結局我がカルデアには来てくれませんでした。
彼ももちろんですが、何より他人タゲ集中スキルが欲しい……!
「では、いただきます」
「ああ」
行儀良く手を合わせ、軽く頭を下げるその様は彼女に良く似合っていた。
これが生まれ持った気品と言うものなのか、普段は割りかしお転婆とも表現できる牛若丸だが、椀と箸を持つ姿は様になっている。
本名を源義経という彼女はかの有名な源平合戦の中心人物であり、歴史に名を残す武士である。その見目麗しかったという言い伝えから牛若丸は美少年、と言うのが一般的な認識だが、実は美少女でした、なんてのはカルデアにおいては些末なことだ。
「これは……!」
と、椀の中身を一口すすって目を見開き、牛若丸が身を乗り出す。
「エミヤ殿、これはなんと言う食べ物ですか!」
「汁粉だよ」
砂糖と一緒に煮て柔らかくした小豆に餅を入れたもの。そう、汁粉だ。
汁粉は日本以外の国では馴染みの薄いものなのであまり作らないのだが、牛若丸からの何か日本の料理を、という注文により余っていた小豆で久し振りに作ってみたのだ。
「しるこ……
「アカ、ツキ?」
「ああ、小豆のことです。私の時代では
日本史には疎い私にとってそれは初耳だった。アカアツキがなまって小豆と呼ぶようになったのだろうか。
「
「本来なら温かいものが一般的なんだが、最近は暑いからな。冷製にしてみた」
「なるほど。確かに温かいものも美味そうですね……ああ、甘い、甘くて美味い!」
言いながら、次々と汁粉を男らしくかき込んでいく牛若丸だった。
「……あまり食い過ぎると腹が出るぞ」
サーヴァントである我々が太ることはないが、食べたものがすぐさま消滅し魔力に変換される訳ではない。人間と同じで消化のステップを踏んで僅かな魔力へと昇華される。なのでそれまでは食べた分だけ体重も増える。一度、何があったのかヤケ食いをしたセイバーが妊婦のような腹になっていたのには驚きを通り越して呆れた。
「あ、兄上のような事を言わないでください!」
「兄……頼朝公か?」
「ええ。私は餅が大好きで幼少のみぎり、良く食べていたのですが……兄上は私が餅を食べているのを見る度に、餅ばかり食うと布袋か狸のようになるぞ、と」
「ははは、間違いない」
「ぬう……しかし、本当に美味しくて箸が止まりませぬ……『けぇき』や『どうなつ』は私には甘すぎて」
汁粉が日本で生まれたのは江戸時代頃だったと聞いたことがある。牛若丸が生きていたのは平安時代。おおよそ五百年の開きがある。牛若丸にとっては遠い未来の食い物、ということになるのだが、気に入ってくれたようでなによりだ。今度、他の日本のサーヴァントたちにも食わせてやろう。
「そうだ、弁慶にも食わせてやってよろしいでしょうか。あやつ、破戒僧なので酒も甘味も大好きなのです」
「もちろんだ、ふたつあるから鍋ごと持って行っていいぞ」
「ありがとうございます、エミヤ殿!」
言うが早いか、差し出した鍋を抱えて鉄砲のように飛び出していく牛若丸だった。
「弁慶、弁慶ー!」
汁粉ひとつではしゃぐ彼女が源義経公というのも違和感があるが、微笑ましいものだ。
さて、折角作ったのだし、私も一口食べるとしよう。
と、
「……美味しそうだな、それ」
「っ!?」
急に背後より声をかけられ、思わず脊髄反射で干将・莫耶の双剣を投影し身構える。
「……?」
振り返った先には、襤褸のようなフードの下から浅黒い肌を覗かせる白髪の男。
私と同じ名を冠するアサシン――エミヤがいた。
「どうしたんだ?」
「……気配遮断をして背後から近寄るな。心臓に悪い」
「ああ、悪い。仕事柄、癖になってしまっていてね」
アサシンの固有スキルである気配遮断は、文字通りその存在の気配濃度を薄める。サーヴァントとなったこの身でもそれに気付くには、余程の集中力や直感が働かなければ不可能なほどだ。
干将・莫耶を消し、ため息をひとつ。
「汁粉、食うのか?」
「ん、ああ……いいのなら、もらおうかな」
「いいよ。ここはそういう場所だ」
気だるそう、と言うよりは無気力な声で紡ぐ。
汁粉を椀に注ぎながら、思う。
「……」
彼は、衛宮切嗣だ。私の義理の父親であり、第四次聖杯戦争のマスターのひとり。
だが切嗣との記憶が残っている私とは違い、この切嗣は私が生きてきた時間とは違う時間軸に存在する。切嗣が今の私のように、『正義の味方を貫き通した』という結果を元に存在するのが、彼だ。
彼は私のことなど知らないし、聖杯戦争を体験して来たのかどうかも定かではない。予想をするのならば、私は第四次聖杯戦争で死んでいた筈の身だ。その私を知らないのであれば彼は聖杯戦争を経験して来なかった、というのが自然な考え方だろう。その準拠するところに、彼は私の知っている切嗣よりも幾分か若い。
そんなものはどちらでもいいし、彼から直接聞く気もないが。
「……あんた、正義の味方らしいな」
「……」
ぼそりと、私の背に切嗣が声をかける。
正義の味方とは言えど、私と彼にとってそれは最大級の皮肉でしかない。
正義を追求すると、行き着く果てはものの善悪を命の量で換算するようになる。
十人の命を助ける為に一人の人間を殺し。
百人の命を助ける為に十人の人間を殺し。
千人の命を助ける為に百人の人間を殺し。
万人の命を助ける為に千人の人間を殺す。
世界中の人間を救う為に国一つ形成するほどの人命を奪ったこともある。
正義の味方なんてのは結局、バランスを取る為の都合のいい殺し屋でしかない。
彼――切嗣と私は全く同じ道程を辿って来ている。
ただ純粋に
我ながら救いようがない。
「だからなんだ?」
「いや、なんで僕と同じ名前なのかな、って。英霊が違う側面から召喚されることはあるけれど、あんたは明らかに僕じゃないし、僕には家族なんていない」
切嗣は天涯孤独の身だった。私は第四次聖杯戦争で運よく生き残ったところを切嗣に拾われただけに過ぎない。
「あんたは知っている……のだろうな。聞いたら教えてくれるのかい?」
「知りたいのか?」
「いや、全然」
どうでもいいよ、と鼻で笑う。
「ただ――ね」
「……?」
「あんたが僕のいない筈の関係者で、僕の意思を継いでくれていたのなら……少しだけ、救われる」
「……」
「僕なんかは死後も救われるべきではない……けど、ね」
私の知っている切嗣は、正義の味方をやるには心身ともに消耗し過ぎていた。
僕は正義の味方になりたかった、と時々語って聞かせてくれた。
そんな彼に、『俺がじいさんの代わりに正義の味方になってやるよ』などと。
こんななんの素養もない子供が言った戯言に安心し、笑って、死んだ。
「ほら」
汁粉の入った椀を切嗣に渡す。
「ありがとう……僕は、お汁粉が大好きでね」
他人が自分の意思を継ぐ、ということは、その他人からの肯定に他ならない。
殺して、殺して、殺し続けて、自分が間違ったことをしているんじゃないか、と自問自答することは常にしていた。人を助けたかっただけの筈が、いつの間にか殺戮者として名を馳せている。
だがそんな事を考えていては
溢れ出そうな感情に蓋をして、戦場を巡るのが我々の生き様だった。
そんな中、自分は間違ってはいないのだと、誰かに肯定して欲しい。
私も切嗣も、何処かで思っていたのだろう。
「どうだ?」
「もっと甘い方がいい」
「そうか」
「何故かな……とても懐かしい気がする」
私の知っている切嗣も、汁粉が好きだった。彼の時々作る手料理も雑で大味なものが多く、味付けで喧嘩したことも一度や二度ではない。
「……しかし、きついね。正義の味方をやり続けるのも」
「……そうだな」
無表情のままで目を閉じ、箸を置く切嗣は何を思うのか。
ほんの少しだけ、切嗣の起源が理解出来た気がした。