カルデア食堂   作:神村

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ゴールデンとフォックスです。
ゴールデンは真名わかんないようにフォックスって言ってんのに普通に金時さんとか言っちゃう玉藻が好き。



九尾謹製いなり寿司

「やっぱ男と言ったら素手喧嘩(ステゴロ)だって。なぁゴールデン?」

「ま、最後に残るのは自分の身体ひとつだからな。間違っちゃいねえぜプリティベアー」

「フォウ、フォフォウ、キュ?」

「違うよ、オレだってまともな姿で召喚されてたらこんなキュートじゃないから。俺、生前ライオン素手で殴り殺してるからマジで」

「フォーウ……?」

「だよな、やっぱり信じられねえよなあ」

「ひでえなー、オレだって好きでこんな姿で召喚されないっての」

「いいじゃねえか、ゴールデン愛らしくて」

「男に言われても嬉しくないことこの上ない」

「フォフォーウ」

「かっははは、お前も中々言うじゃねえか……えーと、フォウお前なんの生き物? フォックスの仲間?」

「フォーーーウ!」

「悪い悪い、そんなつもりで言ったんじゃねえって」

「オレは熊だよ」

「見りゃわかんだろ」

「こんなファンシーさにスキルポイント全振りした熊いねーよ」

「ここにいるじゃん」

「…………」

 食堂の厨房で仕込みをしている中、テーブルに座る鬼と熊とリス(?)が談笑していた。その光景もさながら、フォウと普通に話をしている一人と一匹も十二分に異様だ。

 余談だがオリオンはカルデア内ではアルテミスと別行動していることも多い。本人曰く『一人の女に縛られるのはイヤ』らしいが、普段の様子を見る限り説得力が皆無なのは言うまでもない。

「あ、悪い。うるさかったかエミヤ」

「構わないよ、迷惑だったら言うさ。元よりここは私の所有物ではないしな」

「なあエミヤ、オレ腹減ったんだけどさっきから炊いてるそれ、米?」

「ああ」

「いいね、リゾットとか食べたいな」

「おにぎりにしてくれや、おにぎり」

「ジャパニーズのそのおにぎり信仰ってなんなの?」

「悪いがこの米は先約がある」

「先約?」

「ああ、玉藻が――」

「エミヤさ――――ん!」

 と、言うが早いか玉藻が懐に皿を抱えてやって来た。

 クッキングシートをかけているので中身は見えないが、結構な量があるのかこんもりと盛り上がりを見せている。

「おっ、玉藻の姉さん今日も美人だねえ」

「あらっ、ありがとうございますクマさん。クマさんも可愛いですよぉ」

「この圧倒的男として扱われてない感!」

「金時さんもお久しぶりですねぇ」

「お、おう……元気そうだなフォックス」

「フォウ?」

 玉藻が来るなり、あからさまに顔を背ける金時。

 金時は総じて女性が苦手だ。特に玉藻のような露出の高く艶っぽい女性は天敵なのだろう。

 対して玉藻はその反応も慣れたものなのか、気にせずに皿を置く。クッキングシートの下から現れたのは、肉厚な油揚げが山盛り。

「なんだこりゃ、でかい油揚げ?」

「狐と言えば油揚げでしょう?」

「折角だから私がいなり寿司にしようと思ってな……どれ」

 適当に一つ取り、まな板の上で包丁を入れる。外側だけ適度に固く、中は柔らかい油揚げ独特の感触が包丁に伝わる。

「どうですか?」

「うむ……見ただけでも上質な油揚げだな。君が作ったのか?」

「あら、わかります?」

「これほど厚い油揚げはカルデアにはもちろん、店売りでもあまり見ないからな」

「ええ、わたくし良妻ですから。旦那様のために女子力上げてる最中なんです♪」

「ああ、大したものだ。早速調理に移ろう」

「うふ、エミヤさんに太鼓判をいただけたなら安心ですねっ」

 玉藻の油揚げをすべて一貫大に切り、沸かしておいた湯に放り込む。

 と、その鍋を覗き込み首をひねる金時。

「油揚げって茹でて食うもんなのか? あげってくらいだからもう火は通ってるんじゃねえの?」

「揚げただけでは油の味しかないだろう」

「ああ、そういやいなり寿司って甘いもんな。頭いいなエミヤ!」

 こうして湯で煮ることで油抜きをし、その後調味料で煮て味付けをするのだ。

 油揚げは脱水した豆腐を揚げて豆腐内に残った水分の蒸発を利用し作るものだが、これが中々に難しい。まず豆腐を薄く切る必要がある。ご存知の通り豆腐は柔らかいものの筆頭、均一に薄く切るのは困難を極める。

 第二に油の温度調節が非常に難しい。温度が低すぎると油が気化熱に負け縮んでしまうし、高すぎるとかちかちの油揚げとなってしまう。そして豆腐が厚ければ厚いほどそれは難しくなる。 切り口を綺麗な網目状にするのは修練が必要となる。その点、玉藻が作ったこの油揚げはかなり上質と言える。これならば肉厚で重量感のあるいなり寿司が作れるだろう。

 そして約小半刻後、

「さて、こんなものか」

 醤油とみりん、砂糖で甘辛く煮込んだ油揚げに酢飯を詰めて完成だ。

「ありがとうございますエミヤさん」

「なに、君のお陰もあって会心の出来だ」

「早速、いただきまーす♪」

 少々大きめのいなり寿司を素手で掴み一口で頬張る玉藻は、それだけで様になっていた。

 はだけた着物で手掴みで寿司を食う。粋、というやつだろうか。やはり和製サーヴァントには寿司がよく似合う。

「んん~、甘辛くて酸っぱくておいしい♪ エミヤさん、後ほどタレのレシピ教えてくださいね」

「ああ、紙に書いて渡そう」

「…………」

「…………」

「フォウ……」

 と、その様子を物欲しそうな眼で見る一人と二匹。

 三者とも今にもよだれを垂らしそうな雰囲気だった。

「金時さんたちも良かったらどうぞ」

 その空気を読んでかどうかはわからないが、玉藻が寿司の乗った皿を差し出す。

「なに、オレたちも食っていいの?」

「ええどうぞ。もとより皆さんにおすそ分けして私の女子力を国家と時空を越えて全世界へとアピール――」

「ありがとよフォックス!」

「うきゅっ!?」

 有無を言わせず、台詞の途中で玉藻を豪快にハグする金時だった。

「俺、いなり寿司大好物なんだよ。色も味もゴールデンだしな!」

「そ、そですか……って金時さん!」

 玉藻の狼狽と怒りなどどこへやら、一心不乱にいなり寿司にがっつく一人と二匹だった。

「んメぇ! ゴールデンだぜエミヤ!」

「フォフォーウ!」

「本当だウマイな! これが噂に聞くジャパニーズスシか!」

 オリオンの言っている寿司とはまた違うのだが……まあ、喜んでいるようだしいいか。

「ちょっと金時さん、女子に抱きついておいて一言もなしですか!」

「え、あ……わ、悪ぃ。寿司食えるって聞いたらテンション上がっちまって」

 ようやく女性に抱きつくなんて自分らしからぬ行動を思い返したのか、米粒を頬にくっつけたまま謝る金髪の大男はどこかシュールだった。

 女性は苦手でも、テンションが上がるとアクションまで欧米風になるらしい。

「まあ私、心は旦那様のものですし、優しいですから許しますけれども!」

「そう言やよー、ゴールデンってなんでそこまで女が苦手なの?」

「…………」

 みこーん、と玉藻の方から妙な音が聞こえた気がした。そのオリオンの言葉に目敏くからかい甲斐を見つけたのか、玉藻の表情が悪女のそれに染まる。

「俺ぁ女にゃトラウマがあんだよ、出来れば聞いてくれるな」

「ま、オレも女には散々苦労してきたから聞かねーよ」

「お前の場合は好色が原因だろ……まぁ、そうしてくれや」

「ねえねえ金時さん?」

「……んだよ」

 目を輝かせながらにじり寄る玉藻に悪意を感じ取ったのか、一歩退がる金時だった。

 その直感は正しい。正しいが、少し気付くのが遅かったようだ。

「金時さんの恋バナ、聞きたいですねぇ~」

「勘弁しろよフォックス……」

「私に抱きついたお詫びとしてひとつ、聞かせてくださいな」

「たった今許すって言ったじゃんよ」

「いきなりショッキングな出来事があって乙女心傷ついちゃったかな〜?」

「汚ねぇ……この悪女……」

 こうなってしまっては、いくら理不尽だと分かりきっていても男は女に勝てない。私も昔よく赤いあくまに散々使われた手だ。クーフーリン・オルタのように『うるさい』の一言の下、一蹴出来るのならばいいのだが、金時はいい意味でそんな神経は持ち合わせていないだろう。

「……女子供ってのは、扱い辛ぇんだよ」

 観念したのか、金時は訥々と語り出す。

「俺ァよ、人が死ぬのを何べんも見て来た。戦争、病気、事故――そん中でも真っ先に死んで行くのは女子供と命知らずだ」

 金時が生きてきた時代――平安の世は、私と同じ国でこそあれ、現代とは全く事情が違う。

 時代で人の命の重さは変わらないはずなのだが、それでも比べると現代では考えられないような理不尽な理由で人は死んだのだろう。当時では未知の病気、為政者による戦争、食糧不足による飢餓。 私がそんな時代に産まれたとしたら、正義の味方だなんてある意味ぬるい目を見られただろうか。少なくとも自信はない。

「そんなか弱い生き物を俺みたいな馬鹿力だけが自慢の奴が近付いてみろ。なにが原因で傷つけちまうかわかんねえ」

 『気は優しくて力持ち』。

 それが日本における金太郎というヒーローへの認識だろう。そんなに間違っていないとは思う。そのイメージをここまで崩さないという英霊もある意味珍しい。英雄譚なんてものは脚色されて当然のような風潮さえある。その点、金時は純粋で立派だと言える。

 ……ただ、こんなマフィアの用心棒みたいな男になっているとは誰も思わないだろうが。

「それに俺は、初恋の女を騙して討ち取った卑怯モンだ。そんな奴が色恋沙汰にうつつを抜かしていい訳ねえだろ」

「金時さん……」

 金時の話によれば、金時の退治した化け物の中でも最大の敵・酒呑童子は絶世の美少女だったと聞く。金時は彼女に恋をしたが、相手は人を襲い喰らう大妖怪。化け物退治のスペシャリストと妖怪の親玉ではロミオとジュリエットすら成り立たない。

 金時は自分の恋よりも人々の平穏を取り、酒呑童子の酒に毒を混ぜ、その首を討ち取ったのだ。

「ゴールデンもバカだけど苦労してんのなー」

「フォウ……」

「ううっ……おバカの金時さんにそんなに悲しい過去があったなんて……」

「バカは余計だろバカは……否定しねえけどよ」

 玉藻もかつて傾国の美女と呼ばれて来た妖怪だ。共感する部分はあるのか、少々演技過多な様子で目元を拭いながら金時にすり寄る。

「うわぁん、ごめんなさい金時さぁん!」

「おいフォックス、近付くんじゃねえ!」

「私がよしよししてあげますねぇ~」

「だああ! 近ぇ近ぇ!」

「オレもオレもー、甘やかしてー」

 感極まったのか、金時の頭を撫でようとするも煙たがられる玉藻だった。

 金時の頭の上に乗っていたオリオンも便乗して玉藻に飛び移る。

「……ん?」

 と、

「おい、オリオン」

「なんだよエミヤ、今まさに合法的に美女に甘えられるチャンスなんだぞ。邪魔するなよ」

「あれを見ろ」

「ん……おげっ!?」

 食堂の入口、扉に半身を隠しながらこちらを窺うアルテミスがいた。

「ダーリン……うわき……?」

 目からハイライトを消したアルテミスが澱んだ空気と共にものすごいスピードで駆け寄ってくる。正直言って、かなり怖かった。

 女性の怨念、執念ほど怖いものはこの世にない。カルデアでも清姫やブリュンヒルデを見て再認識した事実だ。

「ちょっとダーリンどういうこと!? 私のこと好きだって言ってくれたの、ウソだったの!?」

「違う違う! 違わないけど違う!」

「おいベアー、修羅場に俺を巻き込むんじゃねえ!」

「ねえダーリン、ちゃんとお話して!」

「んがああああ! ひっつくなぁ!」

 玉藻にまとわりつかれ、オリオンを問い詰めるアルテミスに挟まれる。金時は奇しくも露出の高い美女二人に密着するレベルで挟まれる形となった。男として羨むべきなのかも知れないが、金時の性格を思えば哀れでしかない。

「なんだ……?」

 と、パチパチと何かが弾けるような音が耳朶を打つ。

 見ると、金時の周囲に僅かではあるが火花が散っていた。

「ばっ、やめろ二人とも、それ以上……は……っ!」

「金時さん、お辛いでしょうけど女性を誤解してはダメですよ?」

「ちょっとダーリン、聞いてるの!?」

「いいいいやここここれには山より高く海より深い訳がががが」

「くっそ、来やがった……! 悪ぃ、女神サン!」

「きゃっ!?」

 三者一匹が入り混じりもつれる中、金時が辛うじてアルテミスを強めに突き飛ばす。

「ベアー、てめえも離れろ!」

「へっ、オレ?」

「あっ」

 瞬間、

「だああああああああああああっ!」

「なっ――」

「うきああああああああ!?」

「あびゃばばべばばばばば!?」

「――――」

 その光景に、二の句を継げなかった。

 本当に一瞬のことだったが、金時の全身が目も開けられない程の眩い閃光を放ったのだ。

「あっちゃあ……」

「だ、ダーリン……?」

 後には、全身の毛皮がアフロになったオリオンと、焦げて黒煙を吐く玉藻が床に転がっていた。

「おいフォックス、ベアー、大丈夫か!?」

「こ……こ……このイケモン金時さんめへぇ……」

「ダーリン!」

「し、しびれるっちゃ……」

「な、なんだ今のは……」

「俺は普段から静電気レベルで放電してんだけどよ……追い詰められると無意識にこうなるんだよ」

 そう言えば金時の出自には雷神の血を引いている、というものがあったな。

「出来るだけこうならないよう、こまめに黄金喰い(ゴールデンイーター)のカートリッジに移してんだけどな」

「しかし、凄まじいな……」

「天罰よダーリン、二人でゆっくりお話しようね!」

「んじゃエミヤ、俺はフォックス部屋に帰して来るから」

「あ、ああ」

 アルテミスがオリオンを、金時は玉藻を担いで食堂を後にする。

「フォウ!」

「ん?」

 取り残された気分で呆然としていると、金時の放電に何かを感じ取ったのか、フランが入口からこそこそとこちらを窺っていた。

 電気を原動力にする彼女は、基本的に電気が好きなのだ。それゆえに電気の無駄遣いを美徳とする英雄王やテスラとは絶望的に仲が悪い。

「ウゥ?」

「気にするな、さっきのは自然現象だ」

 厳密には違うのかも知れないが、それ以外にうまく説明出来そうになかった。

 金時の体質をエジソンやテスラが知ったら、嬉々として研究し始めそうではあるし、黙っておいてやろう。

「ウー……」

 残念そうに肩を落とし、帰ろうとするフランにいなり寿司を差し出す。

「食うか?」

「ゥ!」

 フランケンシュタインに味覚があるのかどうかは不明だが、顔を綻ばせて頬張るフランだった。

「美味いか?」

「ゥゥー!」

「そうか」

 今回のことは玉藻の自業自得に近いが、せめてもの武士の情けとして、無惨にも散って行った玉藻の油揚げをカルデア内に広めてやるとしよう。

 

 

 


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