カルデア食堂   作:神村

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モードレッドです。
モーちゃん欲しい……全体宝具セイバーをリリィだけで回すのはつらい……。


円卓パンドカンパーニュ

 オーブンを適温に温めた後、先ほど作ったパン生地を入れる。釜の中の湿度を調整したら後は焼きあがるのを待つだけだ。

 この石窯オーブンはこの食堂に身を置くと決めたその日に投影魔術により作り出したものだ。近代の科学の賜物だが、その遠赤外線による内部からの加熱効果はパンを焼くのに最も適していると言えよう。

 通常、投影魔術で生み出したものは時間経過と共に世界の修正を受け四散するのだが、私の投影魔術は普遍的なそれとは根幹が異なるため、こうして長期の稼働も可能となる。とは言え、いずれは寿命が来るのでその度に投影する必要はあるが。

「……まだこんな時間か」

 早朝、未だ日も昇らず局員もサーヴァントも大半が眠る頃。

 私は生前からの習慣で元々朝は早い方だが、今日は懐かしい夢を見ていつもより早く眼が覚め、こうして朝食のパンを焼き、手持ち無沙汰を潰していた。

 世界中の誰もが口にするパンも、学び始めると非常に奥が深い。例えば日本における朝食の主たる米は炊飯器で炊くだけだが、パンはイースト菌の配合や発酵時間、混ぜる材料などの要素でまるで違う結果が出る。

 カルデアはその外国人が多い特性上パンを主食にする者も多いので、カルデアに召喚され、食堂の主になってからは任務さえなければほぼ毎日焼いている。パン作りのスキルも確実に上がったと言えよう。ちなみに今日のパンはフランスパンだ。

 ただ、そんな事は何の自慢にもならないどころか、サーヴァントとしてどうなんだと自問自答してしまいたくなるが。

「……ふっ」

 思わず口元が緩む。

 かつての聖杯戦争。

 セイバーと共に戦った、まだ初心だった未熟な私。

 何もかもが遠い過去の話のようだ。今こうして、共に英霊として戦線を張ることになるなど、あの時分誰が考えたろうか。

「んん?」

 食堂の入口前、人影が横切ると同時にこちらを覗き、足を止める。私の姿を視認すると進路を変え入って来た。

 露出の多めな衣服は今の今まで運動をしていたためなのだろう、タオルを首から下げ、肌には汗の滴った跡が薄らと残っていた。

 そして頭の後ろで縛った金髪、セイバーに良く似た顔立ち。

「なんだエミヤ。お前いつもこんなに早いのか?」

「いや、今日は特別だ。少し寝つきが悪くてね」

「ふうん?」

「君こそ朝の鍛錬か、モードレッド」

「ああ、やっぱ走るなら早朝の方が断然気持ちがいいからな」

 彼女の真名はモードレッド。

 かの円卓の騎士のひとりであり、私がかつて共に戦ったセイバー、アルトリア・ペンドラゴンの庶子でもある。

「コーヒーなら淹れてあるが、飲むか?」

「おう、サンキュ! ついでだから朝メシも作ってくれよ」

 カウンターに座り、豪快にアイスコーヒーを飲み干すモードレッド。言葉遣いから仕草まで大部分が男勝りな彼女だが、モードレッドに性別の話題は禁句だ。男女どちらの扱いをしても烈火の如く怒り出す。 モードレッドが相手の時は、性別に関しては触れないのが正解だ。

「じきにパンが焼けるから待っていろ」

「いいねぇ、焼きたてのパンほど美味いもんはねえよな!」

 なお、セイバーの大食いスキルはモードレッドにも無事継承されているらしく、モードレッドも鯨飲馬食、一度食い始めるとその細い身体のどこに収納されるのかと疑いたくなる程に食う。救いがあるとすれば、モードレッドは他のセイバーに比べそこまで食に固執しないところだろうか。

「毎朝走っているのか?」

「いや、毎朝じゃあねえよ。でも昔っからの習慣でな」

「それは重畳だ。たまにはあの腑抜けたマスターでも連れて行ってやってくれ」

「マスター? 面倒くさがりのアイツが走り込みなんて行くわけねえだろ」

「そうだな……その場面が眼に映るようだ」

「ジキルの野郎も誘ってんだけどよう、あのモヤシ、朝は弱いから勘弁してくれとぬかしやがる。男のくせに情けねえ」

 実際のところ、これ以上成長しない我々サーヴァントに体力作りといった基礎鍛錬は全くもって無意味とは言わないが、あまり意味がない。

 だがまあ、朝方の鍛錬が好ましい、というのは私も経験があるから良く分かる。私も早朝に起きて魔術の訓練をし、朝食を作るのが日課だった。長年にわたって染み付いた習慣というものはそう簡単に忘れられるものではない。

「しかし、毎回こんなに早いのか?」

「あー、いや……まぁ、な。オレもエミヤと一緒で、ちょっと今日は寝つきが悪くてよ」

 竹を割ったような性格のモードレッドにしては珍しく、歯切れの悪い返答だった。

「……夢をな、見るんだよ」

「夢?」

カルデア(ここ)に来てから、毎晩のように繰り返し見る」

 切れ長の眼を細め、空になったカップの底に視線を移す。

 苦悶とも、憎悪とも取れる短い歯軋りが二人しかいない食堂に小さく響いた。

「父上に、貫かれる夢」

「…………」

 叛逆の騎士。

 それがアーサー王物語におけるモードレッドの代名詞だ。

 モードレッドは、アーサー王を失墜させる為に実姉モルガンによって産み出されたホムンクルスだ。だが母モルガンの思惑は外れ、モードレッドはアーサー王を王として、父親として尊敬し育つ。やがては素性を不貞の兜により隠し円卓の騎士の一員まで登り詰め、そして偉大なる父に言う。

 我こそはアーサー王の嫡子。王の後継者は私を他においていない、と。

 だがアーサー王はモードレッドが王の器ではない、と一言の元に斬り捨て拒絶した。

 王としても、父としても。

 そしてランスロット卿を討ちにフランスへと赴くアーサー王より留守を任されたモードレッドは、叛旗を翻す。自分の身がホムンクルスである、という負い目が気を逸らせたのかも知れない。

 その後、何よりも父上に認めて欲しかったという一心を胸に聖剣クラレントを奪取。円卓随一の騎士であるガウェインまでをも打ち破るも、カムランの戦いにて聖槍・ロンの槍(ロンゴミニアド)に身体ごと貫かれ、今際の際にアーサー王の額を割って絶命する。

 アーサー王はその傷と謀叛が原因で、永き伝説に幕を降ろすことになるのだ。

 ――というのがアーサー王の伝承におけるモードレッドの物語である。聞き及んだだけでも凄まじい人生を歩んでいるのが読み取れる。

「死んだ後も夢にまで出るなんて、どうやらオレはよっぽど父上に嫌われたらしい。まあ、当たり前なんだけどよ」

 自虐を含んだニュアンスと共に吐いて捨てる。

「……と、悪かったな。ガラにもなく愚痴っちまってよ。忘れてくれ」

 叛逆の騎士は誰よりも裏切られ続けて来た。

 産まれる前より母親に政治の道具として扱われ。

 意趣返しと言わんばかりに父を目指し騎士となるも本人からは否定され。

 最期の瞬間も尊敬する父の偉業を蹂躙した騎士として語り継がれる。

 その心中は、私如きが察してはいいものではない。

 ――だが。

「……モードレッド、君は何でもかんでも背負い込みすぎだ」

 空になったモードレッドのカップにコーヒーを注ぐ。

 その行き場のない怨嗟を多分に含みながらこちらを睥睨する様は、叛逆の二つ名に相応しく。

「忘れろっつっただろ。蒸し返すんじゃねえよ」

「生憎、見てしまったものを見過ごせない偽善者で名を売ってきたのでね」

「……てめえにオレの何がわかる」

「何も。ただ、たまにはその重い名前を捨て、アルトリアと話をしてみてはどうかね」

「あぁ?」

「ただの父と子。それだけで充分だろう?」

「殺し合った二人に今更家族ごっこでもやれってのかよ、薄ら寒い」

「薄ら寒いのは君の方だろう、モードレッド。君は単純に、アーサー王伝説に幕を降ろしたと言う後ろめたさを盾に、アルトリアから逃げているだけじゃないか」

「……ッ! てめえ、いい加減に――」

 モードレッドが私の胸ぐらを掴む。

 だが、私が今ここで退くわけには行かない。

 私が生涯の剣と定めたセイバーの為に。

 何よりも、目の前の今にも泣きそうな顔で凄む少女の為に。

「……アルトリアは君の生涯に責任を感じこそすれ、君を憎んだり嫌ったりはしていない」

「…………!」

「その程度のこと、君も理解しているはずだ」

 言って、我ながら底意地が悪いと思う。

 だからこそ。

 だからこそ、モードレッドはどうやってセイバーと接していいのかがわからないのだ。

 せめて、最大限の憎悪を向けて欲しかった。

 よくも私を滅ぼしたな、と。

 お前を許さない、と。

 そうであったのなら、終わりのない贖罪という存在意義だけは残った。自分は生まれついての悪なのだと、諦めることは出来たのだ。

 だがセイバーはそんな事は露ほども思っていない。それどころか、モードレッドにそんな修羅の道を歩ませたのは自分の責だとまで考えている。

「だったら――」

 それがアルトリア・ペンドラゴンという騎士の生き様なのだが、そんな感情を向けられた方はたまらない。

 生涯をかけて越えようとしていた、親愛なる父親が相手ならば尚更だ。

「だったら、どうしろって言うんだ。オレは、せめて父上が胸を張って自慢できる子であろうとすることしか出来ねえんだよ!」

「だから、そんなものは必要ない。父と子が親子であることに、理由が必要か?」

「…………っ」

「君は甘え方が下手なだけだ。アルトリアに近付きたいのならば、普通に接するのが一番の近道だと思うがね」

 私の服を捻り上げていた力が緩む。

 次の瞬間。ちん、と、どこか間抜けな甲高い音がモードレッドの怒気で澱んだ空気を攫って行った。パンが焼けたのだ。

「……変な奴だ、お前」

「お互い様だろう」

 力の抜けたモードレッドの腕がするすると離れ、そのままカウンターの椅子へとへたり込む。

 どうやらもう噛み付く程の元気はなくなったようだ。

「オレみたいな偏屈者に説教するわ、サーヴァントのくせに美味いメシ作るわ……何なんだお前」

「さてね……ほら、食うんだろう?」

「ああ……」

 オーブンから取り出した、丸いパンを数個皿に盛って出してやる。

「……んが?」

 無気力にパンにかじり付くモードレッドだったが、一口では噛み切れない。

「固って……なんだこれ」

「カンパーニュと言ってフランスの固い田舎パンだ。ジャンヌが久し振りに食べたいと言っていたので、作ってみた」

「んっ……んんんんっ!」

 歯を立て、ぶち、と見事な音を立てて噛みちぎるともくもくと咀嚼を始める。何とも男らしい。

「お、固えけど美味えな」

「そうか、それは良かった」

 カンパーニュは世界的に有名なフランスパンよりもなお固い。

 そもフランスパンが固いのは原料が小麦粉と水と酵母だけで作られ、当地で採れる小麦粉の性質から発酵が上手く行かないため必然的に固くなったのだ。一般家庭で食べることを目的としたパンなので、そのままで保存もきく。

「ふうん、でもオレ達の時代はもっと固いパン食ってたぞ?」

「そうなのか?」

「ああ、こんな風に歯なんかじゃとても噛み切れねえからナイフでザクザク切ってな、味気のねえ塩スープに浸して柔らかくしてから食うんだよ」

「それは……何ともワイルドだな。円卓の騎士ともなれば豪華な食事を食べていたと勝手に想像していたが」

「何言ってやがる。肉だって保存のために塩まみれにして、炭かよって突っ込み入れたくなるほどガッチガチに焼いてたし、チーズなんて腐ってて当たり前だったぞ」

「…………」

「想像してるような豪華なメシなんて、一年に一回ありゃいい方だったぜ」

 供給過多と皮肉を言われる現代ではあるが、安定した食事が出来る時代の何と素晴らしいことか。

「『Half a loaf is better than no bread.(パン半分でもないよりはまし)』。今と違って食糧の有無がそのまま命に直結してた時代だ。王族だろうが騎士だろうがそれは同じだったからな」

 ああ、何だかセイバーがあんなに食事に夢中になっている理由がわかる気がして来た。

 無制限に食べるアルトリア達を甘やかすのは良くない、と最近食事を出し渋っていたのだが……そんな話を聞いたら思う存分食べさせてやりたくなるじゃないか。

「ごちそうさん、そこそこ美味かったぜ」

「あ、ああ」

「世話好きも行き過ぎると鬱陶しいだけだ。主夫なら主夫らしく、焼くのはパンだけにしとけよな」

「誰が主夫だ」

 あっという間に数個のパンを平らげると席を立ち、 皮肉を置き土産にモードレッドは食堂を後にする。

「あ、そうだ」

 と、入口で振り返り、

「今度、オレから父上に言ってみるよ」

 歯を見せて笑う面持ちに、先ほど見せた陰鬱な影は見受けられなかった。

「一緒にメシでも食おうぜ、ってな」

 言って、手を振り去って行く。

「……だそうだぞ」

「……」

 モードレッドの姿が消えた後、会話の途中でいつからか増えた気配に声をかける。

「要らぬお節介だったかな」

「……いえ、ありがとうございます」

 モードレッドが彼女に気付いていたかどうかは本人にしかわからないが――。

「パン、食うか。焼きたてだぞ」

「いただきます」

 心に闇を抱えない英霊はいない。

 我々英霊は一度死んだ身である以上、否が応でも自分の物語と向き合いながら生きていかなければならない。

 散々苦しみ、みっともないほど懊悩し、払拭できないままそれらしき理由をつけ、自分の業を背負っていくしかないのだ。

 新しいカップにコーヒーを注ぐ。

 今日は特別に、塩辛いスープもつけてやろう。

 

 

 


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