隣人だから   作:ヤンデレ大好き系あさり

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妄 想 爆 発 回


第四話

 失敗したかなと、部室の窓際から外を眺めながら思う。

 

 空は灰色の絵の具をかき混ぜたような曇天で、今にも雨が降ってきそうだ。というかあと数分もしない内に大粒の雨が降って来るだろう。それくらい不穏な空だった。

 

 「傘、持ってくれば良かった」

 

 後悔先に立たずとは正にこのことを言う。予報で今日中なら雨は降らないという情報を信じすぎてしまった。朝田に忠告されたというのにも関わらず、である。やっぱり彼女の言う事には素直に従った方が良いのだと再認識した。

 

 ともあれ、今はどうするべきかを考えるのが先決だろう。

 

 雨に打たれるのは確定だから、汗でびしょ濡れのTシャツは仕方ないのでそのまま着る。傘の代わりになる物がないか鞄の中を探してみるが、あるのは教科書類と筆記用具のみ。正直これでは傘どころか、鞄の中身が濡れないようむしろ俺が傘になるしかない。

 

 (仕方ない。濡れて帰るか)

 

 どうせ家に帰ったらすぐシャワーを浴びるのだ。帰宅するのも徒歩で二十分くらいだし、そこまで苦労する訳でもないのだ。走って帰れば何とかなるだろう。

 

 一応、部活後に体を拭くために残しておいたタオルを頭に巻く。これで濡れる度合いが多少はマシになる。我ながら程度の低い考えだなぁとは思うが、それでも何もしないとお隣さんに怒られるかもしれない。彼女は基本的に大人しい性格だが、身内には過保護な側面が見受けられる。帰ってから怒られるのも嫌なので、出来る限りの事はしておく。

 

 準備が整ったので勢いよく部室のドアを開ける。自分の所属する部活の部室は本校から少し離れている。そのため部室を出ればすぐに外界と繋がる訳で、空を見上げれば変わらず深い曇天だった。

 

 「こりゃ大雨確定だなおい」

 

 居残りで練習なんかしなければ良かった。もしくは、雨が降るかもしれないと直感した時点で練習を切り上げればまだ間に合ったかもしれない。

 

 愚図ってもしょうがない、小走りで校門まで向かう。

 

 その時ポツリと、頬に水滴が落ちる。それが雨による水滴なのだとすぐに分かった。

 

 ―――ヤバいな。

 

 そう心中で呟いた直後、ぶちまけるような勢いで大量の雨が降ってくる。案の定あっと言う間にずぶ濡れになり、服が多量の水分を含んで重くなった。シャツがべったりと肌に張り付いて、少しだけ気持ち悪い。

 

 それでも構わず走り続けていると校門の少し前の辺りで少し暗い雰囲気の、恐らくは自分より年下だろうフードを被った少年が前から歩いてくるのが見えた。傘を差したその男子生徒はどうやら俺を見ているようで、擦れ違う直前に視線が一瞬だけ交差する。何となくだが睨まれてるように感じた。それもかなり悪意が籠ってるような。

 

 「なんだ?」

 

 わざわざ足を止めてまで声を掛ける。流石に大雨であっても、これだけ近ければ俺の声は届くだろう。

 

 「……いえ、何も」

 

 素っ気ない返事。加えてこちらを振り返ることなく、少年はそのまま本校舎の中へと入って行った。雨に打たれながらその後ろ姿を何となく見届けた訳だが、感想が一つだけある。

 

 「あいつ何処かで見たことがあるような」

 

 声に出してみたが、今の自分には心底どうでもいい話だった。他人を気にかけるほど余裕がある訳でもないし、こうしてる今も雨に濡れてるのだ。早く帰らないと風邪をひいて、ともすれば朝田にも迷惑を掛けることになる。

 

 少年のことは頭の隅に追いやり、土砂降りの中を水しぶきをあげながら駆ける。視界は最悪。足場は意識しないと足を取られて転んでしまいそうだ。また肌を打ち付ける水のつぶては当然の事ながら冷たく、俺の体温を徐々に奪っていく。

 

 「やっば、これは風邪引ける」

 

 思いついた言葉は雨によってかき消された。

 

 朝のお天気お姉さんの事を恨めしく思いながら、忙しなく動く足をさらに働かせた。水たまりだらけとなったアスファルトの道を進むたびに靴に雨がしみ込んで一歩一歩が重くなっていく。自宅まであと半分の所に来た辺りで、部活の疲労も相まりだんだん億劫に思うようになってくる。

 

 控えめに言ってもびしょ濡れになった訳だし、もう歩いて帰ろうかなと諦め始めた時。まるで狙ったかのようなタイミングでその人は現れた。

 

 「悪いな、こんな大雨の中迎えに来てもらって」

 

 「……少し遅かったみたいだけれどね」

 

 進行方向の先に、水色の傘を差す眼鏡を掛けた少女がいた。それは自分と隣の部屋に住む隣人、朝田詩乃である。彼女はどこか申し訳なさそうな顔でこちらを窺っていた。どうも迎えにくるのが遅くなったことに責任を感じているみたいだ。

 

 「何言ってんだ、こういうのは自業自得っていうんだぜ。それよりも早く帰ろう」

 

 朝田は何も悪い事はしてない。俺が朝田の言う事を聞かなかったからこうして雨に濡れてるだけである。ましてや予報では今日の内は雨が降らないとされていたのである。だから彼女が気を重くする理由がない。寧ろこうして迎えに来てくれたことに感謝感激である。

 

 その様に告げると、朝田はほんの少しだけ口元を緩める。この細かい仕草を見分けられるようになったのは、それだけ長い間彼女と過ごしてきたからだろうか。

 

 「……そう。でも貴方、そのままで帰るつもりなの?」

 

 「そりゃそうだろ」

 

 これだけ雨に降られたら、今更傘なんか差しても意味がないしね。それだったら早く家に帰ってシャワーを浴びたい。

 

 「ダメよ、せっかく傘を持ってきたのだもの。中に入って」

 

 「一つしかないの?」

 

 「ええ、これだけよ。焦ってたから、うっかりね」

 

 「そしたら猶更入れないじゃん、俺」

 

 一つの傘に二人の人間が入ろうとすれば、それは必然的に身を寄せ合う事になる。そして濡れ鼠な俺と密着すれば朝田がどうなるかなんて分かり切ったことである。そうならないように俺から距離を置こうとすれば、今度は彼女の身体が傘から出て雨に濡れてしまう。それでは本末転倒だ。

 

 「……私なら、少しくらい濡れても平気だから」

 

 「いやしかしだな」

 

 「いいから早く入って。風邪を引いたらどうするつもりなの?」

 

 「……むぅ。でもなぁ」

 

 いいから入れと、朝田は有無を言わせない迫力でこちらを見つめてくる。それでも躊躇している俺にイラついたのか、腕をがしっと掴んでは強引にも傘の中へ引き込んだ。ちょっと信じられないくらい朝田の力は強くて、為されるがままに引っ張られる。

 

 そして逃がさないと言わんばかりに、朝田は俺の腕にツタの如く絡みついた。

 

 「……服、濡れてきてるぞ」

 

 「いいわよ別に」

 

 朝田の服に水が浸透していく。言わずもがな、びしょ濡れな俺に引っ付いたからだ。

 

 当の本人がそのことを気にしてないらしいので自分も強くは言わない。でも忘れないで欲しいのは、俺は男で朝田は女の子だという事実だ。変な話、朝田の控えめなれど柔らかい感触は形容しがたいモノがある。だからそのことを極力意識せずに言う。

 

 「なんか歩きづらいな」

 

 朝田は俺の腕に寄りかかるようにして歩いているため、それを支えている俺は当然ながら負担がかかる。無論たったそれだけの事で音を上げるほど軟な鍛え方はしてないが、女の子といえど腕一本で人を支える続けるのは流石に疲れる。

 

 「そう? 私は楽よ」

 

 それはそうだろう。朝田が楽してる分だけ俺が苦労してるのだから。

 

 「……全く」

 

 嘆息するが、態度ほど気分は悪くない。だって女の子に腕を組まれるだなんて状況、もしかしたら一生を通しても有り得ないかもしれないのだ。ぶっちゃけた話、鼻の下が伸びてないか、そしてそのことがバレてないか不安になるくらいには浮かれてる。

 

 そんな俺の心配を知ってか知らずか、朝田はきゅっとより強く腕を抱きしめる。その仕草が可愛い過ぎて脳が焼き切れそうになる。いや焼き切れた。

 

 「さ、行きましょ」

 

 グイッと腕を引いて催促する朝田。その少女は僅かに頬を緩めているだけで、俺みたく興奮してるようではなかった。なんだか俺だけ意識してるみたいで恥ずかしくなってくる。

 

 「どうしたの? 顔赤いわよ」

 

 喜色を滲ませながら流し目にこちらを見る。雨が降ってるからかな、それが少し艶めかしく見えた。

 

 ―――寧ろこの展開で赤面しない男を男とは言えないだろ。

 

 美少女に抱き着かれる。これほど男冥利に尽きる事もないだろう。それだけその女の子に信頼されている証拠なのだし、俺自身単純に嬉しく思う。朝田の場合だと、事情が事情なだけに少々特殊な事例なのだろうが、それでも信頼されている事には違いはない。

 

 しかし、園児や小学生なら兎も角。普段バカ騒ぎする男子高校生という生き物は、こと女子が話に絡んでくると途端にどうしようもなく奥手(初心)になってしまうのである。勿論それは人によるだろうが、大凡は夢見がちで純情ボーイばかりだ。

 

 それなのに腕に抱き着いてくるだと? そんなの顔は真っ赤になるし頭も沸騰するに決まってるじゃないか。そのことを言葉にすると朝田にからかわれる未来が、火を見るよりも明らかだから絶対に口にしないが。

 

 「少し疲れたからな。今日、結構追い込んだし」

 

 「……そう。じゃあそういう事にしてあげる」

 

 どこか含みのある言い方だ。俺の言い分をただの言い訳だと気づいているのかもしれない。

 

 でもまぁ、満足そうに俺の腕にくっつく朝田を見れば反論を申す気にもならない。やっぱり朝田に対してはどうにも甘くなってしまう俺が居た。

 

 

 

 それからはお互い無言になって、雨が降りしきる街道にて歩を進めていた。

 

 

 

 詩乃は己の先輩の逞しい腕に抱き着いて。そんな少女の体重を支える隣人は、ふつふつと湧き上がる己の煩悩を押さえ付けて。二人の男女は傘という小さな世界で身を寄せ合う。

 

 二人の住むアパートまであと数分といった辺りで。少女の方が先に沈黙を破った。

 

 「雨、やまないわね」

 

 小さい声だったが、密着していたため大雨の中でも隣人の耳には届いた。

 

 「そうだな。明日の朝までには晴れてほしいもんだ」

 

 うんざりしたような声音で返事をする。雨に降られたのが今になって響いてきたようで、彼は寒さでぶるりと体を震わせた。

 

 「……ねぇ。雨の中だから、誰も外にいないね」

 

 それは当たり前だろうと、隣人は思った。部活終わりで時刻は十九時を越えている。この中途半端な時間帯で、その上大雨が降っていれば誰も外に出なんかしない。

 

 しかし、どうにも詩乃はそういう事を言いたいわけではないようだった。彼女は意を決するように、大きく息を吸って深呼吸する。

 

 「こんな雨だから、きっと何をしても誰にもばれないと思うの」

 

 妙に熱っぽい声で呟く。彼女の言う通り、雨のカーテンによって音も視界も遮断されて、確かに何をしようとも(・・・・・・)誰にも気づかれる事はないだろう。

 

 「朝田?」

 

 詩乃の様子がおかしくなったことに気づいて、隣人は彼女の顔を見た。黒髪の少女がその隣人を見つめている。何かを訴えかける様に、何かを我慢するかのように。さながら決壊する前のダムの様に、隣人の目には感情を抑えているように映った。

 

 「どうした?」

 

 「抱き着いたら、収まらなくなっちゃって」

 

 意味不明なことを宣う。言葉の真意を掴めなくて、隣人は何て答えてやればいいか分からずにいた。

 

 すると少女は戸惑う隣人の腕から離れ、彼の真正面に立った。そして手を隣人の肩に置き、鼻が当たるギリギリまで顔を接近させて甘ったるくこう囁く。

 

 

 「ねぇ先輩。キス、しませんか?」

 

 

 




投稿が遅れて本当に申し訳ありませんっ!
前回から総合評価が伸びまくって日和ってましたっ!(言い訳
本当にありがとうございますううぅぅっ!

でもやっぱり皆さんヤンデレとシノンが好きなんだなって。(今の所ヤンデレ要素は少ないですが)
最近ヤンデレ系の話がランキングに沢山乗ってますし、これはヤンデレの時代が来たかな!?
ところで、『ヤンデレ=暴力』じゃないと考える作者はヤンデレ好きとしては異端者なのでしょうか?

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