カルデア食堂   作:神村

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エミヤオルタ召喚記念。


ジャンクオブアヴァロン・モルガン

「邪魔するぞ」

「ああ、いらっしゃい」

 やって来たのはこの食堂では馴染みの顔――まあ言うまでもなく、カルデアに様々な側面から召喚されたお陰で数人いるアーサー王である。

 ゴシックな衣装に身を包んだ彼女はセイバー・オルタ。セイバー――アーサー王の非情の面を色濃く映した彼女は、本来のアーサー王とは性格面で大きくかけ離れている。セイバーはオルタと共にランサーとしても召喚されているのだが、それぞれ同一人物とは思えない程に個性があるのが特徴である。

 具体的には、彼女、セイバーオルタは合理主義にて質実剛健、そして基本的に空気を読まず我欲が強い。王らしいと言えばそうなのだが、本来のアルトリアを知っている者は、対面した時そのギャップに驚くこと請け合いだ。

「とりあえず前菜を……そうだな、フィッシュ&チップスを山盛り。タルタルソースをチューブでよこせ」

「はいはい」

「イカリングと軟骨の唐揚げもつけろ、コーラも忘れるな。ノンカロリーコーラは許さんぞ」

 ……そしてこのようにジャンクフードをこよなく愛する。彼女の身体を慮って食堂で使う油の大半をオリーブオイルに変えたのは、我ながら名采配だったと確信している。

 彼女たちの共通点と言えば、どのアルトリアも食べる量が尋常ではないという点くらいだ。そこに何のメリットがあるのか私程度では皆目見当もつかんが。

 ともかくアルトリアの名を冠した彼女たちのうちの一人でも来訪すると、キッチンはフル稼働する羽目になる。生半可な姿勢で挑めばやられるのはこちらだ。今日もひとつ、気合を入れるとしよう。

「相変わらずよく食うな……今日も一人かね?」

「皮肉屋め、余計なお世話だ……と、言いたい所だが――」

「?」

「今日は連れがいる。新宿で世話になったのでな、その義理だ」

 揚げ物用のオリーブオイルを鍋に張り世間話を投げかける。と、セイバーオルタがつまらなそうにかぶりを振る。

「おい、いつまでこそこそと隠れている。入って来い」

 珍しく今日は誰か連れて来たのか、扉の方向に声を投げかける……が、反応はない。

「おい……おい!」

「……?」

「全く……世話を焼かせるな。そんな顔をして恥ずかしがり屋さんなのか? 年を考えろ。二十年は遅いぞ」

 再三の呼び掛けにも応じないことに痺れを切らし、席を立って扉の向こう側へ。新宿と言うからにはジャンヌオルタかとも思ったが、年を考えろ、なんて言っているからには違うだろう。そもそもマスターの仲介なしにコンビで行動する二人ではない。

 ならば誰だ、新宿のアーチャーか?

 などと予想しているうちにセイバーオルタが手ずから連れて来たのは、

「…………」

「…………!」

 真っ黒な肌。機能性を重視した短髪に剃り込み。磨耗し燻んだ眼。

「こいつ、偏屈な上に無口なのでな。私が代わりに紹介をしてやろう。エミヤ・オルタだ」

「…………」

 新宿でマスターが出会ったと聞いた、私のオルタ。カルデアにも召喚されていたのか。

「こいつはここの食堂でコックを担当している。作る食事も早く美味いので贔屓にしている私の名誉厨房騎士だ。名をエミヤ――む?」

 いつの間にそんな不名誉な称号の騎士になっていたんだ、という突っ込みを入れようとするも、首を傾げるセイバーに阻まれる。

「なんだ、貴様ら同一人物か」

 どうやら同じ名前である事を今気付いたようだった。

「……新宿での義理もある、と言われるままについて来た俺も悪いが……騎士王よ、お前は人の気遣いを台無しにするのが趣味なのか?」

「オルタ、君は有能にて聡明だが気配りというものを知らん。少しは貞淑に弁えたらどうだ?」

「ええい、これ程までに似ていないのだから仕方ないだろう! 私のせいではない!」

「……」

「……」

 まあ、確かに年齢に加え姿形も全然似ていないが……。

「……冗談だぞ。無論、知っていたとも。私をあのぽんこつ聖女と一緒にするな」

 二人の無言に思うところがあったのか、眉根を寄せてそっぽを向くセイバーオルタだった。

「はあ……何でもいいが、注文が揚がったぞ」

「うむ、ご苦労」

 皿にクッキングシートを敷き、揚げ物の数々を放り込みジョッキのコーラと一緒にセイバーオルタに手渡す。

 まずはコーラを飲み干し、

「ふう……やはり任務の報酬としてのコーラは一味違う、素晴らしいな。おかわり」

「…………」

 その花金のサラリーマンのような所作に、なんと言うか、王の威厳も何もあったものではなかった。何も言わずジョッキにコーラを注いでやる。

 と、先ほど視線を交わしたきりの私のオルタが、初めて私に対して口を開いた。

「すまなかったな。オレ(おまえ)にとって俺は直視したいものじゃないのはわかっていた為、会うのは避けていたのだが……騎士王のせいで台無しだ。なに、すぐに消えるよ」

 言って、背を向ける――かと思いきや、

「……そうだ」

 何か思い付いたのか、カウンターの椅子に座る。

 近くで見ると違和感もまた増す。目の前の男が自分である、という実感が今ひとつ湧かないのだ。

「いい機会だ。ひとつオレ(おまえ)に聞いておきたいことがあった」

「……なんだ?」

 と、嫌な笑いを浮かべながら懐を探る私のオルタ。

 取り出されたのは――、

「……オレ(おまえ)なら知っているだろう。これは一体、なんだ?」

 赤く透き通ったペンダント。

 私が知らないはずもない。あれは私の触媒――私がエミヤという英雄たる証。

 まだ魔術師ですらなかった似非の正義の味方であった私の命を、私の魔術の師が虎の子の魔力を使って拾い上げてくれた、その時に使われたペンダントだ。

「宝石か? ほの様子らと魔術師ら魔力を貯めておふものひゃらいのか」

 口いっぱいの揚げ物をもぐもぐと咀嚼しながら、セイバーオルタがそのペンダントをつまみ上げる。

 その見解は正しい。それは正真正銘、魔術師が余剰分の魔力をストックとして貯めておく為のものだ。

 ……だが、

「その通りだよ騎士王。だが魔力を込める器の割には中身が空、宝石としての価値も大したものではない……だが何故か、この腐った魂が決して手放すな、と言っているような気がしてな……今もこうして手元にある訳だ」

「んっ、んっ、んっ……ふう。だそうだぞ。何か知っているのか、コック」

 ジャンクをコーラで胃へと流し込み、淡々と是非を問いかけるセイバーオルタ――ああ、この時ばかりはオルタ化した君を恨もう、セイバー。少しは空気を読め。

「……それは」

 しかし、だ。

 そのペンダントは私を英霊たらしめているものとも言える。そのペンダントがなければ、オレは、今ここにいることすら叶わなかっただろう。

 オレ(おまえ)は、それさえも忘れてしまったと言うのか。

「……っ」

 込み上げてくる吐き気を意地でなんとか飲み込む。この胸の裡より噴き出るおぞましい衝動は、おそらく怒りではない。

 目の前の男は、オレはおろか切嗣でさえ届かなかった、正義の味方の最終地点だ。

 人間にとっての善悪の秤など、突き詰めれば「人命の量」に定義される。

 一人でも多くの人間の命を救う、というたった一つの目的に腐心した結果、それだけの機能に特化した、ヒトの形をした自動機械。

 一組の夫婦を助ける為に彼らの一人娘を目の前で惨殺する。

 101人の人命を生かす為に、100人の人間を事務的に鏖殺する。

 人類の存続の為に無辜の100万の命を、裁断機にかけるように止めていく。

 その為ならばどんな手段も厭わない。自分が死ぬ事で一人の命が助かるのならば、どんな惨めな死に様でも受け容れるだろう。

 オレも似たような事をした結果こうして英霊の座についたが、彼のそれは最早病的を通り越して義務と化している。

 全ては人類の為に。

 他人への献身の果ての果て。

 そこに自分の意志など微塵もない。

 そんな事を続けていれば自己なんてものはいずれ破綻するのは明確だ。呼吸をし、考え、あまつさえヒトの形をしているはずの彼が、自分のことさえ胡乱としているのはその為だ。こいつの記憶は現在進行形で粉チーズのように削られ四散している。行き着く先は名も形も声もなき人類存続の為だけの遂行者。

 戦慄に全身を怖気が襲う。

 こんな人間がいていいのか。

 機械だなんて言葉すら可愛く思える程の徹底した一途。機械だって故障すれば止まる。だがこいつは、故障どころか消滅するその瞬間まで目的を果たすことしか考えない類のものだ。

 しかもそれは、オレのひとつの結末だと言う。

「……さて、ね。心当たりはないが」

 今すぐにでもその額に剣を突き立ててやりたい衝動を抑え、やっと絞り出した言葉はそんなものだった。

「ふっ、その様子だと知っているようだが……言いたくないのならば言う必要はない。別に俺も知りたくはない」

 知ったところで十分後には忘れているだろうしな、と自虐的に嗤う。

 またも無意識的に殺意が身体中に満ちる。彼が何かを喋る度にこれだ。もはや条件反射に近い。

 今はっきりと自覚する。オレは、目の前のオレ(こいつ)を今すぐにでも消してやりたいと思っている。

 その湧き上がる感情の名は、憐憫や憤怒ではなく、おそらく自己嫌悪。オレ(こいつ)を見てはいけない、と根源からの本能が告げている。

 ――だが。

「……それは、オレがオレである為に必要なものだ」

「ほう? それは滑稽だな。俺みたいなのにもルーツなんてものがあったのか」

 目を逸らすな。

「それが何なのか、思い出す必要はない……だが無くさずに持っていろ」

 何しろこれは、オレが望んだことの欠片だ。

 後悔する為に英霊となった訳ではない。

 忌々しいことに、目の前の男と望んだものに違いはありはしないのだ。それを否定してはいけない。

 目を背け忌避することは簡単だ。だがオレは、オレ(こいつ)を認めなければならない。

「それを蔑ろにしたら――」

 それに、末期の痴呆よりも進んだ記憶障害の中、それでもそのペンダントを手放さなかったと言うのなら。

「おそらくオレ(おまえ)はエミヤという名すら消え失せる。名のない英霊に座は用意されない。行き着く先は完全な無だ」

 オレ(こいつ)は、間違いなくオレ(エミヤ)だ。

「……クッ、ハハハハハハハハ! 成る程な。俺がどうあってもこいつを手放せんのにはそんな理由があったか。まだ俺にそんな人らしい部分が残っていたとは驚きだよ。だがまあ――逆に言えばこいつを手放せば俺はようやく消える事が出来る訳だ。為になる話をありがとう」

「…………」

「は、冗談だよ、怒るな。俺は飽くまで目的を持ち、それを遂行する機能を持つ生きた屍だ。人命の為ならばまだしも、意味のない自殺など許されてはいないからな」

 初めからそんな気などない癖に、自嘲と共に吐き捨てる。

 ああ、本当に――見ているだけで吐き気がする。

「くだらん自己問答は終わったか?」

 そんな我々に、スナックの大半を胃袋に収めたセイバーオルタが、唇についたタルタルソースを妖艶に舐めながら訊く。

「せっかく食堂に来たのだ。過去の自分が作った飯でも食うといい」

 彼女にしては珍しく、自分の皿を私のオルタに突き出し(とは言え既にほぼ空だが)そんな事を言う。

「遠慮しておく。今の俺に食事など意義を見出せん」

「いいから食え。私が何の為に貴様をここに連れて来たと思っている」

「……? それは先程自分で言っていたろう。新宿で世話になったと、」

「馬鹿者。私がそんな事くらいで貴様を連れて来る訳あるか。鈍なのは反転しても変わらんようだな……第一、貴様なんぞいなくてもあのマスターに私とカヴァスⅡ世がついていたのだ。人理修復程度、朝飯前に成し遂げたろうよ」

「――――」

「大体、貴様のような辛気臭い輩と誰が好んで飯を食うか。せっかくの料理が不味くなるだけだ」

 それならまだガウェインのフルコース料理を食っていた方がマシだ、とポテトをつまむセイバーオルタ。

「……ふ」

 対する私のオルタは目を細め笑いを返す。その笑みが自嘲なのかセイバーオルタに向けたものなのかは、私でもわからなかった。

「貴様の気遣いは余計な世話として受け取っておこう。だがその食い物はいらん」

「頑固な奴だな。私の勧めたものが食えんのか。それともかつての自分が作ったものだからか?」

「いや、食えない訳でも食いたくない訳でもない……実を言うとな、俺には味というものがもう既によくわからんのだよ」

「……そうか」

 人としての機能を限界まで削ぎ落とした結果だろう。味もわからんのに人の料理を食いたくはない、という想いは私にもわかる。

 セイバーオルタも同意なのか、最後の白身魚のフライを飲み込むと神妙な様子で油で汚れた口周りを拭く。

「騎士王よ、勧めてくれたものを食えん代わりと言っては何だが、俺にひとつ料理を作らせろ。ろくでもない出会いを演出してくれた礼だ……必要ないと思うが一応聞いておく。まだ胃袋に空きはあるかね」

「ほう……そこまで言うのならば受けて立ってやろう。騎士王たる我が寛容な腹は貴様の料理をも許容する。忌憚無く作るがよい」

「それは光栄だ。投影(トレース)開始(オン)……さあ、どけ」

 無骨なエプロンを投影し、こちらに向かってくる私のオルタ。セイバーオルタの膳立てもあり、私ではキッチンへと侵入してくるのを止められそうもなかった。仕方なく一歩引き場所を譲る。

 正直、純粋にどのようなものを作るのか、という好奇心はあった。何しろオルタとはいえ、年を経た自分だ。

「…………」

 何をする気かと思いきや、私のオルタは冷凍庫を開け、未だ未開封のバターを取り出した。無塩バターを使う、と言うのならばまだしも、普通のバターだ。

「おい、バターならば上の冷蔵庫に使いかけのものがある。そっちを使って――」

「黙ってろ」

 私の指摘も一言の下に切り捨て、続いて取り出すのは竹串、パッド、鍋に油。

「おい……何をするつもりだ」

「何、とは異な事を。今言ったばかり、厨房でする事など料理以外にあるまいよ。それが人理修復という大役を背負った機関の厨房を任された者の言う事か?」

 などと皮肉を撒き散らしながら、次々に準備を済ませて行く。薄力粉に卵に粉砂糖、シナモン、ハチミツ、チョコレート、生クリーム、練乳……菓子でも作る気か?

 それにしてはあまりにも素材が多過ぎるが……想像出来そうなのはケーキあたりが有力だ。が、今から作るとなると時間がかかり過ぎる。セイバーオルタならば痺れを切らして厨房ごと斬り捨てかねん。

 カルデアの食事事情を護る為にも、私が何か繋ぎでつまみでも――などと思っていると、

「なっ……!?」

 思わず驚嘆の声が漏れる。

 私のオルタは、何をとち狂ったのか薄力粉を卵と水で溶いたものに竹串を刺したバターを突っ込んだのだった。

「貴様、まさか……!」

「クク……そうだ、そのまさかだよ」

 凶悪に歪んだ笑みを私に投げ捨て、私のオルタはそのバターを十二分に加熱した油へと投入する。

 そう、かの悪名高き揚げバターである。

 バターに衣をつけ揚げることにより中のバターは溶け、揚げパンのような食感を持つ塊と化す。その凄まじい油の重厚さとバターの風味は病みつきになる者も少なくないと聞く。だが、そのとてつもないカロリーは最早人間の摂取していい範疇を超えている。

 ただでさえ脂肪酸と油分の塊であるバターを更に油で揚げるのだ。想像するだに恐ろしい。

 私が戦慄している間にも私のオルタは調理を進めて行く。きつね色に揚がったバターを、パッドに敷き詰めた粉砂糖やシナモンと絡める。

「ぐっ……」

 食べてさえいないのに、まるでフォアグラになることを約束された鴨になった気分だ。それ程までに目の前に繰り広げられる惨劇は、私に衝撃を与えていた。

「脇でぶつぶつと五月蝿い奴だ……これでも食ってろ」

「ぐむっ!?」

 揚げバターの欠片を目も止まらぬ速さで口に入れられる。

「ぐ、お……!」

 口内に入れた途端、弾け溶けるバター。

 眩暈を憶える程のどぎつい砂糖と蜂蜜の甘み。

 鼻腔を越え、脳にまで届きそうな程に広がるバターの香り。

 同時に全身から多幸感が湧き上がる。ドーパミンやエンドルフィンといった脳内麻薬が次々と精製されていくのを体感する。そう、脂肪や甘味というものは舌で感じることで脳内麻薬を発生させる働きを持つ。

 とてつもないカロリーと甘味に人間としての理性が危機を告げている。こんなものを食べていたら身体を壊す、と。

 だが二度と食いたくないと思う反面、脳がどこかでもう一度この刺激を、と求めている。先ほど言った脳内麻薬に加え、通常では考えられない膨大なカロリーという背徳感がその思いを更に増長させていた。人は禁じられたものほど魅力を感じる。食事というカテゴリにおいて、その点でこの揚げバターに勝るものはない。この場において断言しよう。

 ああ――これは、人を退廃に誘う、悪魔の料理だ。

「そら、出来たぞ騎士王」

「砂糖にシナモン……デザートか。香りは香ばしくて良いな」

「トッピングに練乳や生クリーム、チョコレートソースも用意してある。好きにかけて食え」

「用意がいいな。ではいただこう」

「待て、や、め……!」

 狼狽えている私を後目に、アメリカンドッグに似たそれをセイバーオルタに渡すところだった。

 オルタとはいえ、あのセイバーがこの料理に毒されるような事があればカルデアは終わる。

 具体的には、女性陣を中心としたカロリー抗争によって。

「ふむ……」

 私の手は虚しくも空を切り、セイバーオルタはこんがりと揚がった生地に歯を立てる。

 がじゅ、と氷を噛むごときありえない咀嚼音が食堂に響き渡る。

「これは……!」

 ひと口、口にした瞬間にセイバーオルタが目を見開く。

 駄目だ、やめてくれ。

 いくらジャンクフードが好きな君と言えど、そんな悪魔に魂を売り渡した料理を気に入ってはいけない。

「油の味しかしない……なんだこのジャンク具合は。私でも引くぞ、おい」

「気に入らなかったかね?」

「いや、吐き気を催す程にうまい。揚げ物だから甘いトッピングが非常に合う!」

「それは結構。存分に味わいたまえ」

 気に入ったらしく、揚げバターに生クリームを絞りかぶり付くセイバーオルタ。

 ああ――もう、おしまいだ。

「これはあらゆるジャンクの辿り着く最果ての地だ。今ここにこの菓子を畏敬と誹謗を込め、塵芥集いし反理想郷(ジャンクオブアヴァロン・モルガン)と名付けよう」

 この光景、円卓の騎士が見たら何と言うだろうか……想像には難くない。

 ガウェインは目を背けつつも王を肯んずるだろう。

 ランスロットは涙を流し王に諫言を放つだろう。

 トリスタンは涙ながら弓を弾くだろう。

 ベディヴィエールならば全力で止めてくれるに違いない。

 モードレッドは……父上が食うならオレも食う、などと言いかねんな。

 マーリンあたりは爆笑しそうではあるが。

「しかしこれはいいな……後でマスターにも食わせてやろう」

「作った俺が言うのも何だが、それは酷だ。やめてやれ」

「ああ、マシュが悲しむ」

「?」

 サーヴァントの身体ならばともかく、マスターは普通の人間だ。食える以上毒とまでは言わんが、そら若い女性にとっては天敵に違いない。マスターの事は人間としても魔術師としても信頼しているが、悲しいことに食に関してはあまり信用が置けない。ひょっとしたらセイバーオルタ同様、悪魔の誘惑に負ける可能性がある。その結果マスターがカエサルのような体型になってしまったら、私はマシュに合わせる顔がない。

 その点においては私のオルタも同意見らしい。ならば最初から作るな、と言いたいところだが、おそらくこれは私に対する嫌がらせの類だろう。

 しかし、自分のオルタというものは初の邂逅だったが、厄介なものだ。自分のことなので、何をすれば一番嫌がるかもわかってしまう。

 と、セイバーオルタが揚げバターをぺろりと平らげて満足気に一息つくところだった。

「うむ、うまかった。おかわり」

「俺はもう二度と料理などしない。今回は特別だ。頼むならオレ(こいつ)に頼め」

「そうか、ならば――」

「私は何があってもそんなものは作らないからな」

 セイバーオルタの言葉を遮り、一刀両断の下に付す。こんな堕落の代名詞のような菓子、作る気も起きないし頼まれても嫌だ。

「むう、私にこのようなジャンクの極致を味あわせておいて酷なことを言う……まあいい、ご馳走は簡単に手に入ってもつまらん。またの機会を待つとしよう」

 セイバーオルタは珍しく引きつつも不穏なセリフを吐いていた。今後、何かしらの取引の際に揚げバターをカードとして使われるのかと思うと眩暈がした。

「やってくれたな……」

「はっ、俺がまともな料理を作れる訳ないだろう」

 まるで悪役のように頰を歪ませ笑う私のオルタ。

「美味い飯を作って皆に振る舞う。それを皆が喜んで食う。そんな生温い展開は貴様の領分だ。俺にはもう出来ん」

「…………」

 素直じゃないのはお互い様、か。

「おいコック、甘いものを食ったせいで塩辛いものが食べたい」

「やれやれ……わかったよ、何がいいんだ?」

「そうだな、気分的にピザがいい。ピザを所望する。トッピングは任せよう」

「了解したよ」

 ピザは作るのも楽しい。ここはセイバーオルタの味覚を矯正する為にも、ひとつ気合を入れて作ってやろう。

「おい、手が空いているのなら手伝ったら――」

 どうなんだ、と、セイバーオルタを堕落させた贖罪の場を与えてやろうと私のオルタに声をかける――が、

 そこにはもう奴の姿はなかった。

 二度とここに来ることも、きっとないのだろう。

 

 

 


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