?」
「……こいし、ちょっとこっち向いてくれる?」
元気づけた相手が立ち直り、絆を深めるような感動的なシーンだとでも思っているのか、うるうると瞳を潤ませてこちらを向くこいし。おそらくは抱きしめられることを期待しているだろう彼女の両肩に手を置くと、フランは思い切り頭を振りかぶる。
炸裂したのは以前レミリアにも繰り出したこともあった、慧音式ヘッドバッドだ。ごんっ! と鈍い音が部屋中に鳴り響き、頭に走る激痛と明滅する視界の中で、ぶつけた衝撃によって体が傾いていく。
「う、うぐ……か、かなり痛い……け、けど」
「い、いきなりなにするのよふらんー。あうぅ、うぅうー、うぐぅーぁー……いたいぃー」
痛みをこらえて目をこいしの方に向けると、彼女は衝突した額を両手で抑えて、涙目で痛がっていた。
少し罪悪感を覚えるが、悪いのはこいしの方だ。フランは悪くない。
ぷいっ、と顔をそらして……でもやっぱり気になって、こいしの方をまた向いてしまっていた。
「いきなりなにしとるんじゃ、おぬしらは……」
二人してイスから転げ落ち、地面で蹲っているさまを、マミゾウが呆れたような目で眺めていた。言い返す言葉もない。
先に回復したのは例によってフランの方だ。ふらふらと立ち上がり、席につこうとして……ちらり、とこいしを見やる。
「うぅ、いたいよぉ……」
「……あぁ、もうっ!」
こんな気持ちになるくらいなら頭突きなんてしなければよかった。こうして蹲っている相手が姉であるレミリアなら、少しも気にすることなんてなかっただろうに。
迷いを振り払うようにぶんぶんと首を横に振って、こいしの横まで足を進めた。額を抑えて苦悶の表情を浮かべているこいしの頭をそっと手を伸ばし、一瞬びくっと震えた彼女の頭を撫でる。
大丈夫、大丈夫。そう、泣いている子どもを慰めるように。
そうしているとこいしの痛みも徐々に引いてきたようで、まだ涙目ながらも、こいしはフランを上目遣いで見つめてきた。
「……やっぱり、近くで見るとよくわかるわ」
「わかる? なにが?」
「フランってやっぱり、私よりぺったん――いつぁ!」
あいかわらず懲りるという言葉を知らないこいしのたんこぶに今度はでこぴんを食らわせると、その体を吸血鬼の身体能力をもってして軽く持ち上げた。
さきほどまでこいしが座っていた、今は倒れているイスを足を使って元に戻し、そっとこいしを座らせる。追加で食らわされたでこぴんの痛みからか、ぴくぴくと震えていた。
その後自分のイスの脚立も立てると、こいしの隣に腰を下ろした。
「あー……そろそろ落ちついたかのう。説明を続けてもよいか?」
「うん、大丈夫。こいしはまだ回復までもうちょっとかかりそうだけど、続けちゃっていいわ」
「そうか。まぁ、こう言っちゃなんだが、そやつが起きてると話が進まんからの。ちょうどよいと言えばちょうどよいか」
身も蓋もない。しかし事実だからなにも言えない。
マミゾウが指し棒で、かつんっ、と黒板の一角を指し示した。
こいしがやっていたがんがんとうるさかったそれと違って、その先にはきちんとわかりやすい図と文章が書かれている。こいしの授業もどきは見ても聞いてもまるでわからなかったが、マミゾウのこれは黒板を眺めるだけでもある程度はその内容が理解できた。
「変化は妖怪ならばほとんど誰しもに少なからず適正がある能力と言ってよい。代表として儂ら化け狸の名前が挙げられやすいのは、単にそれが得意だからというだけの話じゃ。通常の妖怪では人間に化ける程度が限界ではあるが、儂らの手にかかればどんな姿にも自由自在よ」
「普通の妖怪じゃ人間以外の姿にはなれないの? なんで?」
「なれないわけではない。じゃが、厳しいじゃろうな。妖怪とは人間の恐怖から生まれた存在ゆえに、それらは小銭の裏表のように相反する関係と言ってよい。ゆえにこそほとんどの妖怪は人間に化ける適正を持つ。じゃがそれ以外のものに化けるとなると、その者本来の力の気質が重要となる」
「力の気質ねぇ」
「要は妖怪としての特徴、伝承じゃよ。儂ら狸や狐どもは歴史上、変化が得意とされておる。人を化かす力があると恐れられている。それゆえにそれに特化した力の気質を持ち、あらゆるものへの変化が可能になっておる」
「なるほどね」
吸血鬼が変化をするという伝承は聞いたことがない。コウモリの姿になるとはよく言われているし、実際になることもできるが、あれは変化とはまた別の一つの能力だ。マミゾウの言うことが事実であれば、フランでは人間に変装するまでが限界だろう。
「理解してもらえたかのう? さて次じゃがフラン、お前さんが人間どもに人間と見られるためにはどうすればよいと思う?」
「そうね、牙と翼を隠せばいいんじゃないかしら」
「そうじゃな。妖怪としての特徴を隠し、その外見を人と同じものにする。相手が人間ならばそれだけで騙せるじゃろう。人間とは、己が目で見た情報をもっとも簡単に信じてしまう生き物じゃからな」
「相手が人間ならってことは、相手が妖怪だとそれでもばれちゃうの?」
「その可能性が人間よりも高い、という話じゃ。変化に通じている者であればなおさらな。たとえば儂なんかは変化をしている妖怪なぞ一目で見破ることができる。その種族がなんなのかまで、な」
「え、すごい」
フランはマミゾウの人間の姿を見ても、その正体が妖怪だとは一切気づけなかった。それだけに相手の種族まで見破れると豪語するマミゾウの規格外さがよくわかる。
「ふぉっふぉ、これでも化け狸の長じゃからのう。化けるという能力を得意とする者たちの頂点に君臨する者。なればこそ、それを見破れねば嘘じゃろう」
「……なんだか、疑って悪かった気がしてきたわ」
「なに、気にすることはないさ。あれのおかげでお前さんの目にはなにが映っているのか、少し知ることができたからの」
「私の目になにが映っているか? どういうこと?」
「そう深い意味はないわい。それより変化の説明の続きじゃ、続き」
「んー……? まぁ、いいわ」
意味深な言いようが少し気になったが、この様子では答えてくれそうにない。それに、悪い印象を受けたという風ではなさそうだ。別に無理に聞かなくとも問題はないだろう。
今後のためにも変化の術は早めに覚えたい気持ちもある。フランもマミゾウと同じように気にしないようにして、彼女の話に再び耳を傾けた。
「フラン、少し具体的な話をするぞい。変化において妖怪としての特徴を隠す際、それはどうやって隠せばよいと思う?」
「どうやってって、消せばいいんじゃないの?」
「消すとはつまり、消滅させるということでよいか?」
「うーん、そうね。そんな感じ」
「まぁ、なんじゃ。結論から言うと、それはほぼ不可能じゃよ」
「え? でも」
マミゾウはあんなにも完璧に人間に化けていたのに。
そう言い返そうとしたフランを、言いたいことはわかっている、とマミゾウが手の平を見せて押しとどめる。
「儂のあれは単にちょいと見えないようにしていただけに過ぎん。実際に耳や尻尾がなくなったわけではない。人間へ化ける際、妖怪の特徴を隠す場合には、それを小さくしたり、保護色で周囲の色と同化させることが一般的とされておる。儂のあれもそうしていただけじゃ。もっとも、儂が本気を出せば完全になくすことも可能ではあるがな、そんなものは自分が狸であることを否定しているようなもんじゃろう? 儂はあまり好まんな」
「まみぞー師匠なら頑張れば消せるくらいってことは、私にはできないってことね」
「変化が得意な狸でもできん者がほとんどなんじゃ。まず不可能じゃて。やるならば、見えないほどの小さくするのがもっとも簡単じゃろう。保護色は初心者には少々難易度が高いからの」
確かに、周囲の色を意識しながら変化を維持するだなんて難しそうなこと、変化のへの字も知らないフランにできるとは思えない。
ちらり、と自分の翼を見やる。フランの妖怪としての特徴、隠すべきもの。翼膜がなく、代わりに七色の宝石のような結晶がぶら下がった、歪な翼。
「綺麗だよねぇ、フランのこれ」
「あ、ちょっと」
いつの間にかこいしが復活していたらしい。翼を眺めていると、それにぶら下がっている結晶の一つにこいしが手を伸ばし、触れてきた。
揺らすように、つんつんとつつかれる。それが少しくすぐったくて、口元が緩みかけた。けれどこいしはそんなフランに気づいていないくらい夢中になっていて、これ以上触られいてはたまらない、とフランは彼女から翼を遠ざけた。
「あぁー、待ってよー。私のきらきらー」
「私のよ、もう」
綺麗だと言ってもらえて悪い気はしない。むしろ嬉しくて、だけど褒められていないから、ちょっとだけこっ恥ずかしい。
少し頬を赤らめて口を尖らせるフランと、伸ばした手が空を切ってしょんぼりとしたようなこいし。そんな二人を眺めて、マミゾウが小さく肩をすくめていた。
「お前さんらは本当に仲がいいのう。ともすれば儂とぬえ以上じゃ」
「えへへー、でしょでしょ? なんたっていずれ幻想郷を支配する二人組だからね」
「別にそこまで仲良くなんて、ない、こともないけど……っていうかぬえって?」
「儂の友じゃよ。旧友じゃ。ま、機会があれば紹介することもあるかもしれん。あやつは儂といない時は基本的には一人でおるからな。儂以外の友人がいても損はなかろうて」
「ふーん、常に一人ねぇ。寂しいやつね、そいつ」
「フランが言うの?」
的を射すぎているこいしのつっこみは無視する。他人に避けられがちなことは事実だが、フランが一人だったのはそれ以前に、フランがそう望んだからということもある。
それに、別に今のフランはそこまで一人というわけではない。姉との確執は消え、他の館の住人たちとも少し壁がなくなったように思う。なにより今のフランにはこいしが、とても大切な初めての友達がいる。
もちろん、こいし本人にはそんな恥ずかしすぎること、欠片も言えはしないけれど。
「ま、字面での解説はここまでとしておこうか。やるべきことがわかったところで、ここから先は実践あるのみよ。この儂が直々に教えるんじゃ。途中で投げ出すことは許さぬぞ?」
「望むところよ。里で遊べるようになるためだもの。それくらいの苦労、我慢できる」
「よく言った。ならばその身、その力をもって証明してみせよ。儂にできるのは、その背中を押すことまでじゃ」
フランにはやりたいことがある。こいしと里を見て回りたい、里で一緒に遊びたい。そのためなら、変化の修行を頑張るくらいのこと、いくらでも我慢できるつもりだ。
強い思いを込めた瞳でマミゾウを見据える。そんなフランを見つめ、マミゾウはどこか楽しげに頬を緩めていた。
・そんなに気にしなくたって大丈夫だよ。貧乳はステータス、希少価値だから
→SHUFFLE!より。小さい胸は貴重なのよっ、ステータスなのよっ!?
ただどちらかと言うと、らき☆すたのパロディセリフである、貧乳はステータスだ! 希少価値だ! の方が有名。最近死語になりかけている。