「おしまいやすぅ」
時は日付も変わる頃。
「なあ、赤いお兄やん、なんや酒のアテあれへん?」
そう言いながらひょっこりと食堂に顔を出したのは、頭部に一対の角を生やした鬼――酒呑童子だった。その後ろには、同じく鬼である茨木童子が、不機嫌そうに周囲を警戒する姿も見える。
彼女たちはとてもそうには見えないが、日本の昔話における、最たる悪の象徴として名を馳せる鬼そのものだ。同じ国に産まれた人間としては恐れおののくべき存在――とは言え、ここカルデアでは目的を同じくする同僚に過ぎない。
もちろん本質が悪である以上警戒の必要はあるが、目の敵にする程のものではない……と、思いたいのが実際のところだ。
「今あるものだと……そうだな、常連の大食いが嫌うお陰でタコが余っているが?」
「ええなぁ、酒の肴にぴったりやん」
「茨木、チョコがあるが食うか?」
「あの甘黒い奴か! ふん、どうしてもと言うなら食ろうてやらんこともないが?」
「はいはい。食べ方や味付けにリクエストはあるか?」
「うちはなんでもかめへんよお」
ならば任せてもらうとしよう。新鮮ならば刺身がいいのだが、少々鮮度が心許ないので火を通してしまおう。タコを適当にぶつ切りにし、多めのバターと塩コショウで炒める。
ついでに余った米でマスター用の夜食でも作っておこう。土鍋に水を注ぎ、昼食の際に残ったフライドチキンの鶏骨を入れ火にかける。
酒は飲まないが酒飲みに肴を作ったことは何度もある。酒を飲むと味覚や嗅覚といった感覚が鋭敏になり、味の濃いものや煙草などがいつもより美味く感じる。酒のつまみが総じて味付けの濃いものが多いのはその為だ。
まあ、それらは総じて塩分や油分が多く身体に良くないのだが……痛い目を見るのもまた教訓だ。それにサーヴァント、しかも鬼である彼女たちを経口の食事で弱らせるとしたら、それこそ概念毒や呪い、または特殊な細工を施した食事が必要となる。健康を気遣ったところで徒労に終わるのがいいところだろう。
「ほら出来たぞ、言うだけ無駄だろうが、あまり飲み過ぎるんじゃないぞ」
「おおきになぁ、赤いお兄やん」
「おお、これよこれよ!」
「呑むで呑むでえ♪」
肴とチョコの乗った皿と自前の酒を持ってうきうきと机に向かう二人。その無邪気な様は、二人とも一見小柄な少女の外見をしていることもあり、とてもではないが悪徳を極めた鬼には見えなかった。
だが、先ほども言ったように彼女たちは紛うことなく鬼だ。悪事を働き人を喰らう、悪の代名詞と言っても過言ではない鬼なのだ。
カルデアに召喚された英霊の中には、スパルタクスのように常時叛逆を企てる異分子もいる。彼の場合はマスターの態度次第である程度抑えられるものではあるが――酒呑や茨木のそれは本質が違う。
共に闘う仲間を信頼したいのは私も山々だ。どこかで線を引き、お互い譲歩しつつ認め合える関係を構築したいものだが……それが難しい。そう思うと、改めてあの天真爛漫なマスターは凄いな、と感心する。
相手が誰であっても持ち前の明るさと性格で平等に接し、気が付けばサーヴァントたちの信頼を得ている。私もサーヴァントではなく、ひとりの人間として見習いたいものだ。
冷や飯と共に生姜、ネギ、にんにく、松の実、枸杞の実などを土鍋に放り込み、蓋をする。後は弱火で放っておけば完成だ。
私たちサーヴァントと違い、れっきとした人間であるマスターは身体が何よりの資本。例え厨房の主などという不名誉な肩書をつけられようと、微弱ながらも私の料理が役立てれば幸いだ。もしマスターが食わなくとも、私が片付けてしまえばいい。
「なあ茨木、今、人喰いたい思うけ?」
「……そうだな、思わぬと言ったら嘘になるな」
「なんや、
儘ならぬ人間関係に思いを馳せていると、酒盛りを始めた酒呑と茨木の会話がふと耳に届く。そこには不穏な単語が含まれていた。
人を、喰う、と。
酒による酔いと、ここが食事をする場所だから思わず本音が洩れたのか――いや、そうであれば尚たちが悪い。それは、彼女たちが日常的に人を喰う化物であるという確固たる証明となる。
「そう言うお前はどうなのだ、酒呑?」
「あかんあかん。先に訊いたのはうちなんやから、茨木から言わんとうちも言われへんよ」
「む、そうだな……然り。吾は、特に喰いたいとは思わんよ。それこそ据膳の状況ならば話は変わるかも知れぬが、事実、人間よりも菓子の方がずっとうまいからな!」
「せやねえ。うちらが人喰うのは別に喰いたいからやあらへんもんなぁ」
「うむ。人間はそこをわかっておらんゆえ、吾らを悪としか捉えられん。哀れな奴等よな」
人を喰いたくて喰っている訳ではない……?
確かに言われてみると、我々人間は人喰いの化物に対し、『人を喰う』という事実のみを捉えているように思える。
同種である人間が捕食対象とされる。それは人間にとっては間違いなく悪だ。同種を食い殺された憎悪、いずれ自分の身にも及ぶやもという危惧、理由は人それぞれだが悪に違いはあるまい。
だが、我々はその人喰いの化物がなぜ人間を喰うのか、とあまり考えようとはしない傾向にあるのではないか。
そんなもの元より知りたいとも思えないが、思考停止はよろしくない。ただ危険だから、良くないからと言って一方的に切り捨てるのは褒められたものではない。
「うちは別に悪名でええけどねぇ、名が売れた方が小僧みたいなええ男も遊びに来るしなぁ」
「くはは、酒呑の言う通りよな。獲物があちらからやって来てくれるに越したことはない」
「せやなぁ、ますたぁなんか
「そうさなぁ、今夜あたり襲うのも一興よ。のう?」
ちらり、とこちらを流し目で一瞥しながら、聞き捨てならない台詞と共にこちらを伺ってくる酒呑と茨木だった。どうやら聞き耳を立てていたのが二人には気付かれていたらしい。観念して鍋の火を止め、二人の元へと。
「……盗み聞きをしていたのは悪かったよ。だが、そういう話はせめて誰もいない所でしてくれ」
聞いてしまったからには、何も言わない訳には行かない。例え冗談であろうと、たちが悪すぎる。もしこの場に頼光や牛若丸あたりがいたら間違いなく戦闘になっていただろう。
「うちはなぁ、人間が好きなんよ」
盃を傾け、飲み干すと酒呑は語り出す。茨木も否定しない所を見ると、同意しているのだろうか。
「せやけど、うちは鬼やろ? もしうちやのぉても鬼が人と仲良うしたい、ねんごろにしてや、言うて近付いてきたら、お兄やんはどないする?」
「それは……拒否する、だろうな」
ほぼ即答だ。自分よりはるかに強く、自分を捕食するかもしれない生物がすり寄って来たところで、そんなものは罠としか思えない。
人と鬼――鬼だけではない、他の生物との共存とは、何かしらメリットがあって成立するものだ。
例えば犬。犬ははるか古来より、世界単位で共存している。狩りの共として、家の番人として、友として、家族として、似た社会性を持つ犬は人の文化に根付いている。
それら多くの理由のひとつとして、人間が犬よりも強い、という点も挙げられる。
もちろん個体差はある。新宿のアヴェンジャーのような犬が相手であれば大抵の人間は噛み殺されてしまうだろう。だが、いかに強い個体だろうとたかが知れている。人間の叡智をもってすればどうにでもなる、という範疇に収まっているからこその共存と言えよう。
だが鬼は別だ。彼らの社会性と言えるものは終始弱肉強食でしかなく、鬼より弱い人間はただただ一方的に嬲られるしかない。対策をしようと、同程度ないしは人を超える知能を持つ鬼相手ではいずれ破綻する時も来るだろう。
だから人は鬼を滅ぼそうとする。鬼も黙って滅ぼされる謂れはない、当然のように反撃する。殺人、捕食は恐らくその一端に過ぎないのだろう。
我ながらこういう言い方はどうかと思うが、人間は自分たちよりも弱い生物としか共存できない、どんな生物よりも臆病な生き物だ。だからこそ、ここまで繁栄したとも言えるが。
「そうや。うちらが人を襲い、殺し、喰らうんは言うてしまえば自然の理や。人と鬼が仲良うするなんてのは、昔も今もこの先も、絶対に、万に一つもありえへんよ」
「然り……今は人理焼却という敵あってこそ、この馴れ合いよ」
仲の悪いふたつの勢力をひとつにまとめる方法は簡単だ。共通の敵を作ればいい。
そこまで聞いて、ふと気付く。
鬼という生物の存在意義。
『人間より個体として優れている』という、それだけの理由で全人類から嫌われる彼女たちの在り方は――。
「せやから、な。かるであの暮らしは悪うないよ? 今まででいっとう楽しいかも知れへんなぁ」
人間を団結させ、強くする為に用意された、あまりにも分かりやすい、都合のいい『悪』。
いくら相手を愛そうが、好ましいと思おうが、相手からしたら自分たちは滅ぼすべき敵でしかない。
「うちもおどれも何の因果か知らんけど、こんな事になってもぉて……人喰うて暴れ回っとったうちらが人助けやなんて、ほんま世の中わからんなぁ、茨木?」
「は、人助けなど柄ではないわ」
「せやねえ、これは遊びやさかい」
「そうよ、只の遊びよ」
酒を呷りながら、けらけらと無邪気に鬼たちは笑う。
茨木は知らないが、金時に聞いた話によれば、酒呑は金時の差し出した毒酒を毒と知った上で迷いもせずに飲み、笑いながら死んだと言う。
それが自分の愛する人間の出した答えならば、と笑いながら彼女は滅びた。
正義とは。悪とは。
生前、脳が擦り切れる程に悩んだ問いだ。未だに答えは出ていない。
初めから答えなどないのかも知れない。
だからという訳ではないが、人類の存続を唯一の聖典とし、私は駆け抜けた。その末路はご覧の通りだ。
オレは、愛する一人の者の為に死ぬことは出来なかった。一の幸せよりも十の幸せ。十の命よりも百の命。正義を算盤ではじき出した数字に求めた結果だ。
対して酒呑の出したその答えは、きっと、相手の全てを許容するものだ。その覚悟は、愛されたい相手に愛されず、あまつさえ絶対悪として殺される事さえも厭わなかった。
オレと切嗣が掲げた理想は、愛する一人の人間を救うものではなく、『人間』という超個体を救う為の方便。酒呑の思想の矛先はまるで別方向だが――何故か、酒呑に共感する部分がある。
「……そないに難しい顔したらあかんよ。男前が台無しやで?」
見ず知らずの他人に向ける、無償の愛だ。
「死に際に小僧にも言うたけど……ええんよ、これで。うちが勝手にやってる事やさかいに」
「然り。同情なんぞするでないぞ、赤い人よ。それこそ吾らに対する侮辱と受け取るぞ」
「あかんあかん、うちらしくもない。やっぱり男前と呑むと口の滑りもようなってもぉてあかんなぁ」
ふざけてみせるその姿には、どこか寂寥感が漂っていた。
泣いた赤鬼、という有名なおとぎ話がある。
あれは人間と仲良くしたい赤鬼の為に、乱暴者を演じる青鬼との友情、人と鬼との確執を描いた物語だが、それに似たものがある。
愛する者がより良く生きられるように。より良い進歩を遂げるように。自らを悪と定義し犠牲にするその精神は、生半可な覚悟で得られるものではない。
常時酒を手にふらふらと遊び、気に入った人間をからかい尽くし、煙に巻く。
そんな自由気ままな振る舞いの裏でふと想う彼女達の孤独は、如何ばかりのものなのか――。
「…………っ」
いても立ってもいられず、厨房に向かい鍋を強火にかけると溶き卵を入れてすぐに消す。
ヴラド謹製の鍋掴みを装備し、土鍋を二人の元へと運ぶ。
「……良かったら食ってくれ。マスターの夜食にと作ったものだが、酒の締めとしても優秀だ」
叫びそうになる衝動を料理にぶつけ、半ば強引に勧める。
こんな事で誤魔化されるとは思わないが、他に彼女たちに言うべき言葉が見つからない。
「美味いもん食えるんはええけど……なんやのんこれ、白うこごって見た目悪いなぁ」
「鶏雑炊だ。出汁も一からきちんと取ったから味は保証しよう」
雑炊は出汁が命と言っても過言ではない。今回使ったのはフライドチキンの骨だが、店物のスモークチキンやフライドチキンの類は圧力鍋で作られているものが多く、骨に鶏の旨味が凝縮している。
出汁を取るのに使えば普通の鶏骨よりもはるかに美味いものが出来るのだ。無論、灰汁取りなどの手間は必要だが。
「はふ……へえ、言いはった通り、飲みの締めに丁度ええね。今まで食うた雑炊の中でいっとう美味しいなぁ」
「な、中々やるな赤い人よ……あのいつでもちょこれえとをくれる緑の人と甲乙つけたがたい……ううむ」
「……私を奴と比べるな」
緑の人とは恐らくロビンフッドの事だ。以前、酔いながら鬼の餌付けに成功したとか言っていたので、その事だろう。と言うか、チョコを常備しているのかあいつは?
「その雑炊には生姜に枸杞の実など巷で薬膳と呼ばれる強壮作用もある。身体にもいいぞ」
「へえ、薬膳なんてこないに汚れた身体には逆に毒になりそやなぁ」
「無限のちょこれえとと……量は少ないが唯一無二の膳……吾はどちらを選べばいい……?」
「そんなん両方に決まっとるやん。好きなだけ奪うんがうちらのやり方、やろ?」
「なるほど……うむ、酒呑の言う通りだ。と言うわけだ赤い人、もっとよこせ!」
空になった鍋を突き出し、茨木が言う。
「それしかない。新しく作るから少し待っていろ」
罪滅ぼしという訳ではない。そんな想いを抱く事は彼女たちにとって失礼だ。
だが、今日ばかりはこの胸の奥を焦がした激情の礼に、いくらでも我儘を聞いてやろう。
と、
「こないに美味いもん食えるやなんて、嘘でもたまにはええ事言うてみるもんやねえ茨木」
「くはは、そうだな………………む? どうした赤い人」
「……おい」
今、嘘と言ったか。
「くっははは! 騙されたな人間!」
「ふふん、騙してこかして総取りはうちらの十八番やでぇ?」
「そうよ。吾らの法螺話に騙されるとは、まだまだだな?」
「うちらにそないな美談ある訳ないやろ。ちょぉと考えたらわかる思うんやけどなぁ」
「…………」
私の感動を返せ、とでも言いたかったが――。
けたけたと私を嘲笑う鬼たちを前に散々にこき下ろされ、言い返す気力もなくなってしまった。諦めて二人に背を向ける。もちろん追加の雑炊はなしだ。
それに、だ。
酒呑は先ほどの話を嘘とは言ったものの、本当ではないと言った訳ではない。人を好む鬼の本心は酒呑の胸の内深く、解らずじまいだ。
今回はそれで良しとしようじゃないか。
「まぁふざけただけやし、そう怒らんといてや。今度、うちのこさえたぶぶ漬けご馳走したるさかい、楽しみにしとき」
そう言えば鬼ヶ島では茶店を開いていた、と聞いた。そこそこ料理の心得はあるのだろう、と推測できる。
鬼の作ったぶぶ漬け……か。怖くはあるが少し興味はある。
その期待を慰めに、今日は眠るとしようか……。
と、
「何やのん小憎、さっきからそないにこそこそしよてからに」
酒呑が食堂の入口に向けて声をかける。そこには、気付かなかったが坂田金時がこちらを伺っているように見えた。入口の扉に隠れているようだったが、その筋骨隆々の恵体は扉程度で隠し切れるものではなく。
「出て来ぃや、うちと呑みたいんか? そやったら歓迎したるでえ?」
観念したらしく、すごすごとその巨体を縮めてこちらにやって来る。
何かあったのか、一目でわかる、いつもの豪放磊落な金時らしくない大人しい様子だった。
「……酒呑。恥を偲んでてめェに頼みがある」
「へえ?」
酒呑の前に立ち、頭を掻きながら頬を染め、視線も定まらず落ち着かない。
ただ事ではなさそうだ。こんな金時は初めて見る。
茨木でさえ大人しく金時の言葉を待っていた。酒呑だけが、くいっと盃を傾け、いつも通りに妖艶な笑みを浮かべていた。
「その……よ、明日、単車出すから一緒に行って欲しいとこがあンだけど……」
「車て、あのきんぴかくまさん号やっけ? うち、あないなはいからな乗り物、苦手やねんけど」
「ゴールデンベアー号だよ! って違ぇ!」
「わ、わ、ちょっと、小僧?」
このままでは埒が明かない、とでも思ったのか、金時は酒呑の肩を掴み強引ににじり寄る。
そして、
「俺と、付き合ってくれ!」
「――――」
「――――」
「――――」
金時の野太くも良く通る声が、やけに大きく食堂内にこだました。
私と茨木はともかく、あの隕石が落ちようが火山が噴火しようが平然と笑っていそうな酒呑でさえ真顔で固まっている。
「頼む!」
「え、あ、はぇ?」
あろうことか、加えて腰を九十度曲げて頭まで下げる金時。あまりの急展開に、誰もがまともな思考すら出来ないでいた。
あの金時が。
あの酒呑に。
数は少ないとは言え、衆目の下であんな告白を。
頼光は無表情で剣を抜くだろう。牛若丸は怒り狂うだろう。小太郎は金時をナイチンゲールの下へ強制連行するかも知れない。幸運なことに、彼らはここにはいないが。
「え、えぇと……小僧? それ、うちに言うてはるん?」
「他に誰がいるよ。てめェじゃなきゃダメだからこうして頭下げてんだろ」
「あ、そ、そうなんや……え、と……」
赤くなったり、驚いたりと目まぐるしく酒呑の表情が変わる。さっきの真顔と言い、こんなにも多彩な酒呑の表情を見るのは初めてだ。
「そ、そや、ちなみにどこ行くん?」
「あー……その、クレープ屋だ」
「くれえぷ?」
「卵を薄く焼いてクリーム等を挟んだ西洋の甘い菓子だ。年頃の女性が好んで食う」
「さっきマシュとマスターが話してたんだけどよ……ゴールデンでグレートなクレープ屋台が今、新宿に出てるらしいんだよ」
「はぁ?」
「野郎が一人でガキと女だらけのクレープの屋台に並べるかって話だよ! 全然ゴールデンじゃねェだろ!」
「…………へぇ」
「マスターや後輩にカッコ悪ぃ所見せたくねぇし、大将なんかに言った日にゃあ
次の瞬間、金時の後頭部にレンゲと木製の鍋敷きが直撃した。私と茨木が投げたものだ。ほぼ同時だった。もの自体は大したことないとはいえ、鬼の力とアーチャーである私によって投擲されたものだ。それなりに痛いはずだ。
「さて、吾は帰って寝るぞ、酒呑」
「私も後片付けをして寝るとしよう」
「おやすみやすぅ。さて、興も削がれたことやし、うちも寝よかい」
「お、おい酒呑! 返事聞いてねえぞ!」
「……しゃあないなぁ」
盃の酒を飲み干すと、酒呑は新たに酒を注ぐ。同じように、さっきまで茨木が呑んでいた盃にも同じように注ぎ、金時の前に置いた。
「付き合うたるから、小僧もうちに付き合いや。な?」
その顔が、どこかいつもより嬉しそうに見えたのは、私の気のせいだろうか。