超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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楽に運動不足を解消したいおはなし。

 フランは自分のことを、どちらかと言えばインドア派だということを自覚している。インドア、つまり室内で遊んでいる方が好きということだ。

 外に出られるようになったと言っても吸血鬼の特性上、太陽や雨を煩わしいと思う気持ちは変わらないし、ずっと地下室で過ごし続けてきたから運動が得意だとも言いがたい。吸血鬼ゆえに身体能力などの潜在能力はずば抜けているにせよ、それに対しフランにできることと言えば、その圧倒的なまでの力を文字通り力任せに振り回してみせることくらいである。まず間違いなく十全に使いこなしているとは言えない。

 そんなフランと違い、こいしはアウトドア派だ。とにかくじっとしていることを嫌い、ひたすらふらふらとその辺を歩き回り続ける。体力の続く限り行動し続け、疲れ果てれば少し休み、起きたらまた懲りずにふらふらと。まるで幼い子どものような快活さを特徴の一つとしている。

 そういう真逆と言ってもいい性質の二人が仲良くなることができたのも、ひとえにこいしが分け隔てのない無意識の妖怪だったからだろう。

 いつもなにを考えているのかわからない、というかなにかを考えているのかすらわからない。無意識にすべてを委ねる放浪妖怪。妖精(バカ)みたいと言うと彼女は毎度不服そうに頬を膨らませるけれど、そんな彼女だったからこそ、フランはこいしを気に入ったのだ。

 室内で遊んでいる方が好きだったというのも今は昔の話。今も別にそこまで外で遊ぶことが好きというわけではないけれど、内や外など関係なく、こいしと遊ぶことは室内で遊んでいる時の何倍も充実している。そのこいしが屋外での行動を主軸としている以上、暇な際のフランの思考が「どうすればもっとこいしと楽しく外で遊べるか」に至るのは自然なことだった。

 

「体の動かし方を知りたい、ですか」

「そうそう。ほら、咲夜も知っての通り私って箱入りでしょう? 地下に引きこもってた頃は一人じゃなんの意味もない努力とかなんだとかそういうの大嫌いだったし、そもそも運動なんて屋内でするようなことじゃないわ。あんまり得意じゃないのよね」

「それは心得ていますけれど、なぜお嬢さまやパチュリーさまではなく私に直接ご相談を?」

「だってあいつに言ったら『それじゃあ一緒に運動しましょうっ?』とか喜々として誘われるのがオチだもん。無駄に準備整えられたりしてさ、そのくせしてきっと効率は悪い。私はもっと効果的かつ楽に運動不足を改善したいのよ。その点パチュリーもダメね。あれは一目見るだけで不健康優良児だってわかるもの」

「ふふふ、妹さまは手厳しいですわねぇ」

 

 曇りの日の昼下がり。万が一にも話が耳に入らないようわざわざレミリアが寝ている時間帯を狙い、咲夜に話を持ちかけていた。

 ついこの前、慧音との顔合わせの日にこいしの頬をつついたことをきっかけにちょっとだけ追いかけっこをしたことが、今回の相談の発端だった。

 あの時は慧音に中断されたおかげで捕まらずに終わったけれど、本音を言ってしまえば、あのまま続けていれば必ずこいしに捕まっていただろうと思っている。ほぼ体力無尽蔵でひたすら好奇心旺盛なこいしに比べ、フランはただ単に身体能力が高いだけだ。きっと最後には集中が切れてフランがしたことと同じように、彼女に頬をつつかれていたに違いない。

 それ以前にも紅魔館の前にある湖――この前知ったが、霧の湖と言うらしい。昼間は視界を塞ぐほどに霧が大量に出ているからだとか――で追いかけっこをした際にも、少しだけ彼女との運動神経の差は感じていた。

 要するに、悔しいのだ。いつも外に出ている彼女と差があるのは当然と言えば当然と言える。だけどそんなことは関係なく、本来なら負けていたという事実が我慢ならない。

 ただ、こいしと同じ土俵に立ちたい。そう思うことはおかしいことではないはずだ。

 フランの相談に、咲夜は考え込むように顎に手を添えた。

 

「しかし、効果的かつ楽に、ですか。これまた難しいご注文ですね」

「咲夜ってスタイルいいし、きびきびしてて運動神経よさそうだし、なにかいい方法知らないかなーって思ったんだけど」

「あら、妹さまはお上手ですわね。お褒めいただいたからにはなにか良き方法を提示してさしあげたいところなのですが、なにぶん私はただのメイド。教えられることと言えば料理と作法、あとはナイフ投げくらいですからねぇ」

「ナイフ投げ教えられるのはただのメイドなのかしら……」

 

 しかも咲夜が主に用いているのは銀のナイフだ。銀、つまりは吸血鬼の弱点の一つ。よくそんな一見叛逆する気満々にしか見えないものの使用をレミリアが許可しているものだと常々思う。しかも全身に隠し持っているというのだから手に負えない。

 咲夜自身が時間を操るという、字面だけでも他とは一線を画した力だとわかる能力を保有していることもあって、もしも彼女に謀叛の気があったのならいくら吸血鬼と言えどただで済む保証はないというのも恐ろしい。

 

「どうかなさいましたか? そのように上から下まで品評するように目線を送られては私と言えども照れてしまいます」

 

 頬に手を当てて恥ずかしそうにする、そんな仕草もさまになる。

 品定めをしているつもりはなかったのだけど、このメイド服のどこに大量のナイフを隠しているのだろうと全身を眺めて唸っていたのは確かだ。

 ナイフのことではないが、この際だから少し気になっていたことを聞いてみることにしよう。

 

「いやねぇ、咲夜っていっつもお姉さまにこき使われてるんでしょ? ちょっと文句言いたいとか逆らいたいとかって思ったことはないの?」

「これはまた、答えづらい質問ですね」

「それってやっぱりちょっとは不満だって思ってるから?」

「いえいえ、そのような気はまるでございませんが、ここで少しでも曖昧な答え方をしてお嬢さまの耳に入ってしまえば、私は今以上にこき使われてしまうでしょうから。ですからここは不満などあるはずもありませんと答えておきましょう」

「別に告げ口だなんてするつもりないのに」

「ふふ、本当に不服な気持ちなどないのですよ。私はお嬢さまに名前をもらいました。それを受け入れた時から私の運命のすべてはお嬢さまこと、レミリア・スカーレットのもの。私はこんな私を望んでくれたお嬢さまのために人間として生き、お嬢さまのために人間として死ぬ。初めからそう決めています」

「……人間として、ねぇ」

 

 少しだけ、レミリアが咲夜を信頼する気持ちがわかった気がした。

 

「私などのことより、妹さまのご相談ですわ。効果的かつ楽に体の動かし方を学ぶ方法、でしたか。申し上げました通りあいにくと私は存じ上げませんが、この館の門番たる彼女ならばあるいは……」

「門番? ……あぁ、そんなのもいたわね。昼間稀に来る無謀にも私たちを退治しようとするつまんない人間を追い返したりしてるんだっけ? 名前覚えてないけど」

紅美鈴(ホンメイリン)です。妹さまは顔もろくに合わせていらっしゃらないはずですので覚えていなくともしかたないかと。彼女は妖怪としては妹さまがた吸血鬼とは比べるべくもない変哲もないただの中級妖怪に当たりますが、本来人間の技術である武術を得意とする少々変わった妖怪でもあります」

「へえ、武術! いいわね、それ。なんだか面白そうっ!」

「彼女が妹さまのご期待にそえればよいのですが……そうですね。他の妖精のメイドたちかホブゴブリンにでも代わりの門番を任せて、妹さまの前にお呼びいたしましょうか?」

「ううん、それには及ばないわ。ちょうど今曇ってるし、私が直接会いに行く。せっかくお外に出られるようになったんだもの。そうしなきゃもったいないじゃない?」

「左様ですか。では、私の役目はここまでですね。あとできることと言えばただ、お嬢さまやパチュリーさまと違って、妹さまが見事健康優良児となれますよう祈ることくらいです」

「くふ。やっぱり咲夜ってちょっと不満に思ってたりしない?」

「いえいえ、今のはただ事実を述べただけですから。それに私めは妹さまを信用しています」

 

 信用している。つまり、密告はしないと信じている。よくもまぁこんなにも堂々と言えるものだ。お茶目のつもりなのかもしれない。

 いつもならこんな弱みを手にすれば「どうしようかなぁ」といたずら気味に揺さぶりをかけるところなのに、そんな気を欠片も起こさせないのもまた、咲夜の手腕の為せる技なのだろう。

 

「ねぇ咲夜、もしお姉さまの従者が嫌になったりしたら今度は私に仕えてみない? お姉さまのとこと違って、ほんのちょっと私の遊び相手になってくれるだけでいいホワイトな職場よ?」

「ふふ、私などを気に入っていただけるのは嬉しい限りですけれど、私はすでにお嬢さまに身も心も捧げた身。せっかくのお誘いですが、ご無礼ながら丁重に断らせていただきましょう」

「あら残念。ふられちゃったわ」

「妹さまなら妹さまに見合うもっと良きふさわしいお相手(パートナー)がいらっしゃいますわ。私にできることはただ、そんな妹さまがたを陰ながらサポートすることだけ」

「本当、できたメイドねぇ咲夜は。お姉さまにはもったいないくらい」

「それこそもったいないお言葉です」

 

 咲夜との交流もほどほどに、それじゃあね、と手を振ってその場をあとにする。

 門番がいる場所と言えば当然、館の入り口だ。最短ルートで玄関までやってきたフランは、以前までこいしと出て行っていた時のようにこそこそとはせず、堂々と玄関の扉を開けると直線状にある敷地の門を目指した。

 紅魔館の庭は広く、緑溢れる生命力の匂いに満ち満ちている。外に出ることを許されるようになってからは、この庭を散歩することも少なくない。

 門と館との中央に位置する噴水を避けて、さらに先に進んでいく。

 

「えーっと、確かー……そう、美鈴。美鈴っ、美鈴ー。美鈴ってこの辺にいるっ? いるよねー?」

 

 門に近づいてきたので少し声を大きくして名前を呼んでみると、こちらが門をくぐるよりも先に向こう側から返事が飛んできた。

 

「あ、はいはいっ! ここにいますよーっ。お嬢さまですよね。こんな時間からどうかしまし……あれ?」

 

 門柱の向こうからひょいっ、と顔を出したのは、咲夜と同等かそれより少し上くらいの風貌をした女性だった。魔理沙がいかにもな魔法使いと言うのなら、この女性はいかにもな中華らしい服装をしている。

 これまで名前を聞いても若干ぴんと来なかったけれど、こうして実際にこの目で見て思い出してきた。フランは何度も彼女のことを見てきている。館の中でもたまにすれ違うし、庭で行われるパーティにも参加しているのを窓から見たことがある。

 美鈴はフランを見つけるとぱちぱちと目を瞬かせ、その疑問をそのまま表すかのごとく不思議そうに首を傾げた。

 

「お嬢さま、じゃない? 妹さまですか?」

「他の誰に見えるの? それとも私の顔なんて忘れてしまった? 悲しいわね」

「い、いえいえ滅相もありません! ただちょっと珍しかったから驚いただけですっ! そんな泣きそうな顔しないでくださいよ!」

「冗談よ、冗談。こんなのでそんな大げさに反応なんてしなくてもいいわよ? どう見ても演技じゃないの。からかいがいのあるやつね」

「あ、はい……これは確かにお嬢さまの妹さまだわ」

 

 出会って早々肩を竦められる。

 そうは言っても今のは美鈴が悪い。ちょっと顔を伏せてみせただけであんなに慌ててくれるだなんて思わない。なんとなく、これはきっとたまにお姉さまにおもちゃにされてるんだろうな、とフランは思った。

 

「それで妹さま、どうかしましたか? 私になにかご用でしょうか。私、そんな大したことできませんよ。私にできることは大抵咲夜さんもできますし」

「その咲夜ができないことをあなたに相談に来たのよ。咲夜の提案でね」

「咲夜さんの提案、ですか? これまた珍しいこともあったものですねぇ。私にできることなんてたかが知れてますが、頼られたからには全力で受け答えさせてもらいますよ。それで、結局なんの相談なんです?」

「私に体の使い方を教えてほしいの」

「体の使い方ですか?」

「そう。ほら、私ってずっと箱入りだったでしょう? だから運動があんまり得意じゃなくってね。美鈴は武術が得意だって聞いたわ。それのコツとかあったら教えてよ」

「あぁ、そういうことですか。確かにそれなら咲夜さんより私の方が適任ですね。把握しました」

 

 しかしコツですか、と言いたげに「むむむ」と美鈴が唸る。

 

「そうですね……正直に言ってしまうと、コツと呼べるほどはっきりとした近道は武術にはありません。何事も一つずつ目の前のことから、一歩ずつ確かに踏みしめて、一段ずつ実感を伴って登っていく。強いて言うなら、そういう堅実さこそがコツでしょうか」

「つまんない答えねー。もっと簡単な方法とかないの? 私、地味な積み重ねとかって嫌い」

「あはは、さすがお嬢さまの妹さまだけあって無茶振りしてきますねぇ。しかし申しわけありませんけど、本当にそういうものはないんです。体を動かすということは必ず基本が大事になるもの。仮に邪道を極めるにしても基礎から逃れることはできません。なぜなら邪道は王道を意識してこその横道なのですから、王道を知らずしてそれを極められるはずもありません」

「さすが武人ね。よくわかんないけどなんかそれっぽい感じな雰囲気がひしひし伝わってくるわ」

「それってあんまり伝わってないってことじゃ……」

 

 美鈴はさらに難しそうな顔をして腕を組み始める。どうにかフランを納得させる答えはないものか、と懸命に探してくれているようだ。

 しかし美鈴には悪いが、初めに即答で基本が大事などと答えられた時点で違う答えが出ることなどまったく期待していない。真剣に悩んでいるせいで周りの言葉も聞こえていない様子の美鈴に、とりあえずもういいことを伝えるために袖を引いた。

 

「美鈴、もうコツはいいから今度は美鈴が武術使ってるとこ見せてよ。一回見てみたいって思ってたのよね」

「武術を使うところ、ですか。それくらいならもちろんいくらでも大丈夫です。でも壁とかに撃つと壊してしまうので空振りしかできませんけど、構いませんか?」

「別にそんなの壊したっていいわよ。私の責任じゃないし」

「まぁ確かに妹さまの責任ではないでしょうけど……とりあえず適当にやってみますね。うーむ、ここはシンプルにわかりやすいものを一つ……」

 

 すぅ、と静かに美鈴が構えを取る。それだけでフランはおおーっという感じの気分になる。フランの戦い(遊び)方に構えなんてものはない。その身に宿る暴力をただひたすらに解放するだけだ。

 フランが見守る中、美鈴は片腕をまさしく引き金を引くように引き絞る。次の瞬間、だんっと一歩を強く踏み出すと同時に繰り出された一撃はまさに空気を裂き、弾丸さえ生ぬるい。超至近距離における大砲の一撃とさえ錯覚させるほどの衝撃だった。

 

「……ふぅ。こんなものですね。まぁ、気もなにも使っていないただの掌底なんですが」

「ううん、すごいっ、すごいわ! これまでずっと『私たちより弱い門番とかなんか意味あるの?』とか思ってたけど、見直したわ美鈴!」

「お、思われてたことの内容が大分ひどいですけれど、褒められて悪い気はしませんね。ありがとうございます」

 

 嬉しさゆえの笑いと苦笑いが半々ずつ。けれどフランは本当に彼女のことを見直したのだ。

 構えを解いた美鈴にフランは目を輝かせながら近寄った。そうして今まさに掌底を打ってみせた手を自分の両手で持って、手のひらをじっと見つめてみたり、ぷにぷにと感触を確かめてみたり。興味津々で観察する。

 

「あは、あははっ! ちょ、ちょっとくすぐったいですってば妹さまっ。もうちょっと優しくお願いしますっ」

「むぅ……不思議だわ。どうしてこんなやわな手であんな鋭い感じの一撃を繰り出せるのかしら」

「そ、そうですねぇ、ふふ。今ではもう無意識にできてしまうことですから説明がしにくいのですが、技というものはその部位だけで繰り出すものではないんですよ」

「どういうこと?」

「結果的に攻撃する部位、今回の場合は手のひらに力を乗せるよう収束させましたが、その実は全身を使って威力を高めているんです。下半身できちんと軸を取り、ネジを回すようにして力を高めながら循環させて、とかそんな感じです。口ではちょっと説明しにくいんですが……」

「全身の力を、ねぇ。そんなことできるの?」

「できますできます。慣れないかたは腕や手首の力だけでどうにかしようとしてしまいがちなのですが、きちんと練習を重ねれば次第に必ずできるようになります。私がそうでしたから」

「ふぅん。練習を重ねれば、かぁ……好きじゃないんだけどなぁ」

「私なんかができたんですから妹さまにできないはずがありませんよ。あ、どうです? ちょっと今の技、チャレンジしてみます?」

「えっ、いいの? っていうかできるの? 今の私でも?」

「もちろんいきなり私ほどには無理のはずですけど、私が少し手を貸せばおそらく今の掌底打ちくらいは……妹さまはまだ基礎の基の字も知らないはずですので微妙なところですけれど」

「やれる可能性があるだけでいいわ! 私、やってみたい!」

「はいっ。ではこちらへ。えっとですね、まずはこう、少し足を引いて、腕を――」

 

 美鈴に言われるがまま。いや、半ば動かされるがまま。

 言葉とともに、美鈴に後ろから抱きつくようにして一挙一動を丁寧に、文字通り手取り足取り整えてもらう。初めはひどく不格好だった構えも、次第に美鈴がさきほどまでやっていたそれと似通うようになり、最後にはせいぜい出来のいい真似事レベルにはしっかりとした構えになった。

 ただ、ここからはフラン自身の体はフランが動かさなくてはならない。始めるための準備は美鈴に手伝ってもらえても、技を繰り出すのはフラン自身なのだから。

 どうやって美鈴が掌底打ちとやらを繰り出していたのか細かくは思い出せなかったフランの前で、美鈴は何度も何度もそれを行ってくれた。時にはゆっくり、ポイントを説明するように。とても丁寧に。

 そうして美鈴の動きを完全に頭の中に叩き込んで、少しだけ深呼吸。美鈴がしてくれた動きをフランもまた幾度となく頭の中で復習し、いざ、記憶に刻まれたその美しい技を再現しようと足を踏み出した。

 

「――……ふぅ。どう、だったかしら? 美鈴」

「とてもお上手です。初めてとは思えないくらい」

「世辞はいいの」

「あはは、本当世辞ではありませんってば。本心です本心。私が初めてやった時は本当全然でしたから。その点妹さまはちゃんとさまになってましたよ」

「だといいけどね」

 

 実際に技を繰り出そうと体を動かしてからようやくわかった。美鈴に細かく教えられた手前、それこそ最初のほんの一瞬だけは全身の力が伝わるような感覚を味わえはしたけれど、それはすぐに途切れてしまった。結局最後に繰り出した掌底はただいつも通り吸血鬼の腕力に身を任せただけの暴力にすぎない。

 自分の手のひらを見下ろす。今は目なんてどうでもいい。ただ、この手や体は美鈴よりもはるかに強いもののはずなのに、けれどそれだけでしかない。

 一瞬と言えど感じることのできた、全身の感覚が繋がったような感触。美鈴はあれをずっと維持し、繋げ、技としている。それも一度や二度ではない。実際に行使する際には連続で何度も、臨機応変に。

 

「美鈴ってすごいのね。ほんと、見直しちゃった。私には到底無理だわ。まるでできる気がしないもの」

「えっ、そんなことないと思いますけど……確かに今はまだまだ技としては未熟ですが、きちんと基礎を習えばもっとずっとすぐにでも変わりますよ」

「だから世辞はいいって言ってるでしょ?」

「世辞じゃありませんよー。妹さまはセンスがあります。私が保証します。まぁ、私なんかが保証したところであってないようなものだってわかってますけど」

「……はぁ、なにそれ」

 

 美鈴のすごさを味わったばかりだから、正直嫌味にしか聞こえない。そう思って美鈴を睨みつけようとしたのに、当の本人は嫌味などではなくまるで言ったままのことを本気で思っているかのような、相当に真剣なアホ面でこちらを見つめてきている。

 フランにはセンスがある、保証する。

 しばらくじっと視線を交わし合って、こらえ切れなかったのはフランの方だった。

 

「くふっ、ふふふ……なにその顔。なるほどね、わかったわ。あなた、あんまり頭が冴える方じゃないのね。それにとってもわかりやすい。嘘なんてついてもすぐに見破れそう」

「え? 嘘なんてついてませんが……」

「わかってるわよそんなこと。あぁ、あなたも咲夜もなんでこんなところに仕えてるのかしらね。世界はこんなにも広いのに、これじゃまるで縛りつけてるみたい」

「うーん……よくわかりませんけど、私は好きでここにいるんですよ? 嫌だと思ったことは……まぁ、ちょっとだけならないこともないですけども、出ていこうと思ったことは一度もないです」

「そう。変わった妖怪ね、あなたも」

 

 美鈴に背を向ける。向かう方向は門の内側、玄関の方角だ。

 けれど去る途中、ふと首だけで振り返って、笑いながら美鈴に告げる。

 

「また来るから。その時はその大事な大事な基礎とやら、ちょっとだけ教えてもらえる?」

「あ、もちろんです! 私にできる限り全力で!」

「それからさっきのほんのちょっとは嫌だって思ったことがあるってこと、お姉さまに言っちゃってみてもいいよね? その方が楽しめそうだし、私が」

「えっ、あっ、い、いやっ。え、えーっと、その……そ、それはできればやめてほしいなー、なんて……」

「ふぅん。じゃあ言っちゃってもいいのね。だって希望というものは我々妖怪にとって得てして絶つべきものだもの」

「だ、ダメです! 後生ですっ、後生ですからどうか! どうかレミリアお嬢さまにだけはっ! お嬢さまに知られたらなにをされるかわかったものでは……うぅ、ぶるぶる」

「ふふ、冗談よ。やっぱりからかいがいがあるわね」

 

 どうせそのほんのちょっぴり嫌だと思ったことだって、レミリアの無茶振りに悩まされている時に違いない。美鈴は相当人当たりがいいしからかいがいがあるし、容易に想像がつく。

 当初の目的だった体を動かすコツなんてものは掴むことができなかったが、とりあえずはよしとしておこう。いきなりこいしと差がつきすぎてしまってもつまらないだろう。今のままでも元々の吸血鬼としての力のおかげでどうにか対応できているのだから、ひとまず少しずつでいい。少しずつ体の使い方を知っていくとしよう。

 努力だとか積み重ねだとかは、やはりあまり好きではない。だけどたまに気分が向いた時に体を動かすくらいなら悪くはない。フランは長い長い時を生きる妖怪だ。それこそ無限にも等しい時間がある。どれだけのんびりしても、さぼりすぎだということもないだろう。




 なんだかそれっぽい描写が散見しましたが、この作品にバトル要素はありません(ーωー )

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