「――
投影魔術により
ケルトの戦士、フェルグス・マックロイの愛剣であるカラドボルグを模した贋作だが、私が自分で使い易いよう魔改造を施してあるので性質はかなり異なる。
虹霓剣の二つ名通り伸びる虹の光の如く力場を発生させるフェルグスの
超高速で回転しながら迫り来るものは防御も回避も難しい。贋作の弓兵である私が持つ攻撃手段の中では、かなり破壊力の高いものと言えよう。
「
余談ではあるが
だが使用時に技や武器の名前を叫ぶのはサーヴァントだけでなく言葉を持つ生物すべてに根付いた習慣だ。義務と言ってもいい。
「ふむ」
ボウルの中で大きく膨れ上がったメレンゲを見下ろす。空気の含み具合と言い、メレンゲの固さと言い我ながら会心の出来だ。
さて、調理を仕上げて蒸すとしよう。
「エミヤ、おっはよー」
「精が出るな、贋作の英霊よ」
いくつかの容器を業務用蒸し器に入れた次の瞬間、マスターと巌窟王が揃ってやって来た。
食い盛りのマスターはともかく、巌窟王が食堂に来るのは珍しい、と言うよりは初めてだ。最近カルデアに来たばかり、という事もあるだろうが、彼が何かを口にしているのを見た事がない。
「ここに来るのは初めてじゃないのか、巌窟王」
「マスターの付き添いだ。この素敵なマスターは出陣前だと言うのにどうしても腹が減った、腹を満たせぬならば死ぬとまでほざきよる」
「何よ、それだと私が食いしんぼうみたいじゃない」
「間違ってはおらんだろう」
アルトリア程ではないが、マスターも体格の割には良く食べる。
最も、料理を作る身としては食べてもらった方が作り甲斐もあるし、全く食べないよりは健康でよろしいことだ。
「元より食事を必要としない身、ここに来る事の何処に必然性がある」
「ええー、他のサーヴァントたちも結構来てるよ?」
マスターの言う通り、ここカルデア食堂には各々の理由でサーヴァントたちがやって来る。
食欲を満たす者、お茶を飲みに来る者、酒のあてを探しに来る者。
「生憎、生前も食とは縁がなかったのでな」
「シャトー・ディフか……」
巌窟王ことエドモン・ダンテスは人生のうち十四年という長い歳月を牢獄――シャトー・ディフで過ごしている。
その後脱獄し、モンテ・クリスト伯として第二の人生を歩み始めるところから、巌窟王の物語はクライマックスを迎える。
「だが獄である以上、戦時中でもなければ食事は出るのだろう?」
「馬鹿を言え。あんなものを食い物と呼べるのならばバートリの料理でさえ垂涎のご馳走よ」
「そんなにマズかったの?」
「毎日が岩石のような黒パンに鉛のような塩気のないスープでは死にたくもなる。実際、不味すぎて口にするのを拒んでやったわ」
「そういえば餓死自殺しようとしてたんだっけ?」
「ああ、ファリア神父に遭っていなかったら目論見通り餓死していただろうな」
「ばかじゃないの。もっと楽に死ねる方法なんていくらでもあるのに」
「…………」
痛い所だったのか、巌窟王が苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
自殺の方法にけちをつけられても反論のしようがない。その後生きて大事を成したのならば尚更だ。
「ふん、ともかく俺に食など必要ない。俺が求めるは怨嗟と絶望の嘆きのみ。迅速に食らい疾くと準備せよ」
「うるさいなあ、ご飯くらい食べさせてよ……あれ、エミヤ、それなに作ってるの?」
「ムースだよ。少し興が乗って作ってみた。食うか?」
「うん!」
蒸し器から二つ、小ぶりな器を取り出してカウンターに置く。
煉瓦色の表面に生クリームを絞って完成だ。
「
「……投影魔術でお菓子作ったの?」
「余剰魔力の使い途くらい好きにさせろ。最もマスターが私にもっと戦闘の機会を与えてくれれば私もこんなことは――」
「はいはい、わかりましたよ」
私の言葉などどこ吹く風で早速、ムースを口にする。
「うわっ、なにこれすっごいふわふわ! 雲みたい!」
「メレンゲの臨界点を追求した。我ながら会心の出来だ」
あっという間にぺろりとひとつ平らげる。サーヴァントとしては間違っているのは周知の事実だが、作ったものに良い評価を受けるのは決して悪いことではない。
「すっごくおいしいよエミヤ! おかわり!」
その笑顔に、救われることもある。
だが――。
「駄目だ。希少だからひとり一つしかない」
「えー!」
「マスターと言えど駄目だ」
「なんでよ、けち!」
「マスターも使い魔も平等、というのが君のモットーだろう? 素晴らしい理念だ。そして公平であるゆえの平等主義だ。そうだろう?」
「ぐう……痛いところを……!」
「どうしても欲しければ手がない訳ではないが――」
「なになに?」
「私に令呪を使うんだな」
「ぐぅぅぅぅ……! エミヤの意地悪!」
令呪はサーヴァントに対し強制的に命令を実行させる。簡単なものから物理的に不可能なことまで思うがままだ。
だが
それを知っていてこんな事を言うのはマスターの言う通り意地が悪いのだろうが、このマスターは多少、艱難辛苦を味わった方がいい。
子を崖に突き落とす獅子の親心などという大それたものではない。ただの子供じみた仕返しだ。私を戦場に連れて行かないマスターが悪い。
「ひとり一個……あ、そうだ。エドえもーん!」
「奇妙な名で呼ぶな……なんだ」
「宝具使って百人くらいに増えてよ。そしたらその分ムースもらえるでしょ?」
「お前な……いや、もういい……」
さすがの巌窟王も呆れ果てたのか、彼にしては珍しくため息と共に頭を垂れる。
ちなみに巌窟王の宝具である『
「な、なによその顔!」
「あまりにも哀れなので俺の分でもやろうと思ったが……その様子を見ていたら意地でもやりたくなくなった」
言いながら、ムースを口に含む。
「なんで!?」
「ふむ……絶望の如き黒さと恋の如き甘さが同居するとは酔狂なことよ」
「素直に美味いと言えんのか」
「クッ、臍曲がりは生来ゆえな」
「感想が聞きたいのだが?」
「悪夢を見続けていた男がふとした切っ掛けで垣間見た瑞夢……とでも言っておこう」
「ふん」
何とも詩的な表現をする奴だったが、気に入ったようで何よりだ。
「二人とも……なにご主人様を差し置いて楽しそうにしてるのかな……?」
ゆらり、と亡霊か何かのようにマスターが首を横に倒しながら佇んでいた。
眼からハイライトが失せていて正直、怖い。
「もう許さないぞお前ら……!」
「なんだマスター、駄々をこねてもムースはやらんぞ」
「力尽くでもそのムース、すべてもらい受ける!」
「なっ……」
普通の人間であるマスターにおける対サーヴァントの力尽く。言うまでもなく令呪の行使だ。
「よせマスター、頭を冷やせ!」
「プライドの問題よ! 今私の心を鎮めてくれるのは甘いお菓子だけ……!」
「くそっ、おい巌窟王、貴様も何か言って――なっ」
見ると、巌窟王はいつの間にか忽然とその姿を消していた。
「逃げたか……! 全くもって賢明だが恨むぞ巌窟王!」
前言を、撤回しよう。
よく食べる女性は作り手としては好ましい。その喜色豊かな表情に救われることもある。私が懲りもせずにアルトリアたちに食事の腕を提供し続けているのもその為だ。
「令呪一画をもって命ずる――」
「馬鹿者、よさんかマスター!」
だが、何事にも限度というものはある。
あまつさえ令呪を使ってまでおやつを強奪しようなどと言うマスターに救われるなど、悪夢でしかないのだから。