タマモナイン実装してくれませんかねえ。
無人の厨房内にて細心の注意を払い、プルタブに手をかける。
炭酸の抜ける爽快感ある音と共に甘い匂いが微かに立ち込める。そのまま間を置かずに中身を半分ほど飲み干した。舌から喉へ心地の良い感触が行き渡っていく。
コーラはいい。サーヴァントとなったこの身でも時折飲みたくなる。流通の途絶えたカルデアではあるが、ロマニが人理修復に取り掛かる以前に個人的に買い溜め込んでいたため缶コーラとセブンアップは山ほどあった。それらもほとんどジャンク好きのオルタとマスターに現在進行形で奪われているのは哀れとしか言いようがないが。
余談ではあるが、私はペットボトルよりも缶のコーラが好きだ。理由としては口をつけた時の冷涼感とアルミ缶の特性による保温効果はペットボトルよりも一線を画す。ペットボトルはキャップにより封ができる、というメリットもあるのだが、私は炭酸飲料というものは得てして短時間で飲み切るものだと思っている。
「おう、エミヤロウではないか。ごきげんウルフギャング?」
と、入口より肩に大きな獣らしきものを担いだ、猫耳に肉球を携えた女性が現れた。秋葉原にでもいたらコスプレと間違われること請け合いだろう。
「タマモキャットか。何だそれは?」
「これか? 倍々コーンとかいうやつだナ。無限に増えてやがて地球を埋め尽くすトウモロコシ……最後は宇宙にポイするのがお約束か?」
バイコーンの事を言いたいのだろう。最近になって相対するようになった双角獣のことだ。
「さっき狩って来たのである。コヤツはまさに
相変わらず言っていることはよくわからないが、意図は汲み取れる。
どうやらマスターに手料理を作るから厨房を貸せ、ということらしい。
バーサーカーである彼女に厨房を貸すのは少々危なげだが、マシュから聞いた話によれば以前、驚くほど立派に料理を作ったと聞いている。マスターやキャット本人の言ならばともかく、マシュの言うことならばまず間違いはないだろう。
しかし、あの肉球でどうやって包丁などの調理器具を持つのだろうか。
タマモキャット。
バーサーカークラスである彼女は、キャスタークラスである玉藻御前から派生した九尾の尾のうちの一本だ。良く言えば純粋一途、悪く言えば考え無し。マスターの言うことならば何でも受け入れるが、それは同時に何もかもを許容する、という危険性をも孕んでいる。
「……それをマスターに食わせる気か?」
「馬肉はおいしいのだぞ?」
それはわかる。人間の間でも桜肉と呼ばれ、その脂肪を極限まで落とした締まった肉質は刺身にすることで本領を発揮する。味は淡白だが他の食肉よりもグリコーゲンを非常に多く含むので、独特の甘味がするのも特徴だ。
だがバイコーンは幻獣の類だ。確かに栄養こそありそうだが、それは果たして人間が摂っても大丈夫なものなのだろうか。
「安心せよ。キャットがご主人をキケンな目に遭わせる訳がなかろうなのだ」
「毒味でもしたのか?」
「うむ。この間マロンに食わせたら元気いっぱいになったぞ!」
「マロン……ああ、ロマニか」
「オスなのにあんな髪型なのだ。よほどお馬さんが好きなのだろうな」
ロマニの場合はお洒落やファッションと言うよりは、ただの無精だと思うが。
「ところでエミヤロウは裸エプロンはお好きか?」
「ノーコメントだ」
そんなもの、男なら好きに決まっている。裸エプロン、バニーガール、メイド服。どれも男のロマンだ。
が、わざわざ口に出すはずもない。
「むふん。お主、ムッツリスケベだな? だがキャットの貞操はご主人のものだぞ?」
「放り出すぞ」
「にゃはは。このテレ屋さんめ」
「厨房を使っても構わんが、勢い余って壊してくれるなよ」
「任せるがよい。大胆かつ冷静に参るのだ!」
持参した絞めたバイコーンを降ろし、豪快に自前の爪と肉切り包丁で捌いていく。その手際はなるほど手慣れていて見事なものだ。
バーサーカークラスである彼らは、基本的に話が通じない。個人の問題ではなく、クラススキルとしての『狂化』の影響に依るところが非常に大きい。狂化スキルはサーヴァントの基礎能力を底上げする代わりに理性を削る一長一短のスキルだ。ヘラクレスや呂布将軍などが典型的な例だ。彼等は元々名のある英雄だが、狂化のスキルにより言葉を持たない。
坂田金時やこのタマモキャットはその狂化スキルの程度が低いため通常会話も可能だが、時折話が噛み合わないことも多い。先ほどから会話の舵が安定しないのもその為だ。
「エミヤロウよ、そのコーラをいただけまいか?」
「コーラ? ああ」
器用にも肉球の手で缶コーラを掴むと、鍋に注ぎ始めた。コンロの火をつけ、捌いた馬肉を鍋に放り込む。
「よくコーラ煮なんか知っているな」
「ふふん、キャットは良妻ゆえにな。愛する人を堕とすにはまずは胃袋を掴むのが基本だぞ?」
一般的にはそこまで浸透していないが、調理法としてコーラ煮なるものがある。肉や佃煮などをコーラで煮ることにより、炭酸と甘味で甘く柔らかく仕上げることが可能になるのだ。馬肉は鍋にしても美味いし、固めの肉質が柔らかくなっていい塩梅になるだろう。
「……エミヤロウはご主人の事が好きなのか?」
「好き……ああ?」
料理を続けながら投げかけられた唐突な質問に、思わず変な声が出る。
「ご主人をオスとメスの関係で好きなのかと聞いておる」
「そんな訳ないだろう」
これだけは断言出来る。
私がまだ未熟な頃ならばまだしも、百戦を潜ってサーヴァントとなった今では、マスターに恋心を抱くなど十年は遅い。
「なぜそんな事を聞く?」
「ご主人もオトシゴロだ。ご主人の一番は誰なのだろうな?」
「さあな」
考えた事もなかった。
なかったが、キャットの言う通り、マスターもカルデアにいなければ普通の女の子だ。
「キャットはキャットゆえに肉球をプニプニされ毛皮をモフられる存在なのでな、ご主人の
「…………」
「こうやってうまいゴハンを作って、モフモフさせてやるくらいしかキャットには出来ぬ」
「……お前」
私はキャットを見くびっていた、と認めるべきだろう。
自由奔放で、何も考えずに本能のままに行動する奴だと、そう思っていた。
その躁とも取れる程の陽気の裏で、そんな事を考えていたのか。
「ご主人が誰を求めておるのかは狂化しておるキャットにはわからんがな、もしエミヤロウがそうであると言うのなら――」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんだ、続きを言え」
「何を言うのか忘れてしまったである。にゃはは」
「…………はぁ」
その溜息には、安堵の意も含まれていたのだろうか。
胸の奥に、何かがすとん、と落ちる気分だった。
「ともかくだ。キャットは何よりもご主人を優先するキャットである。だからご主人が望むことは何でもする。もしご主人がぐ……ぐらと……ぐり?」
「……
「そうそう、それな。それが辛くて辛くてもう逃げてしまいたいと思うようであれば、キャットは迷わずご主人につく」
先述したが、あの天真爛漫で女傑とも呼べるマスターと言えど、中身は子供、まだ年端もいかない少女だ。
普通ならば、学校に通って友達と遊んでいても何ら違和感はない。
そんな彼女に、心身的負担が一切ないなんてことはあり得ない。
負荷というものはある程度の量が蓄積して初めて実感する。今でこそ明るく平気に振舞っているマスターではあるが、その内は本人にしか――いや、本人にすら計り知れないやも知れない。
いずれその負荷が堆く積もり、限界を迎える日も、来るのかも知れない。
世界の理を担うには、マスターの双肩は細くか弱すぎる。
その時が来て。
もしもマスターが自ら死を選ぶような事があれば。
キャットは、迷わずマスターを手にかけるだろう。
キャットだけではない。世界とマスターを秤にかけて、カルデア内で対立することもあるやも知れない。
その時、私がどちらにつくのかは、現時点では何とも言えない、が、
「そうならないように、エミヤロウがなんとかするがよいぞ」
「ふん、それこそ杞憂だろうよ」
「ふむん?」
「私はこれでも、あのマスターを信頼しているのでね」
私の認めた主だ。
それに女性とは思えない程、肝も太く度胸も据わっている。
そう簡単には潰れはしないだろうし――、
「潰れそうになったら、我々が支えてやればいい。その為の我々だ」
「にゃはは、イイ男だなエミヤロウ。今ならキャットのしっぽをフカフカしてもよいぞ?」
「遠慮しておく」
と、
「うー……お腹減ったよぉ……」
「もう少しです、先輩。お気を確かに……」
「マスター……」
図ったかのようなタイミングでマスターがマシュと共に現れた。
ゾンビのように緩慢な動きのマスターは、レイシフトから帰ってきたばかりなのだろう、普段の元気が見る影もなく憔悴し切っていた。
「お母さん……ごはん……」
「誰がお母さんだ」
「エミヤさん、早急に先輩に食事を用意してください!」
「いつになく深刻だな……何かあったのか?」
「先輩は寝坊して朝ごはんを食べ忘れたらしく、レイシフト中もエリザベートさんのカボチャにかじりついたり、ラムレイさんやブケファラスさん、挙げ句の果てにはタラスクさんまで食材に見えて食べようと――」
「わかった、もういい……」
想像以上に重症らしかった。
今の今までキャットと真面目な話をしていたのは何だったのかと自問自答したくなる。
「コメ……ニク……」
「早く! 先輩が人語を忘れようとしています!」
「ご主人、今キャットが肉を焼いたところなのだ。モリモリ食らうんだワン!」
そんな息も絶え絶えなマスターの前に、皿に載せた馬肉を差し出すキャット。
「にく……肉……! おにく!」
丁寧に盛られた馬肉を視界に入れた途端、マスターの眼に光が灯ってゆく。
「いただきますっ!」
言うが早いか、手を合わせて肉にがっつくマスターだった。
「うまいか?」
「なにこのお肉、甘くて柔らかくてすっごくおいしい!」
「ハラいっぱいになったらお昼寝タイムだぞ。キャットが膝枕して添い寝して耳かきもしてやろう」
「あぁんもう、キャット大好きっ!」
「わふんっ」
感極まったのか、キャットに抱きついて頬ずりをする始末だった。もちろん肉を食う手は止めない。
それを見て胸を撫で下ろすマシュ。
「よかった……いつもの先輩です」
これがいつもの、と言うのもどうかと思うのだが、そこは無粋なので言わないでおこう。
「どれ、私は食後の紅茶でも淹れてこよう。マシュも飲むだろう?」
「あ、はい。ありがとうございます」
君は恵まれているな、マスター。
戸棚から紅茶の葉を取り出しながら、キャットと戯れるマスターの姿を横目で見る。
「おいしかったよキャット。お礼にノドをゴロゴロさせろー!」
「わはは! くすぐったいぞご主人! これ以上やると次回、キャットの中のケモノが目を覚ます! デュエルスタンバイ!」
その様子は、どう見ても使い魔とその主の関係ではなかった。
だが、それが君を海千山千のサーヴァント達のマスターたらしめているものなのだろうな。