超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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読書をしたい魔法少女のおはなし。

 フランはよく本を読む。

 ここ最近はこいしの影響もあって外で遊ぶことが多くなってきたものの、フランには何百年もの間ずっと地下に引きこもってきた過去があり、一人遊びに関しては割と詳しい。特に読書は部屋の中、一人で暇をつぶすのにもってこいなものだ。

 引きこもりだったフランがパチュリーと面識があるのも本を読むという繋がりからと言える。レミリアに本を持ってきてもらうことも多かったが、自分から本を取りに行くこともたまにあった。フランは形式上地下に幽閉されてはいたものの、大図書館は地下にあるため同じく地下にあるフランの自室から一階に上がることなく移動することができる。魔法使いたるパチュリーは普段から主に魔法の勉強のために本を読み漁っている関係で一日の大半を図書館で過ごしている。フランが図書館を訪れた際に遭遇することは珍しくない。

 二人の仲がいいかと言われれば首を傾げざるを得ない。仲のよさが確定するほどに二人は交流を重ねていない。けれど気が合うかと聞かれればおそらく合うと二人して答えるだろう。なにせどちらも引きこもりの気質があり、読書を好む。目に見えてわかる共通点があるのだ。

 

「ぜんぶぜんぶぜんぶ、叶えてくれるー。おかしなスキマで叶えてくーれーるー」

 

 こいしから教わった、スキマ妖怪のうた、とやらを口ずさみつつ図書館への道を機嫌よく歩む。

 フランの機嫌がいいのは大した理由からではない。ただ、梅雨が終わったおかげで雨が原因でこいしと遊べないことが少なくなった。そのことが最近よく体感できているだけだ。

 春から夏への移行期間は終了し、今や季節は完全に夏。昼間はがんがんと日差しが容赦なく照りつけ、木々のあるところへ行けば絶え間ないセミの鳴き声が耳を打つ。

 日の光が強いだけでなく太陽が地上を照らす時間帯も他の季節より長いことから、夏は本来吸血鬼にとって居心地がいいとは言いがたい。室内も大分蒸し暑いから妖精のメイドたちやホブゴブリンがバテている姿も最近はたまに見かける。

 そんな中、上機嫌なフランの立ちふるまいは普段にもまして目にとまるのだろう。通りすがる際、いつもは恐怖の感情が多分に含まれるメイドやホブゴブリンたちの目線に、今日はわずかながら羨ましさも混じっているように感じられた。

 

「そっらを自由に、飛べるんだぁー。いらないっ、へりこぷたーっ。にゃん、にゃん、にゃんっ。とっても大好きー、ねこまーんまー……って、うん? あれは……」

 

 図書館の入り口までもうすぐという辺りまで地下への階段を下りてきたところで、フランはふと足を止める。

 

「黒い帽子、白いエプロン……魔理沙?」

 

 扉の影に隠れるようにして大図書館の中をうかがっているいかにも怪しげな不審者を発見し、格好からその正体の大体の当たりをつける。

 このまま素直に近寄ってみてもいいけれど、それでは芸がない。

 にやりと口の端を吊り上げ、妖怪としての力を使ってほんの数センチだけふわりと体を浮かせる。これで足音が立つことはない。そして、そのままふよふよと魔理沙の背後に回り込むようにして静かに接近していく。

 そうして魔理沙のすぐ後ろまでたどりつくと、フランは少し考えた後。

 

「……ふぅー」

「ひゃっ!? な、なんだ!?」

 

 そっと耳に息を吹きかけてみると、面白いくらいにびっくりして飛び上がった。こちらを確認するよりも先にざざっとフランから即座に距離を取り、そこから改めて彼女はフランの方へ体を向ける。

 不審者の少女こと霧雨魔理沙は、くふふと口元に手を当てて魔理沙の反応を楽しがっているフランを目にとめると、これ見よがしな大きなため息とともにがくっと思い切り肩を竦めていた。

 

「あーちくしょう、なんだお前かよ。ったく、急にあんなことするなよな。いきなりすぎて変な声出たじゃないか」

「あははっ、ひゃっ!? だって! いつも男っぽい口調のくせに、こんな時ばっかり……ぷふっ、くふふ……だ、だめ、耐えられないわっ。あはははっ!」

「笑うなよ! 元はと言えばお前のせいなんだからな!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴られてもなんの迫力もない。ツボにはまってひっきりなしに腹を抱えて笑うフランの態度に耐えられなくなったらしく、魔理沙は唇を噛みながら帽子のつばでその赤い顔を隠した。

 一通り笑い終えると、息を整えてから魔理沙に向き直る。明らかに笑いすぎたせいだろう。彼女はそっぽを向いて、私不機嫌ですと言わんばかりに口をとがらせている。

 

「それで魔理、ふふ、ま、魔理沙はなにをやってたの?」

 

 まだ笑いがこらえ切れていなかった。ふとした拍子に笑い声がもれてしまいつつ、魔理沙の顔を覗き込む。

 意地でも張っているのか初めは無言で視線をそらし続けていた魔理沙も、じーっと懲りずに催促し続けるフランに根負けしたようだ。再び小さくため息をつくと、不機嫌な表情はそのままにやっと目線を合わせてくれた。

 

「……パチュリーの目を盗んでこっそり入れるタイミングを図ってたんだよ。あいつに見つかるといろいろ面倒だからな。急に攻撃されたりするし」

「それはまぁ、本を盗みに来たってわかってるのに放っておくわけがないものね」

「何度も言ってるだろ? 盗みに来たんじゃない、借りに来てるんだ。ほんの数十年程度な」

「はいはい。で、狙ってるのはまた魔導書? 懲りないわねぇ魔理沙も」

 

 大図書館と呼ぶだけあって中は相当に広く、各地から集められた多種多様の本が保管されている。ただの料理本から強い封印が施された危険な魔導書まで。その中で人間の魔法使いたる魔理沙が狙う筆頭と言えば、やはり魔導書だ。

 魔導書はそれなりに貴重なものではあるが、それを今まさに盗もうと画策している魔理沙を、しかしフランは捕らえるつもりはまったくなかった。どうせこの図書館の本なんてほとんどパチュリーしか読まないものだ。同じような本も大量にある。それに、盗んだ相手が誰かはわかっているのだからいざとなればいつでも捕まえられる。

 咲夜は見かければ追い出す程度はするけれどレミリアはフランと同様に放置しているらしく、本当の意味で魔理沙を目の敵にしているのはパチュリーくらいだ。魔理沙もそれをわかっているからこそフランに見つかった時に大した反応はしなかった。

 ほんの少し開いた扉の隙間から二人して中を覗き込む。部屋の中央でパチュリーがイスに座って本を読みふけっている姿が少し遠目にうかがえた。こうして覗いている限りではばれなさそうだが、いざ入ってしまえばすぐに見つかってしまいそうだ。

 それは魔理沙もわかっているらしい。パチュリーがしばらく動きそうにないこともあり、どうしたものか、と顎に手を添えて唸っている。

 そんな魔理沙をぼーっと観察していると、不意にちらりとこちらを見た彼女と視線が合った。その瞬間、ぴこん、と魔理沙の頭上で電球が灯った音がしたような気がした。

 

「なぁフラン。あの約束、覚えてるか?」

「約束? なんだっけ」

「あれだよあれ。お前が外に出られるようになるのを全力で手伝う代わりに、私の手足として奴隷のように言うこと聞いてくれるってあれ」

「あー? なに、奴隷? ふーん、約束事で悪魔に嘘をつくなんていい度胸ね。もしかして食べられたいの?」

「じょ冗談だっ! 冗談だって! 奴隷じゃなくて、えーっと、あ、あれだ! 私に代わって本を取ってきてもらうってやつだ! 覚えてないかっ?」

 

 もちろん覚えている。ちょっとからかってみただけだ。

 ただ、あれは約束というほど確たるものではなかったとも記憶している。そういうことをしてもらうのもいいかも、という程度の他愛もない可能性の話だったはずだ。

 

「っていうかそもそもの話、もう自由に外に出られるようになったけど、別に魔理沙に大して手伝ってもらってなくない? 約束以前に前提が果たされてないと思うんだけど」

「いやいやいや、家出したお前を雨宿りさせてやっただろ? 話したくもない昔話だってしかたなく話した。じゅうぶん貢献してるんじゃないかと私は思うが」

「へえ、言うわね。まぁ確かに、なんていうか」

 

 今日最初に図書館の前で魔理沙を発見した時から、実はずっとあの時のお礼を言うタイミングを探していた。今がチャンスなのではないか。じっ、と魔理沙の目を見つめる。

 

「あの時は、その、助かったわ。ありがとう魔理沙。おかげでお姉さまと仲直りできた。感謝してる」

 

 少し頬が赤らんでしまっているだろうか。結局、途中で魔理沙から視線をそらしてしまっていた。

 勇気を出して告げた感謝の言葉に、けれど返答の言葉はない。気になって顔を上げると、魔理沙は非常に微妙な表情で佇んでいた。

 

「うーむ……」

「……なにその顔。黙ってないでなにか言ってよ」

「いやなんか、素直すぎて逆に怪しくて……もしかしてなにか企んでたりしてないか? 実は私をパチュリーに引き渡そうとしてたりとか」

「なっ、むぅっ……企んでるだなんて失礼しちゃうわ。せっかくこの私が珍しくも真面目にかしこまってるっていうのに。ふん、別に信じなくたっていいけどね。言ってみたかっただけだし」

 

 頬が膨らむ。不機嫌さを表すそんなしぐさが、本気で感謝していたゆえのものだとわかったらしい。魔理沙はわずかに口元を緩めると、ぽんぽんとフランの頭を帽子越しに軽く撫でた。

 

「悪かったよ。どういたしまして、だ」

「……ふんっだ。初めからそう言ってればいいのよ。っていうか、勝手に頭に手を乗せないで」

 

 しっしっと頭上の辺りを払う。魔理沙ははたかれる前にぱっと手を離した。

 言いたかったお礼はもう言った。これ以上はこの話を続ける必要はない。

 

「それで、代わりに本を取ってきてほしいんだっけ?」

「ああ」

 

 約束というほどしっかりしたものではなかったが、言われた際に否定しなかったことも確かだ。魔理沙は目の中にわずかな期待の色を見せながらこくこくと首を縦に振る。

 フランはしばらく考えた後、ぴっ、と人差し指を立てた。

 

「その魔理沙のお願い、特別に聞いてあげてもいいわ。でも一つだけ条件がある」

「条件? 内容次第だな。魂をくれとか言うんなら承諾しないぞ」

「そんな物騒なこと言わないって。条件って言っても別に魔理沙にとっては大したことでもない簡単なこと。ただ後日、私に狐か狸の妖怪を紹介してくれればそれでいい」

「妖怪の紹介だぁ? なんだそれ、わからんな。今度こそ明らかになにか企んでるだろ。いったいなにする気なんだ?」

「だから別になんにも企んでなんかないってば。ちょっと学びたい妖術があるんだけど、うちにはまともに使えるやつがいないから外のやつに教わろうってだけ。魔導書をこっそり盗んでまで魔法を知ろうとする魔理沙なら少しはこの気持ちがわかるんじゃない?」

「学びたい術ねぇ……まぁ、なんでもいいか。そのくらいならお安いごようだ。そうだな、近々知り合いの狸にお前と会ってくれないか掛け合ってやるよ。引き受けてくれるかは知らんがな。それでいいか?」

「うん、構わない。契約成立ね。忘れずにちゃんと遂行してよ? こっちもちゃんと期待には答えてあげるから。さ、どういう本が欲しいのかしら。今から約束通り、あなたに代わってあなたが望む本を取ってきてあげる」

 

 魔理沙から具体的な内容を聞き終えると、最後に彼女は頼むぞと視線で念押ししてきた。フランはこくりと頷き、自身の身長の軽く三倍は超える背の高い扉の取っ手に手をかけた。

 ぎぃー。木の軋む音を慣らして中に足を踏み入れる。

 まさしく壮大と呼ぶのだろう。円形に作られている部屋の中、見上げればその天井ははるか遠くにある。そこに至るまでの壁には本棚がそこかしこに存在し、ぎっちりと大量の本が収められていた。飛ばずに上の本を取るためにはそこに至るまでの長さのあるはしごなどを用いなければならないのだが、違う本棚を探そうとするたびに下りてはしごを動かしてまたのぼらなければいけないので、ほとんど利用者が空を飛べることが前提になっていると言える。

 天井の照明から落ちてくる光は部屋全体というよりもまっすぐ真下に伸びており、その先にはパチュリーが腰かけているイスや机がある。それでも光源が遠すぎるせいか割と薄暗いし、端の方はさらに暗い。全体をまんべんなく照らさないのは単純に、天井の照明だけでは光源が足りないほど広く高いからなのだろう。

 魔理沙のように隠れることなく堂々と部屋に足を踏み入れたのだから当然、フランの姿はパチュリーの目に留まる。

 視線が交錯し、ぺこり、とパチュリーが軽く頭を下げた。二人の間に会話はない。フランが本を借りに来ることはたまにあることなので、一人で訪れた際はいつもこんな反応だ。

 確か魔理沙に頼まれたのは……。

 ふらふらと本棚を見て回る。見て回ると言っても、本だけでなく本棚でさえ数え切れないほどの数がある。ある程度の基準で仕分けはされているにせよ、ピンポイントで欲しい本を探すのはなかなかの苦労だ。

 うーん、と唸りながら大量の本を眺め続けていると、誰かの影がフランの足元に伸びてきた。

 

「どんな本をお探しかしら、妹さま」

「あれ、パチュリー?」

 

 本を読んでいたはずの彼女が近づいてきた。フランから本の場所を聞きに行くことは多少あるが、逆は少し珍しい。目をぱちぱちと瞬かせた。

 

「どうしたの? 私に声をかけてくるなんて」

「魔導書を探しているようだったので気になりまして。妹さまなら心配はいらないとは思いますが、ここには少々凶暴な書物もありますから」

 

 凶暴。比喩ではなく文字通りの意味だ。噛みついてきたり食べようとしてきたり。触らなければ特になにをしてくるわけではないのだけど、背になにも書いていない本も多い。手探りで探していればそういう本を手に取ってしまうこともあるだろう。

 

「それで、どのような本をお探しなのかしら」

 

 パチュリーは大図書館のほぼすべての本の位置を記憶している。

 一瞬ばかり悩んだが、魔理沙の名前を出さなければ大丈夫だろう、と言ってみることにした。このままあてもなく探し続けるのは少々骨が折れる。それに、せっかくパチュリーが気遣ってくれたのだ。ここは素直に甘えておこう。

 

「えっとねぇ……星の成分について細かく書かれた感じの本、だっけ? 効果的な使い方がうんたらかんたら。なんかそんな感じの本ってない?」

「また曖昧な……それもそういう本は妹さまというより、むしろあいつの好みそうな……まぁ、いいか。それならそこではなくあちらの方にあります。案内しましょうか?」

「お願いー」

 

 パチュリーの案内のままにふらふらと移動する。

 パチュリーの背中を見て感じるのは、いつ見ても着心地がよさそうな服だなぁ、なんてちょっとした羨みの気持ちだ。一見寝間着にも見える彼女の衣装はゆったりとした感じで実に快適そうに見える。

 フランの服装も半袖にミニスカートと大概に過ごしやすく動きやすい服ではあるものの、パチュリーのような温かい衣装とはまた別の種別に入るだろう。

 今度お姉さまにちょっとおねだりしてみようかなぁ。

 うーむ、と顎に手を添えて悩みながらついてくるフランを、パチュリーは頬を緩めた様子で振り返って眺めてきている。

 

「妹さま。最近よく外出をなさるみたいだけれど、過ごし加減はどうかしら」

「んー? そうねぇ。なかなか悪くない、かしら? 引きこもってた頃は外なんてめんどくさいことばっかりだと思ってたけど、存外悪いところじゃない。もちろん面倒なこともあるけどね。雨とか」

「悪くない、ですか。それはよかった。レミィも喜んでるでしょうね、妹さまが楽しそうに過ごしておいでで。私も同様ですけれど、どうも私は少しだけ悲しい気持ちもあるかしら」

「悲しい? なんで?」

「妹さまが健康優良児になってしまったら、この館の引きこもりは私一人だけになってしまいますから」

「あはは、なるほどね。パチュリーは私みたいに外に出たりしないの? 前までの私みたいに別に禁止されてるわけじゃないんでしょ? 少しは運動しないと体に悪いわよ?」

「よく言われますわ。レミィにも咲夜にも、他にもいろいろ。別にね、運動をしたくないわけではないの。ただ、どうせやるなら苦労は最小限で効率よく運動したいでしょう? だから……」

「だから?」

「……本で一番効率がいい方法を探し続けて、あぁ、もう何十年経ったかしら……」

「逆に効率悪そう……」

 

 パチュリーの行動はさすがにアホのけがあることは拭えないが、その気持ちはわからないでもない。最近はこいしに対抗して体を動かすことにも慣れようと意識してきているフランではあるものの、元々は彼女と同じ引きこもりだった。できることならめんどうごとは最小限で済ませたい。そういう気持ちはフランにもある。

 けれど、そんなフランやパチュリーたちと違って、こいしはそういうことはないんだろうな、とも思う。彼女はむしろ率先してめんどうごとを楽しむ性質だろう。逆にフランやパチュリーが苦痛とは感じない読書など、じっとしていることの方がこいしは苦手そうだ。こういうところがアウトドア派とインドア派の違いなのかもしれない。

 

「さ、ここです。この本棚に妹さまが探しているような本が収められています」

「へえー。ありがとねパチュリー。助かったわ」

「居候の身ですからこれくらいは。それでは私はこの辺、でっ!?」

「あ、あー……」

 

 踵を返す直前、パチュリーは足元に転がっていた本に足を引っかけた。引き戻そうと手を伸ばすも間に合わず、ごてん、と顔から床につっこんだ。

 大丈夫? そう声をかけて駆け寄ろうとしたところで、ふと、ぐらぐらと視界の端でなにかが揺れる。

 本だ。パチュリーが転んだ衝撃で、近くにあった本棚にぎっしり詰められていた無数の本が今まさにパチュリーへ追い打ちをかけようとしてきている。

 

「っ、舌噛んでも文句言わないでね!」

 

 本が倒れてくるよりも先に素早く倒れ伏すパチュリーの腕を掴むと、翼膜のない宝石の翼をいっぱいに広げた。羽ばたくようにそれを動かすと同時に指向性を持たせた魔力をばらまいて、本棚から一気に遠ざかる。

 フランが離れた数瞬後、ばたばたと大量の本がさきほどまで二人がいた場所に降り注いだ。その衝撃でさらにまた別の本棚から本が落ち、その衝撃で……。

 ループは途中で止まりはしたものの、片付けには相当な時間がかかることが一目でわかるくらいには大量にこぼれてしまっている。

 

「パチュリー、平気?」

「え、ええ……ありがとう。助かったわ、妹さま」

 

 ふよふよと眼下の様子を見下ろしていたフランは、徐々にその高度を下げていく。先にパチュリーが着地し、その後フランが床に足をつけた。

 そうしてさきほどまで自分たちがいた、今は無数の本が倒れ込んでいる場所を前にして、がくんっとパチュリーが肩を落とす。

 

「はぁ……これ、片づけないといけないわね」

「んー……手伝おっか?」

「ありがとう。でも、助けてもらっただけでじゅうぶん。これ以上は妹さまのお手を煩わせるつもりはないわ。そうね……とりあえず小悪魔を呼んできて、本を元のところに……ああ、でもその前に」

 

 パチュリーは乱雑に積まれた本の山に歩み寄ると、その中から一冊の本を抜き出した。

 

「これを。妹さまが探していた、星の成分についての研究成果が書かれた書物です」

「わっ、ありがとうっ」

「助けていただいたのはこちらの方ですから」

 

 両手で大事に本を抱える。ここを出たら魔理沙に渡してあげよう。

 

「それじゃ、私もう行くね?」

 

 パチュリーはこれから忙しいだろうから手伝わないならこれ以上いても邪魔なだけだろう。

 軽く別れの挨拶をして、パチュリーに背中を向けた。

 しかしいざ立ち去ろうというところで、「妹さま」と呼び止める声がする。

 

「その本、もしも誰かに渡すつもりなら、その相手にはこう言っておいてもらえるかしら。『今回は妹さまに免じて貸してあげるけど、次からはちゃんと自分から訪ねてきなさい。貸すかどうかは知らないけど』、って」

 

 足を止める。振り返って、しかたがなさそうな顔で肩を竦めているパチュリーに、ぺろっと舌を出してみせる。

 

「……ばれてた?」

「ええ、ばればれ。というか妹さま、ろくに隠す気なかったでしょう?」

「そんなことないわ。隠す気はあったわよ。隠し通せる気がしなかっただけで」

 

 フランがいつもは読まないような本が欲しいと言ったのだから、ばれるのも不思議な話ではない。パチュリーに聞かなければよかったと言えばそこまでだけれど、大図書館と呼ばれるほど広い部屋から目的の本を一人で探すのは相当骨が折れる。

 それに、本を探すのに手間取っているのにパチュリーに場所を聞こうとしない時点で、なにか後ろめたいことがあると勘ぐられることは避けられなかったはずだ。どちらにせよ怪しまれるのならどうしようが変わらなかっただろう。

 なにはともあれ貸してもらえるのだ。なにも問題はない。

 

「ま、私も本の場所を教えてくれたパチュリーに免じて、あれには読み終わったらちゃんと返還するように言っておくから。それで許してちょうだい?」

「ええ、それはもちろん……もっとも、言った程度であいつが返す気になるとは思えないけれど」

「大丈夫よ。ちょっと脅せばそれくらい簡単だわ。魔理沙って意外と怖がりだから」

「いやまあ、吸血鬼に脅されたら誰だって怖がるでしょうけど……」

 

 パチュリーから呆れ混じりの視線を受けながらも、それじゃあね、と今度こそ大図書館をあとにする。

 本を渡した際には魔理沙から「でかした!」と喜ばれたが、パチュリーからの伝言を伝えると途端に苦々しい顔になった。同時に簡単にばれたことへの非難の目線でこちらを見てきたけれど、それはちゃんと返すよう脅した段階ですぐになくなった。

 ちなみに脅しの内容は返さなかったら家を燃やす、だ。フランなら本気でやりかねないことは魔理沙ならもちろんわかっている。青い顔でこくこくと頷きながら、彼女は本を受け取っていた。


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