カルデア食堂   作:神村

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ロビンフッド、坂田金時、エリちゃんです。
タイトル通りギャグ一辺倒です。



エリザベート特製・鮮血デストロイトカレー

「――投影(トレース)開始(オン)

 投影魔術で銅マグを二つ投影。銅マグは熱が伝わり易いという性質から、冷たい飲み物に好んで用いられる。氷が内壁にぶつかる時の音も重要だ。その乾いた金属音はマグを傾ける者に心地好い清涼感を与える。多少無骨なその外見も、男らしくて私は好きだ。

 銅マグに氷を半分入れ、缶のラムコークを乱暴に注ぐ。カクテルを作れと言ってくる奴もいるが酒は専門外だ。私も成人なので飲めないことはないが、酒は判断を鈍らせるのであまり好きではない。

 ……生前に散々酔っ払いの相手はしたことだしな。

「そら」

「ありがとさん」

「おう、ありがとよ」

 本日は暇だ、という名目でやって来た坂田金時とロビンフッドの二人に酒を渡す。

 サーヴァントが多く住むカルデアとは言え、彼等を使役するマスターはひとり。全員に手が回るようなマスターならばいいのだが、そんな人間は恐らく過去にも未来にも現れないだろう。

 それに私が不本意ながらこうして食堂の主をしているのと同様、サーヴァントには適材適所の要素も強い。目の前にいる坂田金時は素手喧嘩、すなわち物理攻撃に特化したサーヴァントであるし、ロビンは直接の戦闘よりも器用な手先による罠や火計を始めとした工作を得意とする。適材適所の言葉通り、時によってはこうして暇を持て余しているのだ。

「かぁ、やっぱり酒が美味いってのはいいねぇ」

「ああ、酒と肉さえあれば世はゴールデンだぜ」

「いいのかねぇ、英霊として召喚されてんのに、こんなうまい酒なんて煽っちゃって」

「なに、我々が動かなくていいという事は平和であるとも言える」

「それこそ本末転倒だけどな……ま、楽なのに越した事はないね」

「しっかし、最近は種火周回ばっかでつまんねぇなぁ」

「やめとけよゴールデンの旦那。マスターだって一応、オレらを強くしてやろうって考えあっての事だろ」

「周回にすら連れて行かれない私に比べたらマシだ」

「オレもな。どーせ日本人誰もが知ってる英雄と、名前だけ有名で実際はどこのどいつかも判らんオレじゃあ格が違いますよ」

「私に至っては現代では誰一人として知らんからな」

「絡むなよ……まぁなんだ、すまん」

 そう、マスターは最近、私を戦闘に連れて行ってくれないのだ。こうして食堂でコックまがいのことをしているのも、魔力と暇を持て余しているからに他ならない。

 まあ、私は投影魔術という、相手を選ぶ上に燃費の悪い魔術に特化した英霊、尖った性質のサーヴァントだというのは認めるが……。

「大体ね、おたくも弓兵なら弓兵らしく後方支援もしなさいよ。前線に出て武器番えて盾掲げるってどんな弓兵よ」

「む……後方支援をしない訳ではないぞ」

 とは言え、元々私は弓兵という訳ではない。一介の魔術師が魔術を攻撃手段として使う際、唯一心得のあった弓道を利用していた、というだけだ。

 だがロビンの言う通り、弓兵としては正しくないのだろう。

「なぁゴールデンよ、おたくオフの日はこうやっていつも呑んでんの?」

「いや、そうでもねえよ。俺ァあんまり酒強くねえし」

「え、そうなの。すっごい酒豪っぽい外見してるけど」

「日本人は人種的に下戸だからなァ」

「毎日のように酒を呑みに来るのはドレイクとフェルグスくらいのものだ」

「あー……まぁ海賊にとっちゃ酒と水なんて同義語でしょ」

 長期間海の上にいる海賊たちにとって水と違い腐らない酒は文字通りの命の水だ。その上、敵襲や侵攻の際に酔っていては話にもならない。命が懸かっていれば酒にも強くなるのは必然とも言えよう。フェルグスに関してはただの酒好きだが。

「それじゃ、いつも何やってんの?」

「そうだなァ、大体はゴールデンタイムにペットのゴールデンレトリバーと一緒に007ゴールデンアイを見ながらゴールデンバットをふかしつつドンペリのゴールドを傾けてゴールデンデリシャスを食ってるな」

「かはは、冗談も大概にしとけよ」

 絶対嘘だろう、それ。大体、ドンペリのゴールドなんかがカルデアにある訳がない。

 と、

「あ、ちょうどいいところに子ブタども!」

「エリザベート……どうした?」

 今まで料理でもしていたのか、フリフリのエプロンを着けたエリザベートが食堂に顔を出す。

 エプロンは知っての通り、料理をする際の汚れから衣服を守るものだ。エリザベートも何かを作っていたのだろう、エプロンの布地が少々汚れていた。

 私も衛生上エプロンはするが、あのようなフリルをいい歳した男が着たところで害悪にしかならん。逆を説けば、可憐な少女にエプロンが似合わないはずがないということでもある。実際、未来に吸血鬼と呼ばれることになる闇を未だ知らないエリザベートには良く似合っていた。

「実はね、ヒマだから料理してたんだけど、誰かに味見を頼みたくって」

「へえ、見掛けによらず家庭的じゃねェの」

「見掛けによらずってどういう事よ」

「いや、アイドルって料理してるイメージないだろ。ただでさえアンタいいとこのお嬢様だし」

「そうかしら? 話を戻すけど、付き合ってもらえるのよね?」

「もちろん。可愛い女の子の頼み、しかも手料理の試食なんてオレが断る訳ないっしょ」

「そう来なくっちゃ、じゃーん!」

 言いながら、我々の元に運んでくるのは平皿に盛られたライスにルーがかかった料理。

 ルーが赤い、という一点を除けば匂いも外見も紛うことなくカレーだった。

「カレーか……なんで赤いんだ?」

「アタシ特製のスパイスブレンドの結果よ。名付けて鮮血デストロイトカレー! キレイでしょ?」

「ヴラドの旦那が喜んで食いそうな外見と名前だな……」

 そのカレーは、まばゆい程に赤かった。ともすれば、その赤色とカレーの粘度から血液を連想すらさせる。

 まあ、確かに世の中にはグリーンカレーなるものもあるし、色が味を決めるわけではない。食欲を削がれるような色合いをした食べ物が美味いという例はいくつもある。

「試作品なの! 食べてみてよ、意見が欲しいの」

「さっきはあんなこと言ったけどよ、オレたちでいいのか? 言っちゃあアレだが、オレはグルメでもなんでもないですよ?」

「いいのよ。グルメなんて訳わかんない事か文句しか言わないじゃない。普通の人の意見がいいの」

 言われてみれば、金時もロビンも私も元をたどれば一般人だ。と言うか、神の類でない限りは産まれた時点では誰でもただの人か。

「任せろ、俺ァカレーは大好きだぜ。もちろん一番好きなのはゴールデンカレーの甘口だ」

「アンタは味覚が子供なだけでしょ」

「確かにハンバーグに唐揚げにナポリタンは大好きだけどよ……それって男なら万人共通だろ?」

「そうなの?」

 それは……どうなのだろう。言われてみればそれらの料理は大好き、とまでは行かなくとも好物の類に入る。

「それにエミヤなら料理する人だから、舌も確かでしょ?」

「そうまで言うならいただこうか。どれ」

 真っ赤なカレーライスをスプーンで掬い、一口運ぶ。金時とロビンも続く。

「……これは……!」

「どう?」

「――――」

 ああ――――。

 剣と歯車の丘が脳裏に浮かぶ。

 

――――体は剣で出来ている(I am bone of my sword.)

 

血潮は鉄で、心は硝子(Steel is my body,and fire is my blood. )――――

 

「……はっ」

 宝具の一節が喉から出そうになる。

 いかん、落ち着け。

「ちょっと、黙ってないでなにか言いなさいよ」

「ああ、すまない。あまりの味に気が遠のいていた」

「あら、そこまで美味しかったって言うの? さすがはアタシね!」

 カレーは、スパイスの芸術だ。

 その種々様々にブレンドされた多種多様のスパイスがあらゆる情報を脳に伝えてくる。

 化学薬品を思わせる、無機質で温かみの皆無などろりとした甘味。

 失恋に終わった初恋のような酸味。

 この世全ての苦しみを全て凝縮したかのごとき辛味。

 毒草と毒虫を潰してこね上げて青汁で煮て濾したのかと疑いたくなる臭みと苦味。

 これ程のカオスな料理を口にしてなお正気を保っていられるのは、死海よりも塩辛い塩分が味覚を麻痺させてくれるお陰なのかも知れない。

 そう、一言で言えば――。

 まずい。

 そも、カレーとは誰が作ってもおいしくはなくともまずくなる事はそうそうにない。何せ具材を煮てカレールーを入れるだけだ。ある意味、そのカレーでここまでまずさを追求できるのは一種の才能かも知れない。その才能が何処かで役立つかと言われれば、首を傾げざるを得ないが――。

 そうだ、ロビンと金時は無事か?

「ロビン、金時、どう?」

「ちぃとばかり個性的だけど、普通に美味えよ。やるじゃないのお嬢」

「ああ、悪かねえな」

 二人とも平然としてカレーを咀嚼していた。

 馬鹿な……!

 このカレーを食って平気な顔をしていられるなんて……ひょっとして私がおかしいのか?

 いや、待て。

「……ぐ、ぉ……」

 次の瞬間。

 金時が、鼻血を出していた。その原因は言うまでもない。このカレーを食べ続けたのならば、鼻血のひとつやふたつ出ても何ら違和感はない。

「あっ、金時鼻血出てるじゃない! そんなに辛かった!?」

「い、いや……確かにちょっと辛いがそこまでじゃねえよ」

「関係ないわけないでしょ、そんなに辛いなら食べるのやめて――」

「違ぇって、その、あれだ、俺ァ女に弱いからよ……お前が可愛すぎて鼻血が出ちまったんだ、悪ぃ」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! 金時のすけべ!」

 などと顔を背けつつも満更でもなさそうなエリザベート嬢。

 漢だな金時……自らの尊厳を犠牲にしてまで、少女の矜持を護るとは。お前こそ英霊の鑑だ。

「いやぁ、これくらいのもんを作れるんだ、お嬢はいいお嫁さんになるぜえ」

「そう? お世辞でも嬉しいわ」

「オレは女の子への褒め言葉は絶やさない主義でね。どう、オレの嫁さんにならない?」

「うふふ、イ・ヤ♪」

 と、今度は隣でロビンが軽口を叩きながら、テーブルの下で何かを渡してくる。小さく黒い粒がいくつか。

 丸薬……か?

(解毒剤だ……ゴールデンにもさり気なく渡せ……飲めば今よかはマシになる)

 言われて注意深く見てみると、笑顔を維持しつつもロビンの頰の端は引き攣っていた。身体も小刻みに震えている。

 こいつ、自分の分の解毒剤までも私たちに……!?

(オレぁ毒には多少耐性があるからもう少しは保つ。オレが注意を引きつけてるうちに、早くしろ……!)

「……っ、少し辛めのカレーだ。飲み物を持ってこよう」

 自らの身体を犠牲にしてまで差し出された男の心意気を無駄には出来ない。冷蔵庫へと向かい、細かく砕いてアイスコーヒーへと投入。これなら色で何かを入れたとは一見、わからないだろう。

 ロビンからの心遣いだったが、我々三人はもはや何よりも固い結束で結ばれている。誰かを犠牲にしてこの場を乗り切ることなど、出来るはずもない。

 丸薬を三人で等分に分け、二人へと渡す。もののついでにエリザベートにはカフェオレを。

「ほら、飲め」

「あら、子ブタのくせに気が利くじゃない」

「サンキュ……」

「悪いね……」

 なんて奴らだ。

 一口で全てを諦めた私に比べ、二人は高慢ながらもいたいけな少女を傷つけぬよう、全力で己と戦っている。

 マスターが戦闘に連れて行ってくれない、と拗ねていた自分が恥ずかしい。

 カルデアはこんなにも愛と思いやりで溢れていたのだ。

 こうなれば私も英霊に恥じない行動をせねばなるまい。いや、この身が英霊でなくとも、男にはやらねばならない時がある。

(ありがとよ、エミヤ、ロビン……だいぶ楽になったぜ)

(礼にはまだ早い。ここからが正念場だ)

(いいかてめェら、子供の夢を壊すんじゃねえぞ……そんなの、全然ゴールデンじゃねえからな)

(わかってるさ、少女の想いほど得難く儚く壊れやすいモンはねえ……誰かが護ってやんなきゃな)

(ああ……その通りだ)

 決死の覚悟が自然とそうさせたのか、我々三人は目線で会話が出来るようになっていた。

 そう、先述した通り我々は運命共同体だ。

「ぐ、ぶ……っ」

 金時が更に鼻血を噴出す。エリザベートに悟られぬよう、鼻の根元をつまんで血を止めていた。

「へ、へへ……」

 ロビンに至っては大量の汗に加え、うなじ辺りにぷつぷつとじんましんが出始めていた。身体が劇物の侵入に対し、抵抗しようとする拒絶反応。

 二人とも、精神の前に身体が悲鳴を上げ始めたのだ。

(悪ぃ、エミヤ……天下の金太郎が情けねぇが俺ァもう、限界みたいだ……)

(オレもだ……毒には多少耐性があるとは言え、ちと食い過ぎた……)

(ああ、お前たちはよくやった。そろそろ休め……後は私に任せろ)

 二人にアイコンタクトを送り、気合とプライドで空にした皿を持って立ち上がる。

 立ち上がった際、めまいがした。が、こんなところで倒れる訳には行かない。

「ぐっ……え、エリザベート、少し……いいか」

「あら、おかわりかしら?」

「いや、美味かったがまだ改善の余地がある。鍋を置いていってくれれば更に改善点を書いて後日、渡そう」

「そこまでしてくれるの? 助かるわ」

「なに……この程度、お安い御用だ」

「三人ともありがとう! じゃあね!」

 自称ではあるがアイドルらしい微笑みと共に、満足げに手を振って去って行くエリザベート。

 エリザベートの姿が完全に視界から消えたところで、三人は同時にその場に崩れ落ちた。

 これでエリザベートの純心を傷つけることもなく、鍋の中身を分析・改変することで二次災害も防げる。

「やった……な……」

「ああ……」

 私たちはやり遂げたのだ。ある意味、マスターからの任務を遂行した時以上の達成感が全身を包む。

 と、

「やっほー、エミヤ、おやつちょうだ――」

「ま、マスター……か……」

「ちょっと、どうしたの!?」

 入れ違いでおやつを求めるマスターがやって来た。

 我々の姿を見て、一瞬で顔色を変えて駆け寄ってくる。

 それはそうだ。三人とも死屍累々、加えて金時は血の海に沈み、ロビンも先ほど気を失った。

 かく言う私も、自意識さえ朧げだ。

「なにこれ……血!? なんで三人とも満悦顔で倒れてるの!?」

「答えは得た。大丈夫だよマスター。オレもこれから、頑張っていくから」

「ちょっとエミヤ!? それなんかすっごいイヤなフラグ立ってる気がする!」

 マスターの悲痛な声を背景に、意識が遠のいてゆく。

 後悔はない。

 こうしてまたひとつ、少女の夢という何よりも大切なものを、守れたのだから。

 

 

 


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